今回はプッツン回。意外なあの子がブチ切れます。
こういう話を書くとき、妙に執筆が進みます……なぜだ←
ところで、ゆゆゆいのバレンタインイベント後半の東郷さんイラスト、尊みが深すぎませんかねぇ。
あれから2日経った日の夕方、私とそのっち、銀の3人は大赦が運営する総合病院……その、新士君の部屋に居た。その姿は包帯だらけで、周囲には沢山の何かの機械があって、そこから体の色んな場所にコードが伸びている。新士君は微動だにしない。小さく上下してる胸とピッ……ピッ……と鳴ってる無機質な機械音だけが、彼が生きてくれている証。
悪夢の通りにはならなかった。だけど……それでも、彼が死にかけたことには変わらない。銀が後少しでも遅れていたら、本当に彼は……。
「アマっち……」
「……くそっ……」
そのっちが新士君の左手を握り締めて泣いている。彼女は戦いが終わってからもずっと泣いていた。自分が気絶なんてしていなければ、自分がもっと早く復帰できていれば……そう言って、ずっと自分を責めていた。
銀が病室の壁に額を付けて右手で叩いていた。その肩も、声も震えてる。彼女もずっと悔やんでる。自分がもっと早く彼の元へ辿り着けて居れば……自分が残って居れば。そう言って、自分を責めている。
私だって変わらない。夢の話を2人にもしていたら何か変わったかもしれない。夢の内容を勘違いしていなければ、何か変わったかもしれない。ずっとそうやって自問自答を繰り返して、繰り返して、繰り返して……自分を責め続けてる。今も、ずっと。
「……新士君……」
昨日、安芸先生からお医者さんの話を聞かされた。同じ勇者である私達には知る必要があるでしょうって、そう言いながら。
今、こうして新士君が生きているのは奇跡のようなモノだと言う。明らかに流し過ぎた血、そして体の傷。勇者服が無ければ、間違いなくそのまま死んでいた。勇者としての力が無ければ、死んでいた。勇者服にはある程度の回復能力がある。それは小さな擦り傷切り傷なんて直ぐに治ってしまうし、大きな怪我を負ったとしても何日もせずに治してしまう。
新士君は樹海から戻ってきた後もずっと勇者服を着ていた。それが、彼を死から遠ざけたと言う。それでもギリギリだったって。神樹様が助けてくれたんだって思った。だって勇者の力は、神樹様の力なんだから。
それでも、目覚めるかは分からないらしい。身体のダメージが大きすぎて、頭にも怪我をしていて……目覚めなくても不思議じゃないって。それを聞かされた時、目の前が真っ暗になった。だって、それは死んでいるのと何が違うの? ずっと眠り続ける彼を、目覚めるその日まで見てなきゃいけないの? そんなの、拷問と何が違うのよ。
「……やっぱりここに居たのね、貴女達」
「「「……先生……」」」
暗い思考に沈んでいた時、病室の扉が開く。入ってきたのは私達の担任であり、勇者のお役目のサポートもしてくれている安芸先生。学校から直接来たのか、きっちりとしたスーツ姿だった。
「貴女達もまだ完全に傷が治った訳じゃないのだから、無理しちゃ駄目よ」
安芸先生が私達を見ながらそう言った。確かに私達も、新士君程ではないけれど怪我をしている。頭には包帯、頬にはガーゼ。私とそのっちは内臓を少し傷付けていたので消化の良いモノしか食べていない。そもそも、彼の惨状を見てしまったから固形物なんて胃が受け付けなかった。銀でさえ、何も入らなかったと言っていた。
でも、私達の傷は後数日足らずで治る。今だって少し痛む程度で、もう固形物だって食べて良いとお医者さんから言われているのだ。きっと、口にしたところで吐いてしまうだろうけど。
「……こんなの、新士に比べれば痛くないよ……先生」
「三ノ輪さん……」
「でもさ、なんか分からないけど……ずっとこの辺がさ、痛いんだ」
背中を向けていても分かる……銀が胸を抑えながら震えてるのが。それを聞いた私も、そのっちも胸を抑える。痛い。きっと私達は、同じ痛みを感じてる。体の傷なんかよりも、ずっと、ずっと……心が痛い。
