ちとFGOやってました。クエスト多いんだよ……何個あんだよアレ……地味に3ターンクリアしにくいし……。
また大量に誤字報告頂きました。念のため名前は出しませんが、誠にありがとうございます。
通算UA7万突破。皆様ありがとうございます! 今後とも本作を宜しくお願いします。
今回、ちと駆け足気味です。
カラオケをした日の翌日、部室にて夏凜ちゃんが大量の健康食品とサプリを持ってきてテーブルの上にズラリと並べていた。
「……えーっと、夏凜さん。これは……?」
「喉に良い食べ物とサプリよ。マグネシウムやりんご酢は肺に良いから声が出しやすくなる。ビタミンは血行を良くして喉を健康に保つ。コエンザイムは喉の筋肉の活動を助け、オリーブオイルとハチミツも喉に良いの」
「詳しいのね、夏凜ちゃん」
「夏凜ちゃんは健康食品女王だね!」
「こんなに沢山あるんだねぇ……大したもんだ」
健康食品の種類もそうだが、それらの効果等の説明を噛まずにスラスラと言える彼女の知識量も凄い。美森ちゃんが歴史や日本海軍の話をスラスラと言えるように、彼女もまた健康食品やサプリへの熱意か何かをもっているんだろう。
「さぁ樹、全部飲んでみて。ぐいっと」
「ぜ……全部って多過ぎじゃ? 夏凜でも無理でしょ!? 流石の夏凜さんだって……ねぇ?」
「いやまあ全部は無茶だとは思うけどねぇ……姉さんも煽らないの。夏凜ちゃん、やらなくていいから……」
姉さんがわざとらしく両手で口元を隠しながら、夏凜ちゃんの名前を強調して無理だ無理だと煽る。プライドが高いように思う夏凜ちゃん相手にそんなことをすれば……。
「いいわよ……お手本を見せてあげるわ!」
「友奈ちゃん、扉開けといて」
「はーい」
「お兄ちゃんも友奈さんも止めないんだね……」
「樹ちゃん。乗った夏凜ちゃんの敗けなのよ」
ざらざらとサプリを次々に口に放り込み、その後に液体の健康食品で流し込んで行く。いや、りんご酢やハチミツはまだ分かるけど、オリーブオイルは流石に……まあ結果は分かりきってるから、友奈ちゃんに扉を開けておくように頼んだんだけどねぇ。
案の定、気分を悪くした夏凜ちゃんは全速力で部室から出ていった。お手洗いに無事に辿り着くように祈っておこう。
その日の夜。自分の部屋からリビングへと向かう途中に風呂場の前を通ると中から樹の歌声が聞こえてきた。あの後部室で歌った時はまた上手く歌えなかったが、今聞こえるのはそんなことはなく……綺麗な歌声だ。
「やっぱりあの子、1人だと上手いのよねぇ。あんたと一緒でも上手いんだけど」
「本当にねぇ」
その場で聞き入っていると、いつの間にか姉さんが近くに居て同じように聞いていた。姉さんを除けば、この歌声を1番聞いていたのは自分だろう。昔の話だが、自分にべったりだった樹は兎に角どこにでも自分と一緒に居たがった。学校でも、外でも、家でも。高学年まで一緒に風呂も入っていたし、一緒の布団で寝ていた。
懐かしい思い出を思い返していると、いつの間にか姉さんが風呂場に入って樹と話していた。流石に自分はその場から離れた方がいいだろうと思い、予定通りリビングへと向かう。
「……やっぱり、戦いとは別の怖さがあるんだろうねぇ」
リビングにあるソファに座り、考える。樹は姉さんが勇者候補であると知りつつもそれを聞かずに過ごし、去年の6月に姉さんが話すことを決め、話し始めたことを切欠として勇者となることを、自分と姉さんと共に行くことを選んでくれた。とても当時小学生の子供が選ぶような道じゃない。
