その一騎討ちは白熱した。
爆撃を織り交ぜた格闘術の勝己と、全弾命中してなお耐久して鋼鉄の反撃を繰り出す切島。捉把のクラスでは攻撃と防御の最高峰たる二人の近接戦は、途轍も無く熱気に満ちている。どちらが準決勝進出を獲得しても遜色ない猛撃の応酬。
勝己が低い前傾姿勢で内懐に潜り込み、切島の腹部へ掌底を叩き付けながら爆破する。至近距離で炸裂する爆風に体操着もただの襤褸へと変えられた。しかし、衣服の下にある硬質化された皮膚にまで外傷は与えられない。
切島が反撃に右拳を振るった。相手の攻撃が命中する瞬間に合わせたので、回避はなかなか困難である筈だ。しかし、先の麗日戦でも見せた天性の反射神経を有する彼は、寸前で上体と巧みに運び、鋼の拳打を躱したが、掠めた頬に血が滲む。
後退した勝己に対し、全身の硬化を維持しつつ、挑発の言葉と共に再度近接戦へ殴り込む切島。彼の戦法は、短期決戦である。前回の鉄哲との猛烈な対決を制した後の彼は、未だ疲労が抜けきっていない。更に、主導権を一度でも握らせてしまえば、勝己から奪還するのは正直に至難の業といえる。
この――叩けば更なる進化を遂げる戦闘の天才を、切島は早々に打ち倒したかった。持久戦に持ち込むにしても、この強力な爆撃をいつまでも凌げる訳もない。
勝己の“個性”を用いた奇抜な体術は、相手を撹乱する為のものであるが、切島には効果を失っていた。理由としては、捉把の体術を直近で見ていた経験があるからだ。型は全く異なるが、着実に避けて予想外の角度から強力且つ正確な攻撃を突き刺す彼女に比較して、威力ばかりが高く矢鱈滅多な勝己に対して、あまり焦燥感は抱かない。
捉把と比すれば目で追える、反応だって出来る。
切島は知っていた。緑谷が一回戦を終えた廊下で、労いに行こうとした時、其所ではクラスでも特質な三人による争奪戦が成立していた事。捉把を懸けた男の戦であった。
どちらを応援すべきかと考えたが、そもそも己が介入する余地などない。
そこで、捉把が準決勝にて轟との対決が決定した時に肚を括った。こうなれば、勝己を打倒して決勝戦で彼女と相見えよう。彼女もまた轟を倒せば、もはや賭けは不成立となる。恋愛感情がある訳でもないが、特にこの二人には挫折を味わって貰わねばなるまい。
しかし、身体は限界が近い。硬化を常時発動して数分が経過する今、気を張り続けていたが、上から捩じ伏せようとする数多の爆撃と、度重なる烈しい近接戦で蓄積した多大な疲労が全身を蝕む。
勝己の鳩尾に入れられた一撃を最後に耐えた時、限界に到達した感覚を悟る。切島はその腕を摑み、彼の横腹を硬化した爪先で加減せず蹴り抜いた。如何に修羅の如き爆強勝己といえど、この痛撃に怯まぬ筈がない。
そう踏んで、胴に蹴りを更に叩き込もうとして、逆に前足を踏み変えた勝己の逆の手が、自分の腹を爆破で抉った痛みに呻く。硬化が緩んだ部分を見事に撃たれた。
駄目だった、この男を止めるには徹底して潰しに行かなきゃならない。性格はクソを下水で煮込んだ性格とはいえ、ひん曲がった根性も戦闘センスも一流だ。一切の油断が己の致命打となる。
踏み込んだ勝己の連続爆破。視界が塞がれる程に重ねられる、もはや鏖殺も同然の凄まじい勢いで畳み掛けられ、切島は全身の硬化が弛緩した途端に後方へと吹き飛ばされた。顎を撃ち抜く爆風と衝撃に、意識など繋げられない。
「死ねぇッッ!!!」
