真っ向から相手の心の隔壁を撃ち破る正義の出久。
対照的に恐怖させる事で相手の本性を暴いた捉把。
「君……左を使わずに全力なんて、高が知れてるよ」
「……んだと」
轟の前で捉把が前傾姿勢になった。
「それでプロになった時、左を使えばより多くの人が救えるかもしれないのに。君がやろうとしているのは、お父さんの拒絶だけれど、転じて将来はより多くの人を見殺しにする行為――本当に、それがなりたいヒーロー?」
向こう側から語り掛けてくる声。
複数の“個性”を持ち、相手の”個性“さえも一時的に奪う。特異な力に轟は氷壁に身を隠し、驚いていた。先日の襲撃戦で対峙した脳無、それ以上の恐怖を感じた。しかし、強力な故の反動なのか、突然吐血している。
捉把は砲口にした右腕を戻し、口許を拭って轟に肉薄する。”個性“の性質上、威力が高いため大技になってしまう彼の傾向から推察し、戦法は近接戦で封殺するのが好適。
轟は氷山を生成し、その頂上から直下に居る捉把へと灼熱の拳を突き下ろす。炎の滝と形容すべき奔流が氷の岸壁を流れ落ち、捉把を正面から呑み込まんとした。地面を焼き焦がして唸る火の波頭。
捉把が右手を地面に叩き付けると、一瞬で氷壁が出現した。またしても驚愕する轟に、捉把はたった一回の跳躍で氷山の頂上に着地し、その顔面へ回し蹴りを繰り出す。最初から氷結を恐れ、脚部に炎熱の鎧を纏っていた。
右手で摑んで受け止め、またしても熱暴走による爆発が二人の間で爆ぜる。轟音を打ち鳴らした両者は、互いに接触した部位に損傷を負う。嘶く爆風に乗せられ、氷山の上から二人は転落した。
自分の”個性“が殺傷力の高い凶器であると日常で重々承知していた轟は、それでも捉把に手加減をする余裕が無かった。捉把の瞳は、紛れもなく敵を殺すまで止まらない眼をしている。
蒸気の煙幕を突き破り、捉把が両腕を刃にして跳躍した。轟は阻むべく鋭い氷塊を幾つも地面から突出させるが、斬り裂かれ、粉砕され、迫撃の足は止まらない。
轟の右手が瀬呂の時と同様の、最大出力で会場内を冷却する。舞台の半面を覆い、会場よりも屹然と高く聳える氷山が出現した。幾ら捉把といえど、これを脱する術は無い。”個性“発動の前に凍らせてしまえば、”個性“を奪って炎熱で溶かしても時間を要するし、それまでに行動不能の判断を降して勝利できる。
体育祭の部隊上は完全に蒸気で二人の影すら見えない。ただ、蒸気の中では未だに戦闘が続行されていた。審判の視界から姿を晦ませた両者が本気で激突する。それは、ある意味では管理の無い危険な決闘だ。
舞台の側に駆け寄った相澤は、逆巻く烈風に肌を刺す冷気と鼻先に焦げ臭い匂いを漂わせる熱気の交錯を感じ取る。鍛練中に判明した事だが、捉把に備わった特異な力は、元より“個性”を複数持つのではなく、“個性”を奪う性質があった。
元来の『空間』と『獣性』は兎も角、『超再生』は先日に戦闘した白い脳無、『刃』は入試で対決した怪物からだろう。轟に対しては一時的に借りるように使用後に無意識の返却をしている。しかし、連発すると凄壮な反動によって、内臓を痛める場合があるのだ。原因は未だ不明で、相澤もどう処したものかと思い悩み、教師陣にも相談していない。
捉把は自損覚悟の全力で轟を迎え撃っている。――出久とは違う、相手の実力を畏怖で引き摺り出して。それはヒーローというよりも、圧倒的な敵に近い。殺意で相手を圧迫し、抑制された力の解放を図るなど、ヒーローの所業ではないのである。
蒸気の一部が晴れて、捉把の姿が現れた。左半身に炎を装備し、轟の襟首を摑んで地面に叩き付けていた。受身を取って、倒れた場所から氷山を形成させる。先端が捉把の左脇腹を抉って弾き飛ばした。
地面を転倒する捉把の損傷は、瞬く間に回復する。直ぐ様体勢を立て直し、跳躍しようとして吐血。膝から崩れ落ちて、暫し咳き込んでいた。鍛練の時よりも深刻になっている。使い慣れない“収奪・行使・譲与”を繰り返した結果だ。
氷山の上で轟が観客席を見遣った。欄干に摑まって身を乗り出した勝己の姿。あの角度では、濃密な蒸気の奥で捉把が血を吐いているのも判らないだろう。