樹は自分達が想像するより遥かに強い心を持っている。が、やはり元は引っ込み思案の女の子。戦いの時ならともかく、日常ではそうもいかないか。
「難しいねぇ」
人の視線に慣れる。自分を含め、勇者部はそういう場に強い。別に樹に度胸が無いという訳ではない。人前で何かをするのが、苦手なんだろう。自分達が一緒に居る場合は問題ない。なのに1人だと……。
ー それに……独りは……仲間外れは、イヤだよ ー
「……ああ、そういうことか」
何せ1年生の樹のクラスの歌のテストだ、自分達はそこに居ないし手助けも出来ない。近くで応援をすることだって、出来ない。そこに立つのは樹1人。友達は居るだろうが……自分達程交流がないか、そこまで樹の心情を汲み取れないか。それはそれで兄としてちと心配になるんだけどねぇ。
「参ったねぇ……」
「何が?」
「ああ、姉さん……いやぁ、樹の歌のテストをどうしようかとねぇ」
お手上げだ、そんな気持ちと共に呟くと、不意にソファの背もたれ越しに姉さんが首に両手を回して抱き付いてきて聞いてきたのでそう返す。樹の姿が無いところを見るに、あの子はまだ風呂場で歌の練習をしているのだろう。
「そうねぇ……何とかしたげたいわねぇ」
「本当にねぇ……どうにかあの子に独りじゃないことを伝えられれば……」
「うん? なんでそんな話になんのよ?」
「去年の勇者の話をした時のことを思い出してねぇ……」
「……そっか。そんなことも、あったわねぇ」
そのまましばらく、自分達はそのまま無言で過ごしていた。しんみりとした……それでいて、あまり嫌ではない無音の空間。ふと、自分を抱き締めていた姉さんの力が強くなる。それはまるで、何かに耐えるかのようで。
「時々、後悔するのよ」
「……」
「楓をまた戦わせることになったのも……樹を戦わせることになったのも。あんたは帰ってきたらそんな体だし……あの子は、戦うような子じゃないし。それは夏凜以外にも言えるけれど」
「誰かが戦わなくちゃいけないんだよ。それに、もし樹を戦わせなかったら……あの子は、本当に独りになる。戦わせる方がいい、って訳でもないけどねぇ」
「……分かってる。それでも……アタシは楓と樹のお姉ちゃんなのよ。もうあんた達以外に家族もいない……安全な場所で、アタシの帰りを待ってくれてるだけでも良かったじゃない」
「……」
「なのに、あの子はアタシ達と一緒に戦うって言ってくれた。あんたは、そんな体でも戦ってくれてる……戦わされてる。どうしてよ……なんでバーテックスなんて……なんで……」
不安定になっている。自分のこと、樹のこと、勇者部のこと、友奈ちゃんに美森ちゃん、夏凜ちゃんのこと、バーテックスに大赦……色々なことが重なって、心に大きなストレスが溜まってきている。それも仕方ない、姉さんはまだ中学三年生。それに家の家事も一手に担っている。自分と樹も手伝えることは手伝うが、それも姉さんの何分の1なのやら。
……今の姉さんに散華を伝えるのは危険過ぎる。いや、危険性を伝えるのはいいだろう。その後に使わざるを得なくなり、散華の結果次第では心が壊れるか、それとも……何かに怒りをぶつけるか。
後で知るよりも、先に知って心構えをしておいた方がいい。だが……せめて後2、3戦は経験を積んでおきたい。戦っていけば、いずれあの大きな奴が……獅子座が出てくる。アレはとてもじゃないが、満開無しで倒せるような相手じゃない。いや、今の自分ならどうだ……?
