空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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六話「ステーキをお預けされた気分」

 

 

 俊足ヒーロー・インゲニウム――飯田天哉。

 半冷半熱のヒーロー・ショート――轟焦凍。

 意外性1位のヒーロー・デク――緑谷出久。

 万能のヒーロー・グリフォン――空狩捉把。

 雄英高校にて爆誕したヒーローの卵は、其々がある緊急連絡の下に集った面子。意図を汲んだのは後者の二名。出久の発信した情報に従い現着したのは、クラスでも首位を争う猛者。

 

 焦凍は、左手に炎を滾らせながら待ち構える。足許に倒れた出久、飯田、負傷したヒーロー一名を保護し、凶悪な敵と対峙する。

 捉把は、レンズの罅割れた眼鏡を掛けた。

 右に短刀を逆手持ちにし、路地の闇を背に佇む凶影を見据える。全身に武装を施し、眼光はこれまで目にした敵とは比較にならない狂気を宿し、路地裏を凍てつかせた。手に駆る長物の刀からは、斬った人間の血が生々しく付着している。

 危ぶんでいた通りの光景が、現実として目の当たりにすりと滑稽であり、場に似合わず捉把は笑みを溢す。それが何よりも不愉快の種であったか、ヒーロー殺し――ステインの険相は更なる鋭さを帯びた。

 一悶着あった後であり、飯田もまた粛清対象。即ち殺害対象として、ステインに決定されてしまった。名ばかりのヒーローに意義は無い。人を救う事に対価が生じた時点で破綻し、凋落しているという主張。だから敵ばかりでなく、ヒーローもまた粛正されるべき範疇に及んでいる。

 人の救済以外を意図してはならない、命を賭して人々を守る事こそヒーローの本質。

 彼が説く言葉に、その思想に奇妙にも捉把は得心してしまった。私欲を優先する人間に、ヒーローとしての価値は無い。

 焦凍が否定の意を灼熱で伝える。

 路地を舐め上げる炎の舌に、ステインは跳躍して免れる。捉把は遅れて動き出し、壁を蹴って追うと、宙に上がった彼に向け、腰の雑嚢から捕縛布を擲つ。

 切り裂いて避けたステインへと、捉把は短刀を構えて躍り掛かった。空中で斬り結ぶ二人は、野蛮な金属音を響かせる。薄闇に幾度も火花を散らし、一閃が互いの急所を狙った。拘束の斬舞、至近距離で交わされる殺意の応酬に、益々確信を得るステイン。

 この少女――死柄木に見せられた写真にあった人物。相対して判明したのは、この矮躯の中に不相応のただならぬ悪意の塊が潜在している。ヒーローとは相反する性質を内包し、ヒーローという矛盾した立場にある事で拒絶・抑制した状態。一見して、間違いなく粛清対象の一人に相違なかった。

 驚かされるのは、この技術。

 十年間の鍛練を経る己の殺人術が並々ならぬ技量である事を自負しているステインに追随する。未だ手加減しているとはいえど、動体視力と反射のみで処した出鱈目ではなく、理を通した技術で迎撃していた。寧ろ、隙を見てステインの首筋に躊躇い無く絶命の一刀を浴びせんとする。

 ステインは横薙ぎに長刀を振るう。

 捉把が反り身なりながら蹴り上げて軌道を僅かに逸らすと、鋒は前髪を掠める程度に終えた。そのまま背転し、正面へと向き直る瞬間に下から短刀を衝き上げる。

 その腕の肘を踏み付けて停止させ、ステインは片手に同じく短刀を抜き放ち、逆手のまま振り下ろす――その手に抵抗感が掛かった。

 動かない腕に違和感を覚えて視線を向けると、捕縛布に搦め取られている。背転の際に仕掛けていたのだろう、短刀を握らぬ片手で捉把は操り、相手の次手を封じたのだ。

 しかし、戦闘の攻勢は互角に渡り合っていると思われるが、捉把こそ追い詰められていた。“個性”を『奪う』ことで無力化しようと考えていたが、その隙を与えてくれない。一手に二択三択を迫る戦闘、求められる判断は息つく暇も無い。――単純に強かった。