観客席では、捉把がエンデヴァーの隣でまたしても食事をしていた。昼食弁当を既に一つ平らげ、二つ目も既に〆の梅干を残すのみ。容赦の欠片もない幼馴染の様相、見慣れてはいたけれど親友が打ち倒された姿に無感動でいられはしない。
捉把が席を立った時、去り際にエンデヴァーが拳固を突き出す。その中に物が握られていると察し、下に手を差し出すと饅頭が掌に落ちた。彼なりの労いかと思っていたが、またしてもあの悍しい笑顔で捉把を見詰めていた。
その場で開けてぱくついた。中には甘いアンコ、彼女の大好きな甘味を把握しての品であった。
「学んで来い、我が最高傑作の実力をな」
「そうですね。決戦前の饅頭は美味しく頂きますけれど、敗けて帰って来たら和食を」
「ム?何故……また貴様に……」
エンデヴァーの呆れ顔に、捉把は人差し指を立てた。
「落ち込んでいる女の子を慰めて下さい」
「そんな戯れはせん」
「出来ないんですね、No.2も大した事はない」
「判った、舐めてるな!?良いだろうッ!……おい、予約だ、そう、それで良い、よし、予定は――」
予約を急ぎ取り始めたエンデヴァーに、捉把は弁当を然り気無く彼の膝の上に安置し、その場を立ち去った。舞台への道を急ぐ、もう大会も大詰め、四人での一年生頂上決戦だ。
敗ける積もりは毛頭無いが、それでも和食店――それもエンデヴァーが予約で即座に撰となれば、如何なる美味が其処で待っているかと期待も膨らむ。意気揚々と廊下を歩く捉把の前に、意気消沈した切島の背中を発見する。傷もあってか、足下が覚束無い。
隣へと跳び寄って、その肩を強く叩いた。親しみを込めた優しい一撃だったが、戦傷には響いたようで、暫く踞ってしまう。
切島が顔を上げた。犯人は無表情だが、顔に似合わず屈み込んで心配してくれる少女。何たる奇縁か、入試以降もずっと交友関係が途絶えた事はない。
「どうしたの」
「……俺、油断しちまった。相手を見誤って、勝ち誇って……漢として情けねぇ!!」
心底から己の不手際に落胆している。
捉把は彼の両手を握って、自分の額に当てる。
「大丈夫、悔しいと思えたなら君はまだ成長するよ」
「……空狩……!」
「任せて、私も轟くんを全力でブチのめす」
「女の子がブチのめす、て!でも、やっぱ漢だな!」
「任せて」
目元の涙を見せぬよう腕で隠して天井を仰ぐ切島に、上着を脱いで投げ捨てる。
「優勝、決めてくる」
「まだ準決勝!!んでも頑張れよ!!」
捉把は彼に手を振りながら、その場を離れた。
****************
捉把が現れると、会場が震動する。
今回筆頭の優勝候補、美しく逞しいとあって周囲からの評価は凄まじい。先約でエンデヴァーからの指名が来ているとは知らぬ者の応援にも、捉把は四方に一礼して挨拶する。最初から全力で挑むべく、上着は既に切島に預けた。優勝予定の女子が愛着している体操着である、ご利益充分と意味の判らぬ効果を付与した物を、観客席では切島が旗のように振っていた。
目の前には轟が登場する。
最初から気迫も出久の時と同様。本気で挑むべき敵を前にした面構えだった。クラスで常に一位を独占した力は、体育祭でもやはり並ぶ者が居ない。捉把には超えなくてはならぬ壁だ。
睨み合う両者の覚悟を汲み取り、プレゼントマイクか盛り上げる。
『さァ、今年の体育祭の華の筆頭!そのカッコは恥ずくねぇ!?破天荒で本っ当に先の読めねぇガールだ!!
一年の風雲児ことヒーロー科1-A、空狩捉把!!』
捉把が髪を一つに結い上げる。
『このまま優勝まで直進か!?二位、そして一位と圧倒的過ぎる!!少女には勝って欲しいぜ!