「お姉ちゃん」
「っ!? 樹……」
いつの間にか、風呂から上がっていたらしいパジャマ姿の樹がいた。樹は自分に抱き付いている姉さんの後ろから抱き締めてきた。ちょっと首が重くて辛くなってきたが、言い出せる雰囲気ではないので我慢しておこう。
「あのね、お姉ちゃん。私は、私が戦うのは……大赦に言われたからでも、神樹様に選ばれたからでもないんだよ?」
「樹……」
「私は……自分で選んだんだ。何も知らないで帰りを待つよりもお姉ちゃんと……お兄ちゃんと、3人で居たいんだ」
「でも、あんたは……楓は……本当ならアタシだけが……アタシ、だけで……」
“アタシだけで”。それが、本音なんだろう。自分達家族を安全なところに居させて、命懸けの戦いは己だけで。気持ちは分かる。自分も、何度
だが、そんな姉さんの想いを知っていても、樹は言う。自分達3人で、と。自分は、どちらかと言えば姉さん寄りだ。2人だけでなく、美森ちゃんも友奈ちゃんも……夏凜ちゃんも、年頃の少女として普通に、平和に暮らせるなら。
だが、現実は非情で、真実は残酷で。天の神が居る限り戦いは終わらない。とは言え、12体という神託が出た以上はそれでまた一段落とはなるのだろうが。
「お姉ちゃんが私達を戦わせたくないって思ってるのは分かるよ。でも、私もお姉ちゃんだけに戦わせたくないよ……独りになるのは嫌で、独りにさせるのも……嫌だ」
「……」
「それから……いつもお姉ちゃんに家のこととか、勇者部のこととか……大変なことをしてもらって、ごめんね」
「そんなこと、ない。家のことはアタシが好きでやってて、勇者部も……アタシには、復讐っていう理由があるから」
「だったら……私にも、お姉ちゃんみたいに戦う理由があるよ。だから……だから、お姉ちゃんだけで戦おうとしないで。1人だけで居なくなるのが悲しいって、お姉ちゃんも知ってるでしょ?」
「っ! ……そう、だったわね」
……樹は、本当に強くなった。あんなに歌のテストのことであわあわしてたのにねぇ……家族のことになると、こんなにもはっきりと自分の意志を伝えられる。それが、嬉しい。妹の成長を喜ばない兄等居るものか。
それはそれとして、これは自分の存在が忘れられているということはないだろうか? 特に樹。後、姉さんが樹の言葉に感極まっているのか、嬉しそうな声と息を飲む音が耳元に届く度に少しずつ腕が、首が……まあまだ大丈夫だけど。
「去年もこんなことあったねぇ……姉さんは心配性だねぇ」
「……弟と妹の心配をしない姉なんて居ないわよ」
「その逆もまた然りだよ、姉さん。それに……1人で戦ったところで、ロクなことにならないさ。自分が、その証明だよ」
「……その腕が、そうなんだね。お兄ちゃん」
「仲間が不意打ちを受けてねぇ。まだ無事だった1人に2人を担いで逃げてもらって、自分1人で、あの時の3体をね。後からその1人が戻ってきてくれなかったら……自分はここには居なかっただろうねぇ」
ひゅっ……と、2つの息を飲む音が聞こえた。姉さんの抱き締める力が強くなり、樹が前に回って抱き付いてきた。少し怖がらせ過ぎたかな……でも、事実だ。最後まで1人だったら、本当に死んでいたんだからねぇ。
「だから姉さん。もう、戦わせたくないとか、1人で戦うとか……そんな考えは止めよう。気持ちは分かる。自分だって思ってたからねぇ」
「……」
「皆で戦って、皆で生きよう。姉さんも、樹も。美森ちゃんも友奈ちゃんも夏凜ちゃんも、皆でだ。勇者部5ヶ条にもあるだろう? “成せば大抵なんとかなる”って」
「……うん」
「なんとかなるさ。姉さんの気持ちも、戦いも。勇者が6人も居るんだ。自分と同じ先代勇者も居るんだ……なんとかなる。樹の歌のテストもねぇ」
「……が、頑張るよ」
姉さんの頭を撫でる。姉弟共通の、サラサラとした黄色い髪。姉さんと呼びつつも、精神的にはついつい孫のように思うこともしばしば。責任感が強くて、家事全般得意で、家族思いで……復讐だとか言いつつも、仲間や友人のことも大切にする、そんな心優しい……愛すべき家族。
