切島と捉把、熱々の共闘です!
国立雄英高校入試試験にて殺人事件発生。
突如として錯乱した受験生による無差別な殺傷は、後の計算によれば、模擬市街地演習場Ωにいた受験生の五割を、犠牲者として名簿に連ねる結果となった惨事。
門から約十分の位置にては、特にその凶行は苛烈さを増し、そこに死臭の立ち込める地獄と化した。監督は未だ把握しておらず、遠くより聞こえる悲鳴も破壊の轟音で遮られて判らずにいた。
上空を飛翔する小型カメラ――雄英教師陣が監視を行う場所に接続しており、撮した光景はモニターへ送信される。教師陣すらも愕然として、演習場Ωの惨状を目の当たりにしたのだった。
受験生が血肉を貪るかの如く人を殺害する姿、そして、また阻止せんと行動を開始したのも、現場に居合わせた受験生である。凶悪な犯行を及んだ少年は、精神状態は語るべくもなく異常、“個性”も強力とあってプロが対象すべき敵であった。
しかし、二人は敢然と立ち塞がって構える。怯えこそ見えるが、勇敢に相手から一歩も退かない。称賛に価する行為であるのに変わり無いが、危険であるのもまた当然。
教師陣の環から、一人の男――イレイザーヘッドと世に呼ばれるヒーローの相澤が動き出した。少年の様に異形型の“個性”は、彼の苦手とする分野ではあるものの、鎮圧の能力ならば問題無い。
廊下を走りながら、現場の試験監督に連絡を取り、至急救援へ向かう旨を伝えた。受験生同士の戦闘行為、それも片方は仮想敵ロボット以上に強い、二人を危殆に晒す訳にはいかない。
相澤の足でも、会場までは二十分要する。その間に監督が制圧を遂行しているのは自明だが、果たして子供相手とあって躊躇う事も考えうる。
嘆息して、市街地を目指した。
一方で、雄英高校とは別の土地で会場を観る男が居た。深く椅子に腰掛けながら、画面に映った戦況を見詰める。口許は愉悦に微かに綻び、暗室の中にて一人で笑っていた。
「試運転の予定だったけど、良い物が見られたね。空狩捉把くん、か。――面白い」
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演習場Ωの戦闘は激化していた。
鳴り響く金属の衝突音は間断無く市街地を伝う。もはや受験生が退却したとあって、周囲は閑散としているからこそ、音の反響がいつもより大きかった。
燃える瓦礫の中で、三つの影が乱舞する。音源はここにあり、義憤と狂気が目まぐるしく交錯していた。
謎の受験生は、両腕の臂から突出させた刃を振るう。形状や現出した部位が臂とあって、格闘術で拳足が放たれると、遅れて凶刃が相手を狙う形となる。ただの拳撃でも、躱したと油断していれば振り抜いた後の刃に狙い撃たれる。
交戦する捉把と切島は、凶刃の雨を掻い潜り、その間合いに踏み込む戦法を敢行していた。主に金属音は攻撃を防ぐ切島であり、強固な楯として相棒の捉把を庇い、幾度も吹き飛ばされていた。
“個性”もそうだが、謎の受験生の膂力は凄まじい。空振りした拳で鉄骨入りの支柱を粉砕する銃弾以上の破壊力。刃は防げても、拳骨を喰らう事までは避ける。直撃すれば死は免れても、意識を刈り取られてしまう。
喉元に閃いた剣閃、切島の硬い皮膚に阻まれた。冷や汗を掻いた、全身硬化が無ければどうなっていた事か。想像するほど総身を恐怖で染め上げる、だが次の瞬間に振り抜いた腕の力で首を加圧され、衝撃で後方へと吹き飛んだ。
「っぉお!?」
建物の壁に激突する。
