咲き誇る花達に幸福を   作:d.c.2隊長

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続けて投稿。こちらもプロローグみたいなモノです(´ω`)

なるべく原作沿いにしつつ、オリ要素もガンガン突っ込んでいきます。目指せハッピーエンド。


鷲尾 須美は勇者である ー 序章 ー

 自分という人間が神様により新たな生を得て11年と少し。母親の腹に居る時から物心がついているという奇妙な経験と赤ん坊生活をそれなりに楽しみ、今や小学校に通うまでに成長した自分は、仲の良い夫婦と活発な姉、小動物のような妹という一般的な家庭で暮らしている。生前は一人っ子だったので上下に兄妹が居るというのは不思議な心地よさがある。

 

 不思議と言えば、この世界も不思議だ。小学校の社会の授業で習ったことだが……元号を神世紀、自分達が住むこの四国以外ではウイルスが蔓延し、神樹(しんじゅ)様と呼ばれる神様の力によってこの四国はウイルスから守られているという。

 

 更に神樹様は四国だけでも人間が生活出来るように様々な恵みを与えて下さっているとか。それ故にか学校では起立、礼の後に“神樹様に(はい)”と言って神樹様を拝む。自分がかつて住んでいた世界とはあまりに違うが、この数年ですっかり馴染んでいた。

 

 他には大赦(たいしゃ)と呼ばれる組織がある。神樹様と四国を守っている組織とのことだが、詳しいことは自分には分からない。まあ自分なりに、この四国のお偉いさん方が集まる会社のようなものだと認識している。ウチの両親も大赦に勤めているのだから、別段悪い組織ということはないのだろう。

 

 新たな生は楽しかった。生まれて数年ですっかりとなんの世界に転生したのか忘れ、覚えているのはいずれどこかの少女達が勇者として戦うことになるという程度の知識しかまるで無い自分だが、戦い等という血生臭いこともなければ別に大きな事件、事故に巻き込まれるということもなく日々平穏に過ごせている。

 

 姉と一緒に外で遊んだり、妹を甘やかしたり、姉と妹の“勝手に私のお菓子たべたー、たべてない”のような微笑ましい喧嘩を仲裁したり、同級生の女の子から喧嘩相手との仲直りをするにはどうすればいいかと相談されたり、男子に混じって遊んだりと楽しんでいる……かつては爺だった名残か、我ながら他の子供よりも落ち着いた、爺臭い子供だとは思うが。

 

 そんな楽しかった日々は唐突に終わることになる。

 

 

 

 

 

 

 犬吠埼 風(いぬぼうざき ふう)にとって、1つ下の弟は自分や他の男子よりも遥かに落ち着いた男の子だった。外で遊ぶのが好きな自分とは違い、基本的には家の中で2つ下の妹の(いつき)と共にのんびりとしていることが多い弟。ソファの上でニュースを見ながら、そんな彼に甘えて膝枕してもらっている樹の頭を撫でている姿なんてしばしば見る。

 

 かといって外で遊ぶのが嫌いという訳ではないようで、自分と共に鬼ごっこだのボール遊びだのをやることもある。その都度樹のことも気にしている辺り、面倒見も良いのだろう。兄妹のそれというより、お爺ちゃんが孫の面倒を見ているという方がしっくりくるが。自分は母親の手伝いをしたり外で遊んだりして、妹のことは大抵弟に任せていた。

 

 犬吠埼 樹にとって、1つ上の兄は姉と同じく大好きで側に居ると安心出来る存在だった。内気で、男子が苦手で、あまり行動的とは言えない姉とはまるで正反対の自分。そんな自分を甘えさせてくれる兄の膝枕は格別で、1度されると離れるのが冬の布団以上に困難になる程。

 

 嫌いな食べ物は決して残させない、姉と喧嘩したら両成敗と自分達に拳骨を落としたりと厳しいところもあるが、それも引っくるめて大好きだと言えた。自分に笑いかけながら頭を撫でる、言葉に出来ない暖かさが大好きだった。

 

