咲き誇る花達に幸福を   作:d.c.2隊長

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お待たせしました(´ω`)

ランキング9位に入ってた。やったぜ。お気に入り500件越えてた。やったぜ。総合評価1000越えてた。やったぜ。

予想を越えて番外編のDEifが好評で安心しました。感想見ると続きを望む声だったり、捕捉へのツッコミだったり……後書きも読んで貰えてるんだなぁと嬉しくなりました。誰1人雨野家党首死亡に触れてないのは草。

今回も詰め込み気味で文字数一万越えました。

ゆゆゆいランキングイベは諦めました。私、エンジョイ勢ですので(言い訳


鷲尾 須美は勇者である ー 13 ー

 「いやはや、勇者の力とはなんとも医者泣かせですな」

 

 そう言うのは自分の担当のお医者様。あの子達と手を取り合った日から1週間、体を拭いたり用を足したり検査をする時等を除けばほぼ一日中勇者服を纏って体の回復に勤めていた。気付けば、最悪目が覚めないとまで言われた傷の殆どが塞がっている。

 

 「この調子なら、後数日もすればリハビリに移られるでしょう」

 

 「因みに、期間は……」

 

 「本来なら、長ければ数ヶ月は掛かります……ですが、貴方は勇者だ。医者としては不本意ですが、早急に復帰してもらわねばならない」

 

 それは理解している。またいつバーテックスがやってくるかもわからないんだ、その時に戦えませんでしたなんて言っていられるハズもない。

 

 因みに、自分に義手は着けられない。勇者の戦いに耐えられる義手なんて作られるハズもないし、着けていても戦いの度に取り外すことになる。ならば初めから無い状態で動けた方が良いとの判断だ。

 

 「約2週間、これが最短でしょう。勿論もっと長くなる可能性もありますが……勇者服の回復能力、貴方の落ちた身体能力、勇者としての訓練で得た体幹機能。それらを考慮した上での結論です」

 

 「2週間……ですか」

 

 「これでもあり得ない早さです。ましてや貴方は小学生、体だって出来上がっていない。だと言うのに……本当に、勇者とは医者泣かせだ」

 

 そんなお医者様の言葉を聞きつつ、診察室の壁に掛けられたカレンダーに目をやる。今は7月、その20日。お医者様の言うとおりなら、退院するのは8月中。

 

 (終業式には、出られそうにないねぇ)

 

 そう思い、苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 本当に終業式に出られなかった。そんな自分の元に、終業式を終えたあの子達が見舞いに来てくれていた。

 

 「カエっちはいつ退院できるの?」

 

 「8月中らしいねぇ」

 

 「そう……早く退院できるといいわね。はいこれ、夏休みの宿題」

 

 「ありがとねぇ、須美ちゃん。病院は暇で暇で……宿題でもして暇を潰すとするよ」

 

 「うげっ、夏休みの宿題を暇潰しって……銀さんには信じられん感覚ですヨ」

 

 「銀は後からになって慌てそうね」

 

 「なぜ分かった!?」

 

 そんな風に須美ちゃんと銀ちゃんがじゃれ合い、のこちゃんが相も変わらず自分の左手を握って自分の頭にぐりぐりと押し付けている時だった。

 

 

 

 「失礼します」

 

 

 

 その言葉と共に自分の病室に入ってきたのは、桜色の着物を着た、茶髪の髪を後ろで結わえた40~50代の、様々な果物の入ったバスケットを持った妙齢の女性。その姿はどこか、少女の姿をした神樹様を思い出す。

 

 「どちら様ですか?」

 

 須美ちゃんが少し警戒気味に聞く。当然と言うべきか、その女性と彼女達は初対面だ。そもそもこの病室に入ることを許されている人間自体が少ない。この子達と安芸先生、お医者様を除けば、後はあの男と……大赦の上層部の人間くらいらしい。尤も、その上層部らしき人間はこの人を除いて来たことはないが。

 

 「大丈夫、この人は友華さん。自分の新しい養子先の人だよ」

 

