空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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二話「ミートスパゲッティ祭りだよ」

 空狩捉把は、職場体験に関する説明の後に指名のあったヒーロー事務所の一覧を載せた個別リストを受け取る。縮小された文字の羅列、何枚にも亘って記されていた。流石は一〇〇〇件以上とだけはあった。選択肢の過多、もはや何れを選ぶべきか悩ましいところだが、職場体験では捉把は思考放棄し、“上”の判断に委ねていた。

 自身は体育祭での“補習”により、取消を想定していたが、周囲との差異ある差配は様々な方面での事情を来すとあって、まだ先であると告げられた。イレイザーヘッド式で師承した対人戦闘技術は、現場でこそ活きると言われ、なお相澤から強く職場体験の参加が勧められる。

 危険極まり無い捉把の“個性”――『“個性”の与奪』。

 此れを上手く制御し、且つ正しい行使の規矩となる者は、ヒーロー界にも錚々いない。捉把は特例とし、雄英高校教師陣の判断の下で、職場を選択する事となった。

 元よりエンデヴァー事務所からの指名もあり、監視役の焦凍も居るとあってそちらが賛成意見も多い物だった。しかし、根津校長曰く『体育祭での轟戦』を見本とした時、発作的な“暴走”では『与奪』の速度も尋常ではない。ただでさえ、正常状態で焦凍の“個性”を瞬間的に収奪と行使と返戻を行ってみせた。

 二つを併せ持つ彼だからこそ、もう一方の力で対処したが、エンデヴァーでも捉把の抑止としては困難。

 捉把自体が現在所有し、確認された物が四つ。

 母親の“個性”――空間操作、獣性。

 脳無の“個性”――超再生、武装化、膂力増強。

 限られた空間内を意の儘に操る、生態変化を選択し自由な可変と合成、人の一生に於ける細胞分裂回数を無視した無限回復、一部を想像した刃物等に変容、己の体部から発する運動力を倍増。

 事情聴取により幼少期に母から譲り受けた二つ、入学者選抜試験で戦闘した脳無の試作と思しき個体、USJ襲撃戦で捕食した脳無から得た物である。明らかに破格のオールマイトでしか対応し遂せぬ“一体の脳無”も同然であった。区別として付くのは、理性と知性を備えヒーロー側に貢献する意思のみ。

 しかし、オールマイトの現状を彼女に披瀝するには、空狩捉把自体の知名度が有り過ぎる。更には、運命的に大きな問題事に携わる近場に偶然在る事から、世間にも公表の出来ない事実が漏洩する可能性を危惧した。

 ここで職場体験の現場として、担当ヒーローに求められるのは、空狩捉把の鎮圧及び問題解決を迅速に行う。更に信頼し得る個体戦力と知識、判断力。これらを総合して考慮した結果、指名の中の一つが該当した。

 麗日お茶子は己に不足した部分を補うべく、バトルヒーローの事務所を志願。蛙水梅雨は、己の得意分野の更なる向上を目標に水難関連の職場。各々が将来を見据え、有意義に過ごすべく選択する中、捉把は誰かに任せる現状が少し恥ずかしく思えた。

 ふと、前の席に居る常闇踏陰の希望書を見ると、捉把がこれから厄介となるヒーロー事務所の名が記されている。職場が重なる事の偶然も有り得るが、捉把は世話となるヒーローの名も業績も知らない。自ら希望する常闇は、恐らく相手が何者であるかを弁えた上での決断なのだろう。

 

「常闇くん、私と同じだね」

「ム、そうか。空狩も“ホークス事務所”に」

「うん、だから宜しくね」

 

 常闇との会話を始めた瞬間、スマホに着信があった。

 開いて見ると、相手はエンデヴァー。捉把の職場体験の説明は既に彼に報されている。実家に帰った彼に、捉把は夕飯を終えた後に伝えた際に激怒していた。相棒(サイドキック)の約定を交わしたにも拘わらず、他社を選んだ事へは、学校側の事情などを勘案しても、やはり納得の色を示さなかったのである。

 よもや後日に再び愚痴を垂れ流すのかと思い、我を徹す彼の姿勢に辟易しつつも応答した。

 

「こちらシベリア」

『何ィ!?雄英はそんな場所へ貴様を寄越したのか!』

「冗談です、おじさんだからつい遊びました」

『ぬ、ぬぅッ……!!』

 

 捉把の声を、いつしか近くに居た焦凍が聞いていた。

 

「おじさんは、どうしたんですか?」

『職場体験の件だが……俺の事務所に来なかったのだ、必ず有意義な物にして来い。貴様自身の処遇はヒーローにとっても難事、周囲は貴様の判断や行動に難色を示すかもしれんが、現場ではヒーローとしての決断が求められる。

