咲き誇る花達に幸福を   作:d.c.2隊長

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お待たせしました(´ω`)

もうさっさと雨野家と養父問題を終わらせたかったので全速力で書き上げました(疲労困憊)。かーなーり、情報量多いです。文字数も無駄に多いです(1万越え

説明&賛否両論回。受け入れられるか心配ですが、必要なことなのです。

ゆゆゆい西暦ガチャ20連してssrなし。バレンタインぐんちゃん来てくれないかしら……あ、次回はほのぼの予定ですシリアス疲れた←


鷲尾 須美は勇者である ー 11 ー

 気が付けば、真っ黒な……それでいて白い光を放つ糸が張り巡らされている、不思議な空間に居た。どこかで見た気がする……そう思って辺りを見回すと、自分の真後ろにいつかの夢で見た神樹様の姿があった。

 

 ここはどこだ? そう思いつつ自分は今どうなっているのか確認すると、これまた不思議なことに真っ白な……こう、光で出来ているような、少なくとも肉体とは思えない姿をしていた。上半身は裸で、下半身はダボッとしたズボンの腰を紐で結んでいるだけで、靴も履いていない裸足。髪はあの時のように膝裏まで長くなってて、なんか毛先がゆらゆら炎みたいに揺れてる。

 

 「……そうだ、バーテックスはどうなった?」

 

 思い出した。襲ってきた3体のバーテックスと彼女達を逃がした後に1人で戦って、それで……結局どうなったんだ? 全部撃退出来た? いや、最後に銀ちゃんの声が聞こえた気がする。そして右腕に激痛が……あれ、でも右腕は()()()()()()ねぇ。

 

 「うおっ……と」

 

 右腕をぐるぐると回していると、急に突風と共に花吹雪が起きた。それは目を開けていられない程で、咄嗟に両手で顔を覆う。そして突風が収まったことを感じた後、両手を下げて目を開く。

 

 

 

 そこには、先程まで居なかった筈の少女が居た。

 

 

 

 年の頃は中学生程だろうか。赤い髪を後ろで束ね、髪には桜を模した髪飾り。服装は薄い桜色の着物……そして、その目は自分と同じ緑色。その少女を、自分はどこかで見たことがある気がした。

 

 「……君は、誰だい?」

 

 ー あなたも知ってるよ? あの時の戦いだって、私の名前を呼んで願ってくれたよね ー

 

 少女の言葉に首を傾げる。が、あの時の戦い、名前を呼んで願うとキーワードを並べられると、自ずと彼女の名前も想像がついた。

 

 「まさか君……いや、あなたは」

 

 そう言うと少女は自分に片目を閉じて……ウインクという奴だろう……人差し指を立てた手を己の口元へと持っていった。そんな姿を見て、思わず笑みが溢れた。すると彼女も笑って手招きしてきたので近付いてみると、自分へと手を伸ばしてきた。その手は自分の右腕を撫でた後、左目へと動く。

 

 ー あなたが目覚めると、この右腕と……この目をしばらく失くしてしまう ー

 

 「それは、どういう……」

 

 ー ごめんなさい。人の身に“あの力”は大きすぎる。“あの力”を使えば、その代償として何かを私に捧げることになる。今以上に力を貸そうとすると、こんな形でしか……私はあなた達に貸すことが出来ないの ー

 

 あれでもかなり制限していたんだけど……彼女はそう言う。それはそうだろうと思う。この四国を覆う結界を生み出し、自分達にはバーテックスと戦う力を授け、そして四国だけで生活を送ることが出来る程の膨大な力だ。あんな巨大な敵を相手取れるだけでも充分に強いというのに、それ以上……恐らく、服とか武器とか変わったアレのことだと思う……となれば、明らかに人の身には過ぎた力だろう。

 

