咲き誇る花達に幸福を   作:d.c.2隊長

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最初に言っておく。これはかーなーり、暗い。という訳でお待たせしました(´ω`)

筆が超乗ったの(キラキラ

またまた誤字脱字報告を頂きました、誠にありがとうございます! 見直してるの、お願い信じて(切実

筆が乗ったとは言え、言ってた程鬱じゃないかも? 肩透かしになったらすみません。

因みに、タイトルはビターエンドイフと読みます。バッド、ではありません。ある意味、ね(不穏

番外編なので補足、本編との相違点があります。後書きなげぇ……。


番外編 咲き誇った花は幸福か ー BEif ー

 「皆も、自分も怖い。それでも……須美ちゃんと」

 

 楓君が、行ってしまう。須美はそう思い、泣きそうになった。

 

 「銀ちゃんと」

 

 楓が、行ってしまう。銀はそう思い、泣きそうになった。

 

 「のこちゃんが、怖い思いをずっとすることになるのなら」

 

 カエっちが、行ってしまう。園子はそう思い、泣きそうになった。

 

 「自分が守る。自分が、頑張る。男としてだとか、勇者としてだとか、そんなんじゃない。君達が自分にとって……大切だから」

 

 そう言って、3人から背を向けて獅子座へと向かう。本来ならば、ここで心を奮い立たせて共に満開し、立ち向かうハズだった。だが、ここでは……3人は、散華の恐怖に勝てなかった。

 

 満開も出来ず、戦いに参加することも出来ず……ただ、崩壊した大橋の残骸の上で座り込んで彼が戦う姿を遠くから見ることしか出来なかった。

 

 何度、白い花菖蒲が空に咲いたことか。時に白い光の剣が空を裂き、白い光の鳥が空を羽ばたき……また、泣きたくなる程に綺麗な白い花が咲いて。3人は堪えることが出来ずに、涙を流した。

 

 ごめんなさい。3人の口から出るのは、ただその一言。何度も、何度も……戦いが終わる、その時まで泣きながら言い続けた。

 

 守れなくて。頑張れなくて。勇気を出せなくて。1人にして。側に居れなくて。

 

 

 

 ー ごめんなさい ー

 

 

 20と数回。それが、3人の謝罪が終わるまでに咲いた花の数だった。

 

 

 

 

 

 

 両親の死亡と弟の行方不明。それが、家にやってきた大赦の人間に対応する為に1人で出た風に告げられた言葉だった。

 

 「……何よ、それ。何よ!! それ!!」

 

 風の怒りを受けても、大赦の人間は淡々と事実を告げるのみ。そして、風に勇者候補となることを頼み込む。仇であるバーテックスと、勇者のお役目の内容を伝えて。そこで風は、弟が養子に出た理由を知るのだ。

 

 結局風は敵討ちの為に了承し、その答えに満足したのか大赦の人間は帰っていった。怒りと喪失感を抱えながらリビングに戻った風が見たのは……扉の近くで泣きながら蹲る樹の姿だった。

 

 「樹!? どうし……あ……まさか……」

 

 「お姉ちゃん……お兄ちゃんは……? お父さんと……お母さんは……?」

 

 「……樹……」

 

 「嫌だ……やだよ……私、お兄ちゃんに褒めてほしくて……お父さんとお母さんもすぐ帰ってくるって……ああ……ああああ~……っ!!」

 

 再会を夢見ていた大好きな兄。今朝まで元気で、笑いあっていた両親。その3人が、同時に消えた。それは今の樹の心に大きな傷を作り出し……それが、樹をまた昔のような引っ込み思案な、後ろ向きな性格へと戻してしまった。

 

 しばらく樹は塞ぎ込み、風はお役目のことで大赦へと向かわざるを得なくなる。2人がまた元のように仲の良い姉妹に戻るには……数ヶ月程の時間を要するのだった。

 

 

 

 

 

 

 瀬戸大橋の決戦の後、楓が満開の代償……散華によってマトモに動けなくなり、大赦に管理されることになったと安芸と楓の養母の友華から聞かされ、更にこのことについては他言無用であると念を押された須美、園子、銀の3人の精神は、それはもう酷いモノだった。

 