 やむを得ぬ状況下、プロが動けぬ場合に独断行動を躊躇うな。危険な真似は慎むとしても、油断せず、貴様の正当な手法で解決を目指せ。但し報告、連絡、相談は欠かすな!……それだけだ』

「………………」

『返事はどうしたァッ!!』

「いえ、存外やさしいんですね」

『将来は焦凍の為に費やして貰わねばならんからな』

「花嫁修業なら冬美さんとしていますよ」

『違うッ!!用は済んだ、抜かるなよ!』

 

 通話を切られ、捉把がスマホを仕舞うと焦凍が寄って来る。

 

「クソ親父に何か言われたか」

「将来も息子を頼むって」

「……!?」

「(冗談が通じない……。親子は嫌でも似通う点があるんだろうね)」

 

 捉把は志望書に“ホークス事務所”を書こうとして、相澤の誰何の声に手を止めた。手招きで呼び寄せられ、小走りで駆け寄る。教室では口外の出来ない内容なのか、室外まで催促されて、廊下へと出る彼に従いて行く。

 生徒も教師も居ない場所で、相澤は周囲を検めてから一枚の紙を差し出した。受け取った捉把は、紙面に記された文章に目を通す。

 

「“ホークス事務所”からの変更だ」

「埼玉、ですか」

「お前の“個性”についても把握し、話に依ればオールマイトの指導もしていた実力者」

 

 捉把は訝って相澤を見上げた。

 話に依れば――とは、相澤も識らないヒーローである事が窺い知れる。元より知名度のあるプロすら記憶していない捉把だが、教職ではあるも現役の相澤にすら認知されていないとなれば、活躍に付加する名声も無い無名も同意義。危険性の高い獣を、野に放つも同断である。

 しかし、相澤の判断の裏には常に理がある。何よりも『オールマイトの指導』、『捉把の“個性”を知る』となれば、只者ではない事は確かだ。常闇との共同も楽しみではあったが、やはり学校の意向に従わねばならぬ身。

 

「了解しました。……先生の所が、一番安全である筈なんですけれど」

 

 期待を含んだ声音で見上げると、相澤は仕方無しと嘆息する。首を横に振り、捉把の頭頂に掌を乗せた。拒否して直ぐに拗ねると判った上で、機嫌取りに最適な手法を取る。勝己同様に、捉把も相澤に撫でられると冷静になる生態があった。彼女自身は気付いておらず、体育祭前の鍛練で相澤が辛うじて負傷した腕で軽く頭を撫でた時に発見された物。

 捉把はふっと息を吐いて、紙面を再確認する。

 

「俺は平時から学校内勤務。元より、俺の下で指導受けてたお前は、もっと外部の仕事に携わる方が良い。現場で、人命救助に適った“個性”の使い方、あわよくば完全制御の手立ての発見に繋がる。

 何より……お前をそちらへ送らんと判断したのは、オールマイトの直談判。父親の件に関連しているらしいぞ」

「!……行きます」

 

 捉把は肯いて、紙を握り締めた。

 

「そう言えば、お前の改善案に従ったコスチュームも完成している。気合い入れてけ……サポート会社は自由人が多い、本人の意向と異なる改良点も加わってる可能性も少なくないが、プロになれば必然的に付き合う事だ、慣れろ」

「……プロ、ヒーロー……」

 

 捉把の反応が芳しくない。

 ヒーロー名に続き、プロに関して物憂く彼女の表情が相澤に違和感を懐かせる。この少女は、根本からクラス内でも余人に無い“何か”が内在している。最奥に在るモノが邪悪であるか、それともオールマイトじみた正義の志であるか否か、すべてが不明瞭。

 職場体験自体も非常に危険ではあるが、雄英高校に拘束する事は捉把の為にならない。教室に戻ろうとする彼女の背中へと問い掛ける。

 

「空狩、お前に訊きたい」

「?」

「プロに、なりたいか?」

 

 捉把は暫し黙考した後、眉を顰めて応えた。

 

「人を救える仕事なら、プロに為ります。それが駄目なら、警察でも。私は識りたかったんです、この仕事が人々の救済の何になるのか。本当に人の心の安心を支えるのに足るのか。警察にも携わり、且つヒーローを知れるから雄英高校を志願たんだと、入学からずっと考えて最近気付きました。

 出久くんが一番の例です。彼は本当に、名の通り救う事を第一目標に努力しています。職名に恥じぬプロとなる為に。あれこそヒーローなんだって。

 でもヒーローにだって私欲がある、焦凍はその被害者でした。ヒーロー界にも醜い部分が存在する」

「……空狩……?」

「“憧れたヒーロー”も、私を救けてくれた事への憧憬の情が始まり。私を救ってくれるなら、誰だってそうなんです。だから本当のヒーロー像とは程遠い」

 