 風は、弟に樹を任せっぱなしだった。樹は、兄に甘えてばかりだった。無論お互いにお互いが大好きではあったが、自分達でもどちらかと言えば、妹(姉)よりも弟(兄)の方を優先していたように思う。それだけ、彼の側は心地好かったのだ。家族仲が悪い訳ではない。ただ、家族の中でも彼がより特別だっただけのこと。その特別は、唐突に失われることになる。

 

 

 

 風が小6、樹が小4の頃。後数ヶ月もすれば片や卒業し、片や5年生になる……そんな日、共働きのこの家では珍しく家族5人揃っての夕食が終わって食休みをしている時に、インターホンを鳴らしてそれはやってきた。

 

 「はい、どちら様ですか?」

 

 『大赦の者です。“お役目”の件でお話をしに参りました』

 

 「……は!?」

 

 父親の上げた声に、家族5人が並んで座れる大きさのソファに座って仲良くテレビを見ていた3姉弟は同時に父親へと顔を向ける。その表情からは“何を言っているのかわからない”といった感情がありありと見て取れる。そんな父親の姿を見て不安に思ったのか、風と樹は無意識に自分達の間に座る彼の服を握り締めていた。

 

 父親は少し間を開けた後に玄関へと向かい、大赦の者を家へと上げ、食器を洗っていた母親も呼んでリビングに集まり、全員がソファに座る。大赦の者は家族の向かいに用意された椅子に座り、姿勢を正した。陰陽師か宮司のような服装に仮面という怪しさ極まりない姿の使者……声からして男……に警戒心爆発の姉妹だったが、父親と使者の会話で困惑する。

 

 「それで、大赦がなぜ……お役目、とのことですが」

 

 「神樹様より神託が降りました。そちらのご子息、犬吠埼 (かえで)様に“勇者”の適正有りと」

 

 「……楓が、勇者? バカな!! 勇者は無垢な少女だけのハズでは!? いや、それ以前に勇者を輩出するのは大赦でも伝統ある家からしか」

 

 「なぜ男性であるご子息が神樹様に選ばれたのかは我々でも理解出来ておりません。そして勇者輩出についてはご存知の通り……その為、ご子息には大赦の伝統ある家柄の1つ、雨野(あまの)家へと養子に出てもらうことが決まりました」

 

 3姉弟……いや、風と樹の2人は会話の内容をそこまで把握出来ていなかった。ただ、父親の様子から何か良くないことが起きていると悟り、それが弟(兄)……楓のことであるというのは理解していた。風は弟に何をする気だと使者を睨み付けながら楓の右手を握り、樹は恐怖から涙目になりつつ楓の左腕にしがみつく。

 

 父親と母親は使者の勝手な言い分に怒りと悲しみを隠そうとはしない。夫婦とて大赦に所属する者として“お役目”も“勇者”も、“神樹様に選ばれた”ことの重要性も理解している。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という異常性も、理解している。そしてそれが、愛する息子が命懸けの戦場に赴くことになるということも。

 

 「勝手な……あまりに急な話です。息子が選ばれた? 養子に出せ? 納得出来る訳がないでしょう!?」

 

 「それでも納得して貰わねばなりません。あなた方もお役目の重要性と必要性が理解出来ているハズ。神樹様の為、何よりもこの世界の為、ご子息の力が必要です。勇者になって貰わねばならないのです」

 

 父親の叫びに対して無感情、いや無機質に言い切る使者。ここに来て、父親は子供達を部屋に行くように言わなかったことを後悔した。突然のことで混乱し、そこまで意識がいかなったと言えばそれまでなのだが……当事者である楓はともかく、風と樹にまで聞かせる話ではなかったと。

 

 自然と、夫婦の視線が子供達へと向く。風は楓の右手を握りながら使者を睨み付けつつ、夫婦に断って欲しいと目で語っている。樹は周りに目を向ける余裕が無いのだろう、ただ震えて手放すまいと楓の左腕にしがみついたまま動かない。そして肝心の楓は……どこか悟ったように、夫婦に向けて苦笑いしていた。

 

 グッ、と夫婦の涙腺が弛む。本音で言えば断りたかった。誰が好き好んで愛する子供を死ぬかもしれない危ない役目につかせたいと思うものか。どうして自分達の子供なのだ。なぜ神樹様はよりによって息子を選んだのだ、と。