こちらも優勝候補のヒーロー科1-A、轟焦凍ォ!!』
『空狩に肩入れするな』
轟は体温調節も終え、磐石の態勢で構えていた。
捉把は不敵にも優雅に体操を始める。余裕の構え、観客席で静観するクラスメイト女子が期待の眼差しを投げ掛ける。トップ4進出を決めた女子は、捉把一人のみなのだ。だからこそ、優勝にも希望が寄せられた。
捉把が相澤への手を振ると、何処からか「こっちもだ小娘ェェエ!!」という咆哮が聞こえる。いや、聞こえない。
「親父に随分と好かれてんな」
「敗けたら和食亭に連れて行ってくれるんだ」
「……」
「けれど残念だね。君に勝つんだから、その予約も反故になってしまうから」
大胆な捉把に轟は首を横に振る。
「悪ィな、それは無理だ」
「それは判らないよ……全力でもない君なんて、大した事もないから」
「…………」
早くも挑発し合う二人に、ミッドナイトが声を張り上げる。
『では――――始めッ!!』
号令と同時に、捉把の『空間』が発動された。舞台の大半を占有する無色透明な半球状の領域、ここでは捉把の命令が絶対となる。抗う者も、並ぶ者も許されない。
初手に轟が地面を踏み締めると、巨大な氷の柱が打ち立てられた。舞台の半面を凍結させる強力無比の一撃。前景を網羅する氷に、ミッドナイトも舞台から咄嗟に飛び降りて回避したが、爪先が凍ってしまった。
出久の時とは比較にならぬ力である。機動力を奪う、相手の進行方向を狭める、そんな小賢しいものではない。正真正銘、最初から潰す積もりだ。
1-A女子が息を呑む中、氷柱が粉砕された。空気自体が震動する感覚に、轟も歯を食い縛って耐える。此所で起こるあらゆる現象が彼女の意思を体現したモノであり、物体は彼女の支配下に降る。上鳴電気の戦闘もそうだが、放電された電気を総て跳ね返す技――電流のベクトルや電圧までも操作してしまう。
浮遊する氷塊の上に捉把が立つ。麗日の“個性”すら再現可能らしく、そして彼女よりも重量に関する許容量に制限が無いからか、全く反動に苦しめられる色も見せず膝を抱いて座った。
轟が続く第二撃を仕掛けんとした時、散乱していた氷塊の総てが頭上で巨大な球として合体する。捉把の手が翳された先に隕石が生成され、さらに大きく成長して行く。観客席も唖然として静寂に包まれ、勝己は目を見開いた。舞台上二〇メートルに形成された破壊の使者、直径一〇メートルのそれが、捉把の指先の動きに合わせて墜ちる。
先程と同じく氷柱を作り、太く鋭利な先端で打ち砕こうとしたが、半壊しつつも逆に押し潰して来た。捉把の力で、氷塊の集合体は強力な引力を持つ核を持ち、容易に破砕できる代物ではなかった。接近するに連れ、次第に轟の体も引力に吸い寄せられそうになる。
この圧倒的破壊力を回避するには――……!