 体捌きや武器の操作、思考の処理……経験から成される手練は、完全に捉把の上位交換。技術で劣る彼女に太刀打ちの能う範囲は、限界を迎えようとしている。

 長刀で捕縛布もろとも捉把の右腕を切り裂いた。断たれた短刀を持つ右腕が空中を飛び、血飛沫を撒き散らし、片腕のまま捉把はステインの顎を蹴り上げて、空中を跳躍する。

 慄然とする仲間の感情を他所に、そのまま翻身し、手元に力を加えて捕縛布に捕らえたステインの腕を引き寄せる。先刻脳無から回収した“個性”――『エアウォーク』により、空中移動を可能にした彼女は、土壇場で操作を弁えて戦いに用いた。

 更に加え、『筋骨発条化』、『膂力増強』で捕縛布を手繰る腕に弾性力、そして単純な力の増幅を施す。ステインは己を捕らえた武器が驚異的な力で引っ張られたと理解した一瞬の後、壁面へと盛大に叩き付けられる。

 壁に激しく体を打ち付け、小さく呻くステイン。相澤直伝で叩き込まれた捕縛布の操作技術。“個性”を二つ同時発動した判断力を除き、礎に師承したモノがある。相手に手を読ませず、奇抜に迅速に捕らえる。そして何よりも精密に強固に摑む為に特化した秘伝の技だった。

 

「――操縛布+“個性”付加」

 

 相澤に依る鍛練の成果が実戦で有効活用できた。更に、グラントリノとの鍛練もまた活きている。あの高速移動の相手に対し、愚直に動体視力で捉えようとするのではなく分析と予測で対応する思考が育まれた。そして空中での身体の捌き方は斬り結ぶ時や『エアウォーク』でもまた、彼が参考になっている。

 捉把は『超再生』で回復した右腕でも捕縛布を確り摑んだ。安堵する仲間へと、無表情でウインクを決めた。些か絵面が奇妙ではあったが、彼女の働きにヒーローが賛嘆の声を上げている。

 焦凍には“個性”で捉把の『空間』と同様に、仲間が至近距離に在る事で完全に動きを封じてしまったが、ステインを捕縛布で捕らえた。氷結で固めてしまえば、もう動けはしない。しかし、全身武装――拘束された際を想定し、対処法としてまた別に武器を仕込んでいるに違いないのだ。

 解かれるのも時間の問題である。

 

「今だよ焦凍、奴が――」

「認めよう。お前は強い、が――それだけだ」

 

 長刀に付着した捉把の血を舐め取る。

 その瞬間、捉把の体内で血液が滞るような感覚、虚脱感が襲い掛かり、全身の筋肉が緊張して一動作すら発せずに固まる。凝然と動きを止めた後に地面に落下した捉把の様子に、出久は己の失念を悔いた。現場に駆けつけた仲間に情報伝達を怠ったのは、己の失態であり油断だ。

 ステインが長刀で斬り掛かる寸前に、両者の間へと氷壁が立ち上がる。退いて再び路地に立ち、凶器を振り翳す影へと焦凍が両手から其々の力を発動する。

 ステインの能力による被害で、三名が行動不能。一時的なものか、或いは彼の任意の下で解除されるまでが有効時間かは不明。しかし、焦凍以外の全員が動きを封印されてしまった今、間違いなく窮地にある。

 捉把を氷結と炎熱を応用して自分の傍へと回収し、ステインへ牽制の火炎を放射した。

 

「気を付けて!恐らく“個性”は血を経口摂取する事で発動する!僕や飯田君も、その効果にやられてる!」

「出久くん、それは早く言って欲しかったな。これでは目前のステーキをお預けされた気分だよ」

「成る程、だから刃物か。俺なら距離を保ったまま」

 

 ステインが短刀を投擲する。

 焦凍は顔を横へ煽って避けたが、頬を浅く裂された。流石はヒーロー殺しの異名を得る者、相手に安堵させる隙を与えない。彼に血を見せてはならず、意識を弛緩させる事も許されない。

 一瞬の戦闘で手の内のすべてを曳き出させる様な気迫と殺人能力に、焦凍は冷や汗を掻きながら応戦する。火炎と氷結を織り混ぜた戦術で牽制し、相手を着実に追い込むのが彼の戦法。しかし、接近させず制圧する事を極意としており、強力ゆえに自身が無防備になり易い。ステインに至近距離まで詰め寄られ、何度も危うい場面があった。