 園子は部屋から一歩も出ない程に塞ぎ込み、銀も以前の明るさや活発さが嘘のように下を向いて言葉を発さなくなり、須美も罪悪感と喪失感を抱えたままお役目が終わったことで元の家に戻り、更に引っ越すこととなり……そこで、彼女は出逢うのだ。違う世界で、己の心を救う存在と。

 

 「私、結城 友奈! よろしくね!」

 

 「結城、さん……私はわし……東郷 美森、です。よろしく、お願いします」

 

 見ているだけで元気になるような笑顔が、何故か彼の朗らかな笑みと重なり……まともに彼女の顔を見ることが出来なかった。記憶を失っていれば、違う世界の通りの関係になれたであろう。しかし、須美にはちゃんと記憶がある。だから、友奈の笑顔を見る度に泣きそうになった。

 

 しかし、友奈は持ち前の明るさと積極的に須美に……東郷に近付き、その心を少しずつ救っていった。未だに名前で呼ぶことはなく、結城さん、東郷さんと呼び会う中だが……それでも、彼女達は友人と呼べる関係に至り、東郷も少しずつ笑顔が増えた。お役目のことも、決戦の罪悪感も……少しずつ、忘れられた。

 

 

 

 讃州中学に入学し……勇者部部長である風と出逢ってしまうまでは。

 

 

 

 「貴女達、勇者部に入らない?」

 

 そんな言葉と共に現れた1人の女子生徒。勇者の言葉にすっかり魅了された友奈が乗り気で話を聞く傍らで、東郷は俯いて暗い顔をしていた。彼女にとって、勇者とは最早呪いの言葉に等しい。友奈には悪いが、自分は断らせてもらおう……そう思った時だった。

 

 「っと、自己紹介がまだだったわね。アタシは2年の()()() 風よ」

 

 「犬……吠……埼……?」

 

 まさか、と思った。偶然……と片付けるには、犬吠埼の名字は些か珍しすぎる。何より、東郷は彼から姉と妹が居ると聞かされていた。そして、聞いたこともない部活に、自分達に接触してきたという、彼と同じ名字を持つ先輩。あまりにも出来すぎている。

 

 聞かされた名字を呟きながら、東郷は顔を上げる。すると、己を見ている風と目があった。彼と同じ瞳の色、そして髪の色。顔立ちもどこか似ている……なのに、その目は、東郷を見る目は恐ろしい程に……笑って居なかった。

 

 (……ああ……そういうこと、なのね……)

 

 結城家の隣に引っ越してきたのも、こうして目の前に彼の姉が現れたのも、全て仕組まれていたことで。自分は、未だにお役目から逃れられていないのだと……未だに、勇者という存在に囚われているのだと。この時、ようやく東郷は理解した。

 

 

 

 表面上は仲良く……だが、明らかに風は東郷に良い感情を抱いていない。風は友奈には上手く隠しており、東郷もこれは楓と共に戦わなかった自分への罰だと甘んじて受け止めていた。友奈には癒され、風への罪悪感に苛まされ、時折決戦の時のことを悪夢として夢見る日々。2年に上がると、そこに妹である樹が新たに入部してきた。

 

 「い……犬吠埼 樹です。よよよよよっよ、よろしくお願い……します」

 

 風の後ろに隠れながらのたどたどしい自己紹介。人見知りということは見て取れた。友奈は直ぐに仲良くなろうと近づき、東郷は部活の一環として練習していた手品を披露することで緊張感を解す。どうやら樹は東郷のことを知らないようで、風とは違って仲良くなれた。風も妹にまで東郷のことを教える必要はないと思っていたのか、先代勇者の話はしなかった。

 

 そして運命の日。予め知っていた風と知ってしまっていた樹は樹海化、乙女座の出現に少し恐怖しつつも勇者へと変身する。友奈も風から謝罪と共に勇者部とお役目のことを聞き、同様に変身。勇者として戦うことを選んだ。

 

 (どうして……どうしてまた、私は……!!)