 だが、代償と聞いて思わず顔をしかめる。右腕は、多分違う。なら、左目のことなんだろうけど……しばらく失うとはどういう意味か。眼球を失うのか、視力を失うのか。いや、眼球を失ったら終わりだから、多分視力だろう。そして彼女は“あなた達”と言った。それはつまり、あの子達がその力とやらを使えば、代償として何かを捧げることになるということだろう。

 

 ー 以前の私なら、こんな風に謝ることなんてなかった。私は自分に寿命が来るその日まで、勇者を選んであの“神”の生み出したモノに対する力を貸すことしか出来なかったから ー

 

 「……以前の私なら? なら、今はどうなんだい?」

 

 ー 私は“私達”だった。でも、ある切欠で私達の中で“私”という自我が生まれて、今みたいに表に出るようになった。この姿は、ある勇者の姿を借りているんだよ。あなたとこうして話す為にね ー

 

 「その切欠って……」

 

 

 

 ー あなたが、この世界に産まれてくれた ー

 

 

 

 彼女は、満面の笑みでそう言った。彼女は言う。自分という存在が産まれたことで寿命が日を追うごとに延びていき、失っていくだけの力が増していっているのだと。そして、寿命が増えて力が増すほど、己に変化が起きたのだと。

 

 自我が生まれた。感情が生まれた。神として全ての人間を守ろうという意思の中に、自分という個人への興味が生まれた。自分を通して、あの子達勇者のことも知った。

 

 彼女は言う。自分が産まれたことを知って胸が弾むような“喜び”を知った。自分を傷付けたバーテックスに対する釈然としない苛立ち、“怒り”を知った。自分が死にそうになったことに対するあの子達の姿を見て、胸の奥がきゅうっと締め付けられるような“哀しみ”を知った。自分達が笑い合う姿を見るだけで、春の陽気のようにぽかぽかとして“楽しかった”。

 

 ー 私にも、あの子達にも、あなたが必要なんだよ。私は感情を、心を得てしまった。今更になって、あなた達勇者に死んでほしくないって……あなたに死んでほしくないって思えるようになった ー

 

 「……そっか。それは良いことだねぇ」

 

 本当に良いことだ。ただ居るだけの、ただ力を貸すだけの神様よりずっと良い。自分としても、守ろうと思う気持ちがより強くなる。

 

 ー だけど、私は動けない。私に出来るのは、力を貸すことだけ。私が敵を倒すことは出来ない……それが、もどかしくて仕方ない。自我を持っても、心を得ても、結局私はあなた達勇者に頼るしかないの……ごめんなさい ー

 

 彼女はそう言うと、俯いて自分の胸に頭を押し付けてきた。その声は震えていて……泣いているのだと分かった。神様だって泣くんだって、そう思った。嬉しかった。存在自体が違うのに、この神様は自分達を想って泣いてくれる……そんな、優しい神様だって知れたことが。

 

 自分がこの世界に転生し(うまれ)たことで自我や心を得たと言っていた。それならば、彼女は神様と言えどまだまだあの子達と同い年くらいの子供と言えなくもない。そんな彼女が泣いている。なら、自分がやるべきことは決まっている。

 

 「顔を上げて?」

 

 ー えっ? あ…… ー

 

 彼女が顔を上げる。その顔は、思った通りの泣き顔で……自分は、そんな彼女を抱き締める。今の自分より背が高いことに思うことは無くもないが、まあそれは今は置いておく。

 

 「泣かなくていいんだよ。あなたが優しい神様だって分かったから。自分は、あなたを知れたことが……とても嬉しいんだ」

 

 ー ……うん ー

 

 「大丈夫、守るよ。あの子達も、あなたも。だけどね、自分だけじゃ力が足りないんだ。自分だけじゃ、守り切れないんだ」

 

 ー うん……知ってるよ。知ってる。私だって同じだから。私だけじゃ、守り切れないから ー

 

 「だから、力を貸してくれないかい? あなたをあの子達を守る為に」

 

 ー それが、代償を伴う力でも? ー

 