 「はじめまして。高嶋家現当主、高嶋 友華(ゆうか)と申します」

 

 そう名乗った女性に、のこちゃんが……というか3人が小さくも敵意と警戒心を向ける。安芸先生から彼女達との出来事とその際にのこちゃんが心の丈を叫んだことは聞いている。その後に、あの男の話もした。だからだろう、彼女達は“大赦の大人”という存在にあまり良い感情を持っていない。そんな心境で名家の当主が直々にやってきたんだ、警戒するのも仕方ないだろう。

 

 「すみません、友華さん」

 

 「いいえ、いいのですよ。雨野家のことは聞き及んでおります。彼女達が私達に敵意を向けるのは仕方の無いことです」

 

 そう言って彼女はバスケットを自分の近くのテーブルに置き、苦笑と共に頭を下げて部屋から出ていった。

 

 彼女が初めてやってきたのは、この子達を手を取り合った翌日のこと。まさかそんなにも早く話し合いが終わるとは思っていなかった為に少々面食らったが、話してみるとあの男とは比較にならない程に良識のある人だった。

 

 正直なところ、最初は養子の話を断るつもりでいたのだ。だが、そうも行かない理由があった。

 

 雨野家は名家から取り消され、家そのものも取り潰しになるという。その為、自分は住むところが無くなってしまう。小学生かつ勇者という立場上独り暮らしなどさせる訳にはいかないし、元の犬吠埼家に帰すと拠点である大橋から遠ざかる為それも出来ない。そして“勇者と巫女は名家から輩出”の伝統もクリアする必要がある。故に、自分にはまたどこかに養子として出てもらわなければならない。

 

 「それで、高嶋家に?」

 

 「うん。まあ、仕方ないよねぇ。雨野の家にあった私物なんかも既に運び込んで貰ってるよ」

 

 「また、大人達は勝手なことを言って……カエっちのことなのに……」

 

 「園子……まあ、あたしもあんまいい気分じゃないけどさ。楓は良いの?」

 

 「少なくとも、住むところ云々は正論だからねぇ。それに、名前を変えたくないって我が儘も聞いてくれたしねぇ」

 

 最初に話した時、雨野家のこともあったのでもう名前は変えたくないと友華さんに言ってみたところ、“じゃあ名前は高嶋 楓にしましょう”とあっさりと通った。というかこの人、大赦の上層部の人間というフィルターを外して見ると普通にいい人なのだ。

 

 実は彼女、忙しい身の上のハズなのだがこの子達と同じ頻度で見舞いに来る。流石に滞在時間は短いが、少なくとも養子先だと伝えに来た日から今日まで欠かしたことはない。ちゃんと見舞品も持ってくる。話すことと言えば旦那さん……婿養子で貴景(たかかげ)と言うらしい……との惚気話ばかり。

 

 だが、やはり上層部らしい部分もある。どういうわけか、彼女は自分に“名家から輩出”という伝統はもうすぐ無くなると教えてくれた。

 

 そもそも既に自分と須美ちゃんで2人も別の家から養子として引き取り、無理矢理に伝統を守っている状態……神樹様と世界を守る為にも、これ以上伝統に拘っている訳にはいかないという判断らしい。それはつまり、自分のように名家と関係無い一般家庭の子供が対象になる可能性があるということ。

 

 相も変わらず勝手な話だ。つまり大赦は、バーテックスのことも戦いもなにも知らない、心構えすら出来ていない一般人を宛てにしているという訳だ。自分のような例外ならともかく、そんな子供を勇者にしてまともに戦えるとでも思っているのだろうか。いや、思っているからそんな発想が出るんだろう……勇者を神聖視しているのか、軽んじているのかわからないが。

 

 ただ、少なくとも友華さんは今の大赦、上層部の在り方については疑問視しているらしい。少なくとも、やること成すことに全面的に同意している訳では無さそうだ。だからといって、彼女が何か行動を起こせる訳ではないが……彼女1人がマトモだとしても、周りがそうでないなら……結局、大赦という組織は変わることはない。それこそ、痛い目でも見ない限り。