 

 だが、東郷は戦えなかった。力いっぱい握り締める端末の画面にピー! ピー! という警告音と共に映るのは、“勇者の精神状態が安定しない為、神樹との霊的経路を生成できません”の文字。つまりは、変身しようにも出来ないという事実だった。彼女はまた、見ていることしか出来なかったのだ。

 

 結果として、乙女座の殲滅は出来た。その際に友奈は右手を酷く痛め、風も大剣を握る手が擦りむけ、樹は初の戦闘ということもあって終わった直後に泣く。そんな3人の姿を……東郷は情けなさと恐怖から下唇を血が出る程に噛み締めながら見ていた。

 

 「……それが、先代勇者の姿なのね……あんたがそんなんだから……楓は……っ」

 

 東郷にだけ聞こえるように言った、屋上から去る直前の風の突き刺すような一言が、いつまでも東郷の心に残った。

 

 

 

 翌日、またバーテックスが襲ってきた。しかも東郷にとっても因縁のある3体。ここで楓のことを呟かなかったのは、東郷にとっても勇者達にとってもファインプレーとしか言い様がない。もし仮に言っていたら、間違いなく風は暴走していただろう。

 

 射手座の大きな矢に吹き飛ばされ、蟹座とのコンビネーションから逃げ惑う風と樹。蠍座に何度も攻撃され、動けない友奈。その光景が、ようやく東郷の心を動かした。やっと……戦う意志が過去の恐怖を凌駕した。

 

 当代の勇者の3人から見れば、東郷の力は圧倒的だったことだろう。蠍座は散弾銃で吹き飛ばし、射手座は狙撃銃で封殺し、蟹座も盾を使う前に撃ち抜く。3人が儀式を行い、東郷は援護と御霊を撃ち抜く。そうやって殲滅を完了させ、友奈と樹は東郷の強さと援護を褒め……その中で風だけが、東郷に近付いて襟首を掴みあげた。

 

 「ふ、風先輩!? 何してるんですか!?」

 

 「お姉ちゃん!? いきなりどうしたの!?」

 

 「……んで……なんであんたはそんな力があるのに!! なんで昨日は戦えなかったのよ!! なんで楓は帰って来なかったのよ!!」

 

 「風……先輩……」

 

 「先代勇者だったんでしょ!? 楓の仲間だったんでしょ!? なのになんであんたはここに居て!! 楓は……楓はぁ……っ!!」

 

 「……ごめんなさい……ごめん、なさい……っ」

 

 風の怒り様に声も出せなくなる友奈と樹。そして、泣きながら謝ることしか出来ない東郷。友奈と樹はここで彼女が先代勇者であることを知り、楓という風と樹の家族の存在を知り……彼が行方不明であると知った。

 

 しかし、東郷は楓は行方不明ではなく大赦に管理されていると知っている。彼女は、何故それが他言無用であるのかを悟った。こんなことを知れば……風は間違いなく、良からぬ行動を起こす。それも、最悪な方向に。だから、東郷は言えなかった。かつて、言わなかったことを言えばよかったと後悔した事実がありながら……言えなかった。

 

 

 

 風が大赦に予想よりもバーテックスが強いことを報告してから1ヶ月後、新たなバーテックスである山羊座の出現と共に()()の援軍がやってきて山羊座を瞬殺した。

 

 「ふーん、随分と間抜けな面をっていったぁ!」

 

 「ケンカ売ってどうすんだ。あたし達は援軍に来たんだろ……」

 

 「という訳で、援軍の新人勇者と先代勇者2人です~」

 

 「……先代勇者……ねぇ」

 

 「仲間が沢山だー!」

 

 「そのっち!? 銀!?」

 

 「……久しぶり、須美」

 

 「わっしー……久しぶり」

 

 いきなりケンカに発展しそうなことを言い出した夏凜の頭を叩いたのは、銀。笑顔でひらひらと手を振る園子。先代勇者だと言う2人を睨み付ける風とおろおろとする樹。純粋に喜ぶ友奈と2年ぶりとなる親友2人との再会に驚く東郷。そんな彼女を、銀と園子は……何とも言えない笑顔で迎えた。

 

 翌日に転校してきた援軍の3人は、直ぐに勇者部へと入部した。夏凜は少し渋ったものの、友奈と園子に纏わりつかれて根負けして入部。ただ、その際に早くも勇者部が崩壊しかねないことが起きた。

 

