空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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一章最後ですね。


八話「麻婆豆腐は刑罰なんだね」

 

 

 

 空狩捉把の意識が途絶した。

 オールマイトは体の調子を確める。一分と保つか否か、稼働時間は残り僅かだった。たった一分間の猶予で、自身の一撃に何度も耐えてみせた強敵を撃ち破らねばならない。到着前から荒涼としたUSJの景色は、恐らく件の暴走した捉把の能力だろう。

 これ以上、子供に無理な役を強いる訳にはいかない。そんな状況を、ヒーローとして容認する事は断じて許されない。守るべき者を背に、オールマイトは助勢に出ると申請する生徒達を制して、敢然と脳無に正面からの戦闘を挑む。

 人々から悪の猛威を斥けなくてはならない。

 何故なら自分は――“平和の象徴”なのだから。

 決然と前を見据えたオールマイトは、傷口から手を離して死柄木たちを睨む。

 凍った体を無理矢理にでも動かし、半身を失いながら立ち上がる脳無。一同注視の前で、損壊した体が異常な速度で回復する。“ショック吸収”に加え、“超再生”とあれば弱点と提言された肉を抉り取る方法も徒労になってしまう。弱点など有り得るのか、全員の心に絶望の色が膨らむ。

 修復を終えた体を眺めた後、死柄木の指示に従い、黒霧を取り押さえていた勝己へ猛然と突進した。彼等にとって黒霧は便利な出入口、彼さえ生きていれば離脱もオールマイト殺害も続行可能なのだ。

 風を巻いて疾駆した脳無の拳が勝己の脳天に直撃――する前に、オールマイトが彼を弾き飛ばして身代りとなり、交差させた両腕で固い拳を受け止める。衝撃に思わず吐血するが、まだ許容範囲だった。

 破壊力、吸収力、速度で桁外れな化け物に対し、勝利を摑もうなどと浅ましく思える。しかし、その理不尽や無理難題を打ち破って不条理となる事こそ、プロヒーローの真髄。窮地こそ成長の糧、守るべき者を庇い立ってこその覚悟の強さ、それらが現状を打破する唯一無二の策。全力の更に上を捻出するしかない!

 オールマイトと脳無が同時に跳躍する。

 高速で引かれ合う二つの巨影――電光石火の踏み込みを決めた両者は、その場に留まって両拳を矢鱈滅多に打ち込む。交錯する拳の残像が本人を蔽い匿してしまう程に重なり、周囲一帯を暴風が急襲する。

 出久や勝己、身近に見ていた者達は風圧に耐えられずに転倒し、その場から遠く突き放されてしまった。遠目に見ていた者にも、髪や服を強く吹き浚う風が届く。飛散する瓦礫、爆心地では二つの影が踏ん張っていた。

 

「“無効”ではなく“吸収”ならば、限度があるんじゃないか!!?」

 

 真正面から神速で交わされる拳打の応酬。

 絶え間無く爆弾が起動しているかの如き威力の連鎖に、USJ全体が小刻みに震動していた。骨身に伝わる響き、心臓よりも強く胸に伝わる熱意の波動がオールマイトを中心に波紋のように拡散する。

 脳無の足が次第に後退を始め、その分オールマイトが詰める。頬の皮膚があまりの圧力に剥がれてもなお止まらない。逃さず、徹底的に裁きを与えた。もはや脳無の輪郭は拳を畳み掛けられて一定の形を維持していない。常に衝撃で膨張と収縮を各所が繰り返して歪だった。

 一撃一撃が100%以上――“ショック吸収”を無効化、吸収した威力が消える前に攻撃の連打で重ね、相手に無理矢理それを蓄積させて爆発させる。威力を殺すサンドバッグ人間は、むしろ正面から受け止めるからこそ、確実にオールマイトが為し遂げんとする策を自ら完成させてしまっていた。

 

「私対策!?私の100%を耐えるなら!!更に上から捩じ伏せよう!!ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!」

 

 ここぞとばかりにオールマイトがもう一歩踏み込む。

 

「敵よ、こんな言葉を知っているか!!?」

 

 オールマイト渾身の力を纏う剛拳が炸裂する。

 軟体生物もかくやといった脳無の歪な肉体へと、最後の一打を叩き込む。動けぬ黒霧や死柄木、勝己や出久の前で盛大に吹き飛び、オールマイトの振り抜かれた腕の遥か先にあるUSJの天井を貫通し、更に高く昇っていく。

 No.1ヒーローの意地と矜持を懸けた全身全霊の一撃に、脳無は拮抗する事も出来ずに敗れた。

 “――Plus Ultra!!”

