━━翌朝
秋葉原の駅前にはいつも通りの喧騒が広がっていた。
その中を足早と歩いている少年がいた。
その人物は情報屋から一人の男性の情報を聞き、ある場所へと向かっていたアキトだった。
アキト「まさか、本当に昨日の内に連絡が着くとはな」
アキト「情報屋の言ったことが本当なら・・・」
アキト「あの男があそこにいる・・・」
アキト(最初の依頼を受けたあそこに・・・!)
アキトはなるべく急ぎながら駅前を後にするのだった。
それからアキトは駅前近くのビルの屋上に来ていた。
師匠から様々な脱衣の技を習った闘技場があり、今から会いに行く人物と初めて出会った場所・・・
ビルの屋上に着くと早朝ということあり、人の気配は殆どしない空気が漂っていた。
しかし、そんな場所で屋上のフェンスから町を眺める1人の人物がいた。
アキトはその人物に近づいていく。
アキト「また、会うことになるとはな・・・」
アキトがその人物に声を掛けると相手はゆっくりと振り向いた。
?「やあ、君か・・・情報屋さんから連絡が来た時は驚いたよ・・・まさか、君が私に会いたいなんてね・・・」
その男性はいかにも真面目そうな30代前半といった風貌の男性でスーツをキチッと着こなし、眼鏡を掛けた、如何にも紳士といった感じの男性であった。
アキト「急な話しで悪かった、どうしてもアンタに会いたかったんだ」
アキト「依頼人・・・いや、文月さんと言った方がいいか?依頼を受けた時は匿名だったんでな」
文月「・・・」
文月「ああ、それで構わないよ」
文月「ところで改めて自己紹介をさせてもらいたいんだが、構わないかな?」
アキト「構わない」
文月「私の名前は文月公平、しがないサラリーマンだよ」
文月公平と名乗った男性はその外見通りの真面目な生活であるらしく、キッチリと自身の名前、職業を名乗った。
アキト「・・・」
アキト(アンタ関係の情報は一通り情報屋から聞いているがな・・・)
アキト(まあ、向こうが名乗るなら、こちらも名乗らないとな)
アキト「そういえば俺もあの時は名乗っていなかったな、俺の名は桐生アキトという」
文月「桐生アキト・・・」
文月「アキト、君と呼べばいいかな?」
アキト「好きに呼んでくれ」
アキトは文月とまどろっこしい話をするつもりは無く、早速話題を切り出す。
アナタ「自己紹介がお互いに済んだところで早速本題に入りたい」
アキト「単刀直入に言う、アンタの妻に会ってほしい」
文月「・・・!」
アキト「俺の要求はそれだけだ」
アキトの物言いはほぼ脅迫犯のような言い方だった。
文月「・・・」
アキト「会うのが怖いか、自分が捨てた妻と会うのは」
文月「・・・」
文月「ああ、怖い、死ぬより怖いさ・・・」
文月「妻に・・・どんな顔で会いに行けというんだ・・・」
文月「あんな、酷いことをした私が・・・」
アキト「会う資格はないと?」
文月「・・・」
声にこそ出さないが、その答えは肯定だった。
アキトはそんな文月を見ながら、静かに語り出す。
アキト「あの娘は、こう言っていた・・・」
文月「あの娘?」
アキト「文月・・・瑠衣のことだ」
文月「・・・!」
アキト「あの娘はアンタとの思い出が朧気だが、あるそうだ」
文月「・・・」
アキト「以前、俺にこう言っていた」
アキト「とても、優しかったと・・・」
文月「・・・!」
文月は沈痛な面持ちでアキトの話しを聞いていた。
アキト「アンタに父親としての資格はないのだろう・・・」
文月「・・・私は」
アキト「アンタがあの二人を捨てた理由は何だ?」
アキト「愛した人が人間と違っていたからか?だから愛せないのか?」
アキト「その相手との間に成した子も人間でなければ愛せないのか?」
文月「・・・」
アキト「だとしたら、お前は俺が知っている、どんな化物よりも醜い化物だ・・・!」