 「好き好んで何かを失いたい訳じゃないけどねぇ……でも、それしかないなら……使うよ。使う。自分には夢があるからねぇ」

 

 ー それも、知ってる。あの子達が夢を叶えた姿を見たいんだよね ー

 

 「おや、そこまで知られているんだ。なんだか恥ずかしいねぇ」

 

 ー ふふ、だって私……神様だもん ー

 

 そんな会話をして、2人でクスクスと笑い合う。こうしていると、彼女が神様だってことを忘れてしまう。それほどに、彼女は普通の少女のようだった。

 

 不意に、彼女が自分から離れる。すると自分も、急に眠くなって瞼が落ちてくる。それに逆らうことは、何故か出来なかった。

 

 ー 今、あなたの先生が危険な目に遭ってる。助けられるのは、同じ病室に居るあなただけ ー

 

 そう言って彼女は、自分の額に何かをした。もう瞼を閉じきってしまっている自分には何をされたのか分からなかったが……ちゅっと、そんな音がした気がする。

 

 

 

 ー 頑張って。あなたなら、きっと出来る ー

 

 

 

 最後に聞こえた声は……やはり、あの戦いの時にも聞こえた……そっと背中を押してくれるような、明るい、聞くだけで元気になるような少女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 「天の……神?」

 

 「そうだ、天の神だ。貴様のような下っ端は知らなくて当然だがな……だが、私を含めた大赦の上層部は皆知っている。その中で信仰しているのは私ぐらいのモノだが」

 

 「っ……それが、彼を生け贄にすることと何の関係が……あるのっ!!」

 

 「むおっ!?」

 

 安芸は両足を養父の腹へと押し付けて、力一杯に押す。すると養父はそのまま押され、尻餅を着く。その隙に安芸は立ち上がり、養父と新士の間に立ち塞がる。新士を守る為に。

 

 「やってくれたな……」

 

 「彼は私の大切な生徒です……生け贄になんて、させない!」

 

 「ふん、お前も大赦に所属する者なら、勇者を平和の為に利用している者の1人だろう」

 

 「違う! 私は彼を……あの子達をそんな風に思ったことは」

 

 「思ったことは無くともやっていることは変わらん。勇者なぞ、世界の存続、平和の為に利用される捨てゴマ、我が神への生け贄に過ぎんよ。旧世紀の頃からそうだったのだからな」

 

 「……旧世紀?」

 

 「それも知らんのか……いいだろう、冥土の土産という奴だ、教えてやる」

 

 今から約300年前、旧世紀……西暦と呼ばれた時代の2015年に、突如としてそれは襲い掛かってきた。白い体に口だけがある異形の化け物。頂点(バーテックス)と名付けられたそれは世界中に出現し、当時の人類は成す術もなく蹂躙され、世界は破壊されていった。

 

 その蹂躙から逃れられたのは、今も存在する四国と他の一部の地域のみであった。そんな中で、極一部の少女達が特殊な力を発揮し、神の力を使ってバーテックスと戦っていた。その少女達こそが初代勇者。人類の希望。それが、安芸を初めとした多くの大赦に所属する者が知ること。

 

 「だが、バーテックスは突如として現れた訳ではない。バーテックスとは、当時の人類が愚かな事に神へと近付き過ぎ、それに怒った神が送り込んできた人類粛清システム! ウィルスから発生したなぞ、大赦が流したデマに過ぎん」

 

 「っ……そんなの、どこにも記されてなんて」

 

 「そう、どこにも記されていない。私とて知ったのは我が家の地下にある代々伝わる書に書かれていたことと父から、祖父から、曾祖父からと続く口伝だ。大赦の秘密主義はお前も知るところだろう」

 

 その言葉に、安芸は舌を打つ。勇者というお役目の秘匿、バーテックスの存在の隠蔽、過去の勇者が書いたとされる勇者御記の検閲と大赦は秘匿していることが多い。それは安芸も知っている。だから彼女自身、大赦や外の世界のことなど知らないことも多い。