「……気持ちは分かるわ。でも、ずっと自分を責めるのは……」
「分かるもんか!!」
ビクッと、思わず体が跳ねた。それは……驚いた表情で振り返った銀も同じだった。叫んだのは銀じゃなくて、そのっちだった。そのっちが、今まで見たこともないような形相で安芸先生を睨んでいた。
「乃木……さん……」
「分かるもんか……戦ってない先生に、戦ってない人達に私達の気持ちなんて分かるもんか!!」
「あ……違……私は」
「アマっちはずっと私達の心も体も守ってくれてた!! 言葉で! 行動で!! でも先生達は、大人達は誇りあるお役目だって、勇者だって勝手に期待して、勝手なこと言って!!」
「園子!」
そのっちの叫びに、安芸先生は唖然としていた。私も、見たことがない彼女の様子に声を出すことが出来なかった。でも、こんなにも激しく怒りを全面に出す彼女を怖いとは思わない。それは私も……心の奥底で思っていたことだったから。
銀が落ち着けようとそのっちを後ろから抱き締める。それでも、そのっちは止まらない。
「勇者だって痛いんだよ……勇者だって怖いんだよ……先生達が訓練以外に何してくれたの? 大人達が何してくれたの!? 怖かったねって言ってくれたのはアマっちだけだった! 守るって言ってくれたのはアマっちだけだった!! 戦ってない時でも、アマっちはそうやって助けてくれてた!! 戦ってなくても、そうやって私達を守ってくれてた!!」
「園子!! もういい。もういいから……」
「でも! でもぉ……ミノさん……うぅ……ああああ……!」
「……ごめんなさい……」
「あ……」
安芸先生が何かを堪えながら部屋から出ていくのを見たのは、きっと私だけだった。そのっちは思いの丈を叫んで、銀に無理やり振り向かされて、正面から抱き締められて……抱き返して、泣いてた。私もそうしたかったけれど、ベッドを挟んだ向かいに居るから出来なかった。
開けていた窓から風が入り込み、カーテンと私達の髪を揺らす。夏なのに、その風はとても冷たく感じた。そんな時だった。
急に、心電図の音が止まったのは。
「新士君!? ……あ……」
まさか!? そう思ったけれど、その予想は外れていた。そのことに安心しつつ、また愕然とする。時間が止まっていた。それは敵がやってきた合図。
今の私達の精神はボロボロだ。新士君だって、戦えない。それでも、敵は関係なくやってきた。私達の心を守ってくれていた彼が居ないまま、私達は戦うことになった。
「……なんで……なんでこんな時に……」
「……ちくしょう……」
「……行きましょう……新士君の為にも、戦わないと……」
彼が居ないまま戦う。それだけのことが、こんなにも怖い。とても戦うような心境じゃないのに、それでも戦わないといけない。そうしないと世界が滅ぶから。そうしないと、彼がこうなってまで戦った意味が無くなるから。
そのっちと銀が頷き、新士君から離れる。私も離れようとして……でも、やっぱり離れたくなくて。だから、少しでも勇気を貰おうと思って、彼の手を握ろうと手を伸ばして。
その手は、もう無いことに気付いた。
伸ばした手は何も掴めなかった。その手を引いて、目の前に持ってくる。何も掴めなかった。悪夢を見たあの日にはあったのに。あの日、彼は確かにその手で抱き締めてくれたのに。その手で、確かに頭を撫でてくれたのに。
「……ああ……」
極彩色の光の波が迫る。世界が樹海へと変わる。新士君は居ない。彼の手に端末はないから、彼が戦いに巻き込まれることはない。この世界に居るのは……私と、そのっちと、銀と……。
「うああああっ!!」
憎い、敵だけ。
恐れていたことが起こってしまったと、園子の泣き声を病室の扉越しに聞きながら安芸は思った。新士の重傷。それは安芸の……大赦の想像を遥かに越えて、3人の勇者の心に傷を負わせていた。予想が甘かったと言わざるを得ない。いや、それ以上に……勇者達への配慮が足りなかった。それを、一番自己主張をしなかった園子によって突き付けられた。それが、彼女の怒りと言葉が、安芸の心を深く抉った。