 「あんたねぇ! 先代勇者にその態度はなんなの!?」

 

 「こっちにはこっちの事情があんのよ!! あんたこそ、そこまで突っ掛かることないでしょ!?」

 

 弟のこともあり、どうしても先代勇者である3人に対して冷たい……とまでは言わなくとも、隠しきれない怒りが見え隠れしてしまう風と、先代勇者に尊敬の念を持つ夏凜。正反対とも言える感情を持つ者故に、衝突してしまうのは仕方のないことだった。例えその怒りを、先代勇者の3人が甘んじて受けているのだとしても。

 

 だが……この後の夏凜の一言が、彼女と風の間に埋めようのない溝を生み出すことになる。

 

 

 

 「突っ掛かるに決まってんでしょ!? 先代勇者は小学6年の時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ!? 尊敬すべき相手にそんな態……度……を……」

 

 

 

 夏凜にとって不運だったのは、大赦から先代勇者は()()であると聞かされていたことだった。そして、そう聞かされていることを……園子と銀は知らなかった。東郷は初対面なので論外。だから、夏凜の発言を止めることは出来なかった。だから夏凜は……なぜ、目の前の風が涙を流しながら、今にも己を殺しかねない程に殺意を抱いているのか理解出来なかった。

 

 「……それが……大赦の……先代勇者の……あんた達のやり方って訳ね。楓を忘れて……楓を無かったことにするって訳ね」

 

 「ち、違う!! あたし達は楓のことを忘れたことなんてない!!」

 

 「そうだよ! だってカエっちは、私達にとって」

 

 「聞きたくない。もう……あんた達の言葉なんて……聞きたくない!!」

 

 そう言って勇者部から出ていく風を、誰も追いかけることは出来なかった。状況を理解出来ていない友奈と夏凜、そして姉と同じようにショックを受けて動けなくなっていた樹に、先代勇者は説明する。かつて共に戦った、夏凜が聞かされていない4人目の勇者の存在を。行方不明とされている……犬吠埼姉妹の兄弟である楓の存在を。

 

 

 

 友奈の頑張りと先代勇者3人の必死の弁解により、何とか勇者部の崩壊は免れた。だが、明らかに最初の頃よりも悪くなる空気に少しずつ皆の笑顔も減っていき、友奈でさえ俯くことが多くなった。

 

 だが、樹の歌のテストのことで、その時限りではあるが一致団結することが出来た。樹は無事にテストを終え、更には夢まで出来た。やりたいことが見つかったという樹の笑顔と共に出た言葉は、風にとっても久しぶりの嬉しいニュースであった。そんな時に……またバーテックスはやってきた。

 

 「……なるほど、総力戦って訳ね」

 

 「わっしー……ミノさん……あれ……」

 

 「……ああ。あの時の奴だ」

 

 「……今度は……今度こそは……もう、誰も……っ!」

 

 7体のバーテックス。その中に居るレオ。溜まり切っている満開ゲージを見て、先代勇者達は覚悟を決める。あの日には、出来なかった。あの日は、共に戦いに行けなかった。だからこそ……今度は。

 

 3人は満開のことは話したが、散華のことは伝えなかった。伝えれば、本当に勇者部が崩壊してしまうと思ったからだ。伝えるなら、12体のバーテックスを倒してお役目を終えてから……そしてその後に伝えようと。例え真実を知った風に殺されることになったとしても……それを受け止めるつもりで居た。しかし、それは悪手だった。いや、例え予め言っていたとしても変わらなかっただろう。言うなればそう……ここまで来てしまった以上、最早()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 総力戦は、勇者部の勝利に終わった。関係が壊れかけていた勇者部も“楓が守った世界”だという園子の発言から風と樹がやる気を出し、協力し、本来の流れのままに満開を使った。御霊は東郷と友奈、園子と銀が担当し、東郷と園子の満開で2人を宇宙まで連れていき、そこで温存していた満開を使った友奈と銀が御霊を破壊。地上へは園子の船を盾にしながら戻り……上空でギリギリ消えてしまったが、樹のワイヤーの網で優しくキャッチして事なきを得た。

 

