空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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七話「白飯は万能じゃないんだ」

 中程で叩き折られた刀の破片が四散する。

 

 委員長――天哉が高速滑走の勢いを乗せて振り上げた蹴撃と捉把の掩護により、ステインの凶刃が破壊された。彼は武器を破損した敵へ、追撃に体を回転させて強烈な回し蹴りを見舞う。

 如何に重量の低い物であっても、その欠点を補う速度で加速した場合、一撃の重さは強くなる。脚部を武装した天哉が、更に加速体となって相手を攻撃すれば、破壊力は高い。

 ステインは反射神経で腕を掲げ、高速で迫る天哉の臑を受け止めたが、骨まで届く衝撃に後方へと後退りした。

 私怨に身を委ねて接敵した時とは段違いの速さに、僅かながらに目を見開く。途中から乱入した複数“個性”持ちの二名、実行力と学習力の高い“増強型”。

 平凡なヒーローが数を増すだけならば幾らでも処し易いが、難物ばかりが現場に蠢いている。ステインは舌打ちし、折れた刀身を一瞥した。

 

 天哉の復活に安堵する面々。

 捉把は伸長した腕を戻し、その場で体の塵埃を払い落とす。ステインの“凝血”の有効時間が経過し、体に活力が回復した。

 その“個性”は一騎討ちならば、かなり厄介である。練磨された殺人術は回避でも苦慮する上に、僅かな負傷でも相手に血を舐め取られたなら即座に行動不能に陥る。殺害のみを意図するステインと対敵し、動かない事は即ち死を意味しており、自分達が間に合わなかった場合に天哉がどうなっていたかを想像すれば、全員の背筋が凍る惨劇しか浮かばない。

 捉把は短刀を両の前腕に犀の頑丈な皮膚を武装する。

 ステインの腕力は“増強型”で強化した物でないのなら、岩を砕く威力には届かない。つまり、銃弾すら防いでしまう犀の頑強さならば防刃の役割を果たし、“個性”の脅威には晒されたいのだ。

 既にステインは劣勢にある。

 出し惜しめば、逃走も敗北も許してしまう。

 体力消費を顧みない捉把は、その場で“領域”を展開した。

 

「もう、これ以上は君たちに血を流させない」

 

 天哉の決然とした、しかし悲痛な声音が路地裏を満たす空気に伝播した。

 ステインの眉間がより険しく皺を刻む。どう足掻いても彼にとって、真のヒーロー社会を汚す害悪として天哉が映し出されるのだろう。標榜した己の主義を捩じ曲げる可能性すら見いだせない敵には、従前通りに死を与えるのみ。

 手中の破壊された長刀を回旋し、ステインは地底から響き渡るような低い声で応えた。

 

「感化され取り繕うと無駄だ。人間の本質はそう易々と変わらない。おまえは私欲を優先させる贋物にしかならない!“英雄(ヒーロー)”を歪ませる社会のガンだ。誰かが正さねばならない」

 

 その場の人間を圧する重厚な殺意。

 対峙した全員が皮膚で感じ取り、思わず口を閉ざしてしまいそうになる。口答えは己が首を絞める行為にしかならないのだと、言葉になく伝わる。

 それでも、焦凍は臆さずに反駁した。

 

「時代錯誤の原理主義だ。飯田、こいつの言葉に耳を貸すな」

「そうだよ。白飯は万能じゃないんだ、ヒーローに期待するくらいなら、自分がヒーローになって体現すれば良い話だからね」

「いや、言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格など……ない。それでも……折れる訳にはいかない」

 

 天哉は真っ向からステインと向き合う。

 否定されて、認めても譲れない部分を主張して。

 

「俺が折れれば、インゲニウムは死んでしまう」

「論外」

 

 焦凍が隙を見て業火を放つ。

 路地裏が明るく証明され、ステインの立つ位置を焦がした。命中したかと目を凝らしたが、やや上方に不吉な暗影が揺蕩う。

 慄然として見上げれば、炎熱から逃れて高い壁面に長刀を刺し、固定された柄を足場に立つ殺意の塊がいた。仕留め損なったと唇を噛むが、相手は殺人の為に幾度もヒーローと衝突し、戦闘経験も豊富な敵である。

