空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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二話「褒美に串カツを賜そう」

 

 

 波乱万丈の個性把握テストを終えた。

 成績上位者に名を列ねた空狩捉把は、朝の相澤より受けた問題児通告、及び監視役の轟焦凍の存在を明かされ、入学早々に教師陣から厳しい目で見られる立場に立たされた。自身の“個性”が孕む危険性の云々は自覚していたが、他者からの指摘を受けると鋭い響きとなって心痛にまで及ぶ。

 相澤に至極簡潔で必要最低限のみを述べた明日以降の趨勢などが説明されたHRさえ終了した。退室前に再度注意をされたが、校内では実力に於いて信頼に足る生徒、或いは轟焦凍を伴っての行動を義務付けられる。

 捉把は嘆息して、机に腕枕で伏す。仕方が無かったとはいえ、それでも……これでは自分の方が化け物ではないか。

 皆が感情の機微を読み難い捉把、だからこそ今落ち込んでいるのにすら誰もが気付かない。薄紅の瞳で初日から親睦を深めるべく談笑する生徒を見遣る。聞き耳を立ててみれば、明日の授業に皆が興奮気味である。特にそれが顕著なのは出久だった。

 個性把握テストの最中、出久に“個性”が発現している事を知り、一驚させられてしまった。自身の肉体をも破壊する超金剛力、勝己は混乱の余り激昂して問い詰めんとしていたが、黙っていた捉把も問い糺したい気分である。

 オールマイトに認められた少年、元から誰よりもヒーロー然とした資質の持ち主、ただ無個性であるばかりに虐げられた真の英雄の卵。“個性”の状態から鑑みて、ふとオールマイトに酷似した部分があった。肉体への反動が大きく彼とは違うとはいえ、相澤の制御不能を指摘する言葉を認めていた言動からしても、異質極まりない。

 もしや……いや、あり得ない。

 己の推察が、あまりに荒唐無稽だと感じて否定する。仮にそんな現実が可能なら、出久の将来が誰よりも苛酷な道程となってしまう。一人で背負うには、身に剰り過ぎる負荷だ。

 情けなく伏していた机上に、鞄が叩き付けられた。寸前で鞄が降下する風の音を知覚していた捉把は、直撃の寸前で器用に身を捻って回避する。それでも震動する机に揺すられて良い気分ではなかった。

 気懈げに見上げた捉把の頭上では、三白眼が睥睨していた。クラスメイト、友人以前に人に向けてはならない凶器も同然の眼力である。見慣れた敵の襲来に身を起こし、首を傾げて本人を見詰めた。

 言葉無く見合う時間が長いと、勝己の方から舌打ちを鳴らして顔を逸らし、捉把の襟首を摑み上げて立たせる。やや不機嫌面であり、やはり個性把握テストでの驚愕の余響が収まっていないのだろう。

 強制的に起立させられ、捉把は机の隣に掛けていた自分の鞄を持たせられた。勝己は力無い捉把の様子も構わず、ずかずかと歩き出してから、扉の前で立ち止まる。

 

「何ぼさっとしてんだ、帰んぞ」

「下校中に貴方の相手は辛いかな。今日は一人か、それとも切島くんや出久くんの方が休まるんだけれど」

「俺が許可しねぇつってんだ、早くしろや」

「……強引なご主人様だよ、ホント」

 

 猫耳帽子を被り、捉把は鞄の肩紐を摑んだ。

 幸先の悪い学生生活の開始、明日の授業に合わせ帰宅後の生活改善案を考えていると、席を徐に立ち上がった轟が傍まで歩み寄って来た。捉把が戸惑いがちな見上げる。

 轟は何か言葉を探し、視線を足下に這わせて右往左往していた。たった一日の交流でも、彼が口下手である事を重々承知している捉把は静かに待つ。扉の前で噴火寸前の火山が煮え滾っているが、今はそちらに構う必要が無い。

 捉把が下から覗き見ると、轟は少し驚いて一歩後退した。

 

「……ありがとうな」

 

 逡巡の時間を経て、漸く出た一言。

 捉把は首を緩やかに横へ振って、彼の両頬を手で叩く勢いで挟む。長く待たされた事にも苛立ちは無く、寧ろ幼子の成長を目にしたかの様な穏やかな心であった。これを聞けばら轟も少し嫌がるだろうが、捉把の人柄上では諦める他に無い。

 こちらに突進を開始する勝己を“個性”で縛りつつ、紅白色の頭髪を撫でた。左側から感じる熱は痛々しく、右の冷たい肌さえも、どこか寂寥感を懐かせる。それでも、捉把は憐憫を面に出す事はしなかった。

 