 

 「西暦の勇者達がどうなったと思うかね? それは300年経った今でも戦いが続いていることが証明している。敗北だ! 勇者はバーテックスに、天の神に勝てなかった!」

 

 「まさか……いえ、それなら、どうして私達はこうして存在しているの!? 貴方の話の通りだと言うのなら、天の神が人類を生かすとは思えない!」

 

 「赦しを乞うたのさ! 無様に、情けなくもな! 奉火祭(ほうかさい)というモノを知っているかね?」

 

 国譲り、という神話がある。神代の時、土地神の王が天の神に自らの住み処から出ないことを代償として、その地を不可侵とすることを赦してほしいと願った、というもの。それを当時の大赦がその故事を模倣した儀式、それが奉火祭。

 

 「それを使い、地に這いつくばる人類が天の神へと赦しを願ったのだ! 炎の海の中へと、生け贄を投げ入れることでな!」

 

 「炎の……海?」

 

 「それすらも知らんのか。結界の外は天の神によって世界の(ことわり)そのものが変えられ、炎の海と化している。この四国以外の町も、県も、国も存在しておらんよ。あるのは、その地獄のような神の世界だけだ。そして、そこにはバーテックスがうようよと居る」

 

 「あ……そんな……それじゃ、この子達は……」

 

 「ようやく気付いたか? そうだ、勇者達は命尽きるまで永遠に戦い続けなければならない! 天の神が居る限りバーテックスは生まれ続ける。倒しても倒してもその数は減らない。これが捨てゴマでなくてなんだと言う? これが生け贄と呼ばずになんだと言う!?」

 

 養父の言葉に、安芸は何も返せない。養父の言うことが全て事実だという証拠はないが、逆に嘘だという証拠もない。むしろ、大赦が秘密主義であることを考えれば、養父の言うことが正しいとすら思える。事実、安芸は養父の言葉を信じてしまっていた。

 

 「ああそうだ、お前でもこれは知っているか? 神世紀72年に起きた頭のおかしいカルト集団による自殺事件だ」

 

 「それが、何か……いえ、まさかそれも」

 

 「そうだ、大赦お得意の隠蔽工作だ。実際は私のように天の神を崇拝する者達による大規模なテロ事件だ。だが、この時に赤嶺とどこぞの没落した家が鎮圧し、崇拝者は居なくなった……天の神崇拝を表に出すことがなく隠し通した我が雨野家を残してな……ああ、この“雨野”という名前も屈辱だ!!」

 

 ここに来て、養父の怒気が増す。大の男が放つ怒りは、既に精神的打ちのめされていた安芸も怯えてしまう程。

 

 「元々我が雨野は天に乃と書いて“天乃(あまの)”と呼ばれていた。それがなぜ変わったか分かるか? 名家という大赦で重要な位置に居る家だからだ。天の神を崇拝する我が家が、“人類を滅ぼしに来た神と同じ字を使うのは大赦として、名家として示しがつかない”というくだらん理由でな!! それがどれだけの屈辱か分かるか!?」

 

 「あ……ぐっ、あ……っ!」

 

 怒りを口にしながら、養父は怯えている安芸に近付き、その細い首を片手で掴み上げる。怒りのせいかその力は強く、安芸の力ではとても振りほどけない。

 

 「だから新士を生け贄に捧げるのだよ。神樹に名指しされた新士の価値は大赦の中でも高い。こいつは神に選ばれる程の存在だ。ならば同じ神である天の神もきっとお気に召してくださるだろう。その為だけに養子としたのだからな」

 

 苦しむ安芸越しに、養父は新士を見る。その目に狂気を宿し、最早新士を最初に迎えた時に浮かべていた朗らかな笑みの面影はどこにもない。そもそも、彼には初めから養父としての意識などなかったのだ。

