咲き誇る花達に幸福を   作:d.c.2隊長

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お待たせしました(´ω`)

いつの間にやらUAが40000まで後少し……皆様、本当にありがとうございます!

今回は、筆の乗りがちょーっと悪かったです……3000字くらい書き直しました←

度々誤字脱字報告を受けております。教えて下さった方々、誠にありがとうございます。もしまた見つけましたら、教えて下さると有り難いです。

今回もほのぼのですよ(にっこり


結城 友奈は勇者である ー 1 ー

 勇者部に入部した週のお休みの日。まだ出来たばかりで“勇者部はこんな部です!”って宣伝してる段階で、東郷さんがパソコンとかホームページを作ったりとか出来るらしくて作ったは良いものの特に依頼も来てない。なので、風先輩の提案で部員の親交……親睦? を深めようということで一緒に遊ぶことになっていた。

 

 とは言うものの、楓くんと東郷さんが車椅子なのであんまり遠くに行くのも……という訳で、まだ春で桜も咲いているということで東郷さんにも案内したことのある桜が咲いている公園でお花見をすることに。場所取りとお弁当を作るのは先輩達がやってくれるって言っていたので、私は東郷さんと一緒に歩いて公園にやってきた。

 

 東郷さんの膝の上には一段だけの重箱。中には東郷さんお手製のぼた餅が入ってるらしい。彼女のぼた餅は毎日でも食べたいくらい美味しいので、今からとても楽しみです。

 

 「あっ、先輩達だ」

 

 「本当ね。あら? あの子は……誰かしら」

 

 ふと、沢山ある桜の木の1つの近くの木造のテーブルセットに座る先輩と、その横に止まる車椅子の楓くんを見つけた。ただ、もう1人知らない女の子が先輩と楓くんの間に座って居る。髪の色も似てるし、もしかして妹さんかな。

 

 「やぁ、こんにちは、2人共」

 

 「こんにちは、犬吠埼君」

 

 「こんにちはー! その子は誰ですか? もしかして妹さんですか!?」

 

 「こんちは2人共。そうよ、友奈。この可愛い子はあたしと楓の妹の樹。ほら、樹」

 

 「は、はじめまして。犬吠埼 樹、です」

 

 やっぱり妹さんだった。私よりも小さくて、楓君の服の裾を握りながら自己紹介する姿はなんだか小動物みたいで可愛い。風先輩が自慢げに言うのも分かる気がする。

 

 私は樹ちゃんの向かいに座り、東郷さんは楓くんの横に止まる。すると、風先輩は四段重ねの大きな重箱をドンッと置いた。

 

 「勇者部with樹の初のお花見ってことで、言った通りお弁当作ってきたわ! あっ、作ったのはあたしね?」

 

 「風先輩凄い! 料理出来たんですね!」

 

 「おーい友奈? それはあたしが料理出来ないと思ってたってことでいいのカナ?」

 

 「え? あ! いえ、そうじゃなくてですね!」

 

 「結城さんは面白いねぇ」

 

 「もう、友奈ちゃんったら……」

 

 「お姉ちゃん、落ち着いて……」

 

 日本語って難しいよ……と思いつつ風先輩に謝る。楓くんはくすくす笑ってるし、東郷さんも苦笑いしてるだけで助けてくれない。樹ちゃんだけが味方だよ……しばらく謝り倒すと風先輩は許してくれた。元々そんなに怒ってなかったらしいけれど。

 

 風先輩が人数分の紙皿と紙コップと割り箸を配り、楓くんがペットボトルのお茶とジュースを車椅子のうしろの持ち手にぶらさげている袋ごと持ち上げてテーブルの上に置く。2リットルの奴が4本も入ってたのに……楓くんは力持ちさんだ。

 

 「さーて友奈、その目に焼き付けなさい。あたしの女子力をね!」

 

 「うわ~っ! 美味しそうです!」

 