 その打倒は容易ではない。

 ステインが腰から一本の短刀を擲つ。

 焦凍めがけて撃った凶弾が危うい銀の光に濡れる。

 命中を予測して身を固めたが、焦凍に命中する寸前で割って入った天哉の右腕を貫く。

 捉把が“領域”の内部にステインが居るのを確認し、その隣へと自身を瞬間転移させる。距離の長短を度外視し、時間にも縛られない移動を為す。

 驚愕したステインを横合いから殴打せんと腕を振り出したが、間一髪で回避されて靡いた服の裾のみを掠める。咄嗟の反射速度も並みではなく、捉把は戦慄した。

 攻撃が空振り、無防備になった彼女の腹部に深々と長刀が突き刺さる。

 

「ぐッ……“凝固”!」

「何……!?」

 

 皮膚を突き破った刃から飛び散った血が凝固する。

 “領域”内部に存在する物質は、普く総てが捉把の思い通り。体内から出た血も、路地の隅に落ちた塵の一粒まで操れる。

 血が固形物となった事で、舐め取るという経口摂取では“個性”の発動条件が満たされない。噛み砕けば別だと顎を開くステインだが、その前に捉把が蹴りで宙へと突き放す。

 体勢が崩れた相手へと手を伸ばすように、捉把は彼へと掌を突き出した。

 

「――空間“固定”」

「ぐっ」

 

 ステインの体が中空で凝然と固まる。

 空間もろとも体を“固定”された彼は、腕どころか指先に至るまでの細部でさえも拘束された。身動きの取れない敵の前で、捉把は吐血しながら落下する。

 直下へと落下した彼女は、一瞬でも敵の隙を作る為に意識を繋ぎ止め、“固定”の解除時間を延長した。ここで倒さなければ、まだ戦闘経験の浅い自分達は負けてしまう。

 地面に叩き付けられる衝撃を予想し、身を強張らせた捉把だったが、二本の腕に受け止められて事なきを得る。驚いて振り仰げば、“凝血”から復帰した出久が痛みで顔を歪めながらも微笑んでいた。

 ゆっくりと捉把を地面に寝かせ、頭上のステインを睨め上げる。

 

(二回――轟くんが作った氷と壁を足場に二回踏み込む。……行けるか?)

 

 出久は自分の足を見下ろす。

 先刻の攻撃で深く抉られ、サポーターに血が滲み出していた。今からでも応急処置を施す必要があるが、目前の敵は全く容赦しない。

 捉把が作り出した千載一遇の機を、最大活用して勝利する。

 攻撃の為に痛み、負傷、損耗への不安は不要。

 ただ一点に精神を集中させ、傷の痛みを忘却する。

 

(いや、今は――――!)

 

 その後方では、天哉もまた同様に自らの足を見下ろす。

 奇襲のレシプロバーストの持続時間が終了を告げようとしている。排気筒から断続的に噴く音がその報せであった。冷却装置(ラジエーター)の故障かもしれない。

 一定以上の熱を発してしまうと、脚部の装置が破損してレシプロバーストが使用不可になることは承知しており、その上での奇襲だったが、今もまだ求められている。

 ここで畳み掛けねばならない。

 冷却装置の役割を補える装置(バッファ)があれば――天哉は周囲を見回し、焦凍へと視線を留める。

 

「轟くん!温度の調節は可能か!?」

炎熱(ひだり)はまだ馴れてねぇ!何でだ!?」

「俺の脚を凍らせてくれ!排気筒は塞がずに!」

 

 焦凍は炎熱での攻撃を中止し、天哉の足に両手を付けた。

 排気筒以外を冷気が覆い、脚部の武装の表面が凍り付いていく。排気筒からの噴気が再び活力を取り戻す――レシプロバーストの再発動状態が整った。

 肩の負傷で既に左腕は動かないため、無理やり口で右腕の短刀を抜く。

 

(腕など捨て置け!俺には遣るべき事がある!)

