空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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五話「味付け無しの野菜炒め」

 

 室内を激しく転倒し、捉把と出久は壁に背を打つ。

 グラントリノによる強烈な連撃は、如何に慣れようとも予測や反射神経で容易に捕捉し得るものではない。縦横無尽の乱打に翻弄され、為す術無く倒れた。尤も、雄英生徒として認められた者ともあり、一方的な蹂躙の如きスパルタ教育の中でも吸収する力は常軌を逸する。

 しかし、グラントリノの戦法ばかりに順応しては、様々な敵へ対応できない。これらが実戦で活きる訳ではない、現場での緊迫感や求められる判断は、鍛練で習得するモノを遥かに凌駕する。酷烈な状況下でもヒーローに求められるのは救ける力。

 出久の戦術や方針は定まり、懸念されていた“個性”制御の精度の向上。捉把は得意分野をより積めて行く、元来高かった応用力の更なる昇華。着々と成長を見せる二人に、グラントリノは次なる修練を与える事にした。

 コスチュームに着替えた二人を伴い、事務所から外出する。

 次なる舞台――敵退治であった。

 実地訓練ならば事務所付近が最適に思われるが、過疎化の進んだ地域では犯罪率が低下しており、人の密集する都市部こそ犯罪の温床となる傾向がある。より人に魅せる為に力を揮いたい、現代の敵は理念や確固たる目的ではなく、見せ場を求めて人の多い場所に現れるのだ。

 それに伴って、ヒーロー事務所も密集する。小競り合いの多い場所こそ、二人の感覚を養う実践訓練所に好適とした判断だった。ヒーローの相棒として職場体験をする生徒は、コスチュームを纏って行動する事が常識。衆目が集中しようと、職務として就けば日常となる事。

 タクシーに乗車した三人は、座席の背凭れに体を預けて移動を開始する。グラントリノが選ぶ場所を目指すとなれば、路線としては甲府から新宿行き。

 出久は不意に、保須市を通過する事に気付いた。捉把へと小声で伝える。兄を襲撃されて以来、彼の様子が芳しくなかった事もそうだが、職場体験に保須を選択した判断も危険な予感があった。捉把は顎に手を当てて黙考し、スマホで最新のニュース一覧を確認する。まだステイン等の事件報告は無いが、それでもUSJ襲撃と同じ嫌な予感を以前に覚えた……眼鏡の罅。

 危険な行動を発する前に、厳重注意を掛けてSNSのクラスグールプから彼のアカウントを登録し、個人的に連絡を入れようとした。しかし、画面を開いて彼女は硬直する。鍛練中とあって通知をOFFにしていた為、開いた途端に夥しい連絡件数が並ぶ。中でも際立つ二名の表示に、指先が凍った。

 

「私から連絡を入れようか……な……」

「どうしたの?」

「……勝己くんと、焦凍くんだ」

 

 苦笑する出久の前で項目を開く。

 

『捉把、元気にしてるか?(焦凍)』……5件。

『連絡寄越せや、屍かテメェ?』……120件。

 

 勝己は以前にも増した数であった。

 

「あ、はは……仲が良いんだね」

「勝己くんに返信。……『うるさ☆』、送信っと」

「こここここ殺されるよ!?」

「大丈夫、出久くんが救けてくれる」

「いや、確かに困ってるならそうだけども……!何か良心を利用されてる見たいで……!」

 

 案の定、その数分後に『一週間後、覚えてろ』と返信が来た。捉把は自らの安否を懸念し、出久という保険を用意する。最悪は家族を慮る焦凍の献身を犠牲にする心算。もはやヒーロー志望の人間が持つ思考回路ではない。悪意の下に他者を翻弄していた。

 出久の神妙な面持ちに本来の目的を想起する。委員長の現状を知らねばならない。

 捉把は飯田へと長文で注意事項を連ねる。彼の杓子定規な性格ならば、これらをすべて確認した上で必ず返信をする。仮に、既読以外の反応を見せなかった場合、否、返信をせぬ程に周囲の心配を顧みず本来の行動も見受けられないとなれば、それは切迫した状況であるという事。紛れもなく、執念の炎に身を焦がしている有り様だ。

 捉把はスマホを仕舞い、出久の肩に頭を預けて眠る。車窓から見る景色は、まだ明るいが到着時刻からは推定数時間、夜の街となるだろう。

 

「……飯田君の眼鏡、無事だと良いね」

「うん。……眼鏡?」

 

 

 

 

*************

 

 

 

 保須を俯瞰する高所の虚空に、暗黒の靄が脈絡も無く発生する。瀰漫して行く闇の中から、夥しい武装をしたヒーロー殺しの通称で世間に畏れられる男と、先の雄英襲撃戦で敵の界隈でも名のある敵連合の死柄木。両者は貯水タンクの上に立ち、夜闇に包まれつつある保須の景色を眺望した。

