空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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九話「皆も手羽肉を頼もうよ」

 

 

 国立雄英高校の最寄り駅前のカラオケは賑々しい。

 特にその一室は、先日の激戦を勝ち抜いた猛者も列座するとあって、雰囲気は限界を知らずに昂っている。室内に反響する音は、もはや叫び声にも等しく、音律を保つ程度の危うさ。些か耳鳴りもする事があり、“個性”の影響もあり、聴覚の優れた耳郎響香には、甚だ鼓膜への痛撃極まりない。

 被害者として名を挙げるなら、空狩捉把もまたその中の一人である。頭頂の耳を介し、烈しい音響に苛まれて顔を顰めていた。轟家での快適な生活――特に朝昼晩に供される料理で、以前の偏った食生活改善が成功。

 それでも不安の種が一つ。

 勝己には、未だ轟家への移住を伝えていない。奇しくも、移動当日が勝己の監察と重なっていた事を今更ながらに想起し、なお連絡し難くなっている。体育祭後の休日となり、より謝罪は早い方が相手に誠意が伝わるが、理解していても恐ろしくて実行には至らない。相手があの爆発さん太郎ならば尚更の事。轟家に拠点を移して二日目、休み明けは地獄と化す予感。

 本日は1-A女性陣による打ち上げが開催され、家で惰眠を貪っていたが、芦戸の執拗な勧誘に圧されてしまい、捉把は参加の意を伝え、今ここに居る。一学年の体育祭首位を争った男子三名を手玉に取る少女とあって、周囲からの関心が強く寄せられていた。

 何よりも勝己との恋人紛いな仲睦まじさに、色恋沙汰に耳敏く、好奇心を擽られる芦戸が冷静に己を御せぬのも必然。八百万と葉隠の歌唱中も、ひたすら質問攻めに遭っていた。

 しかし、捉把は依然として気にも留めず、適当な返事をするばかりで、手元のスマホを操作する指を止めない。内容としては同居人――轟焦凍と冬美とSNSで会話を行いつつ、勝己への謝罪文構成。

 

「爆豪とは何処で知り合ったの?」

「監獄」

「何か闇ありそうな設定!!緑谷と轟、あと切島は?」

「出久くんは中学校の同クラス。切島くんは受験中。焦凍は――」

「ん?……焦凍……」

「??」

 

 食い気味に見詰める芦戸に、捉把は小首を傾げた。

 机上のマイクを摑み取った芦戸が、一室の中で高らかに捉把を指差しながら告げた。

 

「何で、轟を名前呼び――――――!?」

「うん、事情が複雑だから説明が難しいけれど、端的に言えば私は轟家の厄介になっていて、焦凍の姉さんや兄さんと区別を付ける為に」

「それ、もう親公認ってこと!?」

エンデヴァー(おじさん)の許可は貰っているよ」

 

 全員が凝然と捉把を注視する。

 本人は冬美からの返信が無い事を確認し、カラオケの注文表を手にしてデザートの一覧を検めた。一同愕然など意に介さず、空いた小腹を至福で充たす品を吟味する。図太さと群を抜いた行動力は、全員が知るものの、熟その一挙手一投足には始終目を惹き付けられてしまう。

 メンバーでも薄着で寛ぐ姿に、同性でも生唾を呑んだ。人目を惹き付けるカリスマ性か、人を率いる為に必要不可欠な要素を備えている。美貌と立ち居振舞い、危地における行動と周囲への差配。追随を許さぬ傑物とは正に彼女であった。

 だからこそ、そんな捉把の色恋に誰もが耳を傾けてしまう。

 

「何かあった!?轟と!?」

「……一緒に人生ゲーム」

「人生……ゲーム……!」

「あと、色々な勉強?」

「色々…………!?」

 

 無駄を省くあまり、重要な部分さえも割いた結果、次々と誤解が生じる。我知らず災難の種を振り撒きながら手羽肉をカウンターに注文する捉把の周囲は、俯いて脳内の映像をより精細にしようと思考力を高めていた。

 その中で、徐に八百万が手を挙げる。

 

「あの……爆豪さんは、その件をご存知なのですか?」

「勝己くんは……――あぁ、ヤバい」

 

 項垂れる捉把に、芦戸が更に詰め寄る。

 

「焦れったい!色々な勉強って、例えば!?」

「お互いに弱点になる学習教科を分析したよ」

「ほ、他には!?」

「蕎麦作り、茶道、襖の修繕、裁縫……凄く有意義だった。人間開拓とは、こういった事だね。冬美さんには、最近のファッションについて教えて貰ったり、女性としての振る舞いも」

「……!?」

「今日は女性陣ばかりだから良いけれど、男子と出掛ける際には、きちんと……何だったっけ……そう、露出の少ない服装!これを心掛けろと教授して貰った」

 

