空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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二章:空狩少女の体育祭
一話「景気付けに牛丼」


 

 国立雄英高校で連続発生する事件。

 今年、念願の入学を果たした空狩捉把は、途轍もない激戦を経たばかりでありながら、登校中の電車内でまたしても事件に遭遇していた。平生の無表情ではあったが、内心では沸々と憤怒に燃える。クラスメイトの爆豪勝己が居れば、彼女の代わりに行動していただろう。しかし、今日に限って彼は日直で早く出ていたし、それに合わせて捉把を引き摺り出そうとしていたが、必死に回避したのだ。

 そう、捉把は――痴漢に遭っていた。

 灰色に変わってしまった髪色に合わせ、心機一転しようと髪を一つに束ねて結ったが、晒した項に視線が募る。背後で大人しく携帯を見ていた男性の方からシャッター音、身動ぎ、首筋に息が掛かり、遂には臀部に手を這わせて来た。

 尻尾で払い退けても、何度も迫る。巻き取る前に逃げる。目的の駅まではまだ先、注意しようにも満員電車とあって動き難く、加えて相手は後ろにまだ少し空間があり、此方に背を向けて少し離れれば痴漢と疑われぬ位置に即座に移動できる退路を確保していた。

 感触を楽しむ下劣な男の欲に曝され、捉把は吊革を摑む手に力を込める。不快感を絶え間なく送る手に、羞恥で泣きそうになっていた。

 その手がスカートの下に潜り込もうとして……急に動きが止まる。解放の歓喜半ばに驚いて捉把が振り返ると、男の手を摑んで止める少年が居た。木訥とした容貌の彼は、雄英高校の制服に身を包む同級生――緑谷出久である。

 

「ぼ、僕のクラスメイトに、触らないで下さい」

「……私の“平和の象徴”……!」

 

 出久の声に車内の人間が振り返る。

 腕を摑まれた男は顔面蒼白になって狼狽え、周囲を忙しなく見回していた。その挙動が己の恥ずべき行いを語っており、停車した駅で人を押し退けて出て行く男を見送った。全員が勇敢な少年に拍手し、中心で照れる本人となぜか被害者。

 捉把は痴漢被害から救出してくれた出久に『ご褒美』をしようと、額に唇を近づけてはたと止まった。中途半端な距離で停止したため、出久は赤面し完全停止している。そのまま戻り、抱擁するだけだった彼女にようやく我に返る。

 捉把は先日、勝己に『ご褒美』についての制限を課せられた。勝己以外には行わない、独占的な要求ではあったが、助けられた身としては否定が難しく、渋々と承ったのだ。危うく禁を犯し、再び爆破の猛威に追われるところだった。

 捉把は我知らず額に浮かんだ冷や汗を袖で拭った。最近は鍛練に勤しんでいる勝己だからこそ、単純な爆撃でも使い方が違って侮れない。着実な進歩を彼が見せる中、自分は暴走して何もかも判らなくなる始末。現状の改善が求められる。

 下手に動けば悪化するのは当然だが、それでも何もしない方がなおさら改悪への一途。

 死柄木の言葉が正しく、脳無が自分と深く関係するのなら、いずれ相見えるだろう。高確率で彼等とは対決し、彼らを作る“何者”かとも対峙する。捉把の記憶の中で微かに登場したあの悍しい“何か”。

 それらを打倒した時、真に捉把は忌まわしき過去と訣別を果たせるのだろう。その為にも、今を常に最善にして行く必要がある。再決意からの再始動、捉把は決然と出久に振り返った。

 

「出久くん」

「ん、何??」

「景気付けに牛丼」

「?食べるの?何時?」

「今から」

「今!?」

「出久くんと」

「僕と!?」

「二人で」

「二人!?」

「さあ、時間は有限だよ」

「あれ、言葉通りに取るべき行動が逆な気がする!?」

 

 USJの件の翌日は臨時休校だったからこそ、出久は張り切っていつもより早く家を出発したので、時間の余裕は幾らでもある。それでも、飯を悠長に食える程の猶予は無い。

 捉把は途中下車し、出久を引っ張って近くの牛丼を探すのに五分、食事に二十分、学校到着に半刻を要した。

 これぞ危惧した“下手な行動”であったとは、牛丼の催す満腹感で未だ実感出来なかった。

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

 

