空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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三話「鯛焼きは甘党の秘宝」

 

 空狩捉把は、目前に居る老人を見遣る。

 加齢の皺を深く刻んだ顰めっ面にアイマスクをし、小柄な体躯に似合わぬ大きなグローブと長靴の老人。外見相応に歳を重ねていると思われるが、未だ現役ヒーローを老身で務めるとあって、恐らく実力、経験、知識は誰よりも高いであろう。事務所は廃屋も同然だが、それでもオールマイトの師という肩書があって侮れない。

 床一面に拡がる血痕に似た物はケチャップ、体内から漏出した臓物に見えたのはソーセージ。冗談では済まされない様相に思えたが大事無し。出久と捉把は安堵すると共に、些か認知症患者じみた反応を見せる老人の応対に困惑する。

 杖を突く彼の体は小刻みに震えていた。躓いて転倒したとあって、やはり老体には響くのか。捉把としては、先を思いやられて相澤の采配をまたしても疑ってしまう。律儀に応じる出久への憐憫に溜め息を吐いて、室内を見回した。

 ヒーロー雑誌の年号を検めれば、どれも年代が捉把の生誕する以前の物ばかり。最新でも六年前であって、出版社も揃わない。健忘症としては、些か奇妙な点がある。一見して不揃いな品々だが、追跡する敵の情報蒐集の一環なのかもしれない。何処か深い底意を漠然と感じた。

 中身を適当に確認して捉えた共通点としては、小さな見出として取り挙げられる『敵を統轄する支配者!』、『暗躍する~……』など。どれもが創作物としか思われない。絶対的な悪の存在を斃す事に信念があるのか、その存在の登場を希求していたのか。

 書物に集中している捉把の背後では、既に出久が老人の対応を諦観し、屋外へと立ち去ろうとしていた。何を問い掛けても、要領を得ず明らかに諧謔ばかりの誤魔化しで充ちた言動に、さしもの出久すら耐えられなかったのだ。捉把の手首を摑み、無理矢理連れ出そうとした所で老人が彼のコスチュームケースを漁る。

 

「撃ってきなさいよ――ワン・フォー・オール!」

 

 出久の体が止まる。

 捉把は訝って見ると、表情が凍りついていた。

 老人はコスチュームケースを展開し、勝手に中身を検分する。捉把は二人を交互に見詰め、首を傾げる。『ワン・フォー・オール』の一語の含意、捉把の識らない共通点が両者にあった。振り返った彼は、それでも再び調子を戻した老人を見かねて、再び玄関扉へと歩き出す。

 捉把の腕を摑む力がより一層強くなった。先を急ぐ焦慮を滲ませる出久。オールマイトの時間は残されていない、己が“個性”をなんとしても完全に制御しなくてはならない身として、意味の無い時間を過ごす訳にはいかない。

 彼の気負いを読み取った捉把が留めようと踏ん張った。この老人が只者ではないと漠然とながら判るからこそ、出久が此所から立ち去っても不都合しかない。出久へ指名を入れたとなれば、それこそ何らかの意図があってである。

 転瞬、背後では床の一部が爆ぜる音と旋風が発生した。蹌踉めいた二人の正面で、扉上の僅かな壁面に指を食い込ませて静止する。捉把の動体視力でも微かにしか捕捉し得ない速度。室内を跳ね回り、先を塞ぐ矮躯からは予想させない膂力。

 マントの裾を自ら巻き起こした風で靡かせ、不敵な笑顔を浮かべた老人。先程まで杖を突く脆弱な印象から、古豪と称して遜色無い威圧感へと様相が一変した。

 

「焦ってんのか?だったら尚更、撃ってこいや受精卵小僧。あと、そこな娘も試しに手合わせしたるわ」

「……私?」

「体育祭での力の使い方。あの正義バカ――オールマイトは後継者教育に関しちゃド素人だな。それと、お前さんみたいなのを放置してんのも間が抜けてる。

 見てらんねぇから、俺が見てやるってんだ。さァ、着ろやコスチューム。

 娘は後で個別で様子見てやるから上に行ってろ」

 

 捉把はふと、彼の言い回しとこれまでの言動を顧みた。記憶を遡行する度に、オールマイトと似た印象がある。立ち居振舞い等からしても、相澤からの伝聞通り、オールマイトの先生である事に相違無い。見た事の無い敏捷、恐らく捉把が見てきた中でも最速。