「その言葉は、君が本当の意味に気付いた時、気付かせてくれた人に贈るんだよ」

「そうなのか」

「うん、私が断言する。きっと皆が救ってくれる」

「……そうか」

 

 捉把は満足げに頷いて手を振った。

 

「それでは、また明日」

「ああ、またな」

 

 勝己の下に駆け寄ると、彼はまたも顰めっ面で捉把を睨んでいる。何が気に食わないのか、轟と捉把の二人を交互に見遣る。特に前者への視線は敵愾心を全面に出していた。

 個性把握テストの時といい、最近の勝己の対応に困っている。捉把に対する独占的な態度、自分以外の男子が会話をするだけでも敵意の対象。捉把はあれほど玩ぶに好適だった勝己の心中が判らず、真意を探って顔を凝視する事しか出来ない。

 すると、勝己もまた捉把を見詰めていた。

 

「私の顔、何か付いてるの?」

「猫みてぇな鼻と口」

「じゃあ、アイドルだね。ヒーローやめようかな?」

「自分で言ってたら世話ねぇな」

 

 呆れ笑いを浮かべた勝己に続き、そのまま退室する。

 帰路に着いた二人は、途中でコロッケを食べた。

 

 

 

 

 

************

 

 

 

 二日目の授業は、想定以上の疲労を感じた。

 捉把は授業中に何度か居眠りをし、その都度に勝己が鋭くシャー芯を擲ち、首筋を突き刺す妙技を披露する。繊細な力加減と正確な投法が作り出すそれに見惚れる度に、誰もが捉把の跳ね起きる姿を見る事となった。

 初日から強烈な印象を与えた彼女だが、座学に関しては苦手であるかと問えば、実際は全く異なる。眠っていても、教師から指名されれば黒板の計算式を飄々と解き、求められた解答を即座に切り返す。流石は総合二位の実力、こればかりは仏頂面だが、何処と無く自慢気な勝己を微笑ましく見る切島だった。

 午前の授業を終えれば、捉把は完全に机に倒れてしまった。勝己が力強く椅子を蹴り上げなければ、昼食すら摂らなかっただろう。弁当を忘れた彼女は、結果的に切島と勝己の物を分けて貰った。

 クラス内でも天賦の才を輝かせる狂犬の爆豪勝己を制御する不思議な少女、一見して話し難い神秘的な雰囲気を持つが、質問された事には素直に応える性格である。趣味は読書と散歩した先での昼寝、好物はカレーパンとアイス。女子全員に集られても鷹揚に応対していた。

 ただ、男子からの視点では違う。

 八百万百、麗日お茶子など魅惑的な肢体を持つ彼女達よりも細く、肉置きが平均的であるのに、他とは一線を画する妖艶な印象があった。眠そうな目、必要が無ければ動かぬ倦怠感に満ちた言動、それでも髪を少し掻き上げたり、瞼を閉じたり、首を傾げたり……何ら特筆すべきでもない動作のすべてが艶かしく見えてしまう。

 無論、そんな彼女を血眼で凝視する峰田は背後から爆豪の爆撃を受け、暫し意識を失う羽目になった。

 

 午後の授業が始まると、廊下を轟然と馳せる気配を壁越しに察知し、捉把は座席に腰を下ろしたまま身構えていた。その気配が自分達の教室の前で急停止し、扉を盛大に開け放つ乾いた音が鳴る。

 

「わ――た――し――が――普通にドアから来た!!!」

「遅いですよオールマイト、早く着席して下さい。もう授業は始まっているんです」

「おっと済まないね、空狩少女!では私も教科書を……ノンノン!!私は教師だよ、やめてよ危うくおじさん乗せられるところだった!!」

 

 捉把の冗談に応える男――“平和の象徴”ことオールマイトその人である。

 後ろに撫で付けて整った髪型だが、異様に逆立つ一房の髪がVの形を模している。服を内側から押し上げる逞しい筋骨は、人間が己を極限まで練磨した末に獲得し得る極致の一つと形容するのが相応しい肉体。数ある活躍した時代の中でも、“銀時代”と呼ばれる戦闘服(コスチューム)を纏う姿は、成る程いまや子供の憧れるヒーロー理想像の一つそのものであった。

 最も強く彼を崇高する出久は、今や憧憬の熱に語り始める。出久のみではなく、皆が興奮する中でも、極めて冷静だったのは捉把と彼女を見る勝己、そして轟であった。

 

「私の担当はヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う課目だ!」

 

 前以て、省略されたガイダンス用の書類にすべて目を通した捉把には既知事項であった。しかし、授業として受ける時とは別の実感が胸を摑む。

 彼女が望んだヒーローへの第一歩、その具体的な形を呈するのが、この授業である。密かな興奮を胸に、口端を微かに上げた。

 