 真顔でも、どこか誇らしげな色の見える眼差しに全員が嘆息する。淡い期待は打ち砕かれた。焦凍と繋がる彼女の女子としての一面が芽生えた出来事を希求した一同にとって、何とも乾いていながらも、やはり捉把らしいと納得のある回答である。

 捉把は短期間で濃密な体験をしていた。轟家で部屋へ荷物を運び、適当な間取を決定すると姉と共に様々な事に興じる。中でも蕎麦作りでは、焦凍の指導も入って珍しく熱中したのであった(食事に関する物事だったからこその意欲という可能性)。

 

「そういえば、テレビの許嫁の件は?承諾したの!?」

「今はヒーローと食事に意識が手一杯で……恋愛は難しいかな」

「「「(ご飯は欠かさない……!!)」」」

 

 捉把は届いた手羽肉にぱくついた。

 八百万は微笑ましくも、少し哀しげな微笑を浮かべていた。会場で医務室の廊下を通過する際、勝己が試合前に捉把の居る室内を見て、凶相のまま立ち往生している様子を目の当たりにしていたのである。恐らく、どんな言葉を掛けるか、あの傍若無人な彼にも相手を想う気持ちが垣間見えた瞬間だった。

 それと同時に、捉把に対する並々ならぬ想い遣り。だからこそ、轟家への移動を知らぬ彼が事実を受け止められるか否か、八百万には悲痛に感じたのだった。当の本人は恋愛にすら興味無し。これはまだ、目指す山の巓も雲底に霞んで揺らぐが如し。

 早々に皿を平らげた捉把は、名残惜しそうに器を見る。

 

「今は、“あんなカッコいいヒーロー”になる為の努力、それが第一目標であって、他は疎かな感じだね」

「憧れのヒーローって?」

「憧れ……という程では無いけど……」

 

 その時、捉把が浮かべた表情に皆が息を呑む。

 頬を微かに赤らめ、髪の毛先を指で弄りながら微笑む彼女に思わぬ絶句を免れたのは、一人としていない。あの少女が見せるには、予想だにしない反応だった。

 どうにか最初に動き出せたのは芦戸である。

 

「そ、それって……誰?」

「うん、えと……秘密。少し恥ずかしいから、えへへ」

 

 誰もが顔を手で蔽い、項を曝す程に俯いた。

 普段は見せぬ少女の顔、無邪気さと擽ったさ、仄かな甘い香りを漂わせる愛らしい反応に、身悶えする。

 

「「「ご馳走さまですっ!」」」

「?そうだね、皆も手羽肉を頼もうよ」

 

 

 

************

 

 

 カラオケを出た捉把達は、三々五々と解散して行く。

 女性陣の最後に見せた異様な昂りには若干の恐怖を懐きながら、大勢の友人で休日を過ごす経験の無かった捉把としては、とても満足感のある日であった。家で寛ぐよりは、来て良かったのだと思える。

 駅までの道程は中々に近かったが、人通りが混雑していて通れない。幾度も足を止めては、小さな前進を繰り返す。周囲の反応では、何やら焼死体が出たらしく、警察が捜査で仕切り、誘導により別の道へと催促しているのだという。しかし、それもこの通りに比べて小道であるため、この人並みでは窮屈に過ぎる隘路である。

 帰宅の時間帯が少し遅れると想定し、冬美にメールを送った。これで心配させる必要は無いが、カラオケでの質問攻めや何曲が歌った疲労がある。嘆息した捉把の隣で、同時に肩を竦める人影が居た。

 捉把に並び立つ男――無造作に跳ねた髪型、瞼の皮膚を引き伸ばし、口元の皮膚も金具で綴り合わせた様な風貌。襤褸の黒い上衣、薄汚れた白のタンクトップと下もまた裾の擦り切れたズボンと褪せたブーツ。より監察すれば、手の皮膚も奇怪な外観だった。

 捉把の視線に気付いたのか、首を巡らせて見下ろす。

 

「ん、ああ、確か雄英一年の四位か」

「はい」

「そっか」

「……雄英ゆえの認知度とはいえ、慣れませんね」

「……ヒーローになりゃ、日常茶飯事になんだろ」

「まだ人を救えても居ないのに、有名になっても困り物ですが」

 

 そう応えると、捉把の方を見て男が笑った……気がした。しかし、その双眸に興味の色が兆している。

 男の手が捉把の頭頂部へ無造作に乗せられた。その際、微かに鼻先に漂った臭いに眉を顰める。

 

「へぇ、面白いな、お前」

「……休日は、誰でもはしゃいでしまいますよね」

「?そうかもな」

「お兄さんも、()()()()()()()()()()()()

 

 捉把の言葉に、男が少し目を瞠ると直ぐに悲愴な笑顔を浮かべた。捉把は未だに()()()()()()()()()に堪える。

 

「お前……気に入った」

「そんなにお気に召しましたか」

「お前は良いヒーローなるよ、また会おうぜ」

「……一応、お名前を聞いても?」

「……今は“荼毘”で通してる。じゃあな、金の卵」

 