 捉把の反射神経でも、あの高速移動で連打を畳み掛けられては勝てない。“個性”は増強系か、どちらにせよ加速に重点を置いた力。奔馬の如く御し難いであろう能力を、相手を翻弄し確実に倒す戦法へと捌いている。身体の使い方、捉把を鎮圧する充分な実力。捉把が現在見倣うべき要点を兼ね備えていた。成る程、相澤の判断は正しかったと漸く得心する。

 捉把が上階へ行く姿を、グラントリノが鋭い眼差しで見送った。

 出久はコスチュームの装備に取り掛かる。取扱説明書の内容を見て苦笑していたが、初のヒーロー基礎学で修理に出して以来、久しく装着するのもあって面相に高揚が滲み出す。

 以前のコスチュームよりも色合いを濃くし、黒線の模様をあしらったジャンプスーツ。腰のベルトに携帯電話や諸道具を収納する雑嚢、脚部を保護するサポーター、はにかむ口許を模したマスク。

 サポート会社の発想を織り混ぜた母製スーツβの初陣である。装備を調え終えて、グラントリノに正対する。

 

「宜しくお願いします!」

「ったく、俊典の後継者と、オール・フォー・ワンの娘となりゃあ小難しいわい」

「?」

「いや、こっちの話。んじゃ――」

 

 グラントリノが縦横無尽に跳躍し、一瞬で背後を獲る。

 

「――やろうや」

 

 

 

**************

 

 

 捉把もまた、上階でコスチュームを展開した。

 足下からは微震動が伝わり、出久とグラントリノの挨拶代わりの戦闘が始まったのだと判る。捉把との登校中に編み出した身体許容上限まで全身に発動する『フルカウル』でも、機動力では劣る上に柔軟な思考から繰り出される奇策も経験豊富な相手では、軽くいなされてしまう。後学として捉把も観戦に行きたいが、今はそれよりも考えるべき問題がある。

 ワン・フォー・オール――出久の“個性”。まだ憶測ではあるが、グラントリノを前にした際に焦った彼の溢した一言、オールマイトに匹濤するパワー。後天的な覚醒にしては、あまりに遅すぎるからこそ不自然。捉把の様に“与奪”があるとするなら、“個性”を“与える”、“奪う”……否、端的に言えば“継承する”場合も考えうる。

 出久の“個性”を、オールマイトと密接な関係であると思しきグラントリノが熟知しているならば、捉把の憶測も核心に迫る。そして、自分もまた彼等とは初対面といえど、何らかの因果を持って生まれたのだろう。

 捉把はコスチュームケースに付属した取扱説明書を見る。

 内容は『空狩様――。

 要望通りの機能性を考慮し、弊社の独断で材質やデザインに少々の変更を加えましたが、ご了承下さい。可愛くて動き易いと需要高いっしょ!?』。

 相澤が先刻忠告し出久が苦笑した理由を概ね察した。サポート会社の面子の大体は、体育祭で見掛けた発目という少女の人柄に酷似した人間ばかりで構成されているのだ。

 注意事項を一通り確認して、漸く着替えを始めた。

 臍出しは以前変更は無いが鳩尾までを隠し、袖無(ノースリーブ)の猫耳フード付きの黒シャツは、伸縮性に優れた材質を使用。薄茶のショートパンツ、太いベルトは三つの雑嚢を腰の後ろに複数装着。相澤から操作法を学んだ捕縛布も収納している。

 短刀(サバイバルナイフ)を一振り、以前とは違い研ぎ上げられた刃。武装として更に、折り畳み式スタン警棒。

 赤いラインが一条ある黒のニーソックス、爪先と踵を露出し足首や足の甲をベルトで固定するサンダル。手の甲から上腕半ばまである防刃性を兼ねた布の手甲。

 どれもが捉把の毛髪を利用し製作され、『超再生』で欠損した部分を再生する際、服も変化を受けて連動し、修復される仕組みとなっている。以前の襲撃戦から勘考し、対人戦闘により特化した装備に変更した。『獣性』に依存した対人基本戦技では、体力の消耗が激しい。“個性”には最低限、つまり異形型として常時発動している猫の高い身体能力のみ。他は積極的に携帯した武器を用いる事が新しい戦法である。

 新コスチュームの機能性を試行すべく、動作確認を行う。関節の可動域、視界や感覚を妨げる不備は一切無い。短刀や『武装化』は使用する相手に注意、特にグラントリノに対しては意味が無い。身体の一部を変形するよりも、拳打で応じた方が次手への移行速度に効率が良い。“与奪”は使用しない、これが鉄則だった。

