空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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三章:空狩少女の職場体験
一話「パンケーキ食べたい」


 空狩捉把は机に頬杖を突き、窓の外の曇天を望洋と見詰めていた。昨日の女子会の付近では、焼死体が相次いで発見されていたが、犯人像は未だ捉めていないらしい。被害者はどれも、巷では迷惑行為を働いたヒーロー、又はその人物の支援を行っていたサポート会社の社員を数名。必ず昼から夕方の間、夜半から朝に犠牲者が現れる。猟奇的というには程遠く、狂気じみた執念の下に実行された犯罪行動。

 帰路に事件現場の付近に立ち寄り、あの奇怪な男と遭遇してから、想定される犯行の時分には何事も起こらず、今朝にも死傷者は無かった。捉把の鼻腔を汚す人の焼ける臭い、焦げ臭さを漂わす男の手。仮にあの場で捕らえようと動いていれば、消し炭となっていた。

 捉把は軽く編んだ髪型を触る。轟家から初めての登校となる朝、冬美が景気付けにと整えてくれた。髪にも頓着が無く、一般的に女性の持ち合わせる手入れ意識などが欠如した捉把としては新鮮である。

 入室した途端に、女子達からの好評を受けた。上鳴に出会い頭で軟派されたが、轟焦凍の援護によって円滑に回避。小さな災難は去って、後は事後処理に追われた担任教師の相澤消太から手厳しい説教ばかりかと憂慮していたが、それ以前に更なる苦難が待ち構えていた。

 捉把の眼前では、二名の男子が対峙している。

 同居人の轟焦凍、そして友人の爆豪勝己であった。剣呑に睨み合う両者は、体育祭で大活躍をした人物。有終の美とは程遠くも、世間から多くの注目を募らせた中心だ。それが一人の少女を巡って対立するとあっては、普段から同じ学舎にて過ごすクラスメイトも好奇に目を光らせる。

 立ち上がって逃避を図ったが、先んじて勝己に足を蹴られて封じられた。スマホで時間を潰そうかと企んだが、その手首を動かす挙動だけで二人が振り向く。完全拘束中とあって、空を眺めて心を穏やかにする以外の術が見付からなかった。

 勝己が顰め面で顎を上げ、焦凍を睨みつつ捉把の顔面を鷲摑みにする。その手首を焦凍が摑んで引き剥がそうとする事で、捉把自身は首に多大な負荷を強いられていた。……正直に超痛い(泣)。

 

「おいテメェ。決勝で散々舐め腐った真似した挙げ句に俺のモンに手ぇ出すとは良い度胸だな、アァン?」

「言っても学ばねぇのか、捉把はお前の物じゃねぇ」

「パンケーキ食べたい」

 

 抵抗する捉把に気付き、手を放した勝己は舌打ちする。

 昨晩に謝罪と共に轟家に居候している件について説明したところ、数分間の沈黙と一方的な通話の終了。かと思えば、その後に再び電話でエンデヴァー関連の諸事情を根掘り葉掘り質問された。成るべく誤解の無いよう努めて応答したが、どんな回答を出しても釈然とせず、怒声ばかりが電波を介して鼓膜を打つ。

 捉把は溜め息と共に、明日は勝己に謗られるであろうと、トランプで対決しつつ焦凍に報告した。そうとあって、早朝から先日の出久との際にあった痴漢防止で登下校を共にする約束、相澤からの密命で承諾した監視役の立場を利して校内での同行強化。対策を強く意識した所為か、朝から勝己への警戒心が異常に高かった。

 約束を半ば反故にした事と勝手な行動に怒る勝己、己の意思を相手に強要する勝己から守らんとする焦凍。この対立は、捉把を発端とした時から既に決定していた。

 

「二人とも、喧嘩はしないで。切島くん助けて」

「捉把もこう言っている。いつまでもお前の勝手に付き合わせるな爆豪」

「クソ髪と舐めプに頼んな。俺だけ見てろクソ女。なに気安く名前で呼んでんだ。てかアイツの許嫁の冗談マジにしてんのか、カスなのかテメェ」

「……あり得ない話ではないかもしれないからな」

「ああ!?おもて出ろやクソが!!」

 