 死柄木が存外栄えた様子に感嘆する中、ステインは己が断固として容認できない者が町内でヒーローの名を騙り、救世主面で跋扈する景観を糾する。救済に対価を求める偽善者を一人でも多く排除し、この社会認識の齟齬を粛清すべく凶器を手に執る。

 ステインは背剣の柄を固く握り締め、貯水タンクの上から夜街へと躍り出た。襤褸の襟巻きの裾が、狂気が緒を引いた流星の如く靡いて闇に溶けて行く。ヒーローを勘違いした人間、それらが世に出現する都度に、ヒーロー殺しという修正が現れる兆しとして。

 死柄木は未だ胸裏に燻る不愉快さ――自身に刃を立てたステインの凶行、そして対極に在る者同士の言動に生じる確執が苛立ちを募らせる。喩え現代社会の定形を破壊する行為に於いて一致していても、ステインの人格やすべてが気に入らない死柄木としては、彼もまた雄英やオールマイト同様に破壊する対象。

 背後に控えた黒霧に指示し、ワープゲートを接続する。敵連合が擁する最も悪辣で醜い悪意の集合体、破壊の権化たる怪物を召喚した。――黒霧の靄から、四体の脳無が出現し、建物の屋上へと降り立つ。

 制作者の“先生”に掛け合った所、動作確認を終えたのは七体。その内で今回与えられたのは、四体のみだった。

 敵連合の名が、ステインの行いを掻き消すほどの争乱を巻き起こす。信念の下に発する犯罪行為より、途方もない悪意こそ人目を引くのだと証明する事でステインを否定するのだ。より善を追及した上での悪よりも、純粋な負の念が勝つ。

 ある評論家が、その行為によって地域の犯罪率が低下しており、『ヒーロー達の意識向上に繋がっている』と評していようと関係無い。純然たる悪こそが優れるのだ。

 

「あんたの面子と矜持……ぶっ潰してやるぜ、大先輩」

 

 保須を競い、二つの悪意が相克する。

 

 

 

*************

 

 

 

 新幹線での移動を経る捉把達は、保須に差し掛かって居た。車体に揺られると眠る習性があるのか、捉把はまたしても睡魔との勝負をしている。睡眠時間の不足ではなく、完全なる惰眠だった。ヒーローとして、常に不測の事態に備える出久の気構えを見習うべきだが、無性に沸き立つ眠気を追い払う気力すら無かった。

 職場体験三日目の夜は、初の現場実践。グラントリノの下で学んだのみでも充分な成果を得られたが、より内容を高い質に極める為の仕上げである。捉把は二人よりも少し前の座席で、眠気を覚ますべく車窓から窺える景色に集中した。

 並ぶ建物の陰が連なる暗い凹凸のある地平線へ、太陽が緩やかに沈む。夜の帳に彩られた外観は目に憩いを与え、またしても睡魔の加勢をした。捉把の瞼が遂に閉じかかると同時に、車体が急停止を行う。思わず前の座席に頭部を激突させて呻き、奇しくも睡眠欲が薄れた。

 顔を上げた捉把は、車窓へと振り返る。

 顔を巡らせた窓の外に、急接近する人影を見咎めた。両手に鋭利な猫爪を発現させ、隣に座る男性と自身のベルトを切断する。男性を担ぎ、前方へと席を蹴って飛んだ瞬間に、過去位置の座席の壁が吹き飛んだ。

 車体を貫通して中へ転がったのはヒーローである。誰もが言葉を失って硬直する中、車体の穴に捕まって現れたのは、細く長い四肢をした怪物。大脳を露出し、眼窩も無く剥き出しとなった眼球と巨体。出久と捉把からすれば悪夢の再来――白い脳無の出現だった。

 ヒーローを押さえ付け、車内へと踏み入る。

 捉把の脳裏に不気味な死柄木の相、そして記憶の中で笑う男の像が浮かび上がった。

 

「小僧、小娘、座ってろ!!」

 

 グラントリノが席を跳び発ち、車内から体当たりで脳無を撃退する。遠くの建物へと激突した彼らの影を追って、二人で穴の側へと駆け寄った。車窓の小さな枠からは見えなかった保須の一様が明かされる。

 高く上がる火災の煙と野蛮な戦闘の音。街が戦場と化していた。

 

「出久くん、私は出るよ。此所で動かないヒーローなんて、味付け無しの野菜炒めみたいだからね」

「ちょっ、空狩さ――」

 

 捉把は車体を飛び出した途端、横合いから襲われた衝撃によって建物へと吹き飛ばされる。遠ざかる出久の姿、猛然と空を切って投げられる己の体。抵抗する間もなく、建物の壁面が迫って来る。