 段差を踏む靴音に振り返る。

 グラントリノが杖を突いて、此方に向かって来ていた。捉把は一礼して、老人の様子を見る。退室してから即座に開始された出久との戦闘時間は、およそ三分弱と推測。その間にもあの俊敏な動きを維持していたとして、今相手に疲労の色は無い。体力について配慮する事は無さそうである。

 無言で構える捉把に、老人はタイマーにセットした一分の制限時間を示すと、スイッチを押した。

 

「始めるぞ」

 

 グラントリノの姿が高速で視界を動き、死角へと回る。捉把は背中を蹴撃で打たれ、前傾姿勢になった瞬間には、前方へと回り込んだ次の拳が腹部を命中した。縦横無尽、多角度から拳足の弾雨が襲来する。足音で位置を感知し、跳躍する方向を推測して防御する事で精一杯であった。

 捉把の動体視力をも凌ぐ速度だが、これでも未だ手加減なのだと直接相対して理解する。先ず“個性”を奪う隙も与えて貰えない。武器は抜く前に、その手を叩かれる。無闇に手を出せば、鋭く強烈なカウンターを見舞われるだけだ。本領を発揮していないグラントリノでも処すのは至難。ここで真っ当に相手をするのは難儀、同じ土俵で戦うには分析と予測が必要。

 これまで喰らった攻撃から、次の手を推察する。

 グラントリノが背後から再び襲撃を仕掛けた時、捉把は跳躍し、両手両足で()()()()()した。小さな影が自身の直下へ来るや否やのタイミングで、再び天井を蹴って襲い掛かる。

 

「さっきの小僧といい――」

 

 グラントリノの体が空中で別方向へと跳ね上がる。捉把の正面から消え、横合いから腹部を蹴り撃つ。捉把は無防備な部分を打たれ、床の上を転がった。

 制限時間を告げる音が鳴り、グラントリノはスイッチで切った。

 

「中々良い筋してるが、まだ固い。一応は及第点だ」

「ありがとう、おじいちゃん」

「お前さんは俺みたいなのを相手取る時ァ、相手の行動を阻害する遮蔽物を“個性”で拵えるか、麻痺させる何かを拵えるのが先決だな」

 

 床に仰臥する捉把を淡々とグラントリノが見下ろす。

 

「オール・フォー・ワンの娘で、あってんのか」

「……遺憾ながら」

「父親の顔を憶えてるか?」

「いえ。最近視た夢で、いやに現実味を帯びていて」

「だとしたら、“記憶を改竄する個性”か何かで操作されてるかもしれねぇな。最近で判ったってんなら、今何かの切っ掛けで呼び覚まされてるんだろ」

 

 捉把は起き上がって、グラントリノの前に正座する。

 

「“オール・フォー・ワン”……とは?」

「能力に付いちゃ、自分の事で把握してんだろ。一代で築いた悪の帝王の地位を後継する話は、お前さんの幼少期じゃ考えとらんかっただろうからな。恐らく、好奇心の一環、それか自分の“予備”だろう」

「悪の帝王……?」

「俊典……オールマイトから、俺やヤツ、それと小僧の事は聞いてねぇか?」

 

 捉把が首肯すると、グラントリノは黙って『オール・フォー・ワン』について語った。

 

「お前さんの立場上、包み隠さんのが一番だろ」

 

 

 超常黎明期――当時の社会では“個性”が異能と表されていた時期。突如として“人間”という規格が瓦解し、それまでの治世が形骸化する。抑制する為の策として、後にヒーローが出現するまでの間、世界全体が恐怖で荒廃した世界に混乱した。

 その混沌の時代に、人々を纏め上げた人物が居た。彼は人から“個性”を奪い、圧倒的な力によりその勢力を拡大する。計画的に人を動かし、社会を揺るがし、数多の悪行を積み、裏社会の支配者として日本に君臨した。無類の強者として、もはや止められる存在など居らず、不安な芽は迅速且つ確実に摘んだ。

 悪者は力を得る程に奢り、慢心を生む。しかし、彼は一切の油断すらなく、残忍で狡獪な性格で総て掌理した。超常の世界がこの世に生んだ怪物、生粋の“悪の象徴”が誕生する。