 それでも尚、戦いを止めない。

 足許では飯田が震えていた。

 

「何故…君達は…何故だ…やめてくれよ!兄さんの名を継いだんだ……僕がやらなきゃ、そいつは僕が…!」

「継いだのか、おかしいな。俺が見たことあるインゲニウムは、そんな顔してなかったけどな。お前ん家も裏で色々あるみてぇだな」

 

 焦凍が展開した巨大な氷壁が切り捨てられる。

 捉把もまた参戦しようとするが、体が動かない。出久は必死に全身に力を入れて動く部位を探り――ふと、指先が微かに動いた。そこから緊張感が緩和して行き、全身へと血液、体内のモノが循環する感覚が広がった。

 ステインが焦凍の戦術を嘲る。

 

「己より素早い相手に対し、自ら視界を遮る……愚策だ」

「そりゃどうかな――ッ!!」

 

 炎を蓄えた左手に、投擲用の小型ナイフが連投されて命中、鋭い痛みに動きを止めてしまう。

 彼の頭上を越えて、背後に庇ったヒーローへとステインが飛び掛かる。直下に長刀の尖端を翳したまま落下していた。焦凍に生じた一瞬の怯み、そこを衝く。もはや彼の攻撃も間に合わない。――まずは一人。

 ステインの血濡れた確信、それを妨害すべく横合いから壁面を蹴り上がった出久が忽然と現れる。その襟巻きを摑んで、壁に叩き付けながら引き離す。行動不能に陥った筈の出久が復調した。その状態変化に驚く地面に転がった三名。

 捉把は分析を始めた。

 自分は斬られて間も無い。飯田やヒーローは反応を鑑みるに、出久よりも先に“個性”の毒牙に掛けられたと察する。問題は、その効果がステインの任意ではなく、明らかに、有効時間は何かに起因して差異が生じる。

 考察から挙げられる要素は三つ。

 一度に発動する人数によって薄弱となる。

 相手からの摂取量。

 そして――血液型。

 出久もまた同じ分析を既に為しており、轟へと伝達する。すると、ステインが笑った。どうやら正解を得たらしい。

 しかし、解したところで現状改善には繋がらない。

 焦凍の氷や炎を十全に回避する反応、負傷者を移動させる隙は無く、ヒーロー到着まで行動可能となった二名による死守が最善と判断される。

 出久は自らが近接戦で注意を引き付けると申告し、焦凍による掩護を要請した。実際に立ち合い、理解したのは二人の連携で倒せない位階の危険な相手。救援のプロヒーローが現着するまで、この状況で耐えるしかない。

 

「守るぞ、二人で」

「二人か……甘くはないな」

 

 出久が“個性”を発動して肉薄する。

 その背を見詰めながら、焦凍は苦笑していた。

 理想、憧憬、目標の形を忘れ、自らの心理的視野狭窄を招いていた遠因は、父親を継承した“(ひだり)”を厭うた事。

 飯田を見た時、彼は悲痛な共感を得ていた。怨恨や憎悪に支配された人間が、如何なる道を歩むか。

 自分は体育祭で出久に諭された――たった一言で。それに従い、罪悪感と恐怖に途方も無く延長していた母との面会を果たせたのだ。目指したいヒーローの話、クラスメイト、これまでの己の諸行やその他の事を話せば、母は赦した。涙を湛えて喜んでくれた。

 その姿を、言葉を受けた途端――己の枷となっていた呪縛は呆気なく消滅する。視点を変え、もっとヒーローを目指そうと志す為に、憎きエンデヴァーの事務所を職場体験に選択したのだ。

 幾ら傲岸にして悪と見なした父も、現場に立てば本物のヒーロー。相棒などを正確に統御し、事件解決までの手順も尊敬するしかなかった。

 ただ、簡単な事である。それさえも、憎しみで気付かせて貰えなかった。今、形は違えど同じ道を歩まんとする飯田を見て、心底から救けたいという一念に駆られる。

 

「ぐあッ!!(さっきと動きが――!)」

「くそ……ッ!(格段に違ぇ!!)」

 

 俊敏に動き、撹乱を意図する出久を素早くいなし、その脚を斬り付けるステイン。その凶相に宿る感情が更に苛烈さを増した。

 ヒーロー殺しとしての殺意で出力(ギア)を上げた。出久が再びステインの毒牙に嵌められ、動きを封殺されて地面に転倒する。

 捉把は漸く動き始めた体を起こす(彼女はO型だゾ!)