 

 強引に養子にしたのは、天の神への生け贄とする為。お役目の為にと訓練を課していたのは本当の理由をカモフラージュする為。乃木を守れ、他の少女達を男として守れと言っていたのは、そうすることで戦死する可能性を上げる為。

 

 「“新士”という名前にも意味があってな……雨野家の新たな戦士という意味を込めてつけたが、他にも意味がある。本来は神の児と書いて“神児(しんじ)”と読むのだよ」

 

 雨野を本来の字に戻せば……天乃 神児、天の神の児。つまりは“天の神のモノ”という意味が隠されている。最初の行動から名前に至るまで、養父は新士……犬吠埼 楓という存在を、自らが崇拝する天の神へと捧げる為だけに動いていたのだ。ただ、それだけの為に。間違いなく、それは狂信者の行いであった。それだけの為に時間も、金も、労力も惜しまなかったのだから。

 

 「……流石に話し過ぎたな。いい加減お前には死んでもらおう。その次は新士だ。なぁに、世間には貴様が教え子と共に自殺したとでもしておいてやる……安心して我が神の元へと行くがいい」

 

 養父はそう言うと安芸を新士の眠るベッドへと首を持ったまま押し付け、注射器を掲げる。酸欠になり、意識が朦朧とし始めていた安芸に、抵抗する力はなかった。

 

 (これは、罰なのかしら……あの子達に対する配慮が足りなかった……あの子達を深く傷付けてしまった、私への……)

 

 死が間近に迫っているせいか、安芸はそう思った。大赦からの指令を受け、サポートをすることに徹し、新士がいるからと心のケアを怠った。その罰として自分は死ぬのかと。

 

 もっと勇者達と関わっていれば。勇者も大赦も関係ない大人として、子供として関わっていれば。もっと、もっと信頼関係を築けていれば。そんな後悔が溢れてくる。もう既に遅いかもしれないけれど。

 

 (……ごめんなさい、乃木さん。鷲尾さん。三ノ輪さん。雨野君。もし、次があるなら……)

 

 心に蓋をすることも仮面を被ることもなく、その心に寄り添えるようになりたい。正面から、子供達と向き合えるようになりたい。決して流すまいと決めていた涙が溢れる。せめて、最期くらいは自分の感情に正直で居たい……そう、彼女は思った。

 

 「!? なんだこの光は……がげぇっ!?」

 

 「っ……ごほっ、えほっ! ……?」

 

 突然病室に光が溢れ、養父が吹き飛び、安芸は苦しさから解放される。いったい何が起きた? そう思い安芸が喉を押さえつつ顔を上げると、自身の背後から具足を着けた子供の足が真っ直ぐ伸びていることに気付く。

 

 「……話は、全部聞かせてもらいましたよ、義父さん」

 

 「ぐ……バカな……なぜ、その体で動ける……新士!?」

 

 養父が右のこめかみを押さえながら立ち上がり、驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。まさか、そう思って安芸が右を見ると、勇者服を着た新士がベッドに腰掛けるところだった。体に取り付けられていたコードが外れていることで、周囲の機械からピーッという無機質な音が出ている。

 

 「……雨野、君?」

 

 「大丈夫ですか? 安芸先生。すみません、助けるのが遅れてしまって……義父さん……いえ、そこの男にバレないようにスマホを取るのに思ったよりも手間取ってしまって」

 

 安芸に苦笑いを浮かべ、新士はそう言って謝る。彼は養父が安芸によって尻餅を着かされる前から起きていた。だが、元々彼は重傷の身で、少し動くだけで痛みが走る。幸いだったのは、そう遠くない位置に彼のスマホが置いてあったこと。

 

 彼のスマホの裏には、以前撮ったプリクラの写真が貼ってある。それを知った勇者の3人が自分達が少しでも彼の側に居られるようにと、戦いが終わったその日に大赦の人間に側に置いておくことを懇願していたのだ。その大赦の者は、勇者の願いを叶えていた。それが今、こうして安芸の命を救っていた。