 奇妙な男は、そのまま隙間を縫う様に滑かな動きで群衆の中を動き、捉把の視界から消えた。漸く背筋に冷たい汗が滲み、安堵の息が漏れる。

 

 それから、何駅を経由し、漸く辿り着いた轟家の最寄り駅で降車した。改札を通過すると、付近にあったコンビニの前で焦凍が待機している。冬美に帰宅時間を報せたが、まさか遣いとして焦凍が現れた事は予想外だった。

 帰路に家族が迎えに来る――一般的な家庭なら、普遍的に有り得る事であったが故に、今まで親愛や家族とは隔絶とした生活に身を置いた捉把にとって、とても重要な意味を持つ。心無し胸が踊り、捉把は軽快にスキップで焦凍の前に立つ。

 屈み込んで見上げれば、焦凍が目を逸らした。当然、ホットパンツにキャミソール姿の捉把に、そんな体勢をされて直視する男は錚々いない(峰田の様な部類を除外する)。

 焦凍は上着を脱いで渡し、歩き始めた。何度も彼に上着を着せられた経験のある捉把は、この意味を察して羽織った。

 

「今日は楽しかったよ」

「そうなのか」

「男子は打ち上げしないんだね」

「さあ……俺は少し判らねぇけど」

 

 ふと、捉把は焦凍の私服姿を検めた。

 自分を迎えに来るには、少し身嗜みを整えた服装であった。

 

「何処か行っていたの?」

 

 焦凍がふと顔を捉把の方へ巡らせて、今度は茜色の空を見上げる。夕暮れ刻、帰路を辿る足並みは、其々の家を目指してやや急ぎ気味。今日の疲労と明日への倦怠を滲ませ、あるいは帰宅後の享楽でもあるのか弾んだ歩調。そんな中で、焦凍の足取りだけは複雑な感情に揺らいでいる。

 力強くも、まだ迷いと不安がある。然れど、以前に捉把が見た彼とは違い、父親の影や宿運の枷が幾らか消えたモノだった。

 

「……緑谷とお前に発破かけられて」

「うん」

「色々、俺なりに考えた」

「うん」

「清算する方法も、判った気がするから」

「うん」

「俺も緑谷みたいに色々吸収して、憧れを超える為に全力で目指すよ」

「そっか、良かった」

 

 捉把の朗らかな笑みに、焦凍も微かに口角を上げる。

 焦凍は、彼女がいつか自分に掛けた言葉を想起していた。漠然とした感謝の言葉を伝えた時だった。

 

 ――その言葉は、君が本当の意味に気付いた時、気付かせてくれた人に贈るんだよ。

 ――私が断言する。きっと皆が救ってくれる。

 

 今日、捉把を迎えに行くのは道すがらの事、外出の目的は母との面会である。憧れのヒーローを目指しても良い、母が涙ながらに許してくれた事実が、焦凍の胸を何よりも衝き動かす源となった。長らく身を固めていた痼が消えて行く感覚。自分は、随分と遅い再スタートを切ったのだと知った。

 今ならば言える気がする。あの言葉は、気付かせてくれた“二人”に対して、本当に贈りたい言葉なのだと。

 焦凍は振り返って微笑んだ。

 

「ありがとうな、捉把」

「……うん、どういたしまして」

 

 捉把は新しい我が家の玄関を見上げた。

 憂慮すべき事柄は多々あるが、それでも今はこの空気を楽しんで、必要な事を学び、前進して行きたい。そして、いつかは“あの男”を……。

 焦凍が引戸を開けて中へ入るのに続いた。冬美が床を走って迎える。捉把はその姿に相好を崩した。

 

「ただいま」

「ただいま、冬美姉さん!」

「!おかえり、捉把ちゃん」

 

 それからは風呂を済ませ、食卓で轟家の団欒に交り、暫し時の経過を忘れて楽しんだ後、自室でスマホを手に取る。登録した連絡先から『爆豪勝己』を探し当てて発信する。

 何コールか後に、応答があった。

 

「もしもし」

『………………おう』

「伝え忘れた事があって(拗ねてる?)」

『……早よ言えや』

「うん、今実は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 路地裏で――荼毘はゴミ箱に腰かけていた。

 夕刻に出会った少女に、己の所業を看破された事に対する驚愕と、少しの好奇心があった。

 

「えーっと、空狩……だったな」

 

 獰猛な笑みを浮かべた荼毘は、暫くしてゴミの一部に点火する。それは蒼く、熱を発しながらどこか冷たい殺意の集合によるものかと思わせる冷たさがあった。路地裏を冷たく照らす熾火の前に、男の影が伸びて壁面に踊る。

 荼毘が翳した手元から、再び蒼炎が溢れた。

 

「次が楽しみだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おお、次はインターンだぁ!!
更新が遅れてすみません、次ですね、はい。
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