 切島の席に一旦避難する。

 その間も言い争う両者の景色を、捉把は遠くから見られる今の位置が心地よかった。他人事最高、ビバ無関係。そんな意思の伝わる安堵の息を漏らした彼女の様子に、出久は苦笑していた。

 爆心地でありながら、今なお互いに誘爆し続ける二人を安穏と見つめる捉把の奇妙な立ち振舞いに、女子は思考放棄している。

 

「入りづれぇけど、女を懸けて譲らない……。二人とも漢だぜ……!」

「君の判断基準って何だろうね。それよりも、出久くんと常闇くんで遊ぼうかな」

「えっ、僕!?」

「来るか、邪悪なる誘惑の徒ッ!」

「常闇、お前もヤベエぞ」

 

 警戒体勢を取る二人へ、いざ捉把が無表情だがどこか目を光らせて飛び掛かった瞬間、開かれた扉の隙間より鋭く擲たれた捕縛布に搦め捕られ、教卓の隣にあった椅子へと叩き落とされた。静寂に包まれる室内に、悠揚と踏み入るのは、厚い包帯を脱ぎ剥ぐ相澤。

 凝然と担任教師を注視する生徒一同を一瞥し、一番の問題児たる捉把の頭頂に手刀を落としてから教卓に立った。

 

「座れ」

「「「イエッサーッッ!!」」」

 

 

 

 

***************

 

 

 

 

 ヒーロー情報学の時間となり、皆が今日の授業内容を予想する中、教卓に立つ相澤から只ならぬ空気が醸される。異様な気迫を放つ相澤の顔は、イレイザーヘッドそのものの顔で、普段の倦怠感満載の様子とは、また一線を画した。USJ襲撃の戦闘もだが、無名に近く知名度の低くとも敏腕ヒーローであり、指導者としてもクラス全体から支持を受ける存在。

 合理性を常に念頭に置きながら、必要に応じて生徒の心情に対し直向きに接し、道の正誤のみならず、ヒーローとしての鉄則以外に人としての心構えも説く。捉把としては、オールマイトよりも素直に尊敬する人間。

 相澤が包帯を漸く取り終わり、一言告げた。

 

「今日のヒーロー情報学は、ちょっと特別だぞ」

「先生、着席しても宜しいでしょうか」

「お前は此所に座ってろ」

 

 挙手も出来ず、淡々と訴える捉把をいなす。

 相澤と彼女の間で行われる阿呆劇じみたやり取りは、既に日常の光景となっていた。勝己に関しては、相澤に監理を任せるのが最善の処置であると言及しない。

 

「『コードネーム』――ヒーロー名の考案だ」

「「「胸ふくらむヤツ来たああああ!!」」」

「ヒー……ロー名……」

「どした、空狩」

「……いえ、別に」

 

 捉把は俯いた。

 ヒーロー情報学――今日の主題「ヒーロー名考案」。

 理由として、体育祭の指名が肝胆である。ヒーローとなっても、即戦力として採用されるのは活躍し、数年の経験を蓄積した者。その将来性を観察する機会として、体育祭前に説明が為された「プロからのドラフト指名」が関与してくる。仮に指名期間中に於ける失態や捗々しくない様子などを見受け、一方的にキャンセルを受ける場合もあるのだ。

 今体育祭での指名応募の集計結果としては、トップの二名は三〇〇〇以上。例年としては更にバラけるらしく、捉把に関しては常闇を抜いて一〇〇〇件以上もあったが、後に相澤から聞き及んだ話に依れば、これ以上にモデル業からの勧誘電話で困ったという。偏った数の中、早朝から笑顔がぎこちない委員長の飯田天哉と、指名0の面々。

 しかし、指名の有無に拘わらず、職場体験に行く事が今回の雄英の判断。このクラスはUSJ襲撃戦で経験してしまったが、実戦の現場に立ち会えるような実りのある訓練として行われる。その時、現場では個人ではなく他が為に動くヒーローとして、『コードネーム』が必須となるのだ。

 「名は体を表す」、この言葉が酷く顕著となるヒーロー業。杜撰な命名は、後々の印象や社会的影響にも大きく及ぶため、地獄を見るヒーローも少なくないという。

 それらのセンスの査定をする為に、相澤に呼ばれたミッドナイトが入室する。豊かなプロポーションを惜し気も無く披露する挙措、教卓に縛られる捉把に向けたウィンクは、妖艶な大人の色香を漂わせた。歓喜する峰田ではなく、捉把は既に脳内で『コードネーム』を一考しながら説明するミッドナイトを目で追う勝己を睨んだ。