漸く落ち着いた捉把が駆け出し、“領域”を展開して空間震動を起こす。氷が微細に砕かれ、轟は着地に備えて氷を展開するのも難しく、左足から噴出させた炎で空気抵抗を起こし、落下速度を緩める。
空間の震動が終わり、地面を転がりつつ床面を総て氷結させた轟。跳躍で躱し、そのまま表面を滑走する捉把を炎で迎撃する。斥力で弾き、至近距離まで詰め寄った。最も内懐に招き入れては危険な人物が捉把だ。
戦いた轟の胸部と腹部に、高速で畳み込む拳打。横隔膜を麻痺させる急所ばかりを狙い撃つ攻撃に、轟は肺の奥から空気が漏れる。しかし、咄嗟に触れた手で捉把の左腕を凍らせた。
轟の顎が突き上げた捉把の拳固に撃ち抜かれる。意識が揺らぐ、右腕一本による連打で轟は益々後退し、枠線までの距離を急速に縮めていく。防御した腕の上から捩じ込まれる膂力に、踏み堪えるのが精一杯。“個性”を発動するにも、脳震盪と軽微な呼吸困難の状態に陥った現況では、調整が上手く行かずに会場を破壊する恐れがある。
人の安全を考慮する際、轟の中に捉把の身の安全は無かった。捉把の全身から冷気と熱気が溢れる。自分の“個性”を両方奪い取った彼女の猛撃が来ると予測し、その腕を摑んで身を捻り、背負い投げで地面に叩き付けた。出久の試合で見たままの技だが、捉把の攻撃が止まる。
地面に背を着けた彼女を、即座に氷結で磔にした。固定されて動けないが、それでもまだ諦めずに動く捉把。
「終いだ、空狩」
「確かに……これで、最後だよ――」
捉把の左手に漲る熱の膨張。
轟は右手に最大出力の冷気。
相反する両者の滾る力の衝突に備え、セメントスが観客席、それから舞台を囲う防壁を展開する。恐らく想像を絶する破壊力が発揮される。――それはオールマイトの拳にすら匹敵するだろう。
上下から引き寄せられる様に、互いの掌が打ち付けられた。衝突と同時に、舞台を蹂躙し冷熱を攪拌する爆風と衝撃波。セメントスが観客席に張った防壁が噛み砕かれ、ミッドナイトも端まで弾き飛ばされる。轟風に吹き掃われた場内に、またも蒸気が立ち上る。幸いにも被害がそれ以上に波及する事は無かったが、審判達の居る場所まで堆積した瓦礫で山が形成されていた。
舞台があった窪地の中心では、轟が右足の靴とズボンの裾を失い、右の上半身が肌蹴た状態で立つ。威力を辛うじて相殺したが、衝撃で未だ続く脳震盪に響き、膝を突く。前のめりに地面に手をついた時に、掌に柔らかい感触がした。
まだ手元は蒸気に満ちている。
ゆっくりと晴れた先には、捉把が眠っていた。外傷は見られな――轟は目を見開いて、無表情のまま蒼褪める。彼女が着衣していたチューブトップが完全に消えていた。先程の攻撃の余波だろう、そう、今彼女は上半身が裸だった。
しかし、何よりも轟を凍てつかせたのは、謎の手応えを感じていた右手が、失神した彼女の胸をまたしても鷲摑みにしていた事である。轟は直ぐ様、氷結で捉把の全身を隠し、地面に寝かせたまま直立した。
漸く舞台の全容が晴れて、観客が目にしたのはまさにその時だった。舞台の端に居たミッドナイトが、震える腕を挙げ、掠れた声で勝者を宣言する。
『しょ、勝者……轟焦凍……寒ッ!』
轟はふらふらと観客席に駆け寄り、クラスメイトを見上げた。
「切島、空狩の上着を……服がやべぇ」
「え!?お、おうわかった!」
投げ渡された上着を受けとり、捉把の元へと戻ると、氷壁を全方位に張って隠す。目を伏せながら、氷結から解放した捉把に上着を着せ、両腕で抱え上げた。
舞台を去る前に、エンデヴァーを一瞥して医務室を目指す。
『な、何と空狩を連れて轟が走り出したぞ!?というかヘイ、ミイラマン!!あんた何処居んの!?』
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舞台出入口の廊下を駆けていると、相澤が待っていた。
「空狩は預かる、お前も客席で休め」
「いや、俺が」
「大人の事情が絡む」
轟は渋々と捉把を渡した。
受け取った相澤は、彼女の状態を検める。『半冷半熱』を行使していたが体温も正常、外傷は見受けられないが、このまま放置も拙い。