 

 「カエっち? 大丈夫?」

 

 「……うん、大丈夫だよ。ちょっとお腹空いたねぇ。折角だから、そこの果物でも食べようか?」

 

 「じゃあ私が剥いてあげるわね」

 

 「なあなあ、ちょっと貰って帰っていい? 弟達にもあげたくてさ」

 

 「ちょっと銀、意地汚いわよ」

 

 「構わないよ。自分1人じゃ剥くこともできないからねぇ」

 

 すっかり友華さんのことを忘れたように、彼女の見舞品のリンゴに桃、キウイ、梨と須美ちゃんが剥いていき、皆で分けて食べる。少々季節外れなモノも混じっているが、神樹様の力で食べ物はみんな一年中旬のようなモノなので特に問題はない。

 

 「うん、美味しいねぇ。やっぱり病院食だけじゃどうにも味気ないし」

 

 「病院の食事って味薄いって聞くもんな」

 

 「そうだねぇ。それに自分は元々濃い味付けの方が好きだからねぇ」

 

 「カエっちは濃い味付けの方が……ねぇねぇ、わっしーにミノさん」

 

 「「うん?」」

 

 「あのね……」

 

 何やらこそこそと話し合う3人の姿を、自分はシャリシャリとリンゴを齧りつつ微笑ましく思いながら見ていた。

 

 「因みに友華さん、あんな見た目だけどもうすぐ80らしいよ」

 

 「「「嘘ぉっ!?」」」

 

 若さの秘訣は肉ぶっかけうどん大盛だと笑いながら言っていたっけねぇ。因みに、旦那さんの方が1つ年上らしい。

 

 

 

 

 

 

 「カエっち」

 

 「楓君」

 

 「楓」

 

 「「「退院おめでとー!」」」

 

 「ありがとねぇ、3人共」

 

 あっという間に2週間程が経った。治療と問題なく動けるようになる為のリハビリを終え、神樹館の制服に着替えて左目に医療用眼帯を着け、荷物を持って病院から出る楓を笑顔で出迎えたのは、勇者仲間の3人。そんな彼女達に楓も笑顔を返すと、直ぐに銀が楓の荷物を持ち、空いた左手を園子が繋ぐ。

 

 「別にそんなことしなくてもいいんだよ? 銀ちゃん」

 

 「いいっていいって。この三ノ輪 銀様に任せなさい」

 

 「でもねぇ……」

 

 「ほら、早く行くよ」

 

 楓の言に取り合うことなく銀は病院の前に駐車しているリムジンに向かい、須美も楓の後ろに回って言い渋る彼の背中を押し、園子も握った手を引く。時刻は10時を回ったところ、太陽が高く登り始めた頃である。

 

 

 

 「今日は、カエっちの退院おめでとうパーティーだよ~!」

 

 

 

 という訳でリムジンに乗ってやってきたのは乃木家。予め高嶋家には乃木家で夕方まで過ごすと楓が直接連絡を入れてある。パーティーとは言うものの、盛大なモノではなく勇者仲間の3人によるささやかなモノだ。

 

 乃木家にある一室を使わせてもらい、3人で折り紙を丸めて繋げた飾り付けに“楓君退院おめでとう”と書かれた垂れ幕、テーブルの上には須美と銀、乃木家の使用人に手伝って貰って作った骨付き鳥に釜揚げうどん、タコ飯と他にも香川県の名物料理が並ぶ。デザートとしてショートケーキにぼた餅もある。4人で食べるので全体的に量は控え目である。

 

 「凄いねぇ……これ皆で作ったのかい?」

 

 「大体はあたしと須美だな。ケーキは乃木家の人に作ってもらった」

 

 「ぼた餅は私が作ってきたわ。味には自信があるの」

 

 「それは楽しみだねぇ……」

 

