空狩少女のヒーローアカデミア   作:布団は友達

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四話「この筑前煮は家宝にしたい」

 戦闘訓練を終えてから暫しの時が経過した。

 空狩捉把は校門前でコロッケをぱくついていた。既に周囲は暗くなり、電燈の光ばかりが存在を主張し始める。かの雄英高校前で呑気に食事をする姿は、ある意味では注目の的にはなるが、時間帯とあって中々人通りは無く、元より衆目も意に介さぬ捉把だが、クラスメイトの目すら無い。

 担任の相澤からは無為に居残る事を禁ずる厳重注意を言い渡された。立場が今年度の生徒で最も危険な存在となれば、彼の言葉も態度も道理がある。しかし、捉把はそれらを回避し、目を盗んでは暇を校内で潰していた。有限な時間を有効活用する事に重きを置く相澤が見れば、もはや除籍処分を降すのも吝かでは無いだろう。

 しかし、帰宅しても特にやる事の無い捉把としては、寧ろ校内こそ有意義に生活できる空間であった。近所に友人も居らず、家族すら居ない身としては、物事に取り組む端緒なる気概が無い。

 誰かを救いたい、理由は無く、経緯は無く、憧れも無い。ただ胸の内に湧く漠然とした正義感、一種の強迫観念にも似た感情が、捉把をヒーローへと駆り立てる。出自が凄惨であるが故に、より一層強く肉体を動かす原子炉になっていた。

 尊敬する母のようになりたい、形骸も同然の父とは別の道を歩みたい、父を造った連中みたいには……なりたくない。

 

「おい」

 

 コロッケに噛み付いたまま振り返る。

 軽微な怪我に処置を施し、汗臭い勝己が睨め下ろしていた。彼は戦闘訓練があった日以来、教師に自己申告をして、許可さえあれば演習場を使用し、独自で鍛練に励んでいる。幸いにも此所は雄英、最高水準の道具が揃った環境下で、恐らく誰よりも向上心を持ち、最大活用しているのは彼だと断言しても相違無い。

 捉把は食べ掛けのコロッケを差し出した。噛み付いた跡と、彼女の顔を交互に見てから、勝己はそれを一口で食い尽くした。一瞬の沈黙、その後に無表情ながら怒気を満身から滲ませる捉把を躱して、勝己は駅へと歩く。

 その後ろを追った捉把は、仏頂面の彼の頬に手を伸ばして撫でる。貼り付いた険相だが、出会い頭に罵声を畳み掛けない程には穏やかであった。

 訝って視線を寄越す勝己は、この奇行にも無言だった。捉把は微かに微笑んで、手を引き戻す。

 

「んだよ、キメェ」

「ううん。頑張る貴方は可愛いな、って思って」

「あ゛?」

「失敬、カッコいいに訂正するよ」

 

 戦闘訓練の日からの変化。

 放課後の単独鍛練、昼食は何故か捉把と切島(オマケ)を食堂へと必ず伴い、消極的ではあるが戦術考察の論議についても意見交換に応じてくれる。唯我独尊、孤軍奮闘だった姿勢が緩和し、周囲の技能を洞察し、取り入れる努力――端的に換言すれば、“己が一番”と考える思考を捨てて、“一番になる”為の戦いを始めた。

 その兆候は、捉把の目にも素晴らしい変化として見て取れる。狂犬が自制を覚え、反発よりも先に環境適応能力を高める事に注力しているのに似た傾向。

 電車に乗ると、二人分の余裕が空いた座席を発見する。端の方であり、捉把をそちらに追いやってから、勝己はサラリーマンと彼女の間に座を占めた。

 

「テメェ、飯は食ってんのか?」

「大丈夫だよ兄さん、最近のスーパーは進化してる」

「誰が兄さんだコラァッッ!!?テメェの不健康っぷりは顔色見りゃ判んだよ、どんな生活して、テメェの親が作ってんのか、テメェが作ってんのか……全部教えろやボケ!!」

 

 声量を押さえた勝己が怒号する。

 何故に捉把の食生活を気に掛けるのか。理由としては、食堂では他人の金銭で賄い(好意に甘えて切島)、他では帰途での買い食いが専らである。自然な会話の中でも、食事に関すると大抵が“商品”。生活の核心に迫る質問は、然り気無く流されてしまう。