何よりも――捉把との面会を申し出た人物が居る。相澤は捉把を抱え上げ、轟を残して医務室へ向かった。特異な“個性”を持つ少女の全身全霊。仮に命を削る実戦だったなら、相手を即座に無力化できただろう。完全にその“個性”を把持すれば、誰にも敗けないヒーローともなる。
しかし、内面に混在する狂気じみた何かは、敵にも通ずるモノを感じた。指導者の差配によっては、善悪のどにらにでも天秤は傾く、捉把の場合は特に扱いが難しい。医務室に辿り着くまでの途中で、捉把の目が覚めた。
「……相澤」
「教師を呼び捨てか」
「先生、ごめんなさい」
「敗けたな、補習は覚悟しておけ」
「先生、ごめんなさい」
「医務室でお前と話したい人がいるらしい」
「ごめんなさい」
「ゆっくり休め」
「……ごめんなさい……」
唇を噛む捉把に、相澤はぶっきらぼうに言った。
「……準決勝よくやった、と言っておく」
「……ぅッ……ぅぅ……」
相澤の胸に縋り付いて、捉把が震える。
やはり悔しかったのだろう、普段なら想像も付かないが、彼女も人であり、涙する時がある。強いからこそ、誰よりも敗北感は深甚であり、心痛は激しい。
泣いている捉把を医務室に連れて行くと、扉の前ではスーツ姿の八木俊典が待機していた。目は窪み痩せこけた姿は、見るからに弱々しい。相澤を見付けて揚々と手を挙げる。
医務室のベッドに寝かせ、二人だけにした。
少し目許を腫らした捉把に、眼窩の奥で八木の目が戸惑いの色を見せる。
「準決勝凄かったよ空狩少女。結果は敗退だったとしても、君は優秀だ……相澤君も喜ぶ」
「出久くん、残念でしたね」
「彼も仕方無い、本当にお節介な子だよ。……誰に似てしまったんだか」
感慨深く頷くと、八木は真剣な表情で捉把を覗く。
「リカバリーガールは、表彰台まで休め、と。決勝は見れない」
「そうですか」
「時間もあるから聞きたい、君は――何者なんだい?」
その問いに首を傾げた捉把に、八木が側の机に置いてあった書類の束を膝の上に乗せて紙面を軽く叩く。
「雄英高校が君の身許を調べたんだ。でも、父母に関する情報があまりにも少なすぎる。母親は幾つも戸籍を持っているし、それも偽造だった。入学当時に採種した血液からDNA鑑定を行ったけれど、父親らしき人物が全く該当しない」
「…………」
「君が戦闘中に見せた、“個性”を奪い己が物とし、他人に分け与える力。そんな規格外の“個性”を見たのは……二度目だ」
「二度……目……」
八木が身を乗り出した。
「君の父親について、何か知っている事はあるかい?」
「……記憶が曖昧です。けど、体育祭中に見た夢で……男が、私の母の“個性”を奪い、私に与える情景がありました」
「素顔はどんなだった?」
「判りません。でも、男が私の父親なのは確かです」
八木が長嘆の息を吐いた。
「もしかすると、君の父親は――オール・フォー・ワンと呼ばれる男かもしれない」
「……皆は、一人の為に?」
「うん。超常社会黎明期に現れ、悪を牛耳る影の支配者だ」
八木の沈痛な声に、捉把は目を伏せた。
「八木さん、それよりもエンデヴァーを呼んで下さい」
「ええ!?どして!?」
「今日は出久くんと轟くんも誘うので、予約内容の変更を申請します」
「あのエンデヴァーと食事の約束したんだ、君は本当に凄いね空狩少女」
「今日は自棄です。たらふく豆腐を食べます」
「……栄養、偏らないようにね」
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画面を見詰める男は、雄英体育祭のある一試合を何度も視聴していた。横に居る白衣の老人は、あきれたように見ている。
「そんなに気になる?」
「ああ、どうやらUSJで送った僕の贈り物を受け取ってくれたらしい。入学試験の際は気付かなかった詫びとしてだけど、これを見るに着々と成長している。
うん、いつかは弔と共闘して欲しい」
画面をズームアップして、少女を見詰める。
「母親に似たね、けれど君は此方側だよ――捉把」
次やで、よっしゃ次や!