 

 だが、断ることは出来なかった。神樹様という自分達を今尚お守り下さっている存在直々に選ばれ、既に大赦の伝統ある家に養子に行くことは決まっている。家柄で言えば犬吠埼家は遠く及ばないのだからこの決定は恐らく、どう足掻いても変えられない。そして勇者としてのお役目は、大赦に所属する者ならば誰もが知る最重要案件。勇者になって貰わねば、勇者として戦って貰わねば世界が困るのだ。例えそれが、幾多の犠牲の上に成り立つ平和の為であっても。

 

 

 

 

 

 

 使者が来てから1週間が経った日の朝、犬吠埼家全員が家の前に集まっていた。

 

 「そろそろ行くね」

 

 弟が行ってしまう。訳のわからないお役目とやらの為に、この家から出ていってしまう。自分達から離れて、名前すらろくに知らない家の子になってしまう。犬吠埼 楓の名前すら無くして、いつ帰ることが出来るかもわからない場所へと。

 

 兄が居なくなってしまう。先日の話のことなんて半分も理解出来ていないが、その事実だけははっきりと理解出来てしまっていた。

 

 「すまない……すまない楓……」

 

 「ああ、楓……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 家の玄関の前で父と母が弟(兄)に泣きながら抱き締めていた。彼はそれを、ただただ受け入れていた。姉と妹のお願いを聞くときのような、仕方ないなぁというよく見る苦笑いを浮かべて。

 

 「姉さん、あんまり樹を放っといたらダメだよ?」

 

 「わ……分かってるわよ。私は樹の……楓のお姉さんなんだから」

 

 「樹、しばらく甘えさせてあげられないけど、姉さんと仲良くね?」

 

 「おに、ひっ……お兄ちゃ……」

 

 涙は勝手に流れて止められなかった。どうして弟が、なんで兄がとそればかり頭に巡っていた。いつ帰ってこれるかわからない。もしかしたらすぐに帰ってこれるかもしれない。そんなことを言われていても、それでも悲しかった。

 

 弟との会話が、これで最後になるかもしれない。兄に頭を撫でられるのが、これで最後になるかもしれない。そんな恐怖があるから、姉妹は父と母と同様に中々楓から離れられない。この温もりが、その笑顔を見るのが、こうして会話するのが、これで最後になるかもしれないから。そして、別れの時間がやってくる。

 

 「それじゃ、行ってきます」

 

 そう言って、楓は大赦から来た高級車に乗って去っていった。家族はその車が見えなくなるまで見送り……見えなくなったところで母と姉妹は先程以上に泣き叫び、父も静かに泣きながら彼女達を抱き締めていた。せめて、彼女達は離れないように。

 

 大赦の伝統ある家なら、神樹様に選ばれたことを誇りに思い、諸手を挙げて喜んだだろう。光栄なことだと、喜ばしいことだと。だが、犬吠埼家は大赦に所属する親を持つ普通の家庭だった。自分達の子供が選ばれるなんて想像もしていなかったし、あまりに唐突過ぎて覚悟も心構えも出来なかった。だから喜べなかった。だから悲しみしかなかった。幸せな日々を築いていた大事なモノの1つが消えてしまったから。

 

 この日から夫婦はより大赦に勤めた。せめて、息子の助けになることが出来たらと。風は、より樹に構い、大切にするようになった。楓の願いだから、もう家族が居なくなってほしくないから。樹は姉に構われつつも少しでも前向きになろうと思った。いつか帰って来た兄に、自信をもってお帰りと言えるように。神世紀297年。夏休みが終わる、丁度1週間前の出来事であった。

 

 

 

 そして2年後、彼は帰ってくる。姉妹しかいなくなった家に、変わり果てた姿で。




原作との相違点

・犬吠埼家が4人ではなく5人家族の3姉弟。

・樹が原作よりも早くお役目の存在を認知。

・大赦の名家(乃木や上里等)の1つとして雨野家が存在。

この雨野家はそんなに引っ張るつもりはありません←



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