優しいから、悩むんだ。優しいから、傷付くんだ。それで潰れそうになって、張り裂けそうになって、それでも自分のせいだって思い込んで。
「今が辛くても、いつか自分にとっての
「……うん。あーもう、弟と妹がいい子過ぎてお姉ちゃん辛いわー。甘えたくなっちゃう」
「甘えていいよ? 普段は私達が甘えちゃってるもんね」
「よし、今日の夜は姉さんをたっぷりと甘やかそうか。どうせなら一緒に寝るかい? 姉さんを間に挟んで」
「何だか昔に戻ったみたいだね。私枕取って来る!」
「えっ、アタシの意志は? 待って樹、先に晩御飯食べてから……もう」
さっさと枕を取りに向かう樹。そんな樹の背中を見ながら、姉さんは仕方なさそうに……目尻の涙を拭いながら、嬉しそうに笑っていた。
その日、自分の部屋のベッドで3人で眠った。少し狭いが……姉さんを真ん中に、右に樹、左に自分。左手を腹の上に置いて、その手を姉さんは左手で握る。寝づらくないか? そう聞くと“こっちの方が安心する”と、そう言って笑っていた。
両親が居なくなってから、私にとってのお母さんはお姉ちゃんで、お父さんはお兄ちゃんだった。お母さんみたいに家事をして、私の髪を整えてくれるお姉ちゃん。お父さんみたいに頭を撫でて、時に褒めて時に叱ってくれるお兄ちゃん。2人共大好きで、2人共大切で。そんな2人と一緒に、隣を歩きたかった。だから、勇者になることを、戦うことを選んだのに……今度こそ前に進めたと、思ったのに。
お姉ちゃんとお兄ちゃんだけでなく、勇者部の皆が私の歌のテストの為に色々と考えてくれている。なのに、私はいつまでたっても歌えないままで、人前で歌うのが怖いままで。それでも、2人は言ってくれるんだ。
ー 樹はもっと自信を持っていいのに。やれば出来る子なんだから ー
ー 大丈夫、樹なら出来るよ。自分達の自慢の妹なんだからねぇ ー
その信頼に応えたい。私は、お姉ちゃんとお兄ちゃんの自慢の妹なんだって。でも、人前で歌うことを想像するだけで体が震えて、声が震えて。隣を見ても誰も居なくて……それが、嫌でも私が今は独りなんだって突き付けられている気がして。
そうして何の成果も出せないまま時間は過ぎていって、歌のテストが近くなってきたとある日。お姉ちゃんと一緒に勇者部の活動として子猫を引き取りに行った時のこと。
「絶対やだ! この子を誰かにあげるなんて!」
そのお家の中から、そんな女の子の声が……叫びが聞こえてきた。
「もしかして、子猫を連れていくの嫌だったのかな」
「あっちゃ~……もっと良く確認しておけば良かった」
「どうしよう……」
お姉ちゃんが玄関を少し開けて中を確認すると、母親らしき人に泣きながら反対を訴えかけている女の子。子猫から離れたくないって必死に、泣いてても向き合っていた。そんな姿を見て、昔お兄ちゃんが養子に行くことになった時のことを思い出した。
あの時の私は、やっぱり泣いてばかりで。この女の子みたいに反対の声なんてあげられなくて……ただ、お兄ちゃんから離れたくないってしがみついていただけだった。その時の私よりも小さな子は、こんなにも自分の意志を伝えているのに。
「……大丈夫、アタシがなんとかする」
「なんとかするって……」
「ま、お姉ちゃんに任せなさい。すみませーん、讃州中学勇者部の者ですけど……」
結論から言えば、お姉ちゃんのお陰で丸く収まった。あの子の母親は考え直してくれて、特に私達や親子がケンカしたりすることもなかった。それを私は……やっぱり、見ているだけで。
「……ねえ、樹」
「ん? なぁに?」
「アタシ……あんたを勇者部に入れろって言われた時、もっとあの子みたいに反対すればよかった……そうすれば」
「お姉ちゃん。その話は、前に終わったハズだよ」
「でも」