 そう言って風先輩が重箱を開けては置いていく。唐揚げに卵焼き、ソーセージ、ミニハンバーグ、ポテトサラダ、俵形のおにぎり、他にも沢山ある。なんか全体的に大きい。私が言ってないだけで野菜もちゃんとあるし、彩りも綺麗。恐るべし、風先輩の女子力。

 

 「いっぱいあるからたんと食べなさい」

 

 「あの、犬吠埼先輩……その、材料費とか」

 

 「そんなもん気にしなくていいわよ。家、これでも余裕あんのよ……憎たらしいことにね」

 

 あれ? 風先輩、今凄く怖い顔をしたような……最後の方もよく聞こえなかったし……気のせいかな。樹ちゃんも東郷さんも気付いてないし、楓くんは……風先輩を見ながら苦笑いしてる。仕方ないなぁって、そんな感じの。

 

 「ていうか東郷。あたしのことは風で良いわよ? この場には3人も犬吠埼が居るんだし、何より長いでしょ」

 

 「そうだねぇ……結城さんも風先輩って呼んでることだしねぇ」

 

 「ですが、目上の人を名前呼びは」

 

 「真面目ねぇ……本人が良いって言ってるんだからいいのよ。勇者部の仲間なんだから、そんなこと気にしなくてよろしい! はい、言ってみな? 風よ、ふーうー」

 

 「あ、と……風、先輩」

 

 「ん! それでいいの」

 

 「強引だねぇ、姉さんは」

 

 「それがお姉ちゃんだもんね」

 

 風先輩が東郷さんに名前で呼ばせようとして、楓くんも同意して、東郷さんが困ったようにしながらも風先輩って呼んだ。それに嬉しそうに笑う風先輩を、楓くんと樹ちゃんが微笑ましげに見ていた。いいなー、ああいうの。私は一人っ子だから、こういう仲の良い姉弟の関係にはちょっと憧れる。

 

 「この際だから楓のことも名前で呼んじゃう?」

 

 「えっ?」

 

 「自分は構わないよ。名字、やっぱり長いからねぇ」

 

 「あ……だ、男子を名前で呼ぶのははしたなくないかしら?」

 

 「いつの時代の人間よあんたは……」

 

 東郷さんは真面目だなーとついつい笑ってしまう。そんな真面目なところも、私は東郷さんらしいと思うんだけど……風先輩は呆れたように苦笑い。樹ちゃんも似たような表情をしてるあたり、やっぱり姉妹だなって思う。

 

 (……あれ?)

 

 でも、楓くんは違った。笑ってるのは笑ってるんだけど……なんだろう。懐かしんでる? そんな感じがした。でも、楓くんと東郷さんは入部した日が初対面のハズだし、気のせいかな。

 

 結局名前呼びするかどうかは有耶無耶になり、私達は風先輩のお弁当……重箱だけど……を食べた。流石に冷めてはいたけれど、そんなこと気にならないくらい美味しい。風先輩の女子力、恐るべし。

 

 正直なところ、量が量だから5人とは言え食べきれるかな……とか思ってたんだけど、風先輩も楓くんも凄く食べる。樹ちゃんに聞いてみると、家ではもっと食べるんだとか。特にうどんになると物凄いらしい。私もうどんは大好きだけど、食べても3、4杯が限界。2人はそれくらいならペロリなんだとか。

 

 「綺麗に食べてくれたわね。うんうん、作った側としては嬉しいわ」

 

 「姉さんの料理はどうだった? 絶品だっただろう?」

 

 「ええ、とても。私もお料理はするけれど、和食中心だから……洋食は新鮮だったわ」

 

 「とっても美味しかったです! 楓くんと樹ちゃんはいつも作ってもらってるんだよね? 羨ましいよ~」

 

 「ま……弟と妹の特権だねぇ」

 

 「いつも美味しくて、ついつい食べ過ぎちゃいます」

 

 お腹いっぱいな私と東郷さん、樹ちゃんに対してまだまだ余裕がありそうな風先輩と楓くん。大食いというのは本当らしい。東郷さんの料理、まだぼた餅以外食べたことないから今度食べてみたいな……そうだ、まだぼた餅があったんだっけ。甘いものは別腹……別腹だから……。