 相澤は窓からの斜陽に当たり、足下に伸びる捉把の陰が大きく膨張する錯覚に驚いた。光を断った物陰や薄暗い階段の隅まで拡がる様に感じる。謎の圧迫感が廊下の一帯を支配した。

 目前に在るのが、果たして自分の知る少女であるかも定かではないと思わせる。

 

「“ヒーロー”とは何か、それを現場で学んで来ます」

「……判った、なら帰ってからまた訊こう」

 

 頷いてから去る捉把の後ろ姿に背筋が凍る。

 改めて思い返すと、捉把の話の言外にあった含意は、彼女の剣呑な性質が内包されていた。ヒーローも醜く、悪と形容する部分が混在する。焦凍の件を把握している訳ではないが、相澤としては捉把がこの短期間で数多くのモノを目にし、その心境が生徒達とは違う所で歪み膨れている事を悟った。

 仮に、ヒーローや警察、今回の職場体験で彼女の人命救助を志す意に反する、または失望させる光景を目にしたならば……。

 空狩捉把という人間が、反ヒーローの派閥――敵に堕ちる危険性がある。

 影に潜んでいたのか、相澤の隣にオールマイトが滑り込む。

 

「シリアス空気ぶった切って私が来た!!ってね!」

「……どう思います?」

「うん、そうだね……不安定だと思うよ」

 

 オールマイトが両の掌を胸前に掲げる。

 

「ヒーローと敵……揺れ動いている。真に人を救う行為に執着している。だとすると、今のヒーロー社会の方が人々を苦しめていると彼女がどこかで悟った場合、なるんじゃないかな――悪のカリスマって奴に」

「不安定な部分を……悪用して陥れるヤツがいるかも知れないですね」

「……確り見守らなくちゃあな」

 

 捉把の前途を不穏に思い、相澤は愁眉を開かなかった。

 

 

 

***************

 

 

 

 

 職場体験当日――。

 

 駅にて集合した1-Aに相澤が諸注意を述べ、其々がコスチュームを容れたケースを所持していると確認して、解散の号令を出した。常闇は九州へ、捉把の事を待っていたが、事前に急変更した旨を伝え、彼はそのまま去って行く。職場体験では出久と同じ現場となって、利用する交通機関も方向も同じである。勝己が不満げに見詰めていたが、手を振ると舌打ちと共に改札へ闊歩して向かって行った。

 委員長の飯田へと挨拶する出久の傍に寄る。

 捉把も後のニュースで知ったが、体育祭中に彼が早退したのは、実兄が事件に遭ったため。その犯人は未だ逃走中とあり、被害者である『インゲニウム』は、再起不能の状態となった。

 犯人は敵名“ステイン”。

 過去にヒーロー十七名を殺害し、飯田の兄同様に二十三名も再起不能に陥れた所業より、通称“ヒーロー殺し”として社会に畏れられる。一部では、彼は敵すらも標的とする場合があり、犯罪を行った地区の犯罪率も下がる現象が起きていた。無論、犯罪行為に手を染めた殺人者である事に差違はない。

 復讐を志しても無理はないだろう。出久と麗日が思案し、声を掛けた際の笑顔にも陰りがある。捉把は目を眇めて、駆け寄ると彼の胸に拳を突きつけた。困惑する彼を見上げる。

 

「ヒーローがして良い顔じゃないよ」

「そ、そうかい?」

「うん、何かあれば私にも連絡して。仮に一人で無理をした場合は――」

「場合は?」

 

 捉把はポケットから眼鏡(ブルーライトカット仕様)を取り出して装着する。

 

「私が新委員長として君臨する」

「なっ、1-Aは君の好きにはさせんぞ!!」

「精々私から守ってみせるんだね」

「何故に敵っぽく……!?」

「無事に帰還したら、ミートスパゲッティ祭りだよ」

「意味の判らん催しだが、危険な香りがする!」

 

 捉把は飯田の胸を小突いてから背中を押して遣った。遠ざかる彼の背中を出久と共に見送る。不穏な予感ばかりが募るが、今は自分の事に専念すべきだ。

 これから世話になるヒーローの名は『グラントリノ』という。ネットで調べても、一件すら該当しなかった無名同然のプロ。果たして、此度の相澤の采配は正しかったのか、今更ながらに再び疑念が湧く。指名の無かった出久が行くとなれば、彼にもまた特殊な事情があるのかもしれない。他言さえ厳禁とする、特別な……。