「お姉ちゃん。私が、もっとハッキリと言えれば……もっと堂々と出来れば、そんな風にお姉ちゃんが悩まなくても良かったのかな」
「なっ!?」
ずっと、ずっと思ってたんだ。お姉ちゃんともお兄ちゃんとも違う、後ろ向きな自分。いつも心配かけて、いつも応援してもらって、いつも優しい言葉をかけてもらって……なのに、堂々と出来ない私。そんな私が、2人からそんな言葉をかけてもらってもいいのかって。
「でもね……こんな私でも……譲れないよ。お姉ちゃんにだって、譲れない。こうして一緒に戦えるのが、お姉ちゃんと、お兄ちゃんと一緒に居られるのが嬉しいんだって」
「樹……」
「人前で歌うのが苦手で、上手く歌えなくなるような私だけど……これだけは……この思いだけは、お姉ちゃんにだって。だから……お願い、だから」
お姉ちゃんに前からしがみつく。戦うのは怖いよ。危険な日々なんかよりも、平和な日々の方が絶対に良いよ。でも……平和な世界で1人待つよりも、危険な日々でも家族一緒の方が……その何倍もいい。
「私を……1人にするようなこと言わないで。次言ったら……私、本気で怒るからね。お兄ちゃん味方につけて、怒るから」
「……分かった。もう、言わない。弟と妹に2人がかりで来られたら、堪ったもんじゃないからねぇ」
「本当に怒るからね! 2人でワイヤーでぐるぐる巻きにした後にお兄ちゃんのあの大きな手でお姉ちゃんの頭を叩いてもらうからね!!」
「そんなことされたら死ぬわ!!」
そんな日から数日後、とうとう歌のテストの日がやってきた。先生に名前を呼ばれ、クラスの皆の前に丸めた音楽の教科書を持って立つ。
(大丈夫……あんなに練習したんだから……大丈夫……)
目を閉じて深呼吸。教科書を開いて覚悟を決めて目を開けると、クラスの皆が私を見ていて、ピアノを弾く先生も私を見ていて……その視線に、思わず青ざめる。
今から、歌う。怖い。あんなにお姉ちゃんに言ったのに、2人にとっての自慢の妹で居たいのに……怖い。ダメ、やっぱり無理。そんな風に思った時、教科書からひらりと1枚の紙が落ちた。見覚えのない紙に戸惑いつつ、謝ってからその紙を拾い上げ……中に書かれた文字を見て、驚いた。
紙の中心に書かれた“樹ちゃんへ”の文字。その周りに書かれた……私へのメッセージ。
ー テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう! 友奈 ー
ー 周りの人はみんなカボチャ 東郷 ー
ー 気合よ ー
ー 周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは、樹の歌が上手だって知ってるから 風 ー
ー 大丈夫、樹は独りじゃないよ。のびのびと歌いなさい 楓 ー
名前が書かれていないのは夏凜さんだと思う。いつの間に、とは思う。それ以上に嬉しくて、心が暖かくて。
紙切れ1枚。きっと、人はそう言うと思う。だけど、私にとっては……このメッセージの書かれた1枚の紙が、それこそ何よりも素敵な、勇気が溢れてくる最高の宝物で。
(ああ……そっか。私は、皆と一緒に居るんだ)
今更、気付いた。姿が見えなくても、声が聞こえなくても……例え、言葉だけでも。私が勝手に思い込んでいただけだったんだ。
歌える。直ぐ側に、勇者部の皆が居る。だからもう、怖くないよ。私は勇者で、勇者部の部員で……お姉ちゃんとお兄ちゃんの、自慢の妹だから。
「すぅ……~♪」
歌う。この場に居るクラスメートだけじゃなくて、違う教室に居る皆の元にも……この声よ届けと。そう思うと自然と笑顔になって、あんなに怖かったのに歌うことが楽しくなって……この曲が終わる時まで、歌い続けた。
その日の部活で歌のテストがバッチリだったことを伝えると、皆喜んでくれた。友奈さんも、東郷先輩も……夏凜さんは、寄せ書きのお礼を言うと照れていたけれど。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、流石自分達の自慢の妹だって。
