空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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三話「慰謝料はうどんで」

 

 波乱を予感させる戦闘訓練が幕を開けた。

 第一戦の火蓋を切って落としたのは、因縁の組み合わせ天才の勝己と努力家の出久。幼い頃より相反する二人の戦いは、過去から積み重なる想いもあって白熱した。

 一時は出久の戦死すら危惧する威力で手甲の砲撃を開放する勝己。圧倒的戦闘力で制圧するかに思えたが、正面から激情に任せ対峙していたかに思えた出久の戦略により、決闘に関しては敗北したが、チーム戦の観点からは完全に出久と麗日の勝利だった。

 その結果は捉把を心底驚かせた。

 いや、本人が特に驚いていただろう。また、己への失意や出久の戦法に困惑し、一戦を終えても放心状態の勝己は、モニタールームにて床を虚ろな瞳で見下ろしている。今は不用意に話し掛けない方が身の為、そして彼の為である。捉把は自粛し、自身の戦闘に備えた。

 籤引きの結果もまた、奇縁としか言い表せない。

 

 ヒーローチーム  ヴィランチーム

 轟焦凍&障子目蔵VS空狩捉把&尾白猿夫

 

 初戦から最も危険視していた相手との勝負。

 この組み合わせは捉把に最大の警戒を与えると同時に、監視役の轟とどちらが力量としては上位者であるかを判然とさせる好機。尤も、入試の時と同じような技は通用しない――相手がそれ以上の力で来なければ。

 

 戦場となるのはビルの一棟。

 敵陣は屋上で核爆弾を所持して籠城し、ヒーローチームは核爆弾の確保、或いは相手チームの捕縛。捉把の勝利条件としては、制限時間まで爆弾をヒーローチームから死守する事である。相手が轟となれば、容易に事が進む事は無いだろう。

 相棒の少年――尾白猿夫も緊張していた。

 整えた頭髪に空手胴着を着ており、小さな瞳と物腰の低い姿勢。籤引きの際も相手に先を譲る紳士な性格であり、悪戯心がつい働いて、捉把が妨害しても激怒しない穏やかさである。“個性”『尻尾』を利用した立ち回りで、外見通り体術に優れた人物である。

 最上階に立った捉把と尾白は、迎撃の戦略を練る。

 轟焦凍の戦法は――捉把には考えるまでもなかった。『半冷半熱』という、一種の万能な“個性”で爆弾を刺激しない被害を最小限且つ迅速に敵を仕留める策がある。彼は間違いなく、それを実行してくる筈だ。

 捉把は尾白を自分の隣に配置し、戦闘の合図が降るのを待った。生半可な攻撃では押し潰される、最初から全力で迎え撃つ他に無い。

 

 オールマイトの喧しい合図で幕が上がった。

 ビル全体が冷気に包まれたかと思った途端、刹那の内に床や壁面、天井までもが氷結した。突然の事で誰も対応し遂せない。捉把も尾白も、脚を氷で地面に固定され、早くも行動不能に陥った。

 悠々と階段を上がって来る足音に、捉把が含み笑いを溢す。急激に冷却された室内温度と、不気味な雰囲気を放つ味方に怖じ気を震う尾白だった。

 捉把を中心に“領域”が展開され、半球状の空間内が震動する。能力圏内の氷が粉砕され、尾白と捉把の縛めを呆気なく解いた。無論、有効範囲に核爆弾が入らぬよう調節したため、ヴィランチームとしての戦闘も続行可能である。更には、震動で発生する音も範囲内から抹消し、事を轟達に悟らせぬ工夫を施す。

 勝敗に拘らず、如何にヒーローとして、ヴィランとして適切な行動と対処を為したか、それが評価されるべき点であるとは、最初の勝己と出久を見て弁えていた。

 捉把が合図を送ると、尾白は支柱の影に隠れた。彼女のみが部屋の中央で堂々と仁王立ちをして構え、不敵に立ちはだかっている。これで漸く、本当の勝負が始まるのだ。

 予想通り、室内に自若として踏み入って来たのは轟だった。しかし、室内の様子を見て僅かに目を瞠る。氷結を免れた捉把の立ち居姿に、少なからず感嘆したのだ。左半身を氷で封印したヒーロー装束は、彼の拒絶が垣間見える。