 勇者部の勝利。神託で告げられた12体のバーテックスの殲滅の完了。夏凜以外が満開したものの、勇者としての戦いの日々は、無事に終わりを告げた……それだけで終わることが出来れば、どれ程良かったか。

 

 

 

 「貴女達は……誰、ですか?」

 

 

 

 散華を知らなかった友奈、風、樹がそれぞれの体の不調に首を傾げていた時。1人目を覚ますのが遅れていた東郷が目を覚ましたと聞かされ、全員が見舞いに行った時……東郷は、そう告げた。

 

 2度目の満開による散華は、東郷から勇者であった4年間の記憶の全てを奪っていた。当然、勇者部の面々のことも誰1人として覚えていなかった。これは傍目から見ても明らかにおかしい。だから風は病院の屋上へと場所を変えてから、先代勇者の2人に問い詰めた。

 

 「東郷のアレはどういうこと? 知らない……なんて言わせないわよ?」

 

 「……アレは……」

 

 風の射殺すような視線から目を反らしつつ、園子と銀は散華について告白した。そこから決戦時の話にまで遡り、もう隠しきれないと楓が大赦に管理されていることを除いて全てを語り……その全てを話し終えた後に、風の目の前に居た園子が思い切り彼女に殴り飛ばされ、銀もまた殴り飛ばされた。

 

 「園ちゃん!」

 

 「園子……ぐっ!!」

 

 「銀ちゃん! 風先輩! もう止めてください!」

 

 「風! あんた、幾らなんでもやり過ぎ……」

 

 「あんた達も、大赦も、バーテックスも全部同じよ! アタシ達から家族を奪って! 樹から声も奪って!! 何が先代勇者だ!! 何が大切なお役目だ!! 赦さない……絶対、赦さない!!」

 

 戦闘後の検査入院の際、お役目は終わりだということで端末を回収していたのは幸いだった。もし、ここに端末があれば……彼女が勇者に変身していれば。そんなことは、考えなくても分かることだろう。ここまで怒り狂った風だったが、東郷にだけはその拳を振るわなかった。友奈の必死の懇願と、彼女自身が記憶を失っていたからだろう。そこまでは、理性を失ってはいなかったらしい。

 

 退院した後の夏休み中、お役目を果たしたご褒美として大赦は海のある合宿先を用意した。が、誰も行こうとはしなかった。友奈と園子、銀は入院している東郷の見舞いと再び友達となる為に共に行動し、風と……樹ですら、最早大赦の言葉を聞こうとはしなかった。夏凜は勇者部に居場所を見つけることが出来ず、1人大赦に戻って訓練の日々に戻った。

 

 夏凜以外の5人は、勇者部だけはずっと続けていた。こればかりは周りの人間からの依頼もあり、学校に認められている部活だったから自分達の都合でいきなり止める訳にもいかなかった。それに、依頼をこなして誰かの為になっていることを実感すれば……勇者部の最悪な空気を、少しでも忘れられた。そんなある日、夏凜が端末の入ったケースを持って勇者部に訪れる。

 

 「……生き残りが、居たそうよ」

 

 双子座は、その名の通り2体居た。これが本当に最後だと、東郷を除いた勇者部が変身し、友奈が即座に倒す。その際に精霊の数が増えており、満開一回につき一体増えるという新たな真実を知った。

 

 これで本当に終わりだと、これでお役目なんてしなくていいと……勇者という存在から離れられると、風は思っていた。これで終わっていれば、ギリギリ彼女は踏み止まれただろう。既に最後の一線を半歩踏み出していたが、それ以上進むことはなかっただろう。

 

 

 

 『伊予乃ミュージックの者ですが、犬吠埼 樹さんの保護者の方ですか? ボーカリストオーディションの件で……一次審査を通過しましたので、ご連絡差し上げました』

 

 

 

 ある日の夕方に来た一通の電話……それが引き金。最後の一線を、彼女は越えた。

 

 

 

 

 

 

 「現勇者の犬吠埼 風が暴走しております。現地の者によれば、神樹様の結界である壁も破壊しようとしていると……人類の為、世界の為……どうか、その力をお貸しください」

 

 声からして男。その人物は自分の全く動かない左手の上に端末を乗せ、そう言ってお願いしてきた。端末の重みに懐かしさすら覚えつつ、自分は()()()()()()()()視界を男に合わせる。