 配下を増やす手段として、“個性”を与えて信頼や洗脳、または屈服を思いの儘にさせた。中には、無理矢理譲与された事で思考能力が欠如し、物言わぬ蛻となる場合も存在する。

 

 一方で、“個性”を与えられた事により、元来所有する“個性”と混ざり合い、変異するケースもあった。親からの遺伝で強力になり、最終的には凶悪な兵器となると危惧される“個性特異点”もこの例に該当する。

 オール・フォー・ワンには、“無個性”の弟が存在していた。身体は脆弱で力は無くとも、彼にすら屈する事無い強い正義感を宿した、ただ一人の反逆者。兄の諸行に心痛絶えず、必死に抗わんとした男である。

 そんな弟へ、彼は“力をストックする個性”を与えた。その動機としては、家族を想った兄ゆえの優しさか、弟が見せる不屈の意志を破壊する為かは定かではない。

 そして、弟に異変が起きた。

 弟にも、“個性”は宿っていた。活用される機会も無く、表層下に顕れる目立った能力でも無いが故に本人すら無自覚だった。――“個性”を『与える』だけという意味の無い“個性”が、奥底に眠っていたのだ。

 彼から与えられた“力を蓄積する個性”と、“与える個性”が合成された。

 他者から“個性”を奪い、寿命を無視する術すら恣にし、半永久的に存在する“闇の帝王”たる兄を倒すには、それでもまだ社会情勢的にも己の力量でも打倒は叶わない。為れば、次代に託しいつしか彼を討ち倒すまでに昇華させる為に、その“個性”を連綿と継承させて来た。

 これが『ワン・フォー・オール』。彼から派生し、彼に対抗すべく誕生した力。

 

「……その後継者は、今どこに?」

「オールマイトが八代目、下に居る小僧こそ当代の後継者」

 

 捉把は了知した。

 緑谷出久がオールマイトに認められ、鍛練に励んでいる理由。中学三年になって“個性”が覚醒した真実の裏に、壮大な歴史が潜んでいた。出久が重大な役割を担っていると了解すると同時に、己が何者であるかも理解する。

 数多の悪行を為した帝王の子、つまり出久にとっての最大の敵の血筋。先刻グラントリノの言葉通りなら、己の強力無比な“個性”が遺伝可能かの好奇心と、自身がやむを得まれぬ事情で辞退した後に後継する人物の予備として生産した物。

 

「言い方を悪く言えば、お前さんは“悪のカリスマ”を担うとして、奴に目を付けられてた可能性がある」

「え……」

「六年前にオールマイトが討ち取った。腹に穴空けられて、活動時間を狭められる程の重傷と引き換えにな。結果として、引退の時が近付くほどにオールマイトは衰弱状態に陥り、あの小僧を選んだ」

 

 オール・フォー・ワンは生き存らえているか、確かではないが、それでも未だ災厄は去っていない。

 

「お前さんの存在は不安定だ。超人社会を裏から牛耳る資質がある。だからこそ、何処ぞの悪に感化されないか心配だからな、俺が見る」

「私は、人を救けたいと思ってるよ」

「それにしちゃ、ヒーローへの熱意を感じねぇな」

 

 捉把が押し黙った。

 

「人を救ける職務、それがヒーロー。そう考えてその道選んだが、ヒーローが本当に人を救えてるか不安になってんだろ。富や名声、力を揮いたいが為に、そんな私欲でやってる奴も少なくない。だから迷ってんだろ」

「よく、判るね」

「顔面に映る感情の色は薄くても、ガキが何考えてるかは判る。お前さんが、それなら自らが悪となって悪を支配し、社会をコントロールすりゃ平和だ、なんた考え出さんように、体育祭見て指名したんだよ」

 

 捉把は膝の上に拳を固く握る。

 自分の揺らぐ心を、グラントリノは機敏に察知していた。彼の下ならば、相澤への回答も用意出来るだろう。“悪の帝王”には憧れない、寧ろ斃すべき敵だと捉えている。オールマイトが倒したというが、“個性”を与える話で、『蛻となる状態』とあった。

 これは、先日の脳無などが似ていて、捉把としては嫌な予感を掻き立てられる。先の敵連合を率いる男が示唆した“先生”、脳無の制作者であり捉把と深い関係性のある首謀者。まだ災厄は去っていない、オール・フォー・ワンと対峙する日があるかもしれない。

 捉把は決然と面を上げた。

 

「宜しく、おじいちゃん」

 