切島は喉元の衝撃で呼吸を遮られ、僅かに緩んだ硬化の間に背を打ち付けた痛みを感じる。相手が同じ受験生である、同じヒーローを志す仲間であるという認識が、どこか彼を束縛していた。喩え相手が常人離れした怪物だったとしても、拭い切れない気持ちに悔しくなる。
しかし、捉把は冷徹にも戦闘行為で相手を傷付けるのに何ら逡巡すら見せない。相手の高速の刃閃にも、持ち前の俊敏な体術で応じる。切島の様に強靭な肉体強化の能力が無い以上、相手の兇手へ回避に徹するのは必定。
謎の受験生が右臂を振り抜いて攻撃する。
捉把は身を低く対し、相手の拳を掻い潜って内懐に侵入すると、至近距離にて両手の鋭い猫爪で切り裂く。傷は浅くなるよう力を抑えたが、その加減では相手は止まらない。続いて、左拳が捉把を狙う。
謎の受験生を挟んで向こうに切島が近距離に居る以上、『空間』による攻撃が容易に発動できない。空間を固定化する事で相手の動きの一切を封じられるが、“個性”の維持も辛く、いつまでも抑えられないのだ。加えて、その隙に攻撃をしようと動いても、空間固定の所為でそれすら届かない。こちらとしても手が出せなくなるのだ。
捉把の“個性”は単騎だからこそ真価を発揮する。故に、共同戦線を張った切島の存在が、意図せず捉把の能力を封殺していた。
それでも足枷にはならない。
建物の壁を蹴り、戦線に復帰した切島は、謎の受験生が握り込んだ拳打に合わせて、硬化した己のそれを激突させる。相殺とまでは行かず、再び殴り飛ばされるのを踏み堪えて、両腕で手首を摑んで抑え込んだ。
その間に、捉把は逆立ちの要領で地面に手を付き、空へ振り上げた爪先で謎の受験生の顎を打ち抜く。骨を噛み砕く剛力ではなく、鋭く急所を叩く繊細な技であった。
脳震盪を起こして少し踏鞴を踏んだところに、腹部へと切島が渾身の右拳を打ち込んだ。人に使うには躊躇っていたが、相手の行動を鎮めるには強烈な一撃が必要である。切島から受けた痛撃に、謎の受験生は地面を転げて倒れる。
捉把は立ち上がると、親しみを込めて切島の肩を軽く叩いた。奇妙な友情でも芽生えた感覚に、彼もまた破顔する。それでも内心では驚嘆と、一種の憧憬すら懐いていた。
卓越した戦闘技術、冷静な判断力。どれも一般中学生の技量を超えている。この不思議な存在に、切島は敬意を以て接した。
倒れる謎の受験生、人間ならば既に失神している。切島自身の拳は強い威力を有していたのだから、確信を持っても良い。だが、それでも彼の愁眉は開かれない。
機敏に表情を察した捉把が訊ねる。
「切島くん、手応えは?」
「……クッションを殴ってる感覚だぜ。威力を吸収されてるっつーか……」
「私と同じで複合型の“個性”?」
二人の眼前で、沈黙していた謎の受験生の体が跳ね起きる。胸の傷が蒸気を上げてみるみる治癒して行き、虚ろな瞳が前方を向いた。臂刃がより長く太くなり、服を内側から膨張した筋肉が引き裂く。
慄然とする二人の前で、獣の咆哮が上がった。体躯は二倍にまで大きくなり、容貌魁偉な怪物が大きな跫を立てて躙り寄る。あたかも、死が権化した姿だった。
負傷を即時回復させる『再生』、臂には相手を殺傷する『刃』、如何なる打撃をも無に帰す『衝撃吸収』。二人が短時間の戦闘で得た情報でも、既に相手は三つ以上の“個性”を有していた。異質だ、明らかに人間とは異なる何かである。それこそ、本物の――化け物だ。
少し身を屈めた怪物の動作に、捉把が振り下ろした踵で地面を蹴り、即座に“領域”を生み出す。身構えた切島の手首を摑んで、攻撃に備えた。
「飛ぶよ」