 

 とか考えてると、風先輩と樹ちゃんがお弁当を片付けた後に東郷さんが“私も食後のお菓子としてぼた餅を作ってきたんですが……”と言ってぼた餅の入った重箱をテーブルの上に置いて開ける。中には言った通りぼた餅が入っている。でも、気になることが1つ。

 

 「あら? 一口サイズのもあるのね」

 

 「はい。風先輩と犬吠埼君にも食べてもらおうと思って作っていたら、何故か一口分の大きさまで作ってしまってて……せっかくなので入れてきたんです」

 

 風先輩が言った通り、私も食べた普通の大きさのぼた餅の隣に、10個ほどの一口サイズのぼた餅があった。小さいぼた餅、なんだか可愛いな……なんて思ってると、楓君が何故かその一口サイズのぼた餅を見て唖然としていた。なんでだろう。

 

 「……普通の奴の他にも一口サイズの奴まで……手間じゃ、ないかい?」

 

 「ふふ、確かにそうかもしれないけれど……お料理はね、手間暇掛けた方が美味しくなるのよ?」

 

 「分かるわー東郷。あたしも弟妹のことを思うと手間かけてでも美味しい料理を食べてもらいたくてねぇ」

 

 「それにお兄ちゃん、昔お餅を喉に詰まらせてからお餅は苦手って言ってましたし」

 

 「なら、丁度良かったわね」

 

 そんな会話を挟みつつ、皆お箸を伸ばしてぼた餅を食べていく。私と風先輩は普通サイズのを、楓くんと樹ちゃんは一口サイズのを。う~ん、やっぱり美味しい。本当に東郷さんのぼた餅なら毎日だって食べられる自信がある。

 

 風先輩なんて、一口食べた瞬間にカッと目を見開いて“美味い!!”って叫んでた。樹ちゃんもほっぺたに手を当てて“美味しい~♪”って言った後、普通サイズのにお箸を伸ばしてる。樹ちゃんも結構食べるね……東郷さんは私達の食べる姿を見て嬉しそうにしてる。

 

 「うん。やっぱり……」

 

 一口サイズのぼた餅を食べた楓くんが目を閉じながらゆっくりと味わって飲み込んだ後、呟くように言った。

 

 

 

 「ぼた餅は……美味しいねぇ」

 

 

 

 なんでかな。普通に食べて、普通に感想を言っただけのハズなのに……笑顔を浮かべているのに……私には、楓くんが嬉しそうで、懐かしそうで……凄く、悲しそうに見えたんだ。

 

 

 

 

 

 

 花見も終わり、勇者部としての活動が本格的に始まった頃。4人は勇者部としての誓い……社訓のようなものを製作していた。あーだこーだと意見を交わしあい、1つ1つに思いを込めて紙に書いていく。

 

 “挨拶はきちんと”、“なるべく諦めない”、“よく寝て、よく食べる”、“悩んだら相談”。そして、“なせば大抵なんとかなる”。これを勇者部の五ヶ条とし、部室の壁のよく見える所に貼り付ける。

 

 「これで、よし。今後勇者部はこの五ヶ条を志して活動していくわよ!」

 

 「段々とそれっぽくなってきたねぇ」

 

 「いいですね、こういうの!」

 

 「そうね、友奈ちゃん。風先輩、作ったホームページに依頼が来てますよ。内容は……」

 

 依頼が来れば、それをこなす。来なければ、自分達で動いてやれることを探す。校内の部活の助っ人や手伝いをすることもあれば、町に出てゴミ拾いや古着の回収、頼まれればお店のお手伝い、イベントのお手伝いと本当に出来ることは何でもやるのだ。

 

 ゴミ拾いは楓や東郷でも出来る。運動部の助っ人には友奈と風が良く駆り出され、東郷は将棋部やPC部のような頭脳系に名指しされる。楓と言えば、校内よりも主に外での行動が多い。それも老人会での話し相手や子供の相手、店先での呼子や販売のお手伝い等をよく望まれる。