 

 「変身して、その暴走を止めれば良いわけだ。世界が滅びれば、勇者の子達も死んじゃうからねぇ……良いよ、止めてあげる」

 

 「ありがとうございます……御姿(みすかた)様」

 

 首に巻き付いていた夜刀神が離れて自分の手に巻き付いて持ち上げ……勇者アプリをタップした。

 

 

 

 「風先輩! 止めてください!」

 

 「フーミン先輩……お願い、止めて……っ」

 

 「あんたがやろうとしてんのは、楓が守った世界を壊すってことなんだ! なのにっ!」

 

 「止まりなさい! 風!!」

 

 「黙れええええっ!!」

 

 自分は今、()()()()()()()()()から光の翼を出して空を飛びながら少女達を見ている。桃色の少女、紫色の少女、赤色の少女2人が、黄色い少女を止めようとしているけれど、黄色い少女は大剣の一振りで全員を薙ぎ払った。なるほど……あの子を止めればいいんだねぇ。確かに、状況がよく分からない自分でも分かる程に怒り狂ってる……暴走しているねぇ。

 

 「全部……全部壊してやる!! 潰してやる!! 邪魔をするならあんた達も……殺してやる!! 大赦も!! 世界も!! 全部!!」

 

 

 

 「それは困るねぇ」

 

 

 

 そう言って、ゆっくりと降りる。すると、その場に居た全員が自分の方を見て……桃色の少女と赤い二つ結いの少女以外の3人が、信じられないモノを見るかのように自分を見てきた。

 

 「あ……楓……楓!! 良かった……やっと、会えたっ!!」

 

 「カエっち……」

 

 「……楓……」

 

 「あの人が、風先輩と樹ちゃんの兄弟……」

 

 「4人目の、先代勇者?」

 

 自分の名前を泣きながら呼んでいるのであろう、黄色い少女が自分に向かって手を伸ばしている。先程見た怒りはどこかに消え、安堵と嬉しさが見て取れる。自分はその少女の前に降り立ち……すると、少女は自分を力いっぱい抱き締めてきた。

 

 「楓っ……良かった……生きてた……良かったぁ……!!」

 

 「……ごめんね」

 

 「やっと会えた、やっと見つけた! 楓……帰ろう、アタシ達の家に。樹だって喜んでくれ……」

 

 

 

 「自分は、君が誰かわからないんだ」

 

 

 

 「……楓……?」

 

 「本当に……ごめんね」

 

 「かえ……ああああっ!!」

 

 【っ!?】

 

 唖然……いや、絶句かねぇ。そんな絶望にも似た表情を浮かべながら力無く手を下ろした、自分を“かえで”と呼んだ少女に……自分は容赦なく、左手の水晶から光の剣が付いたワイヤーを出して操り、斬りつけた。精霊バリアの上からではあるが大きなダメージを与えたのだろう、吹き飛んだ少女は地面に横たわり、勇者服が消えて制服姿に戻る。

 

 「かえ、で……なんで……!」

 

 「自分は“かえで”って名前なんだねぇ……それも、覚えてないなぁ」

 

 「え……あ……まさか、東郷と同じ……記憶が……?」

 

 「東郷……? まぁ、そうだねぇ……散華の影響なんだろうねぇ。自分が覚えているのは、もう勇者に関することと……後は、2つの誓いだけ」

 

 話している内に、少女の隣に同じ髪色の短い髪の緑色の勇者服を着た少女がやって来た。その少女も自分を見て驚いた表情を浮かべている。自分をかえでと呼んだ少女の妹だろうか。

 

 少女達の周りに、さっきの4人も集まる。ふむ……こんなに勇者が居るのか。皆、年端もいかない少女だ。何故だろうか……そんな彼女達を見ると、誓いが自分の中で一層強くなる。

 

 「自分が守る。自分が、頑張る。何を守るのか、何で頑張るのか……そんなことも、思い出せないんだけどねぇ」

 

 「「っ!!」」

 

 「とりあえずは……大赦の人が言うように世界を守るとするよ。それに、自分にも家族が居るってことが知れてよかった。何の為かわからない誓いに、中身が出来たよ」

 