 

「あ?んだよ」

「いやらしい目で見ないでね」

「?何言って――」

「――見ないでね?」

「お、お?……おう……」

 

 捕縛布が解かれ、捉把は自分の席に戻った。

 勝己は手元に配布されたホワイトボードに集中していたが、背後から感じる鋭く冷たい眼差しに冷や汗を浮かべる。ミッドナイトが関わると、強く遠ざけんとする捉把の真意が判らない。

 クラスメイトが熟考する中、一番に名乗りを上げたのは捉把だった。意外な人物に、寝袋に入った相澤も僅かに目を見開いている。ホワイトボードの表面をクラス全員へと向けた。

 

「『グリフォン』です」

「それは、どうして?」

「空狩……空を狩る、空を駆る、空を駆ける……後は、『獣性』は複数の獣の性質を操るので、伝承では外貌でも印象としては合致すると思いました。掛け合わせて、”空を駆ける獣”、という発想です」

「名字からの着想、綺麗な名前で良いわねっ!」

「……」

「よし、こんな感じで次ィ!!(反応冷たい!)」

 

 捉把は席に戻る際、胸に疼く不快感に眉を顰めた。

 ミッドナイトへの苦手意識とは別にある何か。ヒーロー名、自身に付けられた物だと考えた時に心の何処かに潜むどす黒い拒絶の意思を感じた。まるで、自分がヒーローとなる――その事への反発かの様に。

 ヒーロー名の発想で説明した言葉は、単なるこじつけ。

 本当は、過去に母が読んでくれた絵本に登場した翼のある幻獣である。『空間』の“個性”は、己の思うが儘に小さな世界を支配し、理想を実現する。その時、自分は幻想とされていた存在にすら成れるのだと母が嬉々として話していたのだ。

 ヒーローになる事への拒絶。……今さら何故?

 ――しっかりと僕を継承している!

 心臓がどくりと脈打つ。思わず立ち止まって、捉把は窓の外を素早く見た。変わらぬ鬱屈とした雨天、校舎を濡らす雨水が灰色に穢れているかの様に錯覚する。

 立ち止まった様子の捉把に、勝己と相澤、焦凍と出久が手を止めて見遣る。常闇は攻撃前の余所見(ブラフ)と警戒して身構えていた。しかし、彼女は一向に動かない。

 焦凍が手首を摑むと、はっとして捉把が振り向く。額に珠の汗を浮かばせ、呼吸も止めていたのか息は荒い。

 

「捉把、どうした。気分悪ぃのか」

「……無いよ、大丈夫。ありがとう焦凍」

「辛いなら、保健室行くか」

「……ごめん、少し休むよ」

 

 相澤に許可を得て、捉把は医務室へと向かう。

 覚束無い足取りを勝己は静かに見送っていた。

 

 

 

***************

 

 

 

 捉把は医務室のベッドで踞っていた。

 カーテンで仕切り、叫び声を上げたい衝動に駆られる。シーツを強く摑み、歯を食い縛る。苦しむ捉把の頭髪が、毛先から黒く染まって行く。獣の耳は対照的に白く変化する。暫くして、胸の不快感や苦痛が消えて起き上がり、鏡を見て己の変貌ぶりに嘆息した。

 本人の意思とは無関係に、体色などを変化させる場合がある。その時は大抵がストレスに起因する。感情の起伏が大きく、抑制する意思が働いた際、その間で起こる軋轢に生じて変化を来す。

 ヒーロー名の考案が自身に与えた効果、この真意は自分でも判らなかった。でも、不快感が消えてから新たに湧いた感情の正体が判る。苦手な物、嫌悪する物から自分の所有物を隠そうとする独占欲、又は晒す事への忌避感。ヒーロー名の時を思い返すと、誰にも明かさずにいた母との思い出を由来とする名を告げ、それに注目する皆の顔が浮かんで、途方も無い嫌厭の感情が芽生えた。