アキトは文月を睨むように言葉を続ける。
アキト「あの娘はお前が望んで成した子だろう・・・!」
アキト「その娘を何故、愛せなかった・・・!」
アキトは子を愛せなかった目の前の男に、普段からは想像も出来ない程の怒りを向ける。
アキト「だが、それでも今のお前にはすべきことがある筈だ」
文月「すべき事・・・?」
アキト「妖主に、姉小路怜に会い、今の自分の気持ちを伝えることだ」
アキト「そして、娘には自分の足で会いに行け」
アキト「まどろっこしく、他人に娘の写真を頼む暇があるのなら、直接会いに行くんだな」
アキト「アンタはあの娘の父親なんだ・・・」
アキト「そしてあの女の・・・ 姉小路怜の夫だ」
文月「怜の夫・・・」
アキト「来るか、来ないかはアンタが決めれはいい」
アキト「それに・・・少なくともあの娘は・・・」
アキト「瑠衣は・・・」
アキト「アンタを恨んではいない」
アキト「そして、姉小路怜も、アンタを信じたいと言っていた・・・」
文月「・・・!」
文月「恨んで、ない・・・? 怜が・・・? 瑠衣が・・・?」
文月はかつて捨てた妻子が自身を恨んでいないことを知るとその場に崩れ落ちた。
恨まれて当然と思っていたにも関わらず、自身が捨てた妻子が自身を恨んではいないことを知り、その目蓋からは涙が少しずつこぼれ落ちていく。
文月「ふぐっ・・・うぅ・・・」
アキト「彼女は三日後の午後6時にここに来る」
アキト「その時にそこに行けば、彼女に会える・・・」
アキト「要件はそれだけだ」
アキトは出来る限りの気持ちを言葉に込め、話し切ると泣き崩れる文月をその場に残し、その場から立ち去った。
その頃、ジャンク通りにある瞬のカフェでは瑠衣がいつも通りに瞬の手伝いをしていた(鈴は本来のバイトのため不在)。
この店は常連客も何人かいるが、今日はそれとは関係ない程に忙しく、ウェイターの瑠衣は世話しなく、ホールの注文を取っている。
しかし、瑠衣本人は忙しいにも関わらず、ハキハキとした調子でメニューを聞き、食事を席に運んでいる。
瑠衣「いらっしゃいませ!注文は何にしましょうか?」
男性客「え、えっと・・・コーヒーとオムライスを一つ・・・」
瑠衣「はい!少々お待ち下さい(ニコッ!)」
男性客「・・・!(ドキン!)」
男性客(か、可愛い!)
男性客は瑠衣の今日一番の笑顔に悩殺されてしまったようだ。
その光景を席に着きながら、見つめる者達がいた。
それは瑠衣目当てのオタクの集団達だった。
オタク1「あぁ〜、今日も瑠衣ちゃんは素敵だ・・・」
オタク2「うん・・・でも、今日はいつにも増して、美しい・・・」
忍者オタク「姫は常に美しいが、今日は確かにいつもより輝いているでごさる・・・」
キザなオタク「ふん、瑠衣ちゃんはいつも輝いてるのさ!」
オタク達はそう各々、口走りながら、せっせと食事を運ぶ瑠衣をうっとりと見つめていた。
そんな視線にも気付かず、瑠衣はオーダーされた料理を運ぶ。
瑠衣「お待たせしましたー!ご注文のナポリタン三つお持ちしました」
料理を持ってきた席には子連れの若い夫婦と幼い女の子が座っていた。
夫「おお、来た来た~」
娘「きたきた~」
妻「もう、二人共・・・行儀が悪いわ・・・」
ナポリタンが来た瞬間、嬉しそうにはしゃぐ夫と娘を嗜め、女性客は瑠衣に軽く会釈する。
夫「ありがとうございます、ここのナポリタン、美味しいと聞いたもので、一度来てみたかったんです」
瑠衣「ありがとうございます!是非、ゆっくりとしていって下さい」
妻「・・・」
妻「貴方は・・・ここの店長の娘さんですか?」
私服で働く瑠衣を見て、女性客は家族で経営していると思ったようである。
瑠衣「いえ、ここのマスターは叔父さんなんです、わたし、今、叔父さんの家でお世話になってるので」