 そんな会話の後、楓は2人に連れていかれるままに1つの席に座らされる。その前にはぽっかりと空いたスペースがあり、2人から今園子がそのスペースに置く料理を運んできていると聞かされる。そう言えばといつの間にか園子の姿がないことに気付き……運んできている料理という単語で何となく彼女が持ってくるであろう料理を悟った。それを表に出すことなく待つこと数分、外の使用人によって部屋の扉が開かれてその料理を持った園子が入ってくる。

 

 「お……お待たせなんよ……」

 

 緊張した面持ちで園子は楓の前に料理を置く。それは、焼きそばであった。楓にとっては予想通りの料理。同時に……遠足以来、楽しみにしていた料理でもあった。

 

 この日の為に、園子は楓が濃い味付けが好きだと言ったあの日から須美と銀に遠足の日の約束通り、みっちりと教えてもらいながら練習したのだ。焼きそばに集中し過ぎて他の料理は2人と使用人に任せてしまったが、その甲斐あって味には自信がある。これまでの努力は、彼との大事な約束を果たすために。

 

 「約束、してたもんねぇ」

 

 「お、覚えててくれたんだね~」

 

 「勿論だとも。楽しみにしていたんだよ」

 

 

 

 ー 美味しく出来たら……アマっちに最初に食べて欲しいんよ…… ー

 

 

 

 園子にとってそうだったように、楓にとっても大事な、大事な約束だったのだ。それこそ遠足の日の戦いの中で思い出す程に、それを果たす為にも生きようとした程に。

 

 「食べてもいいかい?」

 

 「う、うん……」

 

 「それじゃあ、頂きます」

 

 利き腕でなくても食べやすいようにだろう用意されたフォークを使い、パスタのようにくるくると巻き付けて口を運ぶ。その様子を園子……だけでなく、須美と銀もドキドキとしながら見ていた。味に自信があるとは言え、当の本人の口に合わなければ意味がない。そう思うと、本当に美味しいと言ってもらえるのかという恐怖が湧いてくる。

 

 そんな彼女達の心境を余所に、楓は焼きそばを味わっていた。具材はキャベツに玉ねぎ、人参、ピーマン、豚肉。味付けは濃い目。麺はソースが絡みつつも程よく乾いている。好みが別れるかもしれないが、楓は乾いている方が好きだった。そしてゴクリと飲み込み……朗らかに笑った。

 

 「うん、思った通り……美味しいねぇ」

 

 「……良かった~……っ……うえ~んわっじぃぃぃぃ! ミノざぁぁぁぁんっ!」

 

 「おーよしよし、良かったなぁ園子」

 

 「良く頑張ったわね、そのっち」

 

 感極まったのか泣き出した園子を抱き締める須美と銀。そんな3人を眩しそうに見た後、楓は一口、また一口と食べ進める。自分のこと想いながら作られた焼きそばだ、美味しくない訳がない。そう感想を内心に溢しつつ、楓は今こうして約束を果たせたことを嬉しく思う。

 

 園子が落ち着きを取り戻した辺りで3人も食べ始める。4人であることを考えてそれぞれの量を抑えたとは言え食べきれるだろうか……と思っていた3人だったが、忘れていたかもしれないが楓はうどん5杯を平らげる大食漢である。彼女達が食べきれない分も彼が胃に納め、デザートのケーキとぼた餅に舌鼓を打つ。

 

 「あれ? カエっち、ぼた餅嫌い? あんまり食べてないけど……」

 

 「いやぁ……自分、お餅は苦手なんだよねぇ」

 

 「日本男児が国民食のお餅を嫌うなんて……どうして?」

 

 「ああ、別に味や食感が嫌いという訳ではないよ。このぼた餅も美味しいし。ただ……昔、喉に詰まらせちゃってねぇ。それ以来どうも……」

 

 「お爺ちゃんか」

 

 ぼた餅を一口二口食べて止まっていた楓を疑問に思った園子がそう聞くと楓からそう返ってくる。愛国者として許せない……とまではいかなくとも不思議に思う須美だったが、理由と銀のツッコミを聞いて苦笑い。それは流石に怒ることは出来なかった。それに、ぼた餅自体は美味しいと言ってくれているのだ。