 衝撃に備えて身構えたくとも、胴を何かに摑まれており、体の自由が利かない。ビルの一棟の壁を貫通し、屋内の床を抉りながら外へと再び押し出され、そのまま車道へと叩き付けられた。轟音と共に瓦礫を飛散させ、罅割れた窪地の中心で吐血する捉把の傍へと異形の影が降り立つ。

 以前から保有している『超再生』で傷を癒しながら見遣る。面を上げた先には、黒褐色の肌に失われた下顎部から大脳を露出した脳無が聳えていた。ヒーローが周囲一帯に見られず、混乱に逃げ惑う人々を背にした怪物は、捉把へと視線を注ぐ。

 握力が強まり、胴体を締め付ける圧迫感が増して呼吸が苦しくなった。オールマイトでも苦闘した強敵である。自分も交戦経験があるからこそ、一筋縄では無い事を実感していた。この拘束を振り払うのも、ただの増強系の“個性”では不可能。

 しかし、今の捉把は以前とは違い、“己の力”に自覚がある。

 

「でも、あの時とは違う。――もう貰ったよ」

 

 捉把を捕らえていた脳無の右腕が、枯木の如く萎びれて行く。訝って小首を傾げた脳無は、次第に足にも力が入らずに前傾姿勢で倒れた。脳無の弱体化して細くなった五指をすり抜け、捉把は道路へと立つ。

 地面に倒れ伏して痙攣する脳無を睥睨し、頭部を踏みつけた。

 

「『筋骨発条化』、『衝撃反転』、『超再生』、『変容する腕』、『エアウォーク』……随分と面白い組合せだね。これだけの物を何処から誂えてくるんだろう。けれど、もう少し増強系が欲しかったよ」

 

 『“個性”の与奪』を自覚した捉把は、今や脳無から更なる力を供給される立場でしかない。幾ら蓄積しようとも、彼等と同じく思考能力の低下した人形となる事は無く、かの支配者と同様、様々な力を統べる為の精神力や性質がある。獲得した“個性”を確かめ、捉把は無表情で街の様子を見回す。

 騒動の中心は火の手の上がる場所。其処では複数のヒーローと思しき人間の怒声が響く。異常事態とあって混乱しているのは一般人に限らない。グラントリノは脳無の一体と交戦中だろう、彼の実力の真価は知れないが、少なくとも手合わせの経験から敗北する事は無い。

 現状での問題は、捉把に何が出きるか。避難誘導は既に警察が優先的に行っている。自分が首を突っ込む事態で無い事は容易に自覚できるが、脳無の出現と行動は看過など無理だ。

 

「出久くんと合流……!」

 

 捉把のスマホが震動する。

 取り出して確認すると、画面が罅割れていたが機能した。内容は一斉送信で位置情報が発信されたメール、送り主は出久である。

 捉把の現在地から遠くない位置、大通りから外れた路地裏の一画。騒動の起きている方向とは些か離れた場所に、意味も無く出久が他人を呼ぶ筈もない。常に考えて行動し、周囲を驚かせる成果を挙げてきた人物。

 脳無ほどの脅威ならば、数多のヒーローが交戦し、必然的に戦い易い大通りに追い詰める。現況からして、人目を避けて行動する敵と推測して相違無い。

 保須……脳無……飯田……眼鏡……インゲニウム襲撃――ヒーロー殺し!

 捉把はそちらへ急いで足を巡らせた。

 

「嫌な予感は、的中する……!」

 

 目的地まで翼を生やす。路地裏の中を繊細に気流を読み取って飛行し、位置情報の場所までの距離を省略した。

 間近まで迫り、一度屋上へと上昇して俯瞰した捉把は、一本の隘路に数名の影を認めた。

 翼を折り畳んで急降下し、腰の短刀を逆手に抜き放って構える。垂直落下で路地へ潜り込むと、炎の洗礼が地面を薙ぎ払い、一つの影が跳躍で捉把に接近した。その人物の武装を見て瞬時に判断し、短刀を振り下ろす。

 寸前で急接近を気取られ、携えた刀で受け止められた。至近距離で刃越しに二人は睨み合う。

 

「……ヒーロー殺し」

「……あァ、お前は」

 

 敵刃を弾いて着地するステイン。

 出久の傍へと捉把も降り立った。背後では倒れて動かぬ飯田と、左から炎熱を発する轟。

 

「皆で救けに来たよ、眼鏡」

「ぐっ……どうして、君達は……!」

「約束、破ったね……」

「……それでも……それでも……!」

「問答無用、次期委員長は私だよ」

「そんな約束、していない!!」

 

 短刀を構える捉把に、ステインが不愉快そうに顔を顰める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次ですね、判ってますよ、ごめんなさい、次ですよね。
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