夫「へぇ〜若いのに偉いねぇ〜」
娘「えら〜い!」
妻「二人ともお礼は言ったの?」
夫「いや〜美味しそうな、ナポリタンをありがと♪可愛いお嬢さん♪」
瑠衣「か、可愛い!?」
娘「ありがとうー!」
妻「あなた!すいません主人が・・・」
瑠衣「い、いえ・・・」
予想外の言葉に瑠衣は恥ずかしそうに俯いていてしまった。
夫「いや〜失敬、失敬、どうも口が減らないものでね」
夫「それにしても、ほんとに偉いねぇ〜叔父さんのお店を手伝うなんて」
さわさわ
瑠衣「!?」
男性客は自分の妻や娘がいるにも関わらず、なんと瑠衣の手を触り、撫で始めた。
瑠衣は強い嫌悪感を覚え、咄嗟に手を振りほどいた。
瑠衣「あ、あの!やめてください!」
妻「ちょっとあなた!本当にすいません!」
夫「おいおい、軽いスキンシップじゃないか〜」
男性客はまるで反省した様子もなく、へらへらと笑っており、妻は心底申し訳なさそうにしているが、止めても無駄だというような表情をしている。
娘「すきんしっぷってー?」
夫「んー?男の人と女の人が仲良くすることだよー」
妻「この子にそんなこと教えないで・・・」
夫「お前はいちいちうるさいな〜」
今度は二人が揉め始め、周りの客も騒がしくなってくる。
瑠衣「あ、あの喧嘩は・・・」
夫「え?いやいや、元はと言えば君のせいでしょ?」
瑠衣「そんな!?」
夫「あんな冗談、今時の若い子なら普通に流してくれるものだよ?」
瑠衣「・・・」
夫「そんな愛想が悪いと男の子に嫌われちゃうよ?」
瑠衣「・・・」
男性客は一切悪びれた様子も無く、まるで瑠衣が悪いかのような調子で喋る。
先程まで騒いでいた周辺の客も段々と瑠衣に非があるののか?と思い始め、気にしなくなってしまった。瑠衣目当てのオタク達も男性客に恐れを成したのか、知らん振りの有り様だ。
また、頼みの瞬も食材を切らしたため、今は食材の補給に店の隣に在住する生家に戻ってしまっていた。
瑠衣「・・・」
夫「ほら、分かったならすることがあるでしょ?」
瑠衣「え・・・?」
夫「ごめんなさいは?」
瑠衣「・・・!」
瑠衣「どうして!」
夫「君が冗談と受け流せば良かったのに、あんな風にマジに取るから、でしょ?」
瑠衣「それは・・・」
妻「・・・」
娘「?」
男性客の男は舌から生まれたと言わんばかりの弁舌を瑠衣を追い詰めていく。妻もこれ以上言っても無駄と思ったのか、先程と違い、一切止めようとしていない。今回が初めてではないのだろう・・・。
瑠衣「・・・」
瑠衣「ごめんなさい・・・」
瑠衣は消え入りそうな声と悲痛な表情でその言葉を紡ぐ。
夫「聞こえないなぁ~もっとハッキリ~(ニヤニヤ)」
男性客は心底、愉快そうにニヤつき、瑠衣は悔しさと情けなさから涙が溢れそうになる。
瑠衣「ごめんなさ・・・」
?「ごめんなさいと言ったんだ」
ガシッ!
夫「!?」
妻「!?」
瑠衣「え・・・」
瑠衣が再び謝ろうとした時、男性客の頭を背後から掴み、一人の少年が静かに呟いた。
?「お前、頭自体かなり悪そうだが、耳も悪いようだな?」
グググッ!
夫「あだだだ!」
そうして少年は握っている男の頭に力を入れる。
一家や瑠衣だけでなくカフェにいる客全員の視線がその少年に向く。
瑠衣「・・・」
瑠衣はその少年を驚愕したかのような表情で固まっている。
瑠衣が驚愕しているのは男性客の後頭部を掴んでいるからでも、その少年が男性客に意見したからでもない。その理由は少年のことをよく知っているからである。
瑠衣「アキト・・・」
アキト「接客行とやらも大変だな、こんな馬鹿の相手もしなくてはならないんだからな」
そうして、アキトは男性の後頭部を放すと男性客一家を心底、鬱陶しそうに睨むのだった。