 グラントリノは片方の口端だけつり上げた。

 この少女の根幹には、正義と悪性の二つが歪に絡み合い、互いに侵食している。環境によって左右され、一度一方が崩れてしまえば、主軸には残った思想だけが存続され、少女自体を支配するだろう。

 オール・フォー・ワンの隠し子。これが仮に、強い意志の下に行動する敵の集合体に合流したなら、黎明期の悪夢が再来する。雄英高校は今、ヒーロー社会のみならず平和自体の命運を左右する事案を纏めて抱えていた。

 グラントリノはより慎重を期す必要があると再判断した。

 

「指導方針は、取り敢えず身体の使い方だな。小僧と待ってろ……それじゃ、鯛焼き買って来るわ」

「鯛焼きは甘党の秘宝だからね、お願いします」

「んじゃ、そりゃあ?てか、俺に買わせる気か」

 

 大好物の鯛焼きを購入しにグラントリノが去って暫くしてから、捉把もまた階段を降りた。まだやるべき事は沢山ある。今は、事情を知った上で出久と話したい。

 下階に降りて、捉把は出久と正対する。

 お互いコスチュームのままだが、彼はノートを展げて紙面にペンを走らせながら熟思している。独り言の癖は、歯止めが利かず暴走状態であった。玄関扉の陰にグラントリノの気配を感じつつ、捉把はその隣に屈み込んだ。

 隣に居ても、出久は気取る素振りすら無い。捉把は嗜虐心が疼き、背後から抱き着いて耳元に甘く囁いた。

 

「出久くん」

「はぅあっ!!?そ、空狩さん……!?」

「少し、息抜きしよう?」

「なっ、何……どどどどういう事!?」

 

 捉把はソファーの上に座り、揃えた膝を叩いて手招きする。

 

「膝枕してあげる」

「ええ!?」

「頑張ったご褒美だよ。額のキスは無理だけれど、母さんがやっていた、もう一つのご褒美」

「ぼ、僕は頑張ってなんか……」

「おいで」

 

 捉把の声に誘われ、出久はぎこちない動作で移動する。促されるまま、彼女の手によってゆっくり倒され、頭部を柔らかい感触が受け止めた。鼻先を女子の甘い匂いが掠めて、益々緊張してしまう。

 捉把は乱れた緑の髪を優しく撫でた。

 

「お互い、頑張ろうね」

「も、勿論だよ!僕は最高のヒーローに……空狩さん?」

 

 捉把の手の動きが止まる。

 上体を起こした出久が覗くと、捉把の頬に涙が伝っていた。悲痛に歪んだ表情、大胆不敵で自由気儘、常に率先して物事に取り組む活発な彼女を見てきた出久にとって、初めて見るものだった。いつも、先を往く存在として、目標の一人として在る彼女の、脆い部分。

 捉把が出久の首筋に抱き着き、その肩で震えていた。顔は見えないが、漏れた嗚咽が出久の耳朶を擽る。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 困惑した出久だったが、小さな子供をあやすように、その背中に腕を回して、優しく撫でてやった。

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 巡回中、ふと足を止めたエンデヴァーは事務所で虚空を睨んでいた。

 横に居る轟が訝るが、自分から話し掛けたくもなく黙視する。沈黙を破ったのは、エンデヴァーの小さな声。

 

「あの小娘、いま何処に居るのやら」

「…………捉把は、いま埼玉らしい」

「埼玉!?そうか!」

 

 エンデヴァーは焦凍からの応答に心を弾ませた。大抵が無視を決められるからこそである。

 不意に、脳内にちらつく体育祭から自宅で寛ぎ、時折だが事務所から帰宅した際に、家族でも踏み入らぬのに自室へ遊びに来る捉把を想起する。思えば奇妙な関係が続いていた。ただ焦凍を際立たせる道具、変な居候でありながらも、エンデヴァーの脳裏に侵入してくる。

 

「焦凍」

「…………」

「最悪、あの娘を妻に娶るのも、俺は認めよう」

「!?」

「最悪!!最悪の場合だぞ!?」

 

 

 エンデヴァーの言葉も聞こえず、焦凍は呆然としていた。

 

「……そうだな。爆豪には悪ぃが――俺が貰う」

 

 

 

 

 その頃、ジーニアス事務所では――。

 

「っぶし!!……誰か噂してやがんな?殺す!!」

「早くジーンズを穿くんだ」

 

 勝己は矯正を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなった……よし、改めて次やで。目標は一日に三話や!
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