 

 「それじゃあ、楓君の分は一口位の大きさにするわね」

 

 「手間じゃないかい?」

 

 「料理はね、手間暇掛けた方が美味しくなるのよ」

 

 「世の中の惣菜で済ませる主婦に聞かせてやりたいな……」

 

 「うん……ありがとねぇ」

 

 

 

 

 

 

 パーティーから1週間程経った日。4人は以前にも合宿で使った大橋支部の施設に集まり、トレーニングに励んでいた。須美と園子、銀の3人はランニングマシンで走り、楓はサンドバッグに蹴りや拳を繰り出す。

 

 「ふぅ……」

 

 息を吐き、素早く右足で下、中、上と蹴りを繰り出し、バランスが崩れないことを確認する。その後に足を下ろし、地面を強く踏み締めながら左ストレート。ズドォッ! と小学生が出すには少々重い音を出し、サンドバッグを揺らす。

 

 確かな手応えを感じた後、グッと拳を握り締める。今の状態の体にもすっかり慣れ、こうして激しく動いてもバランスを崩したりすることもほぼ無くなった。素の状態でこれなのだから、勇者に変身すれば何ともなくなるだろう。

 

 「もう大丈夫っぽいじゃん、楓」

 

 楓がその声に振り向くと、先程まで走っていた体操服姿の3人がそこに居た。流れる汗をタオルで拭く須美とスポーツドリンクの入ったカップのストローをちゅーっと吸っている園子、そしてタオルを首に掛けて話しかけてきた銀はにっと笑って楓に園子と同じカップを手渡す。

 

 「ありがとねぇ。うん、もう問題はないねぇ……後は、勇者システムのアップデート次第、かねぇ」

 

 「最新版の勇者システム、かぁ……どんなもんになるかな?」

 

 「性能が大きく向上するって話だったわよね……武器も少し変わって、サポートが付くとか」

 

 「ぷはっ……私達の新しい力、ちゃんと使いこなさないとね~」

 

 少し前に、大赦から勇者達に勇者システムがバージョンアップすることが伝えられていた。勇者服や勇者の力の基本性能が向上し、須美の言うように武器も少し変わり、未だ詳細は不明だが何らかのサポートが付くという。見た目も多少は変わるのだとか。

 

 武器が変わる、というのは楓には有り難かった。以前から使っている爪付きの手甲具足は、正直言って使いにくい。ましてや今は片腕なのだ、爪の射出の反動を抑え込める自信は楓にはなかった。どうせなら、あの時の戦いで使ったワイヤー付きの剣のようなのが良いなぁとカップのストローを吸いながら思う。

 

 「そうね。ちゃんと使いこなせるようになって……今度の戦いも、皆で乗り越えていきましょう」

 

 「うん! 今度は皆で……もう、誰も1人で戦わせないよ~」

 

 「だな。あたし達4人なら、倒せない敵なんていないもんな!」

 

 「……そうだねぇ」

 

 今度の戦いも皆で乗り越えていく。4人なら倒せない敵なんていない。3人の言葉が、楓の心に響く。彼女達は世界の真実を知らない。もし真実を知ったとして、こうして笑っていられるだろうか。今度の戦いも乗り越える。その次も、その次も。いつか終わるその日まで……そう言い続けられるだろうか。真実を知ったとして、それでも戦い続ける意思を持っていられるだろうか。

 

 (……それを決めるのは、彼女達、か)

 

 結局のところ、そうなる。彼女達には知る権利があり、彼女達の意思で選ぶべきなのだ。小学6年にはあまりに重い真実。もし、それで潰れてしまったとしても楓は構わない。死にかけたあの日から、もう覚悟は決めている。自分の家族を守る為に、彼女達の夢が叶った未来を見る為に。

 

 だから、楓は決めた。もうあれからしばらく経ち、彼女達の心もだいぶ安定している。それをもう一度崩すことになるのは胸が痛むが……知らないまま戦い続けるより、後になって知るよりはいいと。