「……?」
ふと、泣き声が止まっていることに気付き、少しだけ扉を開けて中を覗き込む。そこには先程まで居た筈の少女達の姿が無く……安芸は、また敵が来たのだと悟る。
「……こんな状況でも……来るのね」
彼女達がとても戦えるようなコンディションではないことは見てとれた。それでも今、こうして世界が無事であるのだから彼女達は戦いに勝ったのだろう。怖い思いをして、辛い思いをして、それでも戦って……お役目を果たしたのだろう。
「……凄いわ、3人共」
ー 戦ってない先生に、戦ってない人達に私達の気持ちなんて分かるもんか!! ー
(……そう、ね……分からない。だって私達は大人で、神樹様は私達を勇者にはしてくれないから)
ー 勇者だって痛いんだよ……勇者だって怖いんだよ……先生達が訓練以外に何してくれたの? 大人達が何してくれたの!? ー
(分かってあげられない……私達じゃ戦えないから。
安芸は部屋に入り、新士へと近付く。先の戦いで右腕を失ってしまったことは知っている。実際に無いことを確認もしている。
彼がそうなったと聞かされて、安芸は血の気が引いた。しばらく呆然として動けなかった。その後直ぐに病院に訪れ、医者から話を聞き、大赦で戦いの内容を知った。その戦いの翌日には生徒達に新士の重傷としばらく休むことを伝えた。その時生徒の誰もが暗い顔をしたのを見て、彼がそれだけ同級生にとっても大きな存在だったのだと気付かされた。
そして、先の園子の言葉で更に気付かされる。新士が彼女達の精神的主柱だと気付いていながら、それでも彼に彼女達の心のケアを任せきりにしていたことに。彼が倒れた時、代わりに彼女達を支えなければいけないのに……そうする努力を怠っていたことに。
(……先生にも……大人にも……戦えなくて見ていることしか、子供に頼るしかない私達にも……)
ー 痛いって、辛いって思う心はあるのよ…… ー
決して言葉にはしない。そんな資格はないのだから。決して涙は流さない。そんな資格はないのだから。
痛くて辛くて苦しい心に蓋をする。泣きそうな顔に無表情の仮面を被る。思いの丈を叫ぶのは子供の、勇者の特権だ。大人達は我慢して、それを受け止めなければならない。その上で言うのだ。“世界の為に戦え”と。
(……神樹様、お願いします)
どうか、子供達をお守りください。心の中でそう言って、安芸は部屋を出る。もうこの場に居る用事はないのだから。そうして病院から出る為に出入口を目指して廊下を歩いていると、安芸は1人の人物と擦れ違った。
この階は新士以外に患者が居る病室はない。彼が勇者であり、そもそも勇者という存在自体が一般人には秘匿されている為、彼に会える人間が限定されているのだ。ここは大赦運営の病院、それくらい簡単に出来てしまう。その限定されている人間は他の勇者にサポートをしている安芸、担当医、名家の重鎮。そして……新士の養父。
今擦れ違った人物は他の大赦の者も着ている礼服に身を包んだ養父であった。安芸は立ち止まり、振り返って養父の姿を見る。手荷物は無い。ただの見舞いだろうと思うものの、安芸は養父の大赦での評判を思い返す。
雨野家の現党首である新士の養父は、実のところあまり評判が良くない。新士を養子にするまではそうでもなかったのだが、金に物を言わせて養子に迎える権利を強引に勝ち取ったことから裏で“勇者の輩出に必死になっている”と嘲笑されているのだ。名家に名を列ねながらこれまで勇者も巫女も輩出出来なかったのだから、そう思われても仕方ない部分もある。それ以上に……最近になってから広まり始めた噂があった。
“雨野家は別の神を信仰している”
神樹様が守っているこの四国において、それは禁忌中の禁忌。しかも噂の出所は乃木家からだと言う。火の無いところに煙は立たないと言うが、証拠も何もないしこれまで雨野家が築いてきた実績は確かなモノ。だからこそ噂で止まっているのだが……何か違和感を感じた。
(あの人……にこにこと笑ってたわね。仮にも息子が、重傷を負ったのに……?)