 血に濡れる二人の戦う姿に、飯田は未だ涙を流し続けた。何が――ヒーローだ……!

 自分の為に友が無駄な流血を、傷を負う。そんな事をさせている己に忸怩たる感情を覚える。二人は誰よりも立派なヒーローとして、自分を守っている。……自分もまた、彼等と同じ土俵に立ち、人を護るべき存在なのに。

 

「眼鏡……立とうよ!」

「どうして……やめてくれ……僕は……僕は……!」

「やめて欲しけりゃ、立て!!

 

 

 なりてぇもん――――ちゃんと見ろ!!」

 

 その一言に、飯田の脳裏に甦った自分の声。

 

 ――『インゲニウム』、貴様を倒すヒーローの名だ!

 

 

**********

 

 

 兄は、飯田が小さな頃から立派なヒーローだった。

 数多くの相棒を従える、幼少期から傍にそんな存在がいれば、憧れてしまうのは必然。

 曾て気紛れに問い糺した時、「モテたい」という不純な動機を告白した彼だったが、半分程度だった事に安心した。

 もう半分――残された動機は、祖父の代からヒーロー業に勤める事が一家の慣習の様になってしまっていた。世間からの声を聞けば、それはさも当然と云われてしまうだろう。

 しかし、兄は違う答えを呈示した。ヒーローを務める意義として、己自身に課した使命。たった単純な事、迷子の子供の手を優しく引いて連れて行くような姿こそ、カッコいいと。

 当時の自分と比較し、優秀な僕に認められる――そんな自分は凄いヒーローか、と納得する彼に僕は堪らなく嬉しく、そして誇りに想った。

 

 お前の言う通りだ、ヒーロー殺し。

 僕は彼等とは違う、未熟者だ。憎しみを優先して、今最も大事なモノを見失っていた。兄が守りたかった、そして己が志した夢、憧れた形を無駄にして、ただの復讐者に堕ちてしまうところだった。

 もう、ヒーローとして情けない姿を晒している。

 

 それでも。

 だから、だからこそ。

 

 

 

 此所で立たなければ――僕は彼等にも、兄にも追い付けなくなってしまう!!

 

 

 

***********

 

 

 出久が倒れて直ぐ、牽制の連撃を放っていた焦凍よ内懐へ踏み込むステイン。鋭い一閃、されど手加減。

 自他共に認める桁違いな実力に、焦凍は悪態をつく。

 

「化け物が……!」

 

 長刀が振り抜かれ、焦凍を切り裂かんとする。必中不可避、深く抉られて行動を阻害され、“個性”により完全に硬直してしまう。そうなれば、背後の三名を守る者は居ない。

 しかし、焦凍の背後から突如として太い刎頚刀(ギロチン)が猛然と直進し、胴を斬る寸前にあるステインの長刀を破壊した。瞠目する二人が振り返ると、肘から下を黒くして伸ばす捉把が居た。

 これもまた、脳無から奪いし“個性”――『変容する腕』による伸縮自在の特性を利用し、焦凍まで届かせる。更に持ち前の『武装化』にて指先を刎頚刀に変換、伸長する腕の突進力を加えた武器で、長刀を正面から叩き折った。

 捉把は眼鏡を外して不敵に笑う。

 ステインは更なる驚愕に、長刀を持つ腕で頭を庇った。それは正面から更に高速で接近する白影――インゲニウムの復活した姿である。

 

「行け……委員長!」

 

 捉把の一声、皆の意思と、新たな決意を胸にし、唸りを上げる脚がステインを撃ち抜く!

 

「レシプロ――――バースト!!!」

 

 

 

 

 

 

 




もう少し上手く書けた気がする。

次で頑張ろう、よし次!
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