 

 「……ちょっと、安芸先生のところに行こうか」

 

 「えっ、なんで? あっ、サポートのこと聞きに行くのか? 確かに気になるけどさー」

 

 「まあ自分も気になるけど……ちょっと、話をしに、ね」

 

 「話? それは、なんの……」

 

 

 

 「大赦が隠してる、真実の話さ」

 

 

 

 

 

 

 同施設内の安芸が仕事をしている個室。彼女は神樹様からお墨付きをもらったということで少し大赦内での立場が上がり、個室を貰っていた。その室内には……楓と安芸の2人からあの男から聞いた世界の真実を聞かされ、何も言えなくなっている3人が居た。

 

 今、3人の中で様々な思いや考えが駆け巡っている。その心境を推し測ることは、心の機敏に聡い楓でさえ出来ない。安芸もまた、黙って見守っていた。己でさえ聞いた時には絶望したのだ、これからも戦い、向き合わねばならない彼女達はそれよりも大きい絶望が、不安が襲っていることだろう。

 

 天の神。外の世界は既に滅び、今や炎の海。倒すべきバーテックスはそれこそ数えきれない程存在していて、そのバーテックスもウイルスではなく、神が造り出したもの。そもそもバーテックスが襲い掛かってくるのも、元はと言えば人間のせい。楓が生け贄という話があったが、ある種それは自分達にも当てはまる。終わりの見えない戦いに身を投じることが、そうでなくてなんだと言うのか。

 

 「……ところで先生。このサポートってなんの事なんですか?」

 

 「え? え、ええ……サポートって言うのは“精霊”のことね」

 

 「……せい、れい? それってあの……うらめしや~って……」

 

 「……それは幽霊よ、そのっち」

 

 「お爺ちゃんお婆ちゃんのことだろ」

 

 「高齢って言いたいのかしら……どっちにしても違うじゃない」

 

 一度頭の中を切り替える為か、楓が安芸へと質問を投げ掛ける。その答えに対する園子の素ボケから始まり、須美のツッコミで少しだけ、その場の空気が弛んだ。その空気の中で、安芸が1枚のチラシを取り出す。

 

 「今から訓練をしても、身が入らないでしょう。なので、サポート役として命じます。今日の訓練はもう終わりにして、4人でこれに行って楽しんで来なさい」

 

 そう言って安芸が見せたのは、今晩やるという夏祭りのお知らせが書かれたチラシ。思えば、4人は新しい勇者システムを使いこなす為の訓練にリハビリと小学生らしい夏休みの過ごし方などしていなかったし、する気もなかった。だが、確かに彼女の言うように今訓練に戻っても身が入らないことは明白。

 

 4人は、安芸の言葉に甘えることにした。

 

 

 

 そして夜、夏祭りの開催場所の神社にて。神社の境内にずらりと並んだ屋台と吊るされた提灯が暖かくも柔らかな光を放つその場所の入口に、黒い浴衣に左目に医療用眼帯という格好の楓は居た。

 

 「カエっち~♪」

 

 「ようっ!」

 

 「お待たせ、楓君」

 

 少し遅れて、3人も姿を現す。園子は紫の、銀は赤と白の、須美は薄い青の花柄の浴衣姿で、髪も後ろでお団子のように結わえている。

 

 「こんばんは、皆。うん、浴衣姿可愛いねぇ」

 

 「えへ、褒められた~」

 

 「まあ、悪い気はしないな……へへっ」

 

 「ありがとう。楓君も良く似合っているわ」

 

 「ありがとねぇ。それじゃあ……早速行こっか。まずは何か食べるかい? 向こうに焼き鳥の屋台が見えてるよ」

 

 その言葉を聞いて、焼き鳥大好きな園子が真っ先に突撃し、銀がそれを追い掛ける。相も変わらず元気な2人の姿に楓と須美は苦笑いし、遅れて歩き出す楓の手を、須美が繋ぐ。少し驚いた楓だったが、少し頬を染めて小さく笑う彼女を見て同じように小さく笑い……そのまま、2人を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 こうして手を繋ぐことに、恥ずかしさよりも嬉しさが勝ったのはいつからだったっけ。