 

 4人別々に動くこともあれば、当然4人一緒に動くこともある。何度も出ているゴミ拾いもそうだし、迷子のペット探し、役割分担をして庭の草むしりとその際に出来たゴミ袋を運んだり。

 

 「姉さん」

 

 「うん? なぁに、楓」

 

 「勇者部……存外、楽しいもんだねぇ」

 

 「そうねぇ。遣り甲斐あるわー」

 

 この日は姉弟で一緒に果物の収穫の依頼を請け負っていた。風がもいで、車椅子に乗る楓の膝の上のカゴの中に入れる。風の背負っている分を含めてカゴ2つ分が一杯になったところで、指定された場所まで持っていく。

 

 「楓、重くない?」

 

 「これぐらいなら問題ないよ。姉さんはどうだい? そのカゴ、結構な重さだと思うけど」

 

 「あたしの女子力に掛かれば、リンゴが一杯入ったカゴの1つや2つチョロいもんよ」

 

 「それ、女子力関係あるのかねぇ……」

 

 5キロ6キロではきかないハズのリンゴが大量に入ったカゴを背負っているのにも関わらず涼しい顔をしている風。そんな風の言に苦笑いを浮かべ、楓は風に車椅子を押される。

 

 風も樹も、電動である楓の車椅子を押すことを好んだ。それは約2年もの間離れていた弟(兄)と出来るだけ近くに居たいということもあったし、彼自身の体を気遣ってのことでもあった。

 

 「ああ、ところで姉さん」

 

 「んー? なに?」

 

 

 

 「東郷さんと結城さんには、勇者のことは言うのかい?」

 

 

 

 風の足が止まり、必然的に押されていた楓の車椅子も止まる。入学から2ヶ月、勇者部発足からも2ヶ月の6月。初夏に入り、そろそろ暑くなり始める頃。風も楓も、ただの“勇者部”としての活動が楽しくて仕方なかった。だが、この勇者部は元々勇者候補達を一纏めにする為のモノなのだ。

 

 「……今はまだ、言わないわ。まだまだ可能性の話だし……それに、神樹様に選ばれない可能性の方が高……」

 

 「本当に、そう思ってる?」

 

 「っ……」

 

 他にも風と同じく勇者候補として大赦から派遣された者達は居る。その者達との交流はないが、同じようにグループを作っていずれ来るバーテックスとの戦い、そして神樹様に勇者として選ばれる日を待っている。

 

 選ばれる可能性は何分の一かというところ。だが、楓も……そして風も、ほぼ自分達のグループが選ばれると思っている。歴代勇者の中でも破格の適性値を誇り、かつ先代勇者である楓と、彼にこそ劣るが歴代でも最高クラスの適性値の友奈。記憶こそ失っているが同じく先代勇者である東郷。風と樹も、3人にこそ劣るが、それでも他の候補達よりも高い適性値を持つ。

 

 もはや選ばれない方がおかしいとすら言えるレベルである。だから楓は聞くのだ。彼女達に、いずれ戦うことになると言わないでいいのかと。

 

 「……言ったところで、今は信じないわ」

 

 「まあ、そうだろうねぇ。流石に早すぎる……というか、実際に体験しないと本心からは信じないだろうねぇ」

 

 「分かってるんじゃない。なら、何で聞いたのよ?」

 

 「……そうだねぇ。勇者仲間に居たから、かねぇ」

 

 「誰が?」

 

 「言わなかったことを、言えば良かったと後悔した子が……ね」

 

 風からは見えないが、楓は自分の右腕を見る。勇者として仲間と、友達と過ごした日々を忘れたことは1日としてない。彼女達の言葉や表情も、覚えている。嬉しいことも、悲しいことも、吐き出した弱音も、大切な約束や誓いも、その何もかもを。

 

 ……今では、その誰にも会うことは出来ないのだが。

 

 「……樹には、言ってみる」

 

 「そっか。あの子は信じてくれるだろうねぇ」

 