捉把が合図すると、怪物が跳躍した。地面が盛大に爆ぜて、瓦礫が四方八方へと飛散する。少年少女に向けて、肥大化した拳骨を高らかに叩き落とす。道路には久茂の巣状に罅が入り、地面が不規則に隆起する。
手元を確かめて地面から腕を引き抜くが、そこに肉塊や血の痕は見受けられない。首を傾げて困惑する。
数瞬遅れて、捉把と切島は怪物の後方に出現した。切島は戦々恐々、感嘆と恐怖が綯い混ぜとなった複雑な笑顔。展開した『空間』で、怪物の過去位置にある空気と自分達の立ち位置を置換したのである。
跳躍の予備動作を見抜かなければ、今頃は圧殺されていた。捉把は死の未来を予測して、自身の思考に委縮すらせず、瞬時に回避行動を開始した。その判断が僅かでも遅れていたなら、予想通りの結末を迎えていたであろう。
窮地は免れた――いや、まだだ。
攻撃を躱したとはいえ、敵は視認の難しい速度で動く。単純な火力では通用しない、空間断裂で四肢を斬り落としたとて再生されるし、先述の固定化では限界がある。劣勢を覆すだけの策が、現状では見当たらなかった。
足許を睨み、背を向けていた怪物の姿が残像を残して消える。先程よりも明らかに早い!『加速』の“個性”も持ち得ているのか。
完全に反応が遅れた捉把が諦観し、悔しげに目を閉じる。折角、ヒーローへの一歩を刻む為に雄英高校を受験したのに。
炸裂する轟音。
周囲に竜巻を生まんばかりの威力が大地を震動させる。捉把の体が強張り、踞った。……だが、いつまで経っても意識が消える事は無い。瞼の裏を、死の闇が包み込んで永久の眠りに誘う感覚すらなかった。
恐る恐る目を開けた捉把は、前景に驚愕して言葉を失う。
振り下ろされた怪物の右腕を、正面から交差させた両腕で受け、踏み耐えた切島の勇姿があった。全身を硬化させた彼だったが、鋼の如し身体強度でも封殺し遂せなかった威力で、眦から血涙を流し、強く食い縛った齦からも血が滲む。
彼の片腕が脱臼で力無く垂れ下がった。
捉把は前に踏み込み、切島の肩から身を乗り出し、後手を突き出す。強力な空気震動を発生させ、怪物を突き放す。
だが、それでも踏み堪えた怪物が再度突撃を開始する――が、体が動かなかった。関節を少しも曲げられない、それどころか、次第に全身が胸部を中心に圧迫され、折り畳まれて行く。
目の前では、捉把が虚空に伸ばした手を握り締めようとしている。その挙措に合わせ、怪物は次第に球状の肉体へと変貌し、無理矢理畳まれた肉体から血飛沫が上がる。捉把の鋭い殺意の瞳に射竦められ、本当に球状の肉塊になった。
「空間圧縮」
完全に捉把が手を握り締めた時、中空に夥しい流血で直下の地面を濡らす塊が完成した。もはや手加減無し、救出は不可能と断じての抹殺である。
捉把は指を拡げて解放する。肉塊は地面を転がり、それを切島が戦慄して眺めていた。敵の成れの果て、仲間を傷付けられた彼女の敵意に触れた故の凄惨な末路である。
哀れな最期、つい先刻まで人の形を留めていた物から目を逸らした。その隣で、顔色の悪い捉把が瞼を閉じて倒れる。寸前で片腕を伸ばして抱き止めた切島の胸で、彼女は息絶え絶えとなっていた。
「おいっ、しっかりしろ!」
「敵……は?切島くんは、無事?」
「おう、ピンピンしてるぜ。アイツは倒れた、ヒーローとしちゃどうだか判んねぇけど……それでも――」
骨の鳴る音に、切島の口が止まる。
そちらに振り向いた彼は、その相貌を隅まで恐懼に歪めた。人の貌を取り戻して行く肉の弾、血塗れのまま静かに四肢を生やしていく様は正真正銘の怪物。あれを人だと思っていた己の認識が甘いと自覚した。
