空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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二話「あの雲が綿菓子っぽい」

 期末試験を突破した皆の次なるステージ。

 その準備は済んでいた。

 林間合宿という名目上は生徒達の心を躍らせる楽しい行事らしき含意がある。高校生活を夢見た者には欠かせ難いご褒美とも言える。

 だが、立て続いた敵連合との関連により、学校側は否応なしに生徒たちを守る為に、そして不穏な未来への対策を講じる他になかった。

 言うなれば、彼らに非はない。

 言うなれば、運が悪かった。

 

 

 

 

 

 林間合宿当日――!

 

 

 

 捉把は集合場所に来ていた。

 轟家の世話になってから生活習慣が改善されたため、規定時間の約十五分前を厳守している。尤も、焦凍がいなければ為し得ない記録だが。

 発車の定刻を待つばかりのバスの車体に背を預け、捉把は途上のコンビニで購入したアイスを頬張った。夏場とあって、彼女のやる気は著しく減退している。

 茹だる熱気に炙られ、第二ボタンまで開いて首もとを手で扇ぐ様は、女子生徒ならば人目を憚って自制するのが当然なのだ。

 常識の欠落は容易く露見する。

 

 隣に居る焦凍は、彼女の右側に回り込み、然り気無く“個性 ”によって冷気を発散し、夏の暑気に苦しむ捉把を細やかに救っていた。

 逆に、涼気の源が焦凍と理解した捉把は、もはや彼の右腕に自身の腕を絡める。幾ら避暑とはいえ、それも人からすれば大いに常識的に考えて避ける行為だ。

 想定外の行動、予期せぬ柔らかい感触に焦凍は顔面が蒼白になって混乱中だった。

 

「暑い。天は私を、殺そうとしている」

「……捉把、暑いとはいえ近いぞ」

「焦凍と私の仲だよ。良いじゃないか」

「そう……なのか」

「それとも私の胸部を二度も直接触れながら――」

 

 焦凍が口を手で塞ぐ。

 その情報は口外するには危険すぎる物だった。実際、想起するのも恥ずかしく思われる事件である。峰田が聞けば怨念となってでも焦凍の喉笛を噛み千切らんとするだろう。

 表情には出さずとも切迫した焦凍と、彼の右腕を放さず冷気に浸って穏やかな面持ちの捉把。

 傍から見れば、過剰な接触を交わして充足感を得る恋人の様相にしか見えない。否、そう見ざるを得ない。

 既に到着していた峰田の瞳から、滂沱と迸る血涙が早くも出発を物々しい雰囲気にさせる。

 そんな中、次々と集まる1-Aの面子。

 勝己が珍しく鼻の頭に皺を寄せて思案げ(不機嫌そう)な顔で来た。顔を上げ、いの一番に捉把を探って――あの二人を発見する。

 

「おい、クソ猫!なに他ン奴に尻尾振ってんだコラ!?」

「おや、聞き憶えのある声……もしや巷を騒がす連続殺人犯の……」

「テメェがそのノリで来るなら、その犠牲者の中にテメェの名前を加えんぞカス!」

 

 出会い頭に怒声。

 即座に何者かを察した捉把は、軽口で彼の苛立ちを増長させつつ、焦凍から離れてそちらに向かった。名残惜しげに後ろで伸びていた彼の手には気付かない。

 勝己の傍に寄って話す。

 周囲、というより女子の何名かが、誰もが見落とす重大な事実を機敏に看取していた。

 焦凍の冷気すら捨て、自ら勝己の下へ赴く足と気持ち。加えて、微かだが幸せそうな表情が明らかに彼女の心の何かを物語っている。

 

「ごめん、まだ貴方と同じ墓に名前を刻むだけの手順を済ませていない。先ずは精神的にも十八歳になってからでお願いするよ」

「誰がテメェと結婚なんざするかよ!」

 

 すると、捉把は大仰に傷付いてみせる。

 あたかも、胸を拳で打たれたように自身の襟元を摑んで俯き、苦しそうな顔を作った。

 