 道中は力走する二人。『獣性』で常に異形型“個性”を除く平均的な身体能力を遥かに上回る捉把は、余裕で道を走行し、何なら出久を待って何度も足を止めていた。結果として、その過程で何かを悟った出久がブツブツと独り言を呟きながら手帳に記録し、“個性”を調整して一時的に瞬発力を高める術を体得した。

 

「出久くん、面倒臭くないの?」

「ちょ、走りながら喋っ!!」

 

 転倒する直前に捉把が襟を摑み上げる。

 

「出し入れするしか出来ないの?“個性”は体の一部なんだから、もっと連発して動けない?腕の延長、直立の補助器みたいなものなんだよ」

「うーん……奥の手じゃなくて、もっとフラットに考えるべきなのかな?」

「うん、そうだよ。今の出久くん、何だか一部しか点火させない駄作コンロみたいだよ」

「駄作コンロ!!」

「加減はどうやっているの?」

「えと……レンジで温めた卵が割れないイメージ」

「独特だね。でも、それじゃ焼きそばがふっくらしないよ。一部しか暖まらないから」

「ん?」

 

 出久が首を捻った。

 

「ほら、インスタント焼そばは湯で三分待機して、湯を抜いた後に一分間レンジで温めると麺がふっくらするんだよ。私は時間に追われている訳でもないから、美味しく頂きたい時にそうして――」

「ああ!!そうか!!」

「……今度試してみて」

 

 出久が独自の世界に浸り始めたので、捉把が肩に担いで路傍に移動させる。

 

「空狩さん、行ける!」

「何が?」

「必要時にONとOFFを一々切り替える必要なんてなかったんだよ!一部しか熱が無いからこうなる、なら――」

「??うん」

「最初から、万遍なく熱が伝わるイメージで……!」

 

 切り替えを何度も行えば、次第に脚に腕が付いて行けず、転倒する事が多々。筋肉の運動では、走行中に腕を振り上げる際に呼応して足が意識的に振り上げられる反射状態になる。滞りなくすべてが稼働するには、一部のみの強化では行動に最適な平衡が維持できない。

 全身に常時稼働させ、最初は数歩しか続かなかった“個性”だったが、感覚を捉む内に持続時間が延長されていく。

 捉把は目に見えて成長する出久に手助けせず静観していた。

 次に出久は効率よく全身を連動させるイメージで“個性”を発動させ、何度か立ち止まりつつ試行を繰り返し、微弱ながら全身の身体能力を増幅させるに至った。その発想の手懸かりが、食生活改善で静かに捉把の日常から離れようとしているインスタント焼そばと知って、捉把は感慨深くなって一層出久を心中で“平和の象徴”と呼び讃える。

 

「名付けて、全身常時身体許容上限(5%)・ワンッ……フルカウル!!」

「え、出久くん速い。え、5%でそれなの?というか、発想が湯抜き後のインスタント焼そばって、えらく地味だよ」

「そこは……オールマイトのお墨付きだよ!」

 

 捉把は『5%』という微力でありながら格段に加速して奔る出久に驚愕する。入学当初から未知の“個性”だが、まだまだ彼には伸び代があるようだった。

 調整を間違え、何度か転ぶ都度に捉把が支える。およそ二人三脚の様な二人の姿に、街路を往来する人々は奇異の眼差しを投げ掛けた。

 何かを捉んだ!!

 それから出久の歓喜の驀進、追走する捉把。二人が猛然と駆けて行く様子に、校門前で先生に制止されたのである。“個性”の無断使用について厳しく注意され、結果として構内の敷地に入ってから教室までは自力だった。

 

「ぎ、ぎりぎりセーフ……!!」

「だね」

 

 教室に滑り込んだ出久が床に項垂れる中、悠々と入室する捉把に勝己が朝から凶相で迎える。理由を問われて素直に応ずれば、アイアンクローを喰らって暫し悶絶。続いて遅刻寸前で入室する所を見咎めたフラフラの相澤に拘束されてしまう。

 着席出来ず、一人教卓の隣で膝を突いて縛られた捉把に、ヒーロー志望の全員が何も言わず、さも空気の扱いで相澤の安否に次々と声を上げる。彼女を制止できなかった己の甘さに出久が恥じる姿は捉把の味方、唯一の救いであった。

 先日重傷を負った13号と相澤は、リカバリーガールによる治療などを得て、少なくとも教職活動の続行を許された。相澤の両腕は固定され、顔も大袈裟に包帯で覆われている。それでも器用に捉把を襟巻きで束縛しているのは、さすがヒーローの技量という一言に尽きる。