 

 養父の長ったらしい話を聞きながら痛みに耐えつつ慎重に手を伸ばし、安芸が意識を失う一歩手前で手が届き、()()()()()()()()()画面にある勇者アプリをタップして変身し、左足で養父の右こめかみに蹴りを叩き込んだという訳である。

 

 「瀕死の重傷だったのではないのか!? 答えろ、新士!!」

 

 「新士、ねぇ……その名前、もう呼ばないでくれませんかねぇ? 自分にはちゃんと……本当の親から貰った“楓”っていう大事な……大事な名前があるんでねぇ」

 

 ベッドから降りて立ち上がり、中に何も通っていない右腕の袖をはためかせ、新士……楓は、養父()()()男を睨み付けながら安芸の前に守るように立つ。実のところ、彼は今立っているのもやっとだった。元々動くこと自体難しいのだ。その体を勇者の力の補助があって何とか動かしているという状態。先の蹴りですら、激痛を我慢して放ったものである。

 

 それを感じさせない彼に、安芸は頼もしさと安心感を覚えていた。大人である己が子供である彼にそんな感情を抱いてしまったことに気恥ずかしさを感じつつ……彼女は、園子があそこまで激昂したことを本当の意味で悟る。

 

 (こんな風に、あの子達を守ってくれていたのね……)

 

 小さくも大きな背中。いつだって彼女達の前に出て、その行動で、言葉で守ってきた唯一の男の勇者。その姿に、ようやく安芸は見た気がした。本来あるべき……本来なるべき、“大人”の姿を。

 

 「何故だ……何故! 何故お前は死なんのだ……話を聞いていたなら、何故そんなにも真っ直ぐな目をしていられるのだ!?」

 

 「何故、何故とそればっかりだねぇ……まあ、思うところがない訳ではないですがねぇ。天の神だとか、外の世界は火の海だとか、戦いは終わらないとか……まあ、今はそういうのは全部どっかに投げとこう」

 

 「投げっ!?」

 

 呆れ顔を浮かべてぺいっと、まるで虫でも払うかのように左手を振り、さらりと流す楓。その姿に男は唖然とし、安芸もええっ!? と目を見開く。そんな簡単に言うようなことじゃないだろうと。

 

 だが、楓にとっては、今は考えていても無駄なことだ。少なくとも、この場で考えることじゃない。そういう大事な、今後に関わるようなことは、そういうことを考える場で考えればいい。今必要なのは……。

 

 「今は……あんたをぶん殴ることを優先させてもらうとしようかねぇ」

 

 「ひっ!?」

 

 無表情に、楓は男を見据えて左拳を握り締める。ぶん殴ると言いながら、手甲から爪を伸ばして。それを見た男は流石に命の危険を感じたのだろう、悲鳴を上げて病室から慌てて逃げていく。注射器を手離さなかったのは、証拠を残さない為だろうか。

 

 男が居なくなったことを確認すると、楓はゆっくりとベッドに腰掛ける。我慢していた痛みを逃がすかのようにふぅーっと長く息を吐き……変身が解けると更に強く激痛が走り、床に倒れそうになり……それを、安芸が支えた。

 

 「大丈夫? 雨野君」

 

 「なん……とか……」

 

 「今、横にするからね」

 

 ゆっくりと、安芸は楓の体を動かしてベッドに横に寝かせ、上から布団を被せる。痛みからか、それとも疲れからか、彼は直ぐに寝入ってしまった。

 

 流れている汗をハンカチで吹きながら、安芸は彼の寝顔を見る。先程まであんなにも頼もしかったのに、今は女の子のような可愛らしい寝顔をしていた。それが何だか可笑しくて、思わずクスリと笑みが溢れる。そんな風に、あまりに自然に笑えたことに驚きつつも、安芸は彼の髪を撫でながら考える。