「早速だが今日はコレ!戦闘訓練!」

「戦闘……!」

「訓練……!」

 

 オールマイトが「BATTLE」と書かれた札を掲げると、いよいよクラス内の興奮が最高潮に達する。勝己は首の骨を鳴らして獰猛な笑みを浮かべ、出久も緊張とは裏腹に凄然とした熱意を滲ませていた。

 

「そしてそいつに伴って、こちら!!入学前に送ってもらった個性届と要望に沿って誂えた……戦闘服!!」

「「「おおお!!!!」」」

 

 一人の前に、それぞれケースが置かれる。

 オールマイトは捉把の机にそれを安置する際、皆には読み取れぬ程度に小さく笑っていた。恭しく受け取った彼女は、勝己の方を見た。もう昂りが抑えられず、彼の握る取手が軋みを上げている。

 捉把もまた席を立ち上がった。戦闘訓練となれば、試験同様に親しき仲でも敵対すれば、相手は倒すべき対象に相違無い。徹底的に叩き潰す、捉把の脳が完全に戦闘体制に切り替わった。

 

「着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!!」

「「「はーい!!」」」

 

 教室から出て更衣室へと向かう中、勝己が捉把の隣で呟いた。

 

「容赦しねぇ、俺が一番だ」

「うん、応援してるよ」

「テメェもやるんだぞ」

「勿論、お互い頑張ろう」

 

 去って行く彼女の遠い背中に、勝己が囁いた。

 

「……怪我すんなよ」

 

 入試試験の際の事があって、彼女が傷付く姿を勝己は嫌っている。

 獣並みの可聴域を持つ捉把は、それを聞き逃さない。

 

「しないよ――その前に敵を撃滅するだけだから」

 

 

 

*************

 

 

 試験でも使用した模擬市街地の演習場。

 戦闘服に着替えた面々が、オールマイトの下へと集合する。其々が個性的な装束に身を包む。どれもが己の“個性”を活かした戦法に適する機能を付与した物。機能性、外見を考えて製作された物は、世界に一つだけの、正に自分を一人のヒーローとして確立する武器だった。

 勝己は重厚な手甲、膝当や厚い長靴、後方に付けて彼の気性の荒さを表現したかのような装飾の付いたアイマスクを装着している。依然として獣じみた凶悪な笑顔のまま、演習場へと闊歩した。

 捉把の姿を探し、周囲を見渡す。小柄である彼女だから発見が難しいのかと、次第に顔だけでなく、体さえも巡らせて捜索した。戦闘服に不備があって更衣室から出られないのか、或いは突然の体調不良、又はその両方なのだとすれば、あれだけ挑発的に宣言した過去の自分が恥ずかしい。

 必死にあの姿を追うと、背筋を冷たい刃物が軽く撫で上げる様な感覚に襲われ、後ろへと身構えて振り向いた。殺意でも敵意でもない、けれど実戦経験の少ない勝己でさえ感じ取れる異様な気配。

 遅れて来た出久が入口から駆け入って来た後ろから、悠揚と踏み入る少女が居る。見慣れた姿の筈なのに、勝己は胸中を騒がせる不吉なモノを突き止められず、ただ彼女を凝然と見据えた。

 袖を紐で絞った薄いパーカーの開かれた前身頃から、袖の無い高襟のクロップドのキャミソールが覗く。見えてはいないが、上腕の半ばから手の甲まで保護する布の手甲を装備している。質素なショートパンツと、膝上までの靴下、踝まで保護するサンダルは黒一色であった。ベルトに差し込める様式の雑嚢が腰に下げられている。

 軽装の空狩捉把を前にし、勝己は絶句した。

 ヒーロー、ではなく私服姿に等しい外観。強いて特徴が挙げられるとすれば、腰に雑嚢とは別に下げた短刀である。殺傷力を削減し、刃や鋒を潰して刃物を受け止める事のみしか用途の無い得物。

 捉把は前から向けられる勝己の視線に、その場で軽く一回転し、横ピースを無表情で決めた。

 

「どうでしょう」

「……舐めてんのか?」

「無駄に装備しても、私の能力は変わらない。だから、必要な物は大抵、この中に詰まっているんだよ」

 

 雑嚢を軽く叩いて肩を竦めて見せる。

 釈然としない勝己の胸を叩いた。

 

「貴方も中々似合ってるよ」

「当然だろクソが」

「もし宣言通りに勝てれば、褒美に串カツを賜そう」

「何様だテメェ……やってやらぁ!!」

 

 傲然と顎を上げて胸を張る彼に、捉把はオールマイトの方へ向かう。チーム振り分けの籤引きが始まったのだ。

 

「よし、頑張ろう」

 

 

 

 

 

 




はい、更新が随分遅れました。
次書こう、次。
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