 「でも、2人には……ギリギリまで言わないでおくわ」

 

 「それが姉さんの出した結論なら、良いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 勇者部はあくまでも部活。テスト期間ともなれば、当然その間は活動が止まる。そして中学校なのだから、部活以外にもやらなければならないことはある。そう、勉強である。

 

 「あ~う~……」

 

 「うーん、ここまで国語に弱いとはねぇ」

 

 「英語……こんな……こんな言語を学ぶことに何の意味が……」

 

 (記憶を失っても愛国心と国防魂は健在なんだねぇ……)

 

 という訳で、勇者部1年生3人による勉強会。場所は東郷家である。当初は楓が“男である自分が家に行ってもいいのか?”と疑問を口にしたのだが、友奈はむしろ何がダメなのかと疑問を返し、東郷も“犬吠埼君なら問題ない”と意外にも笑って返していた。

 

 そして東郷の部屋にて行われる勉強会。さほど大きくない正方形のちゃぶ台の上に3人で教科書とノートを広げ、友奈は活字を読むことが苦手なのか教科書を見るだけでも頭が痛そうにし、今やってる国語に至っては頭から煙が出ているのを幻視出来てしまう程。東郷は他は問題ないものの、数学や英語を苦手としている。特に英語は憎い相手を見るかのようだ。

 

 因みに、楓には特に苦手科目も得意科目もない。満点を叩き出す訳ではないが、かといって平均を下回ることもない。70~80点台をうろうろとしている。社会と歴史は東郷……須美の、国語は園子の影響で他の教科よりも点数は取れるが。

 

 「ちょっと休憩しようか。結城さんの頭が爆発しそうだしねぇ」

 

 「さんせ~……」

 

 「そうね……疲れた頭には糖分、ということで」

 

 「ぼた餅!?」

 

 「友奈ちゃん正解。ちょっと待っててね、取ってくるから」

 

 だらりとちゃぶ台の上に上体を置いて脱力する友奈を見て楓が提案し、友奈が力無く手を上げて賛同する。東郷も少し疲れたのかそう言い、右手の人差し指を伸ばして笑みを浮かべて呟く。すると力を取り戻した友奈が嬉しそうに起き上がり、東郷は笑って部屋を後にした。

 

 ぼた餅ぼた餅ー♪ とすっかり元気を取り戻した友奈を見て、楓が苦笑いをしながら“結城さんは元気だねぇ”と呟く。それを聞いた友奈は、楓の方を向いて首を傾げる。

 

 「んー……楓くん。私のことは名前で呼んでいいんだよ? 同じ勇者部の仲間なんだから」

 

 「おや、良いのかい? それなら、これからは友奈ちゃんと呼ばせてもらうねぇ」

 

 「うん! 名前で呼び合うと、何だかもっと仲良くなれる気がするよね!」

 

 「そうだねぇ……名字で呼ぶよりも、名前やあだ名で呼び合う方が仲良しって気はするねぇ」

 

 「だよね~」

 

 お互いにニコニコとしながら、ほのぼのとした弛い空間の中でそんな会話をする。元々あまり男子に名前呼びされることに抵抗がない友奈と、許可がないから呼ばないだけで名前呼びそのものに照れがない楓。お互いに切欠が無かっただけである。

 

 「そう言えば、友奈ちゃんは東郷さんを名前で呼ばないんだねぇ」

 

 「だって東郷さんの名字、カッコいいし! それに、東郷さんからもそう呼んでって言われてるから」

 

 東郷がぼた餅を乗せたお盆を手に部屋の前に戻ると、中からそんな会話が聞こえてきた。いつの間に楓は友奈を名前で呼ぶようになったのかと疑問に思いつつ、まあ本人が良いなら良いかと結論付け、部屋に入るべく敷戸を開こうと手を伸ばし……。

 

 

 

 「そうだねぇ。でも、“美森”って名前も……自分は可愛くて好きだけどねぇ」

 

 

 

 思わず、東郷の手が止まった。頭の中で聞こえた言葉を反芻し、完全に理解し、頬が赤く染まる。

 