流石に場違い過ぎはしないだろうか。そう思い、安芸はどこかへと電話を掛ける。
「……もしもし、三好君? 悪いけれど、私の代わりに勇者様達を迎えに行ってくれない? ええ、お願い……そうね、ちょっと確かめたいことがあって、ね」
会話を短く終え、安芸はなるべく足音を立てないようにして新士の部屋の前に戻ってくる。扉は少し開いており、その隙間から養父の姿が見えた。その姿に不思議なところも不審なところもない。自分の思い過ごしだろうか……彼女がそう思った時だった。
「ふん、流石は神樹が名指しで選んだ勇者と言ったところか……存外しぶといな……まあいい。活きがいい方が我が神の贄に相応しいだろう」
そんな、信じられない言葉が聞こえたのは。
大橋に赴いた3人の前に現れたのは……伸ばした指を正面から見たような何とも説明に困る体、首のような部分にボロボロのマントのようなモノを着けた、白とピンク色のカラーリングとどこか女性らしさがあるようにも見えなくもないバーテックス。後に乙女座、ヴァルゴ・バーテックスと呼ばれる存在だった。
敵を前に、3人は俯く。そこから表情は伺えない。ただ、3人は手にした武器をぎゅっと握り締め……ここに居ない新士のことを考えていた。
ー 飛び出しちゃダメだよ銀ちゃん。まずは自分と須美ちゃんで牽制から始めないとねぇ ー
そう言って止めてくれる彼は居ない。
ー うーん、なんとも言えない見た目だねぇ。のこちゃん、何か思い付くかい? ー
そう言って頼ってくれる彼は居ない。
ー 怖いかい? 大丈夫。自分が守るからねぇ ー
そう言って守ってくれる彼は……居ない。
銀は真っ先に飛び出した。銀だけじゃなく園子も、今まで援護に徹していた須美ですら、敵に向かって突っ込んだ。3人が3人共、その顔に怒りの表情を浮かべて。
ヴァルゴの下半身、虫の腹にも見えるその先から、さながら産卵管を通して卵を産むかのように丸い何かが飛んできた。須美は素早く矢を放ってそれを射抜くと、それは爆発する。どうやらその丸いモノは爆弾だったらしい。
「お前達さえ……」
飛んでくる爆弾を斧の側面で打ち返しながら至近距離まで来た銀は双斧を振るってヴァルゴの体を切り裂いていく。それを止める為か、 マントのようなモノが触手のように銀に向かって伸びる。
「お前達さえ……っ」
その触手を、園子は以前にもやったように幾つもの穂先を並べて1つの長い紫の光の穂先にして振り下ろし、体ごと切り裂く。同時に、銀と園子がヴァルゴから大きく距離を取る。
「お前達さえ……!!」
須美が上空に向かって矢を放つ。その先に紋章が現れて矢がそこに到達した瞬間に紋章が輝き、幾つもの光の矢が雨の如くヴァルゴに降り注ぐ。それはヴァルゴの上部分を射抜き、砕き……遅れて、敵はマントを頭上に広げて防御した。
その瞬間、3人はヴァルゴに向かって飛び上がる。銀は双斧を振り上げ、園子は槍を前に構え、須美は力いっぱいに弦を引く。双斧から炎が吹き出る。槍の先から巨大な紫の光の穂先が現れる。矢の前に紋章が現れる。
「「「お前達さえ居なければああああああああっっ!!!!」」」
頭部らしき部分に、炎を纏う双斧が叩き込まれる。その下、胸部を紫の光の槍が貫く。虫の腹のような部分に紋章を通って巨大化した矢が突き刺さり、敵の爆弾にも負けぬ爆発を引き起こす。
「痛いかよ! 苦しいかよ!! でもな、新士はもっと痛かったんだ!! もっと苦しかったんだ!!」
何度も何度も銀は斧を振るう。敵への怒りと、己への怒りを込めて。
彼のようにもっと速く動けていれば間に合ったのだ。須美の言葉を疑問に思わず動いていれば間に合ったのだ。そうすれば今頃、ここに彼は居た筈なのに。いつものように飛び出すなと朗らかに笑って止めて、2人で並んで戦っていた筈なのに。
「こんな時に来ないでよ! 私達をアマっちの側に居させてよ!! 消えちゃええええっ!!」
何度も何度も園子は槍を振るい、穂先を前にして突撃して貫く。今にも泣きそうな程の悲しみと、敵意を込めて。
自分だけ気絶したまま何も出来なかったのだ。須美は危機を伝えたのに、銀は新士をギリギリでも救えたのに。自分だけが、彼の為に何も出来なかった。彼から頼られるのが好きだったのに。彼から自分のお陰で助かったと褒められるのが好きだったのに。肝心な時に、何も出来なかった。
「よくも彼の暖かい手を奪ったな……私達を守ってくれていた手を、よくも……よくもおおおおっ!!」
何度も何度も須美は矢を放つ。彼を守るという己の誓いすら守れなかった無力感と、敵への憎しみを込めて。
悪夢を見たあの日に誓ったのだ。守ってくれる彼を守ろうと、頑張ってくれる彼と頑張ろうと。なのに結局守ってもらうばかりで、頑張ってもらうばかりで。挙げ句その右腕は失われ、あの手に手を引いてもらうことも、頭を撫でてもらうことも出来なくなった。
全部、全部