 

 天哉の脚の排気筒から一層烈しい噴気が始まった。

 いちど身を屈め、発条の様に飛び上がる。焦凍からは瞬間移動にさえ思える速度であり、路地から天哉の姿が転瞬の消滅を起こす。

 空中で固定されたステインは、この状況を如何に脱するか思量を巡らせていた。このままでは最大火力で狙い打たれてしまう。

 その危惧に焦燥の情念が燃え上がった時、左右に躍動する影が出現した。翠の電気を帯びて拳を光らせる少年と、腕からの流血を無視して脚を振りかぶる天哉。

 生かす価値があると認めた希望(ヒーロー)と、論外だと否定した贋物(ヒーロー)の挟撃。

 

(今は――)

(今は――)

 

 見上げる二つの視線は、同時に笑った。

 

「――行け」

「やっちゃえ」

 

 両側から顔面と横腹を抉るような迫撃。

 拳撃に意識が吹き飛び、蹴撃に内臓が震撼する。

 嘗てない凄まじい二連撃に血反吐が口腔から溢れた。

 

     拳が、

((今は――   あればいいッッ!!!))

     脚が、

 

 ステインを仕留める一撃が決まった。

 捉把はそう確信した途端、意識が遠退いた。

 

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

 捉把が目を覚ましたのは、焦凍の背中だった。

 ステインと戦闘を繰り広げた路地裏から移動した場所に移動しており、街灯の光が届く広い路に出ている。全身が重いのは、“個性”を二つ同時に発動した所為だろう。敵の身動きを止める事に意識を割いていた所為か、平生の再生能力が衰えて出血量も多かった。

 今はまだ回復の途上にあると思えるが、いつもより遅い。関節には枷が付いたように体が懈く、今は焦凍に身を委ねるしかなかった。

 

 礼を言おうと顔を上げたところで現状の不思議を悟る。

 駆け付けた複数人のヒーローが路地を慄然と見詰めている。焦凍の視線もそちらに固定され、いつしか合流したエンデヴァーもまた、同じ方向に冷や汗を掻いて後退りした。

 何事かとその先を視線で追えば、そこにヒーロー殺しが立っている。片手に出久の裾を摑み、血に濡れた刃物を翼のある脳無から引き抜いた悍しい姿であった。

 ただ恐怖するしかないその姿が、ゆらゆらとこちらへ体を向けて歩み出す。

 

贋物(にせもの)…――」

 

 ステインと視線が合った途端、一同に乗しかかる謎の圧迫感。冷や汗が止まらず、体温が急激に引いていく。呼吸すら難しく、心臓は強く握りしめられたかの如く不自然な早鐘を打った。

 脚が震えて退く者、その場に膝を突く者となる。

 ステインが歩むと、目前から巨大な闇が広がるような錯覚に陥り、鼓動はますます加速した。

 

「正さねば……誰かが、正さねば……本物の“英雄”を取り戻さねば……!!」

 

 その中で、捉把には見え方が違った。

 どこか、オールマイトとは異なる輝きを放っている。惹き付けられる、心臓が不思議に高揚で高鳴る感覚に目が離せなくなった。

 近づく毎にステインの姿が尊く、眩く映える。

 

「来い……贋物ども……!

 

 

 

 俺を殺していいのは――“本物の英雄(オールマイト)”だけだ……!!」

 

 迫力に負けて、一人が座り込む。

 エンデヴァーでさえもが、顔を蒼白にして踏み込むのを躊躇っていた。背負っている焦凍の体から震えが伝わり、捉把は意識が引き戻される。

 何を、見とれていたのか――?

 

 不意に一人が気づく。

 

「あいつ……気を失ってる……」

 

 ヒーロー殺し――ステインは沈黙していた。

 白目を剥いて、立ったまま失神している。

 彼の気迫も途切れ、皆の呼吸が自由になった。彼の“個性”の毒牙にもかけられていない者も、何故か漸く得た解放感に安心する。

 

 後に、ステインは既に折れた肋骨が肺に刺さっていたという。新インゲニウムこと天哉の一撃が決定打だったが、既に意識を失っても不思議ではない重傷である。

 しかし、それでもなお彼は立ちはだかった。

 意識を無くしても、そこに敵を見出だして戦場へと歩み出したのだ。

 彼だけが――何かと戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回、職場体験というのみの目的で現場に居合わせ、戦闘を行った生徒四名は警察により被害者となった。現場到着したエンデヴァーがステインを拘束したとして世間に報じられ、事件の真相は当事者でも一部のみしか把握しない事とされる。

 彼らを管理していたヒーローは半年間の減給と教育権の剥奪。かなりの痛手であったが、誰もがそれを気にする状態ではなかった。

 あのステインの発する気迫と、ヒーローに対する理想の重さ、イカれた執着心を直接目の当たりにして、日常を過ごせる訳がない。

 