 怒気を満身から熱の様に放射する勝己の気配に怯え、捉把は顔を上げる事すら儘ならない。ホームルーム後の叱責と面罵が如何なる物か、想像して何度も絶望する。

 

「俺の安否はどうでも良い。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

 

 その一言に、全員の心臓が跳ねた。

 

「戦い?」

「まさか……」

「また敵が――!!?」

 

 宗全となる一同を窘め、相澤は包帯の下で告げた。

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」

 

 

 

 

*************

 

 

 

「私が暇そう――という訳で」

「いや違うけれど!?空狩さんに“個性”の鍛練を手伝って欲しい。いや、君の時間を僕にくれだなんて凄く烏滸がましい事であるし君が余裕吹かしてる奴とかそんな他意は無いし君もしたい事はあるとは重々承知しているんだけれど本当にお願いなんだ君が認めてくれるなら」

「OKだから、“個性”じゃなく自分の罪悪感を調整して」

 

 捉把の手刀を頭頂に受けて黙った。

 雄英体育祭――“個性”発動により、個々の平等な身体能力などの基本概念が失われ、オリンピックが形骸化した今、日本で最も熱烈に愛される。尚、ヒーローなどが観戦するとあって、将来的なヒーロー会社所属への非常に大きなアピールの可能な場所。云わば、生徒にはまたとないチャンスなのだ。

 この行事に燃えぬ生徒が居る筈もなく、体育祭までの猶予は準備期間となり、皆が個々の実力を上げて挑む。自身の進歩に思い悩み、つい今朝に捉把との登校で思いも依らず見付けた突破口をより精緻に統御したいと一心に願って捉把に修練の相手を志願している。

 捉把としては、既に雄英体育祭に向けての訓練を始めていた。週に三日、放課後に相澤が立会人として同伴し、修練場にて“個性”の手段の幅、即ち応用に関する能力を高めている。元は単独で行う予定だったが、相澤が聞き付けると自ら随伴を願い出た(強制された)。

 やはり教師陣からの監視を免れ、体育祭当日で披露して驚かせる予定は見事に帳消しとなったが、順調に成長していた。

 

「大丈夫、出久くんのも付き合うよ」

「本当にありがとう!!」

「でも私も週二日限定の門限がある、基本的には八時に帰宅」

「週二の門限?両親と食事会、とか?」

「いや、勝己くんが監察に来るんだ」

「かっちゃん!!!!?監察!!!!?」

 

 捉把の表情が若干沈んでいた。

 

「食生活改善、私の生活術基礎知識の復習なんかも面倒みられていて。正直、出久くんとの鍛練で潰れて有耶無耶にならないかと考えている」

「成る程!生活自体を調整し、見直すのか!僕も見習わないと、そうだよね、鍛練に合わせて生活を整理すれば――」

「あ、いや。私の場合だけだから」

 

 出久の愚直な部分には素直な感心しか無い。

 捉把には無い異常な程の積極性、自分と向き直る時にも、素直な性格と難事にも勇敢に取り組む意思や柔軟な思考があり、誰よりも磨かれていない部分が多く、その為に劇的な変貌を遂げる。出久の成長を見て、畏敬と焦燥を覚えぬ者は居ないだろう。特にそれが顕著であるのは勝己であり、彼が鍛練に猛進するのもまた出久に味わわされた敗北。

 捉把としては、寧ろ近くに出久の様な存在が居る事こそ、成長する一歩を飛躍的にする要素だと確信した。

 

「私からもお願いするよ、出久くん」

「こ、こちらこそ!!」

「じゃあ、先ずは景気付けに牛丼を食べよう(飯が食いたいだけ)」

「!そうだね!(発想の端緒となった捉把の行動に忠実)」

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 勝己が玄関に黒エプロンで佇んでいた。

 門限にも一向に姿を見せない捉把にもはや怒りが頂点に達しようとしていた。

 

「……このクソ女ぁ……ッ!!」

 

 捉把が帰って来た。

 

「オラァッッ!!!!」

「ごめん、牛丼食べてきた」

「ざけんな!!」

「大丈夫、勝己くんのご飯なら幾らでも食べられる」

「さっさと食えや!!!」

 

 割りと彼は寛容だった。

 

 

 

 




わりと茶番会になりました。
次回、体育祭。
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