 家族関係、住居、過去――個人的な生活の全容が窺い知れぬ彼女に、少なからず興味を懐く勘の鋭い者が居る。勝己が何を問いたいのか、察している捉把は尚も語らなかった。

 中学三年から交流がある、それでも空狩捉把の人物像は、未だ内側に未知の闇を孕んでいる。演習場で感じた不気味な感覚、高度な戦闘技術、言動の節々から窺える暗殺者じみた敵を討つ事の決意を感じさせる鋭い響き。

 勝己は最近の急成長を見せる出久への焦燥以上に、何も判らない捉把が恐ろしく思えた。

 

「ごめんね、聞いても面白くないよ」

「はァ?」

「私はね、怪物と人の間に生まれた子なんだ」

 

 

 

**********

 

 

 ここに一人の少女――空狩捉把が居る。

 彼女の両親は、相見互いに何ら接点もない、云わば第三者より強制的に結ばれた存在。ある絶対的な地位を恣にする強大な人間の計画の一端で、二人は子供を成す事になった。

 数々の失敗作を産み出した悲惨な実験の末に、成功例として生まれたのが捉把である。俗に謂われる“個性”婚よりもより酷烈。

 父親は出自の不明な複数の“個性”を持つ奇怪な生物で、母は彼と子を成す事を強いられた。愛情も無く、捉把を身籠っても、しかし己に宿った命の尊さに、喩え相手が怪物であり、生まれでる子供が怪物だったとしても、幸福に暮らせるだけの人生に導く覚悟を決めたという。

 

 出産後は父が死に、衰弱した母と共に暫し平和に暮らした。姓は母の空狩を嗣ぎ、彼女が他界してからは親戚の間を転々と移動する幼少期を過ごした。中学になり、生活保護を受けながら、時折新聞配達を密かに行って生計を立てていたところへ、一通の手紙が届いた。

 父親の親類と思しき人物からの生活支援である。無条件での提供とあって、捉把はその好意に甘えているが、相手を信頼してはいない。

 ただ、救えなかった母のような人、自分の為に犠牲となる人、親しかった人を守りたい一心で、捉把の中にある正義感が働く。

 人を救えるなら何でも良い――それこそが、空狩捉把の原点(オリジン)である。

 

**************

 

 

「――そんな感じかな」

 

 捉把の事も無げに伝える声音。

 勝己は先を行く彼女の背を睨む。その表情が気になって一歩前に出るが、ふと再び“あの感覚”が甦る。背筋に凶器を突き付けられているかの様な緊張感と圧迫感。足を止めた勝己にすら振り返らず、捉把は歩む。

 勝己にとって、この少女は初対面から異質ではあったが、過去から続き、より深く関わる程に内側に宿った狂気の如き何かが相手を圧する。自分や家に頓着が無く、友人を重んじる彼女の気質は、この事情から端を発するのだろう。

 勝己は暫し虚空を睨んで、深く大袈裟に嘆息すると、捉把の頭を平手で鋭く打つ――のを躱わされ、振り返る彼女へ顎をくいと上げた。

 

「買い物付き合えやクソ女」

「……コロッケ?」

「さっき食っただろうが!!余計な物腹に入れんなデブ!」

「失礼だね。クラスでも、私の体型は理想と称されて絶えないんだから。貴方の視点からスリムと吐かせるなんて、精々白骨くらいだよ。……余計な物?」

 

 結局、捉把は買い物に付き合わされた。

 食材費は勝己が負担しており、これを好機と目を光らせた捉把が始終アイスを籠に投入せんと試みたが、堅固な勝己の防御に阻害され、無念の無償アイス作戦は失着となった。

 何よりも、その行動を咎めた彼は、彼女が大の苦手とする辛味の料理でも拵える算段か、篭の中には七味や辛子などが多数見受けられる。これに戦慄した捉把が顔面蒼白になり、予期する処刑を慴れて免罪を嘆願したが、修羅もかくやという笑顔で応えるだけだった。捉把は自分の死に様だけを想像し、肩を落としてレジで会計を済ませる勝己の姿を恨めしそうに睨め付けた。

 

 

 

 勝己の自己申告あり、自宅に彼を伴って帰る。

 捉把は玄関の施錠すらせぬ質で、鍵すら錠に挿さず開閉する様子を見た彼が憤慨した。厳しく注意された内容をあまり記憶していないが、捉把は言葉に相槌を打つ。

 周囲へ蜘蛛の巣の如く張り巡らした感覚の持ち主であり、夜間の不法侵入を試みる者には“個性”での撃退も躊躇わず、且つ財産に関連する品は殆ど置いていない。通帳などは、捉把が常に携帯している。