 死柄木は唖然とする中で、オールマイトは前に傾いていた姿勢を戻し、強敵を撃破した拳を振り翳す。

 

「やはり衰えた。全盛期なら五発も撃てば充分だったろうに……300発以上も撃ってしまった!さてと、敵。お互い早めに決着つけたいね」

「チートが……!」

 

 オールマイトは土煙と蒸気立ち上る場所に仁王立ちで動かない。脳無との衝突で負傷した具合を見て、無謀と知りながらも死柄木達が飛び出す。“平和の象徴”に対する計り知れない憎悪、犯罪行為の悦楽に走る彼等を前に、限界を迎えた体が意思に従わなかった。

 出久が彼の状態を察して、自ら飛び出す。勝己達の背後からその頭上を飛び越え、憧れのヒーローを殺そうと企図した輩へと拳を握りしめた。しかし、跳躍して肉薄した先では、黒霧によるワープゲートを介して突き出された死柄木の掌が歓迎していた。

 全員が息を呑んだ。

 

「遅くなって済まない」

 

 銃声が轟いた。

 死柄木の手足を撃ち抜き制圧する弾丸。元を辿った先で、皆はまたしても歓喜する。そこには、現場到着したヒーローの錚々たる顔触れが揃っていた。瞬く間に敵の残党を倒して行く勢いである。

 動けぬ死柄木は悔しげに黒霧の中へと逃げ込んだ。

 

「今度は殺すぞ、“平和の象徴”オールマイト」

 

 USJの中から消滅する二人。

 跳躍の反動で足が折れた出久は、相澤と捉把へと振り返る。自分では守れない、やはり途轍もない無力感ばかりに胸が打ち据えられて涙が流れた。

 

「何も……出来なかった……」

「そんな事はないさ」

 

 遮るのは、あのオールマイト。

 

「あの数秒がなければ、私はやられていた……!」

 

 自身の無力を、理想のヒーローが否定してくれた。

 

「“また”救けられちゃったな」

「……無事で……良かったです……!」

 

 出久の濡れた笑顔に、オールマイトも笑顔で応えた。

 

 

*************

 

 

 

 捉把は病室で目を醒ました。

 覚醒直後でありながら、妙に鮮明な意識に疑問を懐きつつ、上体を起こす。体の節々に激痛が走り、再びベッドに倒れた。全身を鎚で殴られた様な鈍い痛みに、悲鳴を堪えてシーツを強く握る。

 記憶が曖昧だった。黒霧から放たれた脳無と呼ばれる化け物に捕らわれ、ただ一方的に攻撃された後からである。死柄木と名乗る男の言葉が引っ掛かった。

 ――脳無の娘。あの複数“個性”を持つのは、父親の特徴と酷似していた。そして、呼び覚まされた記憶の中にも似た生物が居る。『空間』の“個性”は母の空狩嗣音から継承したモノ。戦闘中は朧気ではあったが、自分にもまた複数の力が宿っているのかもしれない。

 思考回路ばかりは回転が早いが、体はまだ鈍痛に苛まれて動き難い。十全に行動できるまで幾らの時間を要するのか、自身の体の調子でありながら捉把は皆目検討も付かなかった。

 ふと、視界の隅に小さな影が入る。顔を巡らせれば、隣に配置した椅子にリカバリーガールが腰掛けていた。目が覚めるのを黙然と待っていたらしい。

 

「全身の筋繊維が所々で断裂を起こしとる。骨にも皹は入っとったし、暫くは此所に通う事になるわね。状況報告を聞くと、よくそれで済んだもんよ」

「……相澤先生は?」

「重傷だけど、一命は取り留めた。あれが居なきゃ、その程度の怪我じゃ済まんかったろう。後で礼を言っときな。……あの小僧にも」

 

 捉把が弱々しく頷くと、リカバリーガールの後ろから黒いエプロン姿の勝己が現れた。手に皿を抱え、捉把の傍にあった椅子に腰を下ろす。制服の上に掛けたのもあり、やや不似合いな部分に笑いそうになる捉把を、勝己はやはり睨む。

 勝己にもまた負傷は見られたが、大事ない様子である。捉把が安堵の息をついた時、口許に匙が運ばれた。強引に唇へと寄せて、仏頂面で差し出している。戸惑って口を開けない捉把に彼は舌打ちした。

 

「飯食わしてやる。口開けろ」

「……看病しても、私からの返礼は無いよ」

「要らねぇ、終わったら食いたいモン食わせるって話だろうが」

 

 捉把は匙に掬われたそれを一瞥する。

 

「いや、確かにそうだったけどさ――これ、麻婆豆腐だよね?私が所望したのは、ハンバーグだった気がする」

「ああ、そうだな」

「何故、麻婆豆腐?」

「嫌がらせに決まってんだろうが、察しろボケ」

「少しでも他にあったかなって期待したんだけど」

 