 捉把は不意に出来心で、出久の“個性”が“奪えるか”を確かめた。しかし、対象の“個性”を収奪した際の手応えが微塵も感じられず、捉把は己の掌を見下ろして当惑する。中学時代に“無個性”だった彼が遅れて発現したモノ、それは“無個性”ゆえに周囲の現実から抑圧された為に発露した心の力とは言い難い超パワー。

 捉把は思索しながら、出久の後ろを付いて行く。

 オールマイトに似た“個性”。――確か、彼はオールマイトに目を掛けられていた。海浜公園での不思議な鍛練もだが、彼が直々に鍛えるなど今考えても不審な点は多々ある。以前から疑ってはいたが、先刻の“奪えない”事から益々疑問が膨らんだ。

 捉把の“個性”を詳細に知るのは教師陣、オールマイトと警察の限られた者のみ。学校生活でも様々な規制が与えられた現況では、出久に容易に語る訳にもいかない。

 新幹線で四五分間――二人は無言であった。

 間も無く下車する際に、捉把が徐に問う。

 

「出久くんの“個性”は、いつ発現したの?」

「え!?それは……中学最後の時、かな」

「耐久可能な身体作りとして、修業をしていた?」

「う、うん」

「……そうなんだ。誰かから譲り受けた訳じゃ無いんだね」

「!?それって……どういう――」

 

 その前に目的の駅に停車し、捉把が座席から立った。

 狼狽しつつ追う出久は、胸の動悸が収まらずに黙っている。捉把の窺うような質問の真意に、匿していた秘密が暴かれるのではないかと怯えた。

 二人は書類に記された住所に従い、街の中を歩いて行くと、一軒の廃屋に辿り着いた。壁面には罅が入り、窓硝子も幾つか割れている。覗く室内の様子も明らかに埃が舞い、生活感が見受けられない。玄関扉の取手も厚い錆が鈍い光沢を帯びる。修繕工事の途中で投げ出されたのか、バリケード等が放置された状態で置かれていた。

 出久は予想外のあまり凝然と見上げているが、捉把は気儘に進み出て扉を開ける。

 

「こんにちは。雄英高校から来ました、緑谷出久です」

「ちょっ、空狩さん、それ僕の名前!?」

 

 二人は入室して固まった。赤く飛び散った液体の上に長く伸びた肉塊と小柄な人体。床を汚す風景は、出会い頭に二人を驚愕で打ちのめす。

 目前に広がる光景に、出久が叫ぶ。

 

「ぁ、ああああ死んでる!!」

 

 捉把が確認に飛び出す。――その瞬間に、その体が跳ね起きた。

 

「生きとる!!」

「生きてる!!」

「出久くん、直ぐに救急車を!」

「生きとる生きとる!!」

 

 捉把の職場体験が始まった。

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 職場体験当日の朝、捉把は冬美に見送られて焦凍と共に登校。当日とあって、集合は各々の方向に従い、教室ではなく駅となっている。これからどんなヒーローと、そしてその職務と関わるのかと想像していた捉把は、ふと歩道を並んで歩く間、注がれる焦凍の視線に気付いて振り返った。

 

「どうしたの?」

「いや、また髪の色変わったな」

「染めても無駄なんだよね。変かな?」

 

 冬美に教えて貰った方法で軽く編んだ捉把の髪。

 焦凍は無言で見詰めた。誰かの容姿を誉めるなど無く、他人をこれほど深く見る事自体も少なかったためか、返す言葉を如何とするか困窮する。元より人の機微に対して鈍い彼は、他人の求める答も判らない。

 押し黙った彼に、捉把は胸前で手を振った。

 

「良いよ、無理に応えなくて」

「……悪ぃ」

「仕方無いよ、特に女子が対象だと、男子は困るよね」

「思った事で良いってんなら――」

 

 焦凍は自然な手付きで、捉把の髪の一房を優しく掌に乗せる。艶のある毛髪が皮膚を軽やかに滑る感触、焦凍と捉把は足を止めた。

 

「――捉把の髪は、凄ぇ綺麗だと思う」

「……あり、がとう」

 

 捉把は小さな声で反応し、頬に帯びた微熱を誤魔化して歩き出した。自分の髪の一房を摘まんで弄る。再び隣に並んだ焦凍は、顔を覗き込む。

 

「顔が少し赤いぞ、具合でも悪ぃのか」

 

 捉把の額に右手を当て、冷気で冷やす。

 

「うん、違うんだよね」

「??何か、済まねぇ」

「こちらこそ」

 

 焦凍と捉把の様子を見て、遅れて家を出た冬美が電柱に隠れて見守っていた。

 

「(な……な……何あの二人の空気――!?)」

 

 

 

 

 

 




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