 

 やるべきことは多い。男から聞かされた話の事実確認、もうすぐ来るであろう医者へのこの場で起きたことの説明、勇者達への対応、上への報告、教師としての仕事、他。何一つ気を抜いていいモノはない。尤も、真面目な性格の安芸は気を抜いて仕事をすることなど殆ど無いのだが。

 

 頭が痛くなる……そう思ってまだ少し痛む喉を押さえた後に溜め息を吐き、安芸は彼の寝顔を見て束の間の安らぎを得るのだった。

 

 

 

 

 

 

 (クソッ、クソッ! クソッ!!)

 

 病室から逃げ出した男は悪態をつきながら全力で走っていた。計画は失敗、それも限りなく最悪に近い形で。安芸だけならどうにでもなった。だが勇者である楓に知られたのが痛かった。

 

 大赦は決して優しい組織ではない。それは裏側を担っていたからこそよく知っている。そして、その裏側を担っているのは自分だけではない。勇者に害を加えようとした等と知られれば、名家であろうと容赦なく消される。そもそも雨野家の評判自体が既に落ちている上に、名家と言えど雨野家は地位や役割的に()()()()()。つまり……()()()()()()()()()()()

 

 (あのクソガキが! 我が神への生け贄の分際で……!!)

 

 焦り、怒り。その2つがない交ぜになりながら走る。今は一刻も早く病院から出る。その後はどうする。どうすれば逃げられる。そんなことを考えていたのがいけなかった。

 

 「……あ?」

 

 ()()()()、男は階段の滑り止めの部分に足を引っ掻けた。

 

 ()()()()()()、一番上から踊場まで頭から落ちた。

 

 そして咄嗟に両腕で頭を庇おうとしたことで、手にしていた注射器の針が落下の衝撃で首の後ろに突き刺さり、ある程度中身が入り込んだ所で、針が折れた。

 

 「っ!? が……あ、が、ぎ、ご、お! お……っ……っ」

 

 安芸が睨んだ通り、それは毒薬だった。それも強力な、瀕死の楓を確実に殺すためのモノ。それが己の体内へと入り込み、急速に体中に回る。おまけに強く頭を打った為に体が言うことを聞かず、そもそも解毒剤等持ち合わせていない。

 

 これより数分、男は喉を掻き毟りながら体の激痛に苦しみ、息苦しさに苦しみ、のたうち回り……息絶える。それを見ていたのは、結界を作り出している神のみ。

 

 

 

 ー 愚かな人 ー

 

 

 

 あの真っ暗な空間にて、楓に見せた少女の姿でソレは目の前の存在する鏡に映る男の様を見て呟く。それは彼に見せた表情とはまるで違う、神としての意識が強く出た無関心なモノで。

 

 ー 死んだら、彼の魂は私の元に来るのに。そもそもあの人間嫌いの天の神達が、人間に崇拝されて喜ぶ訳もないでしょうに ー

 

 本当に、愚かな人。そう言って少女……神樹は、その鏡を消した。

 

 翌日、勇者達が住む町で不幸な事故や不運な出来事が起きたというニュースが流れる。その中には名家の唯一の血筋の人間が死んだというモノもあったが、さほど騒がれることもなく他のニュースに埋もれていった。




今回の補足、及び相違点

西暦の出来事は漫画、神世紀72年はwikiより。それを養父がかなり悪意ある言い方をしてます。

・神樹に自我と感情が芽生えている

・安芸の心境に大きな変化



これにて雨野家と養父問題は終わり! 閉廷! かなり強引かつ駆け足な形となりましたが、あんまり引っ張っても仕方ないので。

ここで“雨野 新士”は退場です。次回から“犬吠埼 楓”君になると思います。わすゆ篇も残り少ないので。

最初と最後に出てきた少女は神樹様です。姿はとある勇者から。イッタイダレナンダー。

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