 母との記憶は、自分だけの中にしていたい。今、クラスメイトとの交流で、自分の事について語る事への不安や不快感ばかりが波打つ。

 両の掌を見詰めていると、カーテンの外側から声が掛けられる。

 

「オイ、授業終わったから様子見て来いってせんせーが」

「……勝己くん?」

「!?」

 

 震えた捉把の声に勝己が狼狽える。カーテンを自ら開けた彼女の姿に呆然とし、再び固まっている。

 捉把の心中では、目前の勝己に対する一つの感情が擡頭した。手を伸ばし、勝己の襟を摑んで引き寄せる。状況の変化に混乱し、完全に停止した彼の首筋に歯を立てて噛み付いた。

 

「い゛っ!?何しやがんだボケ!!」

「……」

 

 存外深く牙が入り、勝己のシャツに小さく血が滲む。勝己は慌てて捉把を突き放し、身を起こそうとしたが、彼女に抱き留められて静止した。目的の不明なその行動が、もはや不気味にすら思えて硬直する。

 問題の捉把は、勝己の胸に顔を埋めていた。

 

「オイ。何がしてーんだ、テメェ」

「ヒーロー名、何にしたの?」

「あ?……『爆心地』」

「貴方らしいね」

 

 漸く離れた時、勝己は捉把の顔を見て益々当惑した。

 熱に浮かされた様に顔は紅潮し、襟から覗く肌は上気し、汗が滲んでいた。瞳は潤んで、口許から細く吐いた息から甘い香りでも漂うような錯覚をさせる。

 捉把は服装を正すと、ベッドから飛び降りた。

 

「そう言えば、日頃から口煩く『お前は俺を見ていれば良い』と言っていたよね」

「おっ、あ?」

「今日のミッドナイト先生もそうだけどさ、不平等だと思うよ」

「?何がだよ――」

 

 捉把は勝己の襟を摑んで引き寄せる。

 鼻先が擦れ合う至近距離にある顔。視線が交わり、黙っている彼へと捉把は囁いた。

 

「貴方は私だけを見ていれば良いんだよ」

 

 捉把はぱっと離れると、いつもの無表情で医務室の扉を開けた。

 

「早く行こう、相澤先生に怒られてしまうから」

 

 退室した捉把を視線で追いかけるも、勝己はその場から一歩も動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 教室へと戻る廊下を一人歩く。

 医務室での己の衝動的な発言を省みていた。漸う考えれば、情緒不安定な人間と誤解を生んでも仕方無い。

 

「(貴方は私だけを見ていれば良い、か。勝己くん相手だと生きづらそうだね。)」

 

 捉把は振り返ったが、まだ彼が追いかけてくる様子は無かった。教室前に辿り着いて、少し深呼吸する。

 

「ただいま戻りました」

「空狩、体調は――」

 

 相澤とクラスメイトは、捉把の姿を見て完全に固まった。女子が一斉に立ち上がって駆け寄る。

 

「爆豪くんやね?爆豪がやったんやね?うちに任しといて!」

「堕ちる所まで堕ちたな、爆豪!」

「許せませんわ!」

 

 男子は静かに着席したままだった。

 

「爆豪……あいつ、まさか……」

「何を想像したか知らんけど、峰田は黙ってろ」

「爆発さん太郎がどうした?」

「そ、空狩さん、黒髪に!何があったんだ!?」

 

 相澤が傍まで寄ると、その胴へと捉把が抱き着いた。

 

「先生……」

「どうした、どこか痛むのか?」

「勝己くんに……」

 

 赤面状態の勝己が入室すると、一斉に鋭い視線が突き刺さる。

 

「爆豪、お前あとで指導室な」

「ハァッ!?んでだよ!?」

 

 この後、嘘をついた捉把も叱られた。

 

 

 

 

 

 

 




捉把は受身なだけやないで!




頭髪の色・意味――――――――

薄紅色→主人公、注目、積極的、決断が早い、行動力。

灰色→思い出、冷静、仕事上手、不安、寂しい、汚れ。

黒色→暗闇、威圧、冷酷、悪、正体不明、独占、支配。


――――――――――――――

序章、一章中盤、二章終盤は薄紅ストレートショート。
一章終盤から二章序盤は灰色ポニーテール。
三章では軽く編み込んだ黒髪ショートの獣耳です。


ぼ、暴走した気がするけど次やな。
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