 捉把は腰元の短刀を抜き放ち、轟へと投擲した。鞘から手に取り、投射されるまでの速度が素人のものではない。轟は二度目の驚愕も、だが冷静に氷壁を生成して防御する。入試総合二位と個性把握テスト上位の肩書は伊達ではない、戦闘技術の特異さなど最初から知っていた。

 しかし、轟は違和感に眉を顰めた。

 投げられた短刀が氷壁に衝突する音が無い。何事かと壁から身を乗り出してみた。

 ――その転瞬。

 視界に捉把の手が飛び出し、轟の襟を摑んだ。今度はさしもの轟でさえ理解不能である。短刀の音を消して、此方が確認に顔を出したのを狙う奇襲作戦かと思って、部屋の中央に落ちた短刀を目にした。

 

 違う、これは――“置換”!

 

 捉把は擲った短刀と、自分の立ち位置を交換したのである。それによって刹那で間隙を潰し、見事に接近を成功させた。

 物陰から尾白が飛び出し、短刀を拾い上げてから捉把へ投げ渡す。受け取った彼女の皮膚に、僅かに氷が張ろうとしたが、その前に轟の姿が捉把と共に消えた。

 

 轟の視界が変転する。

 二人は尾白とは違う部屋の空中に投げ出されていた。捉把が轟の腹部に蹴りを叩き込んで弾き、お互いが壁際まで転がる。奇襲に次ぐ奇襲、相手の手の内を読ませぬ捉把の攻撃に些か狼狽えつつも、即座に体勢を立て直した轟は、ふと周囲を見渡して気づく。

 部屋全体は、前回の氷結攻撃で凍りついたままだ。しかし、天井の一部は氷塊が破砕され、綺麗に剥落している。どうやら、此処は最上階の下らしい。轟は悔しげに口角を上げて見せる。

 

「そうか、『空間』は半球状じゃなかったのか」

「そうだよ。地面の所為で半球に見えていただけで、地上から離れた高度なら性能を充分に発揮できる」

 

 轟が辿り着いた捉把の真実は、至って簡単だった。

 捉把の“個性”の有効範囲は、半球状の中――ではない。それは今まで、彼女自身の目の届く範囲がそうであっただけで、実際は球状に展開していたのだ。外貌だけでは判らない。

 足場が一滴の水すら通さぬ稠密な岩盤でも無ければ、捉把は別の空間を見付け、其処が有効範囲内であれば隔壁も無視した転移が可能。極めて汎用性に長けた“個性”である。半径十五メートル、要するにビルの殆どが彼女の射程圏内に収まる。

 弱点が見当たるとすれば、有効範囲は球でなければならない。形を自在に変える事までは能わず、しかしそれが唯一判る難点なのだ。

 それでも最上階の直下にある、それも天井を一枚隔てた場所なのは何故か。その理由も至極簡単であり、威力の高い轟の“個性”を封殺する為の地勢である。此所での戦闘の震動は、直上の核爆弾への刺激に直結する。人民の安全を最優先に考慮すべきヒーローの立場にある轟としては、此所で無闇に制圧の為に技の加減を注意しなくてはならないのだ――この強敵を相手に。

 目前では、捉把が手中でナイフをペン回しの如く回旋させて遊んでいた。対人戦術では誰よりも得意と自負する彼女の好む状況が作られたのである。

 轟は仕方無しと嘆息して、左拳に氷塊を武装して構えた。捉把は頭の帽子を押さえながら駆け出す。近接戦に持ち込む積もりで地面を蹴り――滑って転倒した。

 足場はまだ氷塊のまま、足を不様に掬われた捉把は腹で床を滑走する。

 捕縛テープを解いて、氷上を華麗に疾駆する轟。此所はまた、彼にとっても特異なフィールドでもある。間の抜けた不覚を犯した彼女なら、今捕縛するのに好機である。捕らえようと接近した轟は、彼女の目が細められたのに気付いた。

 捉把は氷面を叩いて前転し、持ち前の『獣性』の“個性”で得た高い身体能力を利して背中で跳ね、肉薄する轟の顎に目掛けて片足を突き出す。しかし、轟が瞬時に隆起した氷壁を足下から生成し、捉把の攻撃は防がれた。