 東郷自身、あまり男性に対して良い感情は抱いていない。中学生離れしたスタイルと恵まれた容姿はその気がなくとも男性の目を引き、その中には車椅子に乗っていることへの憐憫や同情の視線、或いは身体への下卑た視線も感じることもある。

 

 当然、本人からすれば不愉快極まりない。無論そうでない男性も居るし、己の父や楓がその筆頭に上がる。特に楓は同じ勇者部部員として共に活動してきた仲間であり、見ていると時折真っ白な男の子や綺麗な白い花が脳裏に浮かぶこともあって何かと気になる男子である。

 

 そんな男子から唐突に、自分が居ない間に己の親友にそんなことを話しているのを聞いてしまった。運悪くと言うべきか、それとも運良くと言うべきか。

 

 (……犬吠埼君から名前呼び、か)

 

 何よりも……しっくりと来たのだ。彼に名前で呼ばれることが。まるで、昔からそう呼ばれてたような……だが、微妙に違うような、そんな不思議な感覚。そんな感覚を覚えつつ、ずっと聞いている訳にはいかないと東郷は顔の熱が引いたのを見計らって部屋に入る。

 

 持ってきたぼた餅の中には、やはり普通サイズの他に一口サイズのモノも混じっていた。

 

 

 

 夕方、勉強会も終えて帰る時間となったので楓と友奈の2人は東郷家から出て東郷も玄関先まで見送りに出る。

 

 「東郷さん! 楓くん! またねー!」

 

 「うん、またね、友奈ちゃん」

 

 「また明日ねぇ、友奈ちゃん」

 

 笑顔で手を振りながら走り去る友奈に、楓と東郷も手を振りながらその背中を見送る。さて、それじゃあ自分も……と楓が車椅子を操作して東郷に背を向けた時だった。

 

 「それじゃあ、東郷さんもまた明日」

 

 「あ……その……い、犬吠埼君」

 

 「うん? どうかしたかい?」

 

 「すぅー……はぁー……よし」

 

 名前を呼ばれ、その場で止まって反転する楓。そんな彼に対して、東郷は緊張した面持ちで居る。落ち着く為かゆっくりと深呼吸をし、覚悟を決めたように両手をグッと握り締める。

 

 「私のことは、その……“美森”と、呼んで?」

 

 「……良いのかい?」

 

 「ええ。私も……楓君と、呼んでも……いいかしら」

 

 「勿論だとも。それじゃあ……美森ちゃん」

 

 「うん……楓、君」

 

 お互いに名前で呼び合う。言ってみればそれだけのことなのだが、東郷は頭の中でカチリと、何かがハマった気がした。思った以上にしっくりと来たのだ。名前で呼ぶことも、呼ばれることも。

 

 同時に、夕焼けの下で見詰め合っている現状が恥ずかしくなってきた。そんな東郷……美森を余所に、楓は車椅子を操作して近付き、左手を彼女へと伸ばす。

 

 「改めて、よろしくねぇ。美森ちゃん」

 

 「……うん。よろしく……楓君」

 

 伸ばされた手を、同じ左手でしっかりと握り締める。思いの外がっしりとした、自分よりも大きな手。

 

 その手の温かさを……美森は知っている気がした。




原作との相違点

・友奈と美森が原作よりも早く樹と面識が出来る

・その他色々



という訳で、勇者部in樹のお花見と楓が友奈、美森を名前呼びするようになるというお話でした。樹ちゃん、あれで結構食べますよね。毎回風の料理完食してますし。

今回も特に山なし谷なしなほのぼの話でした。お陰で後書きに書くことも殆どありません←

次回で原作前話は終わり、いよいよ原作に入ります。しばらく番外編は入りません。また、本編ゆゆゆいも番外編扱いになるかもしれません。がっつりと書くとかなり話数延びますので……でも西暦組との絡みは書きたい。リクエストも頂いてますしね。本編ルートでもDEifルートでもいつか書きます(断言

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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