捉把さえもが唖然としている。空間圧縮で肉体を強制的に収縮されれば、如何なる生物でも生命機能を果たせずに絶命する。だが、その死の理からも逸脱した怪物に、為す術無しだと今度こそ項垂れた。
怪物が復活の咆哮。
絶望に打ち拉がれた二人へ、悠揚と歩み寄る。獲物を捉えた目が細められる。
「畜生……空狩、お前だけでも“個性”で回避しろ!」
「無理……反動で、今使えない」
もう逃げられない。
怪物が両手を組んだ腕を高らかに振り上げた。空から下ろされる裁きの鉄槌、切島は傷付いた体に鞭を打って、捉把を庇う様に腕を拡げて立つ。それも意味は無い、二人もろとも粗挽きの肉へと変容するのみである。
怪物が筋肉を力ませ、全身の力で腕を振り下ろす。
――が、その動きが直撃寸前で停止した。
困惑する切島と捉把の前で、怪物が静かに地面に倒れた。憮然とする二人だったが、座りながら後退りして距離を置く。
「し、死んだ?」
「流石の再生力も、限度があったんだ……」
その時、怪物の横臥する地面が黒い泥に変化した。死体はゆっくりと沈んで行き、息を呑んで硬直した二人の前から忽然と姿を消す。
二人は安堵のため息をついて、地面に仰臥した。同時に、会場内には試験終了の号令が告げられる。その途端に顔を蒼白にさせて、二人は青空にも勝る顔色で引き攣った笑顔を浮かべた。
「忘れてたぜ……試験を」
「うっ……やばい、勝己くんに怒られる」
暫く不安に空を仰いでいた二人だったが、切島が呵々と大笑する。
「生きてるぜ俺たち」
「犠牲者は……どうにもならないけれど」
「それでも、やれる事は充分やったぞ、ヒーローとして」
「うん」
漸く反動から僅かに立ち直り、上体だけを起こす。まだ足は動かない。
「切島くん、焼肉行くよ」
「せめて試験終了後にしてくれよ?まだ筆記とかあるしよ、いつつ……利き腕やっちったぜ」
「この功績に、帰りは自分にポテチ買ってあげよう。あ、切島くんにもご褒美あげるよ」
「あ?何それ」
捉把は這う這うの体で寄り、切島の額に口付けした。
「……お前、これやらない方が良いぞ」
「何か勝己くんにも言われた。凄い怒っていた」
「そいつ、まさか……可哀想でならねぇ」
数分後の救助が来るまで、二人は暫し談笑した。
~おまけ~
「あ、勝己くん」
医務室で、小柄な白衣の老婆――ヒーロー・リカバリーガールの治癒を受けた捉把は、迎えに来た勝己に手を挙げて挨拶した。怪我人を心配して迎えに来てくれる、意外と優しい一面もあるのだと感じて、直ぐに後悔した。
既に爆発寸前の勝己が、青筋を浮かべた凶相で接近する。捉把は仕方無く、体が痛む演技策を講じる。立ち止まった彼が、今度は冷や汗を浮かべ、怒声を撒き散らしながら捉把の肩を抱いた。
「おいテメェ……クソ女の癖に無茶すんな!!」
「勝己くん、おんぶ」
舌打ちと共に背を向けて屈む勝己。
自分を本当に気遣ってくれてるのだと考えて嬉しくなるのと同時に、悪戯心が芽生えた。
捉把は彼の背中を踏み台にして跳躍し、医務室の扉前に着地する。扉を開けて廊下に半身乗り出したまま、隙間から顔を出して呆然とする勝己を嗤う。
「甘いのだよ、少年」
「ッッ……もう容赦しねぇ、ミンチにしてやらぁ!!」
「静かにせい!」
勝己がリカバリーガールにサンダルで叩かれるよりも先に、捉把は医務室を後にした。
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