 氷の壁面を蹴って、元の位置に戻ろうとした捉把は、自分を猛然と追走する轟に目を見開く。その背後からは、意思を得たかのような氷柱の先端が降り注いで来る。殺傷力を抑え、尖端は鈍いが一撃でも命中すれば行動不能なのは受ける前から明白。

 捉把はサンダルの剥き出しになった踵から、『獣性』で肉体を変化させて鳥獣の蹴爪を生やす。氷面に突き立てて、慣性の法則に従って後方に推移する体に勢いを殺した。静止した直後に、手甲を取り外した右腕が犀の角に変貌した。

 改めて前方に低空姿勢で飛び出し、捉把は正面から突き出した右腕の犀の角で、襲い来る氷柱の総てを衝突するだけで破壊した。

 引き合うように部屋の中央へ走行する両者。

 二人が今、互いの間合いに相手を納めんとした時――捉把の姿が景色に溶けて消えた。クラスメイトの葉隠のように、視認できぬ姿と化したのだ。

 轟が再び急停止し、その姿を探して顔を巡らせた時、横合いから脇腹を打擲した鳥獣の蹴爪の感触を覚える。床をもんどり返って、壁際まで転がった轟は直ぐに立ち上がった。

 まだ『空間』は発動中だ。

 恐らくは、光の屈折率を操作し、自身に反射する光の総てを歪曲させて、姿を完全に消したのだ。動物の視覚が物体の視認できる条件は、物体に反射した光を網膜が享受する事。それを取り除かれてしまえば、熱感知スコープでも無い限り捉把を捕捉出来ない。

 “個性”でカメレオンの生態を真似ても、ビルの配色には馴染めない。

 葉隠の超常とは違い、科学的な根拠を用いて成した透明化。

 

「やるな、空狩。でも――終わりだ」

 

 轟を中心に、半円状に氷壁が断続的に対岸の方まで波となって流れる。床の氷面から、更に厚く上塗りする冷凍の蓋。何処に潜んで居ようと、これを回避するのは難しい、空間震動で防御すれば、その位置に彼女は居る。

 荒業を仕掛けた轟は、しかし頬に激突する拳固の感触と共に、横へと吹き飛んだ。床をまたしても転がって、再び体勢を建て直すと、自分の過去位置に捉把の姿が浮かび上がる。氷壁の波に腕を浅く切られ、出血していた。

 

「危うく潰れるところだった……容赦無いや。

 (拙いね、狭い空間じゃ五分五分だ。屋外だったら確実に負けてたよ)」

「ビルの再氷結をしないだけましだろ。

 (したくてもコイツの所為で出来ないが……)」

「これは面倒なヒーローだね」

「ああ、そうだな」

 

 涼しい顔をしていた轟に気を取られて、捉把の両腕が氷塊に捕らわれた。げっ、と呻いた後には、猛然と支柱の間を疾走して抜けた轟に捕縛テープで縛られ、地面に押さえ付けられた。

 彼も焦っていたのか、停止の利かない速度である。確保と同時に、彼女と一緒に転がって壁に叩き付けられた。

 全身を打撲し、痛みに呻きながら立ち上がろうと手を付いた轟は、掌に柔らかい感触を感じた。

 

「ひゃっ」

 

 捉把の艶かしい声に、視線を下ろす。

 轟の右手は、キャミソールの裾から侵入し、彼女の胸を素肌で摑んでいた。生肌の手応えに、暫し硬直する。捉把は頬を微かに赤くして、無言で見上げる。

 ゆっくりと離して上から退いた轟は、気まずく目を逸らして謝罪する。

 

「……すまん」

「あ、うん、大丈夫、大丈夫」

 

 捉把はキャミソールを直して、悔しげにため息を吐く。

 

「敗けたよ、悔しいけど尾白くんじゃ君には――」

「いや、尾白ならきっと障子が――」

 

『ヒーローチーム、WIIIIIIIIIN!!!』

 

 オールマイトの声が場内に響く。

 

「……改めてすまん」

「貴重な体験だったでしょ。でも、慰謝料はうどんで」

「……蕎麦は駄目か?」

「君の好物だと、何か癪だし」

 

 戦闘を終えて、捉把達はモニタールームへと帰った。

 

 

 

 

 

 

 




よし、次ですね、次。
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