 「楓……嘘だ……忘れてるなんて……そんな……ああ……うああああっ!!」

 

 「風先輩!? 落ちついてください! 風先輩!」

 

 「……っ! ……っ!」

 

 頭を抱えて泣き叫ぶ少女……確か、風だったか。あんな姿を見るのは辛いが、生憎と自分は何を言うべきかわからない。恐らくは自分の姉なんだろうが、今の自分が何を言ったところでどうにもならないだろう。というより、恐らく今の彼女は何も耳に入っていない。暴走する位に追い詰められていたようだし、自分の存在がトドメになってしまったか。

 

 風を必死に揺らす妹らしき子は何も言わない……いや、あれは声が出ないのか? 恐らくは散華の影響か。なるほど、風という子は家族思いらしい。だが、それ故に今回の暴走……大赦は彼女の心のケアをしなかったのか。

 

 「カエっち……」

 

 「……? ああ、自分のことかい?」

 

 「っ……カエっちは……本当に忘れちゃったの? フーミン先輩のことも……私達のことも」

 

 「あたしは三ノ輪 銀! こっちは乃木 園子! 今は居ないけど、鷲尾 須美! 2年前に一緒に勇者として戦った……最後は、無理だったけど、それでも一緒に!」

 

 「……ごめんね、覚えてないよ。君達も、その須美って子のことも。何せ……」

 

 園子、銀という子達の必死な声に思いだそうとするも、やはり思い出せない。可哀想だけれど、ねぇ。それでも納得がいかないのか、それとも信じたくないのか……それなら、と自分は自分の持つ精霊を全て出現させる。すると分かりやすく、彼女達は青ざめた。まあ、それも仕方ない。今の自分の周囲に居る精霊……その数、24体。

 

 

 

 「これだけ満開したから……声と右耳と、勇者のことと一般常識……それから、内臓が少しだけ。それくらいしか、自分には残ってないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 その後の事を少し語ろう。神託通りに12体……12種類のバーテックスを倒した後、人類は再びしばらくの猶予を得た。勇者部の面々は、風の暴走の日から変身出来なくなった。それはお役目から解放されたからか、楓というある種の勇者の成れの果てを見たからか……それとも、戦う意思を持てなくなったからか。

 

 散華は、少しして戻された。東郷の記憶も戻り、樹の声も戻り……それでも、元の平和の日々に戻ることはなかった。

 

 友奈はもう、勇者という存在に憧れを抱けなくなった。笑うことも減り、東郷と、園子と、銀と共に学校に通い……風を止めきれなかった罪悪感を抱えて日々を過ごしていた。

 

 東郷達先代勇者3人は、自分達の夢を叶えるべく努力している。せめて、覚えている自分達だけでも彼の夢を叶えてあげようと。歴史学者を目指す東郷とは違ってまだ自由がある園子と銀はいずれ大赦に入り、今なお管理されている楓と再会することを誓った。

 

 樹はそのままオーディションを通過し続け、中学生歌手として下積み時代を設けた後にデビューすることが決まった。そして、風は。

 

 「樹ー! ご飯出来たわよー! 後はあんただけなんだから早く降りてきなさーい!」

 

 「はーい!」

 

 とある日の朝、風の作った朝食を姉妹2人で食べる。いつもの風景、いつもの日常。いつもの、笑顔溢れる食卓。朝のニュースを見ながら、楽しい会話も交えて美味しい朝食に舌鼓を打つ……平和な、ありふれた食卓。

 

 ……風の隣に、もう1人分の朝食が用意されていなければ、そんな感想も出ただろう。

 

 「楓、今日は樹がテレビに出るらしいわよ。しっかりDVDに残さないとねぇ」

 

 「……もうっ、恥ずかしいよお姉ちゃん。お兄ちゃんも止めてね?」

 

 勿論、そこに楓の姿はない。樹も、それは理解している。それでも……彼が居るように楽しそうに話す風に合わせて会話をする。この日常を続ける為に。姉の笑顔を守る為に。

 

 風はあの日以来、楓が帰ってきて一緒に暮らしているという幻覚を見ている。それが壊れそうな己の心を守る為の防衛本能のようなモノなのだと、樹は理解している。本当のことを伝えた方がいいのかもしれない。だが、樹にはそれは出来なかった。