「しないのかい?あの夕日の沈む海で私を口説いたのは詐欺だったんだね」

「嘘だとしても、その言い方だとテメェは堕ちたって事だよな?」

「勿論さ。噛みながら何度も台詞を言い直して告白してくれた姿に胸を打たれて――」

「今すぐ墓所に沈めたらぁッ!!」

「――召喚、切島くん」

 

 捉把の“個性”が発動する。

 彼女が拡大した『空間』で、クラスメイトと歓談中だった切島と位置が交換される。切島は突然の変化に気づけず、突如として眼前に現れた絶賛爆発中の勝己に戦慄した。

 対して、捉把は彼と話していた常闇と、あたかも先程からずっと会話していたかの様な素振りで、退場した切島の役を代行する。

 一連の出来事を傍観していた相澤は、後で仕置きの時間を加えることも考慮した。

 

「常闇くん、世は非情だね」

「空狩、お前こそ非情なり」

「いいや。切島くんの犠牲を忘れないだけでも、私は温かい人間だよ」

「……許せ、切島。俺にはこの悪を正せない」

 

 説得不能と納得し、常闇が諸手を挙げて降参する。

 捉把は自身の安全確保の完了に胸を撫で下ろした。

 ――と、頭を摑まれた。

 振り返る……そこに、勝己の凶相。

 

「……迅(はや)いね」

「尻尾振った次は尻尾巻くとか、いよいよどうしようもねぇクソ猫だな」

「厳しいご主人様ですね。……あ、違った。厳しいご主人様ですにゃんっんだだだだ痛い痛い痛い」

 

 頭部を拉げさせる圧力。

 彼の五指は“個性”無しで骨を砕く膂力だった。

 悲鳴を上げる捉把に、勝己の冷たい眼差しが刺さる。

 この手の誤魔化しは、もう彼に通じない。

 

「遺言はそんだけか」

「わかったわかったわかった最期だから言わせて凄く愛してますこれ以上ないほどに私は貴方を愛しております」

「それだけか?」

「あと墓石に刻む時は貴方に妻がいようと空狩捉把の名前を宜しく怨みますから」

「けっ」

 

 投げ放つように勝己が頭から手を離した。

 解放された捉把は、苦痛を催す圧迫感の残響に頭を抱えて呻く。常闇は自業自得だと静観していた。

 

「やれやれ、困ったご主人様だよ」

「おいクソ猫、早く乗んぞ」

「先にどうぞ。私は緑谷くんの隣に座るから」

「危なっかしいからテメェは俺の隣にいろ」

「え」

 

 バスに乗車した勝己。

 その姿を捉把は唖然として見送った。

 あんな言葉を臆面もなく言う人ではない。それに一瞬だけ見えた真剣な表情に、さしもの捉把すら軽口を叩けずにいる。

 一体、何が彼にあんな顔を……?

 危なっかしい、とは何なのか。

 一連の事件で危ぶまれる事は多々あるが、それでも彼がそこまで過保護になる事があり得ない。

 

「これは……」

 

 この謎に、空狩捉把は――。

 

「いよいよ、私無しでは生きられなくなったか」

 

 検討違いな解を導き出す。

 ちなみに、その直後に舞い戻った勝己に頭を叩かれ、引き摺られるようにバスに乗車した。

 これを見ていたB組が、密かに『爆豪夫妻』として二人を認識していたのだった。

 

 

 

 

 バス内は賑やかになっていた。

 捉把は大人しく、勝己の隣に座っている。

 窓際を譲ってくれたのは、彼なりの小さな気遣いなのだろうか。邪推ではないと考えると、捉把は言葉に出さず行動で示すその姿に微笑む。

 職場体験から会えず、期末試験後から今日に至るまで強引に遊びに引っ張り回したが、それでも勝己が隣にいることを久しく感じる。

 

 捉把の眼に気付いた勝己が、視線だけ寄越す。

 訝しげに、どことなく嬉しそうな彼女に眉を顰める。

 