ヴァルゴが触手を1つに纏めて振り下ろす。それは槍を横にして掲げた園子に真っ向から受け止められ、双斧を重ねて振り下ろした銀によって断ち斬られた。下半身から放たれる爆弾は早々に須美によって射抜かれて破壊され、発射口にも矢を放たれて爆発させ、発射口自体を潰される。
やがて、鎮花の儀が始まる。最早最初の原型等無い程に破壊されし尽くしたヴァルゴが姿を消し、空から桜の花弁が舞う。傷らしい傷はない。せいぜい爆弾を破壊した際に出た爆風によって出来た軽い火傷や破片が掠った程度。少し樹海が傷付いてしまったものの、いつもより1人少ないメンバーということを考えても大金星。いつもなら笑顔を浮かべて喜び、戦闘の感想でも言い合っていただろう。
だが、彼女達に喜びはなかった。憎しみと怒りをぶつけただけの、後先考えずに感情のままに暴れただけの戦闘とも呼べないモノ。肩を上下させて荒く息を吐き、3人は座り込む。
「……勝ったよ……アマっち」
ボソッと、園子が呟いた。銀と須美は、何も言わなかった……言えなかった。何かを言えば泣きそうだったから。
「アマっちに守ってもらえなくても……ちゃんと勝てたよ」
「……そのっち……」
須美が視線を園子へと向ける。ぎゅっと、太ももの上で手を握り締めていた彼女は流れそうな涙を堪えていた。
「だから……だからぁ……」
「褒めてよぉ……また頭撫でてよぉ……うええええん……うああああん!」
「園子……」
「そのっち……」
大声で泣く園子を、銀と須美が左右から抱き締める。自分達も堪えきれなくなり、声を出さないまでも涙が流れた。止めることは叶わない。我慢しようとも、思わなかった。
それは、現実世界に戻り、迎えが来るまで……迎えが来ても続くのだった。
(あの人、今神樹様を呼び捨てに……それに我が神? 雨野君が贄……?)
唖然とした表情で、安芸は新士の養父の背を見詰めていた。神樹と呼び捨てにすること自体が既にあり得ない。神樹様以外の神を敬うというのも、この四国ではあり得ない。だが、安芸が一番気になったのは“贄”という言葉だ。
世界の為に戦う勇者の在り方を、まるで生け贄のようだと呼ぶ者は……多くはないが、居る。だがそれは決して悪意を持って言っている訳ではない。むしろ申し訳なさから来る言葉だ。しかし、養父の口調からはそんな感情は感じられない。むしろ、存外しぶといと言った為に新士の死を望んでいるように聞こえた。
(……上に報告しておいた方が良さそうね)
今聞いたことを報告する。そう決めた安芸は扉から離れ、今度こそ病院から出ようとして……足を止めた。
「神よ、天に逐わします我が神よ。今あなたの元へと彼の贄を捧げます……さらばだ、新士」
養父が礼服の袖口から注射器を取り出し、新士へと突き刺そうとするのを見てしまったから。
「何をしているの!?」
部屋の扉を勢いよく開けて中に入ったのは、咄嗟の行動だった。安芸の乱入が意外だったのか、勢いよく振り返った養父は彼女の姿を見て苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。
「ちっ……さっき擦れ違った女か……あのまま帰っていればいいものを」
「何をしているの? その注射器は何? 雨野君に何をしようとしていたの!?」
「お前に言う必要はない! 神聖な儀式を邪魔しおって……見られたからには生かしておかんぞ!」
そう言うや否や注射器を握り締めて安芸に襲いかかる養父。中に入ってるのが何なのか分からないが、安芸は毒薬か何かだと予想する。ならば、それを受ける訳にも、新士に刺させる訳にもいかない。
しかし、相手はガタイのいい男で安芸は華奢な女性である。力では敵わない上に彼女に格闘技の経験なんてものもない。あっという間に壁際に追い詰められ、首に注射器を刺されようとしている。
「ええい、往生際の悪い……!」
「っ……なんで、こんなことを……!」
「我が神の為だ! 我が神への生け贄とするのだ。唯一の男の勇者を、新士を! その為に養子とした! 神樹が名指しで選んだ勇者だ、さぞいい贄になるだろうさ!」
「そんなことの為に……! それに我が神? 神樹様以外の神なんて」
「居るとも。神樹なぞよりも強大な、絶対的な神が!」
2人の攻防の最中、窓の外から1本の細い根のようなモノが新士に向かって伸びる。やがてそれは彼の額に到達し……スゥっと消える。その直後の事だった。
「天の神がな!!」
新士が、目を覚ましたのは。
原作との相違点
・園子が安芸にブチ切れ
・ヴァルゴさんボコボコにされる(銀が居るから火力足りてる)
・安芸が天の神の存在を知る
・その他色々
実際のところ、大赦の中でどれだけの人間が天の神と外の世界の信実を知っているんでしょうかね? 多分勇者の両親は知らないよなぁ……。
ヴァルゴさんボコボコ。わすゆだと漫画でも凄いボロボロにやられてるんですよね。ゆゆゆだとそれなりに強かったのに←
雨野家問題は次回で片付きます。わすゆ編も残り少ないですしね。
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