「あのね、お姉ちゃん、お兄ちゃん。私、やりたいことができたんだ」
「なになに? 将来の夢でもできた?」
「夢……自分は未だに何も持ってないんだよねぇ。それはそれとして、樹の夢か……是非とも教えて欲しいねぇ。姉さんに内緒で」
「楓ー? アタシも教えて欲しいんだけど」
「……秘密」
歌のテストの後、クラスメートの皆から歌が上手いって、聞き惚れたって言われて。歌手を目指したら? なんて言われた。本当になれる、なんて自惚れてる訳じゃない。夢、なんて大層なモノでも、ない。
「でも……いつか」
ただ……やりたいことを見つけた。頑張りたいって思えることが、見つかったんだ。危険な日々の中にあるモノじゃなくて、平和な日々の中にある、私だけの頑張る理由。
「いつか、教えるね」
私が……2人の自慢の妹だって。自慢のお姉ちゃんとお兄ちゃんの妹なんだって。ちゃんと、2人の隣で歩いていけるんだって。
いつかこの歌で、この声で……届けるんだ。
そして、最悪の事態は訪れる。唐突に起きた樹海化。マップを頼りに全員が集まり、壁の側に集まるバーテックスを確認して……楓は絶句する。
(……何の冗談だ、これは)
マップに映るバーテックス達。その数……
散華を伝えるなら、今しかない。獅子座が居る以上、確実に満開を使うことになるからだ。勇者部を信じていないとかそういう話ではない。過去に実際に戦い、そして新システムでの戦いも経験し……それらを踏まえた上で、満開をしなければアレには勝てないと悟っているからだ。
(だが……いや、今だからこそ、言うべきだ)
本来なら、戦意を削ぐことになる散華は隠すべきだろう。風は、怒りに支配されるかもしれない。美森は戦えなくなるかもしれない。それでも……今なら、バーテックスと戦う以外に選択肢を取れない。風が大赦に怒り力を振るうこともない。美森が戦えなくとも、それこそ楓はどんなことをしてでも戦い、勝つつもりでいる。
(ああ、勝つ。バーテックスに、天の神に負けるものか。樹がやりたいことを見つけたんだ。その未来を奪われてたまるか……いつか供物が戻って、のこちゃんと銀ちゃんが、勇者部の皆と笑い会える未来を……絶対に)
「よっし、勇者部変身! そんでもって円陣組むわよ、円陣!」
「姉さん、その前に」
「っとと、どしたの楓」
「皆に……伝えておかないといけないことがあってねぇ」
「伝えておかないといけないこと……? 今言うべきことなの? 楓君」
「ああ、そうだよ美森ちゃん。今言わないと……皆知っておかないと……後で後悔するからねぇ」
「楓くんがそう言うなら、よっぽどのことなんだね」
「先代勇者からのお言葉よ、ちゃんと聞きましょう」
(まだ夏凜さんのお兄ちゃんへの対応に慣れない私が居ます……)
きょとんとしている風。怪訝な表情の美森。言葉から楓への信頼が伺える友奈。相変わらず楓に甘い夏凜。そんな夏凜に苦笑いの樹。
そんな彼女達の表情が絶望に、怒りに、恐怖に、苦悩に歪むかもしれない。もしかしたら、なぜ今更伝えたんだと恨まれるかもしれない。それらを覚悟して……楓は、口を開く。
「満開のデメリット……“散華”についてだ」
もう、後戻りは出来ない。
原作との相違点
・もうここまで来るとこの相違点いらない気がしてきました←
という訳で……犬吠埼家のやりとりと歌のテスト、総力戦の始まりというお話でした。
今回は風と樹に集中。家での会話中、ずっと楓の首に2人分の負荷が掛かってます。相当キツい←
いよいよ次回総力戦。しかも散華暴露。いやー胃が痛くなりますな。もしかしたら時間掛かるかもしれませんが、どうかご了承下さい。
総力戦が終わり次第、前々から言ってる通り番外編を書きます。アレの後にほのぼのの番外編書いて口直し予定です。辛くなるからね←
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