 入院を余儀無くされた三名とは違い、既に退院している捉把は三人への見舞品を容れた袋を抱え、病室までの廊下を歩んでいた。

 その隣を杖を突くグラントリノが並ぶ。

 意気揚々と歩む少女は、果たしてステインの影響を受けていないのか。

 

「おい、小娘」

「ん、鯛焼きのことは謝るよ」

「また食ったんか!」

「温かい内に食べないと損だよ」

 

 己の罪を認めながらも反省の色がない彼女は、やはり平時のままだった。

 事件から少しして復帰した彼女は、いつの間にか髪色が薄紅色に戻っていた。以前を知らないグラントリノとしては、仮にも職場体験中に何事かと憤慨したが、雄英からの説得があって収まった。

 心身の変化が激しいこの少女は、幾度も危地に晒されて、過去の陰惨な出生を漠然とながらも知り、ヒーローと敵の狭間を曖昧に移ろっている。

 グラントリノは嘆息すると、廊下の先にある一室を見詰めた。

 

「おまえさん、ヒーローになりたいかどうかを見定めたいとか言っとったみたいだな」

「……ん、そうだね」

「で、どうだ?」

 

 グラントリノの真剣な眼差しに、一瞬だけ視線を返す。

 捉把は立ち止まって袋の中の林檎を取り出した。

 指先の上で器用に回転させ、首を傾げる。

 

「益々、判らなくなった。

 ステインの行動が理解できる、その信念も。私が以前から抱いていた疑問の解答を一つ呈示する人物だった。今のヒーローが本来の役割を忘れているのは……納得しちゃった。

 そこで、私がそれを否定して真のヒーローを体現すべきなのか、それとも敵側に立ってヒーロー界を原点へ回帰させるべきなのか」

 

 グラントリノは立ち止まった彼女の顔を見た途端、背筋に冷たい刃物が押し付けられたかの様な感覚に陥る。

 捉把の顔は――表情が抜け落ちた人形の様であり、前にも増して崩れてしまいそうな儚さを思わせた。脅威と正義、どちらに転じるかとも判じれない、危うい姿形である。

 

「だから……もう少しだけ、時間が欲しいかな」

 

 捉把は再び歩き出した。

 グラントリノはその背中を見送る。

 

 ただ、それしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 

 

 病室に来た捉把は、何故か元気な様子の面々を見て小首を傾げた。

 天哉の腕の分厚い包帯については、既に聞き及んでいる。後遺症の残る深傷であり、今後の生活にも軽微な支障が出るかもしれない、という。

 しかし、その暗い報せを思わせぬ程に明るい天哉は不気味だった。

 

「私が委員長になったからって、責任から逃れたのがそう嬉しかったのかな?」

「待ってくれ空狩さん!?俺は君に委任した積もりなどまったく無いのだが!?」

「でも眼鏡を渡してくれたでしょ」

「それも身に覚えがない!!」

 

 捉把は机の上に見舞いの品を置く。

 皿を取り出した後、果物ナイフで林檎の皮を剥いていった。

 その手慣れた手つきに全員が注視する。

 

「空狩さん、上手いね」

「うん、轟家で花嫁修業をしているから。許嫁だしね」

「はなッ!?」

 

 捉把の冗談に二人が驚倒する。

 身を翻し、焦凍へと視線を募らせた。

 彼もまた、彼女の突飛な発言に面食らって言葉を失っていたが、やや間を置くと真剣な面持ちになる。

 

「クソ親父からも一応、一応許可を貰った。……捉把が望むなら、俺も受ける」

 

 硬直した出久と天哉。

 よもや彼からそんな事を口にする日が来るとは。まだ交流して二ヶ月程度ではあるが、それでも彼の色恋沙汰は全く予想だにしていなかったのだ。

 二人は暫し沈黙した後、捉把へと振り返る。

 そこには――……。

 

「……冗談です。ごめんなさい……」

 

 耳を真っ赤にし、段々と小さくなる声で敗北(ギブアップ)した彼女が応えた。

 

 その反応に、いつも悪戯を受けていた焦凍は満足げであった。

 

 

 

 

 

 




次回は、あれっす。
水着回になると思います。

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