 

 いつか、この日常が再び壊れるかもしれない。いつか、風が自力で気付くのかもしれない。それでも……樹は、この仮初めの日常を謳歌していたかった。せめて、幻覚(ゆめ)の中でだけでも……姉に幸せになって欲しかったから。

 

 

 

 

 

 

 この四国には、土地神の集合体である神樹の他に現人神が居る。神樹は人々に寄り添い、守り、現人神はそんな神樹と神樹に選ばれ、神樹を守る勇者……そして、神樹を敬う人々を守っていた。

 

 大赦の奥深くの部屋に、現実における神樹……御神木が存在する。そしてその同じ部屋にある1つの豪奢なベッドの上に、現人神は居る。現人神は目を開けることも、話すことも、動くこともない。守る度に、勇者達の代わりにその力を振るった彼は、そういった人らしい機能を失っていた。呼吸はしているので生きてはいる。その姿は、少年の頃から変わっていないという。

 

 1日に数回、神樹によって選ばれた巫女が眠る現人神の世話をすることになっている。体を拭いたり、話し掛けたり、ベッドを整えたり。今日もまた、その為に1人の巫女が部屋に入ってきた。

 

 「おはようございます。神樹様、“御姿”様」

 

 亜麻色の長髪の少女が懇切丁寧にお辞儀をした後、てきぱきとベッドメイクと御姿と呼んだ眠る現人神……本名、犬吠埼 楓の世話をする。

 

 散華の影響で白くなった髪を丁寧に洗い、少女はどこか楽しそうに、お世話が出来て嬉しいと思いつつ拭いていく。この後は友人であり、仲間である4人と共に学校に行って学ぶ。そして帰ってくるとまたお世話の為にここに来て、その日の出来事を神達に話すのだ。返事は返って来ないが、そんな日々が彼女には楽しくて仕方なかった。

 

 「それでは、行ってきます。神樹様、御姿様」

 

 部屋を出る前にお辞儀。その後に顔を上げた彼女にははっきりと見えるのだ。それが巫女であるからか、それとも少女が純粋過ぎる程に純粋だからなのか。

 

 御神木の前に立って少女に向かって手を振る、現人神と瓜二つの黄色い髪の少年と、その少年の首に手を回して抱き着いている桜色の着物の少女。そして彼等の周りに存在する黄、緑、紫、青、赤の少女の姿をした影。

 

 それらに見送られ、少女は今日も変わらない日常を過ごしていく。




補足、及び本編との相違点

・先代勇者の満開は一回ずつ、須美は記憶を失ってない

・本編同様のバーテックス、大赦への敵意に先代勇者が追加されてる風

・樹は原作初期寄り

・援軍に園子、銀が追加

・勇者部の空気が最悪

・壁を壊そうとするのが東郷ではなく風

・その他



という訳で、楓奉りルートと言う名の本編わすゆ15分岐のビターエンドです。最初と後半にしか楓の出番はありませんでしたがね。

ほぼ原作通りに進むDEifとは違い、決戦まで楓が居て彼女達が散華の恐怖に勝てなかった場合のルートです。このルートでは須美の記憶があり、風も先代勇者の存在を知る為、初めからかなり勇者部の空気が悪いです。目に見える位置に敵意の対象が居るので風のストレスも凄まじいことに。

ビターなのは、最終的に世界は存続し、誰も死んでおらず、勇者達もお役目から解放されて平和な日々を送れているからです。最後に出てきた巫女は、察しの良い方は気付くハズ。

楓の満開は23回。なので精霊は24体です。原作園子よりも多く満開しており、この時点で声と右耳が残ってるのは奇跡ですね。視界は何らかの精霊の目を通してますので見ることは出来てます。

最後の色着きの人影は勇者の章最後の勇者巫女大集合をイメージして下されば。ぶっちゃけ生き霊みたいなものです←

次回はほのぼのです。リクエストから漁りますので……ラジオ、見たいですか? 先駆者の方のように勇者部の活動としてやることになるので、質問等を皆様から募集することになりますが。質問はまだです。でもリクエストは活動報告で募集してます。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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