轟はエンデヴァーを見遣る。予想以上の力に驚いて、彼は隕石に夢中だった。ただの生徒でありながら、No.2の彼を驚嘆させる実力。捉把を見ると、平生とは違う表情――人形の如く無表情、それでも心臓を摑む様な恐怖で相手を与する絶対強者の風格だった。
轟の半身が灼熱を帯びて、氷の星を打ち砕く。会場内を吹き荒ぶ冷気は、瞬く間に暖められて小爆発を起こしていた。舞台の全体に、またしても亀裂が走る。
氷の残骸はそのまま地面に落下――する寸前で旋回し、轟へと直進した。驚いて再び足下すら焦がす熱気を放射し、命中の寸前で水に還す。
危なかった、その感覚と共に轟は悟る。今までの彼女とは桁違いだ、自分を殺しに来ているのだ。その気迫が剰りにも正対したもののないほど圧倒的で、左を出さざるを得なかった。正面からという点については似ていても、義憤と勇気で心の隔たりを打ち砕く出久とは違い、戦慄で相手の奥底を自ら引き出させる捉把。その雰囲気が、敵か死柄木とは別種のモノを匂わせた。
轟が顔を上げる。
先刻まで彼女が座っていた氷塊の上に姿がない。
そう視覚で確かめた時、内懐で肚を竦ませる殺気を感知した。自分の物理的な寒気とは異なり、人の心を凍てつかせる冷気。左右を同時に発動させながら下へ視線を遣ると、片腕を刃渡りが六〇センチほどある禍々しい凶刃に変貌させた捉把が居る。
既に振り翳す初動に出ていた。こんな至近距離まで、気配を殺して接近し得るものなのか。氷達を撃墜すべく人では近付けない熱気を放って、まだ一秒である。
足下を氷が迸り、炎が虚空を焼き焦がして逆巻く。
空間置換で即座に距離を取った捉把は、右腕を今度は前腕から筒状の管が生えた形状に変え、足下の瓦礫の一塊を腕で摑む。轟はその形に、瓦礫を手に取った行動に嫌な予感を覚え、重厚な氷壁を展開する。
炸裂音――氷壁を穿ち、轟の横の空気を薙ぎ払って砲弾が突き抜けた。壁に空けられた穴からは、右腕から硝煙を立ち上らせる捉把がいる。可笑しい、『獣性』でも有り得ぬ“個性”だ。
砲撃の脅威を免れた轟は、横へと走りながら氷壁を張る。彼女を囲う円形の氷が完成し、轟はその中心へと火炎放射器さながらの熱量を左から放出した。――蒸し焼きである。相澤から聞き及んでいたが、恐ろしい能力の一つに『超再生』があるという。火傷程度なら一瞬で回復する。
それでも隙が生まれる筈だからこそ、狙い撃てば勝てる。正面衝突よりも、場外へ叩き出す事が優先だった。
「全方位・斥力」
熱さえも斥ける。
氷壁の上から飛び降りた轟の前で、炎熱の中を悠々と歩み出る捉把が居た。
「だんだんコツが摑めて来たよ」
その時、捉把の左手から炎の奔流が放たれた。
瞠目する轟は、同等の冷気で相殺する。衝突した熱気と連鎖爆発を起こし、会場内はもはや言葉を失っていた。濃密な蒸気によって秘匿された舞台上にプレゼントマイクが叫ぼうとして、ふと隣を見れば既に相澤が退室している。
愕然とした轟は改めて捉把の分析を始める。
『空間』による支配、『獣性』による高い身体能力と生態の再現、身体の一部を武具に変形させる“個性”、そして轟の左と同じ炎熱の能力。最後に関しては、全く聞いていないものだ。彼女の“個性”は幾つあるのか、これではまるで――脳無、いや“それ以上の何か”であった。
晴れて行く蒸気、まだ観客には見えないが、轟には捉把の姿が見える。地面に踞っている。前に進み出て覗くと、足下に血を吐いていた。口を押さえて咳き込む。
明らかに異常状態だった。
「空狩……お前……?」
「ごめん、物間くんと違って、“借りる”のは負担が大きいや」
捉把が再びその体勢で炎を放つ。
同じ炎熱で相殺しようとしたが、轟の“個性”が発動しなかった。咄嗟に右の氷壁で防御する。またしても蒸気が上がる。
轟は不発の原因を探るべく、改めて左を確かめた。今度は確かに炎が出る。捉把の姿はこちらから見えない、B組の物間と同様の『コピー』とは異なる。状況と彼女の言動を見れば、まるで――“個性”を一時的に奪ったかの様な現象だ。
横合いから濃霧を切り裂いて現れた捉把の蹴撃で轟は地面を転がった。口端に血痕を残しつつ、捉把が気丈に背筋を伸ばして立つ。
「ここからだよ、轟くん」
「……お前、何者なんだ?」
つ、次だね、次。