 不用心を咎められ、それでも得意気に己が警備システムと言わんばかりで語ると、頭頂部に強か拳骨を受けて暫し悶絶した。外見や言動からヒーロー志望は疑わしき少年、それに少女への暴行という罪状を重ねれば、不法侵入者と差して差異無い。

 そんな事を考えて、勝己に睨まれたのは語るべくも無い。

 厨房に立った勝己の姿は平生彼女が見るものとは異なる人物だった。手際よく食材を捌いて行き、別々の作業を滞りなく行う。流石は幼少より天才と近所に謳われし爆豪勝己、素行の悪さが無ければ、頼りになる主夫である。

 しかし、突然ひとの家にて食事を作ると言い出した彼の真意を推量できず、捉把は如何なる底意があっての事かと勘繰る。交換条件で何事か要求されるのではないか、それならば額への褒美の口付けで相殺されるのが普通だ(勝己が内心で喜んでいるのも知っている、なぜ喜ぶかまでは知らない)。

 待機時間中に欠伸を噛み殺して、テレビも無い空間では小説を耽読する。休日の生活など、趣味以外に費やすモノを持たない彼女は、確かに高価な物は無く、かといってぬいぐるみなどの娯楽は見当たらず、びっしりと書籍の詰まった書架が三つ並ぶ程度だ。

 勝己の存在も忘れ、私服姿に着替えた後は再び床に伏して読んでいると、部屋の中央に配置した丸机に皿の置かれる音がした。普段は食事はしない上に、自宅に招待する家族も友人も居ないが念の為の備品としていた物だ。

 起き上がって捉把は、芳しい香りに僅かに顔を綻ばせる。エプロン姿の勝己が差し出す物は、筑前煮や炊き込みご飯など、多数の品が出された。目を剥く捉把の前では、当然とばかりにドヤ顔、寧ろ驚く事こそ疑問といった目に、捉把は勝己こそ異常だと訴えかける。

 恭しく箸を掲げ、食前の礼を済ませてから食べた。舌を刺激する甘露な食材の融合、平時の鬼畜な性格の提供者の性格すら忘れる多彩な味の輻輳に、捉把は物珍しく満悦に笑みを溢す。

 勝己は対面に座り、頬杖を付いてじっと見詰めていた。一口を食する度に変わる捉把の表情を余さず目に焼き付けるかのごとく。

 

「この筑前煮は家宝にしたい」

「黙って食えや」

 

 食堂で切島に奢らせる学食、コンビニ弁当でも味わえぬ美味を久々に完食し、捉把は皿には何も無いというのに箸を置いて食事を終える事自体を逡巡した程に感銘を受けた。

 

「ヒーロー志望辞めて、主夫に転職する事を勧めるよ」

「は?」

「一家に一人欲しいね、勝己くんの様な有能な人材」

「はっ、贅沢言うなカス。有り難く思え」

「そんな言動だから自身の株を落とすんだよ」

「あ゛?」

「今日はどうして、作ってくれたの?」

 

 勝己が露骨に嗤笑し、捉把の額を指で打つ。

 爆撃では無くとも、普段から鍛えられたそれは一種の鈍器であり、痺れると共に後から鈍痛が襲う。やや涙目で睨むと、彼は頬杖のまま厨房を見遣る。

 

「ヒーロー志望のくせに健康管理が杜撰なのが見てて腹立っただけだ。文句あっか殺すぞ?」

「仰る通りだよ。でも私が料理すると、食材が拒絶反応を示して全滅するんだ。こんな怪異な事があって良いのかな?」

「そりゃ怪異じゃねぇ。テメェの壊滅的な腕に起因してんだ、この程度の単純明快な因果関係も自覚しろアホ」

 

 捉把はふっと溜め息を吐く。

 

「一言、いや二言も多い。それじゃ、いずれ出会う女性ファンから反感を……いや、貴方に女性ファンって、きっと罵倒されて悦ぶニッチな層かもしれないね」

「は?正にテメェじゃねぇか」

「誤解も甚だしい。勝己くんに意趣返しするのが私の楽しみであって、別に貴方の罵詈雑言は好きではない」

 

 捉把は漸う箸を置いて礼をした。

 勝己が自然な流れで片付けると共に、長らく使用されなかった食器の面倒まで見ている。もはや捉把の家政婦な様な働きに、家主は賛嘆の念を懐く。しかし、彼が来なければ使いもしない食器まで律儀に洗う必要性など感じられない。

 捉把は自分に気を遣わせているのだと感じて気分が苦々しくなる。

 