「んだよ」

「隣なんだから、少しは話そうよ」

「…………」

「……?」

 

 バス乗車から静かな勝己に、今度は捉把が首を傾げる。

 

「体調が優れないなら、先生に」

「そんなんじゃねぇ」

「ううん……貴方に元気が無いと心配なんだけれど」

「元気有り余っとるわ」

「静かな貴方を見ると、災禍の予兆にしか思えなくて不安になるんだよ」

 

 勝己は沈黙する。

 捉把は彼らしからぬ様子に、本当に胸裏で不安が膨らんでいった。

 義欄と名乗る男を介した父親からの連絡と敵連合への勧誘を臭わせる内容、そしてヒーロー殺しによって刺激されたヒーロー界への疑念。連鎖する不穏な出来事に相次いで、勝己さえも変わってしまうと捉把は寄す処が無くなってしまう。

 

「勝己くん」

「あ?」

「私が、悪い人間になったら貴方はどうする?」

 

 勝己がわずかに目を見開いた。

 体を彼女の方へと巡らせて、その顔を覗き込む。可憐な相貌には、いつになく余裕が無かった。膝の上で固く握った拳を睨んでいる。

 そんな捉把を、以前も見た記憶がある。

 USJで敵連合に襲撃を受けて黒霧による奸策によって分断される直前に見せた顔と同じだった。

 

 悪い人間になったら――。

 その言葉が何を示唆するかは、勝己にもわかる。

 先日に父親からの勧誘を受けている事は織り込み済み。

 つまり、捉把自身が不安になるほど――敵(ヴィラン)になる危険性があるのだ。

 

「……」

「私が一度その道を選んだら、きっと猛進すると思うんだよ。ほら、努力家だからさ」

「ほざけ」

「その時、貴方は私をどうする?」

 

 勝己は鼻で嗤った。

 

「全力でブチのめして、説教し殺す」

「それでも直らなかったら?」

 

 やはりいつもの諧謔がない。

 勝己は彼女から顔を逸らしつつ、座席の肘置きに頬杖を突いた。

 

「その時は……役所で無理矢理書かせて、一生説教し殺す」

「役所って、何を書かせるんだい?家庭裁判の手続きみたいで気が重いよ。それも一生って………………え?」

 

 捉把は勝己を見た。

 言葉の裏にある真意を読み取って驚き、その正誤の確認の為に顔を覗くが、彼は平然としている。耳も赤くなければ、平時と変わらぬ仏頂面だった。

 捉把は言葉が出ずに視線を彷徨させたが、やがて座席の背凭れに改めて体を預ける。

 

「前回の浜辺よりは、良い告白だったよ」

「捏造すんなアホ」

「という事は、一生を懸けて私もその悪態を矯正しなければいけないんだね」

「ウゼェ」

「これから慣れるよ。何せ時間は沢山あるから」

「…………」

「そろそろツッコミがないと、真面目な話になってしまうよ??」

 

 勝己は何も言わなかった。

 捉把は諦めて窓の外の光景に想いを馳せる。

 先刻までとは違い、この沈黙はどこかもどかしく。

 

 そして――

 嬉しくも思った。

 

「勝己くん」

「……あ?」

「あの雲が綿菓子っぽい」

「知るか」

 

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 前期終業式の後。

 捉把は勝己と共に公園で時間を潰していた。

 

「勝己くん」

「あ?」

「どうしてもやりたい事があるんだけれど」

「勝手にやってろ」

「貴方のように運動神経が良くて人格者じゃないと不可能なんだ」

「言ってみろ」

「チョロいね」

「ァあ??」

 

 捉把は咳払いをした。

 

「ブランコを全力で漕ぎたい」

「何処に人格者が必要なんだコラ」

「滑り台を全力で滑り降りたい」

「無視すんなオラ」

「貴方を全力で弄りたい」

 

 結局全部付き合いました。

 

 

 

 




次ッスね。

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