 

 

 

 「うーん、美味しい~♪ おじさん、屋台ごとちょうだい!」

 

 「こらこら、お嬢様の本気を出すんじゃない」

 

 「屋台ごと買っちゃったら、他の人の迷惑になるからねぇ」

 

 

 

 いつも朗らかに笑う彼のことが頭から離れなくなったのは、いつからだったっけ。

 

 

 

 「んー、たこ焼きうまうま」

 

 「あっひゅ、あっひゅい!」

 

 「ふー、ふー……ちゃんと冷まさないと危ないよ、のこちゃん。はい、あーん」

 

 「あーん……ん~♪」

 

 

 

 自然に楓君に甘やかされるそのっちを羨ましく思い始めたのは……いつからだったっけ。

 

 

 

 真実を聞かされた時、私が最初に思ったのは……どうして私達が、だった。私達はまだ小学生……子供でしかなくて。私達には夢があって、大好きな友達が居て。

 

 もうお役目に対して……誇りあるだとか、勇者に選ばれて光栄だとか、そういう思いはどこにもなかった。戦いに終わりなんて見えなくて、夢を叶える為の時間なんて無くて、未来に希望なんて持てなくなって。何もかも、投げ出してしまいたくなった。

 

 「む~、取れない~」

 

 「まあ、あの大きさだからなぁ……」

 

 「というか、ホントに取れるようになっているんだろうかねぇ……」

 

 ふと気付けば、そのっちが射的に挑戦していた。狙っているのは……ニワトリのぬいぐるみ。楓君の言うとおり、コルク弾では取れなさそうな気もするけれど……不可能という訳ではないかもしれない。

 

 「そのっち、私が手伝うわ」

 

 「わっしー……うん!」

 

 そのっちの背後に回り、彼女の手の上からコルク銃を構える。照準良し、呼吸を合わせ、呼気を整え……機を待ち……今! 私の合図と共にそのっちが引き金を引き、コルク弾が飛ぶ。それはぬいぐるみの眉間に当たり、びくともしなかったソレがぐらりと揺れた。

 

 「後は気合!」

 

 「気合!?」

 

 「気合ならあたしの出番だな!」

 

 「それじゃ、自分もやろうかねぇ」

 

 「「「「気合~!」」」」

 

 私とそのっちが右手を、銀と楓君が左手を突き出し、ぬいぐるみに気合を送る。ぐらぐらと揺れていたぬいぐるみは、やがてコロリと台から落ちた。思わずやった! と跳び上がる程喜ぶ私達にそれを笑いながら見ている楓君。この時、私は絶望や世界の真実のことなんてすっかり忘れてしまっていた。

 

 店主のおじさんが“こんなコルク弾で落ちるわけないのに……”と言っていたのが聞こえた気がしてキッと睨み付けると、おじさんは慌てて手と首を振る。その後にがっくりと項垂れていたおじさんにそのっちは取ったぬいぐるみを差し出し……“あれと交換して!”と、4つの御守りを指差した。

 

 ……神社でのお祭りに御守りを商品として置くって、このおじさんはどういう神経をしているのだろうか。

 

 

 

 少しすると、ひゅるるる~と高い音がなった後、パァッと空に大輪の花が咲いた。お祭りの目玉でもある花火が始まったらしい。私達は人混みから外れ、人の少ないところにあったベンチに左から銀、そのっち、楓君、私と並んで座り、静かに空を見上げる。

 

 不思議と、あんなにも荒れていた心はいつの間にか穏やかだった。1度視線を下に下ろし、手にした御守りを見る。都合が良いことに、御守りは4色だった。赤、青、白、紫。私は青の御守りで、そこには勝利祈願と書かれている。銀の赤の御守りは家内安全、そのっちの紫の御守りは無病息災、楓君の白には長寿祈願と書かれている。

 