「ごめんね、迷惑かけて」

「思ったんなら改善しろ、何なら――」

「難しいね」

「即答かよ努力しろよクズ」

「!?く、クズ……初めて聞いたよ、そんな酷い単語」

 

 勝己はけっと吐き捨てて、手を拭きながら捉把の隣に腰を下ろした。

 

「改善してるか見に来てやる、週ニでな」

「え゛……」

「出来るよな、俺がここまでしてやってんだからよ」

「恩着せがましいね、貴方は……ホント」

「無理なら俺んちで食わしてやる」

 

 意外な誘いに、捉把は驚倒した。

 

「もしかして、家庭ではいつも貴方が作っているの?」

「あ?俺がクソババアより上手いからな」

「へー、偉いね。あ、そうだ」

 

 捉把が躄って勝己に寄る。

 顔を上げた彼の眉間に口付けを落とした。

 

「ご褒美」

「……はっ、全然嬉しくねぇ」

「それなら、何だと喜ぶの?」

「明日のヒーロー基礎学で俺よりも成績取れたら教えてやる。但し、俺が勝ったら命令すんぞ」

「いつも命令されている様な気がするけど、承ったよ、その挑戦」

 

 暫し室内でいつもの会話を続けた後、勝己は帰宅した。

 捉把はその背中を見送りつつ、胸裏に疼く寂寥感を隠す。誰かが家に居る、そんな情景に心の中で何かが動いた。しかし、今の捉把には言葉では言い表し難く、ただ困惑と……そして感謝を胸に、彼の背中へと手を振った。

 

 

 

 

 ~おまけ~

 

 

 勝己が出てから二時間後に電話が来た。

 

『冷蔵庫にぶちこんどいたから、朝はそれ食って来い』

「え、夜食用と思って……もう食べちゃったよ」

『テメェの夜食の面倒なんざ俺が見ると思うか!?』

「朝食まで用意してくれたからね」

 

 勝己の長いため息が聞こえる。

 連絡先を交換したのは中学三年。捉把がスマホを初めて買った時である。最初に登録したメールアドレスは勝己であったが、後々彼の親とも交流が出来ると、勝己が一番というのが癪に思え、一度削除した事がある。

 無論、後日に手痛い制裁を受け、今では最も連絡交換を行う相手であった。……何なら、女子よりも多い。

 

「申し訳無いね」

『死んで詫びろや』

「注意事項くらい事前に教えてよ」

『俺の所為にしたいんだなカスが』

「いや、今回“は”私の責任だから」

『 』

 

 捉把は空になったタッパー――件の彼が用意した朝食予定の物の残骸を見下ろす。面倒見が良いのだろうけれど、果たして誰にでもそうなのだろうか。

 

「勝己くんってさ――」

『あん?』

「――私の事、結構好きだよね」

『ぶっ!!??少し慈悲かけた程度で自惚れてんのか、テメェの脳は花畠か!?』

「いや、つまらない事を聞いたね」

 

 捉把はタッパーを流し場に持って行く。

 

「次からは注意……いや、甘えてられないね」

『明日、七時に家開けとけ』

「……いつでも開いてるよ?」

『閉めとけ!!』

「どっちなの」

 

 捉把は少し笑って、電話越しに聞こえる彼の声に相好を崩す。

 

「やっぱり、私の事が大好きなんだね」

『明日殺す、待ってろ。逃げたら処刑だぞコラ!?』

「うん、待ってるね」

 

 朝の約束をして、二人は眠った。

 

 

 翌朝――。

 

 しっかり片手にタッパーを持って七時に来た。

 

「おはよう、良い天気だね――痛い」

「処刑っつったよな?」

「じょ、冗談だよね?」

「………………」

「………………沈黙は否定、だよね」

「都合の良い脳ミソしてんな」

 

 寝惚けていた捉把は一気に寒気で覚醒する。

 

「あ、あー、貴方の美味しいご飯が早く食べたいな!」

「……早く退けや、遅刻すんだろが」

「(……照れてる)」

 

 捉把は不躾にも靴を無造作に脱ぎ捨てて入る彼を見た。

 

「ふふ、何か可笑しいね」

「……テメェ、今日明日で良く笑うな気色悪ィ」

「そうだよ、貴重なんだ。しっかり目に焼き付けておくれ」

「何様だよカスが」

 

 その後、二人で登校する様子を出久に見咎められて、混乱した。

 

 

 

 

 

 

 




あ、やっと書けた。
明日も更新しよう。
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