 捉把は皿の内側を覗いた。

 作った張本人の気性の荒々しさを表現したかの様に赤い溶岩を、やや赤く変色した豆腐が漂う。皿に付着した麻婆の残滓は赤い粉末などが浮き上がっており、明らかに辛味と思しき物が多量に含有されている。捉把が大の苦手とする辛味、苦味を総計して首位にも入る麻婆豆腐。

 慈悲を期待したいが、提供者は悪鬼羅刹と称して何ら不遜の無い性格の人間。拒めばどんな仕打ちが待ち構えているかも判らないし、我慢して口にすれば何秒意識を繋ぎ止められていられるかも想定不能である。

 恐らく、食後は全身よりも舌や口内が烈しい痛みに襲われるだろう。

 リカバリーガールは自分への飛び火を恐れたのか、既に部屋を辞している。迅速な避難行動はさすがヒーロー、しかし今死の危機に瀕している少女を見捨てる姿は、本職に背馳するのではないかと捉把が疑う。

 口に突き付けられる爆弾から鼻に漂う臭い――それだけで捉把は苦悶した。鼻腔を焼き焦がすかのような異臭、もう食べ物ではない。

 

「そう……麻婆豆腐は刑罰なんだね」

「次にぶっ倒れる真似してみろ、今回の三倍だ」

「処刑する気なの?」

「ったり前ぇだろ」

 

 捉把は何か回避策は無いかと考えて、不意に過去の約束を想起した。

 

「そういえば、結局のところ有耶無耶になってしまったね。成績が上だった者の要求を聞くって」

「次で良いだろ、んなのまだ憶えてたのかよ」

「それはだって楽しみだったから」

「はっ、んな細けぇ事に気ぃかけてんのか、キメェ」

 

 捉把は真顔で勝己を見詰めたまま告げる。

 

「だって、貴方がして欲しい事が判ったんだよ」

「…………」

「折角、喜ばせられると思ったのに」

 

 捉把は何気なく窓の外を見た。既に日は暮れて夜である。光の無い外界で、ガラスには自分の顔や保健室の内装が小さく闇の中に背景に投影されている。

 捉把は表情には無くとも、落胆を臭わせる声音であった。勝己は心情を読み取って、長嘆の息を吐く。

 

「いつもの『ご褒美』とやらで良ンだよ」

「……そんなもので良いの?」

「但し、他の連中では止めろ。変な“誤解”すっからな」

「不平等じゃない?」

「今日てめぇを守って戦ってたのは俺だ。意見する権利あるか、その足らねぇ脳でも判んだろ」

 

 捉把は釈然としない顔をしつつ、痛む体に鞭を打って起き上がり、勝己の額に口付けする。

 視線を逸らし、しかし体までは逃げずに甘受する相手に捉把が妖艶に笑む。

 

「はい、ご褒美……ありがとう、勝己くん」

「けっ」

「私は確かに理想のヒーローも居ないし、達成感だって感じた事は無いよ」

 

 捉把の言葉に勝己が黙る。

 ヒーローを止めろ――そう告げた自分の言葉に対し、いま彼女は回答している。

 

「でも、皆と一緒に頑張りたい。あの時に私を救ってくれた、貴方みたいなカッコいいヒーローになりたいから」

「……」

「私はこの道を進むよ」

 

 捉把の再決意を込めた声に勝己は鼻を鳴らす。

 

「勝手にしろ、てか食え」

「え゛……今の、忘れる所なのでは?」

「人様が丹精込めて作ってんだ、とっとと口に入れやがれ!!」

「け、怪我人相手になんて酷い事を!」

「やかましいわアンタ達!!」

 

 リカバリーガールによるスリッパビンタを喰らった二名は、その後に仲良く麻婆豆腐を完食した。

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 

 保健室前には二名が待っていた。

 切島と轟は、仲睦まじい二人の様子を扉の隙間から覗く。

 

「なんか、入りづれぇな」

「?どうしてだ」

「天然かよ轟って」

 

 轟はふと、勝己の手元に目を眇める。

 

「病人に対しても、あいつは酷いな」

「さすが爆豪ってとこだろ」

「空狩が危険だ」

「待て待て待て待て!」

「やかましいわアンタ達!!」

 

 部屋前で叫んでいた二人も、リカバリーガールのスリッパビンタを頂く。この後、仲良く試作として作り置きされていた勝己作の麻婆豆腐の残りを食わされたのであった。

 

 

 

 

 

 




次回から……束の間の休息と、体育祭じゃ!
さて、次ですね、次。
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