 ふと、何気なく左を見ると、花火を見上げる楓君の向こうに顔を赤くして俯いているそのっちが見えた。何やら右肩がもぞもぞとしているので、多分また彼と手を握っているのだと思う。

 

 (……いいな)

 

 そのっちは積極的だ。私にはとても真似できそうにない。彼女が彼のことを……その……異性として見ているのは分かる。私達の年齢ではまだ早いとも思うけれど……そうなる程に彼の存在が大きいのは私にも良く分かる。私だってそうなのだから。

 

 「……ねぇ、カエっち」

 

 「うん? なんだい?」

 

 「あのね……私、戦うよ」

 

 「……」

 

 「教えてもらった時、酷いって思ったよ。大人なんて……やっぱり嫌いだって、思った。でも……でもね……また、こうやってね。カエっちと、わっしーと、ミノさんと……色んなとこ行って、色んな話して……いっぱい、いっぱいやりたいことあるんだ~」

 

 そのっちの思いを、私達は黙って聞いていた。私は、答えを出すなら彼女が最初だと思っていた。彼女は私達の中で、誰よりも自分の感情に素直だった。イネスでジェラートをねだった時も、合宿で好きな人の話をした時も……楓君が死にかけて、安芸先生に怒った時も、いつだって。

 

 「だからね……戦うよ? もうカエっちを1人になんてさせないから。皆、死なせたくないから……それに、カエっちの夢、叶えてあげたいから。私達の夢が叶ったキラキラした姿……見せてあげたいから」

 

 「園子……そうだな、そうだよな……よし、もう考えるのはやめだ! あたしも戦う。あたしにだって、守りたい家族も……親友も居るからな!」

 

 2人が答えを出した。世界の真実を知って、絶望して……それでも、勇者として戦うことを決めた。そう言った2人は、もう絶望なんてしていなかった。前を向いて、その目はキラキラと輝いていて。

 

 私にも……守りたいモノがある。それは神樹様もそうだし、今の家族も前の家族もそうだし……今、隣に居る3人だってそうだし、安芸先生も、他にも、沢山。だから、決めた。決して、世界の為なんかじゃない。大赦の為なんかじゃない。

 

 「私も……戦う。誰も死なせたりしない。友達を……楓君を、1人にしたりしない。私が守るから。貴方と一緒に……頑張るから」

 

 決意を口にして、彼の右肩に寄り添う。彼の左手はいつもそのっちが取ってるから……だったら私は、右側でいい。寄り添うだけでいい。寄り添ってもらえれば、もっと良い。

 

 また1つ花火が上がり、儚く散っては消える。その姿が物悲しく、どこか不安になる。けれどもまた花火が上がって、また花開く。空に満開の花が咲き誇る。隣に大切な友達が居る。隣に……彼が居る。絶望が居座る場所なんて、どこにもない。

 

 「……うん。皆ならそう言ってくれると……信じてた」

 

 楓君が朗らかに笑う。それを見て、私達も笑う。そんな空間がとても心地良い。今、私は……私達は確かに……幸福(しあわせ)だった。




原作との相違点

・遠足の時の約束を果たす

・勇者達が世界の真実や天の神について知る

・射的の景品が3つの猫のストラップではなく4つの御守り

・他色々



という訳で、約束を果たし、真実を知り、それでも戦う決意をするお話でした。養子先は高嶋家に。名前はそのままに。ちょっと園子が涙脆くて大人嫌いが深刻化してる気がする←

彼女達が真実を知ることに対して賛否両論あるかもしれませんが、既に本作は原作より乖離してる為の判断です。ご了承下さい。

番外編は本当に、予想を越えて好評で何よりです。なので、他にも番外編書くと思います。それこそDEifの続きだったり、また別のモノだったり。リクエストを受け付けたりするかもしれません。その時をお楽しみに。

わすゆ編もいよいよ大詰め。楓君の新たな武器はどうなるのか……シェルブリッ◯とか、オー◯メイルとか、リボルビングステー◯とか……ないな、ないない。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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