咲き誇る花達に幸福を   作:d.c.2隊長

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お待たせしました(´ω`)

また誤字脱字報告が……ありがとうございます。見直しても見直しても直らない。不思議。

今回、びっくりするくらい話が進みません。いや本当に。そしてまた色々と……それは見てのお楽しみです。

悪ィが! ここから先は(しばらくは)一方通行だァ!(不穏


結城 友奈は勇者である ー 13 ー

 バーテックスとの戦いの後、私達は検査の為に数日程大赦が経営する病院で入院することになりました。簡単な身体検査に血液検査なんかを受けた後、テレビなんかが置いてある娯楽室に向かうとそこには私より先に検査を終えた風先輩と夏凜ちゃんがそれぞれ椅子に座っていた。

 

 私が部屋に入ると2人も私に気付いたようでこっちに顔を向けて……風先輩の左目には、楓くんみたいに医療用眼帯が付けられていた。

 

 「友奈も診察、終わったみたいね」

 

 「はい……風先輩。その目……」

 

 「ふふふ……これは先の暗黒大戦にて得た魔眼を封じる為の」

 

 「バカ言ってんじゃないわよ」

 

 「……ま、そういうことよね。アタシは左目だったみたい」

 

 いつもみたいにふざける風先輩に、夏凜ちゃんは呆れ顔でそう言う。すると風先輩は苦笑いを浮かべて自分の左目を撫でた。

 

 散華……楓くんから聞いてたけれど、実際に見るとやっぱり悲しくなる。私はまだ自分の散華が何か分かってないけど、どこを捧げたのか少し……ううん、かなり不安だったりする。そんなことを思っていると、風先輩は少し苛立ったように顔をしかめた。

 

 「医者はこの目は戦いの疲労によるもので、療養したら治るって言ってたわ。勇者になるとすごく体力を消耗するからってね……向こうはアタシ達が散華のことを知らないって思ってるとは言え、舐めてんのかしら」

 

 「落ち着きなさいって……満開出来なかった私が言っても仕方ないけど、ね」

 

 「っと、そういうつもりじゃなかったのよ。ごめんなさいね、夏凜」

 

 「別にいいわよ。それに、あんたが大赦嫌いなのも……大赦から来た私のことをあんまり良く思ってないのも分かってるから」

 

 「流石にもうあんたと大赦を一緒には考えてないわよ。なに? 拗ねてんの? 可愛いとこあるわねー」

 

 「別に拗ねてる訳じゃ……ええいこっち来んな! 抱き付くな! 頭撫でるな! 頬擦りすんな!」

 

 夏凜ちゃん、やっぱり自分だけ満開出来なかったの気にしてるんだね。ゲージが溜まってなかったんだから仕方ないと思うんだけど……それに、夏凜ちゃんまであの時倒れてたら、直ぐに大赦の人を呼べなかったんだし。

 

 なんて思ってたら、いつの間にか離れて椅子に座ってた筈の風先輩が夏凜ちゃんにゆっくり近付き、真っ赤になってる夏凜ちゃんが言うように夏凜ちゃんの左側から抱き着いて頭を撫でながら頬擦りしてた。2人共仲良しだね。夏凜ちゃんも文句言いつつもされるがままだし。

 

 「私達も検査終わりました」

 

 2人がじゃれあってるのを見てると、東郷さんと車椅子を押す樹ちゃんが入ってきた。これで後は楓くんだけだね……東郷さん、なんで少し暗い顔してるんだろう。その疑問は、直ぐになくなった。

 

 「樹~、注射されて泣かなかった?」

 

 「……、……!」

 

 「……樹? どうしたの? ……まさか」

 

 「……声が、出ないみたいです」

 

 「あ……」

 

 夏凜ちゃんから離れて樹ちゃんに近付いた風先輩がからかい半分にそう言うと、樹ちゃんは何も喋らずに苦笑して首を振るだけで……風先輩も、そして私達もそれだけで気付いた。東郷さんも痛ましげに、私達の考えを肯定する。

 

 樹ちゃんが捧げることになったのは……声。カラオケでも、部室でも聞いたあの綺麗な歌声が……樹ちゃんの可愛くて、綺麗な声が供物として捧げられた。私達でさえこんなに悲しいんだ、風先輩は……もっと。

 

 でも、樹ちゃんは泣きそうな顔で自分の喉に震える手で触れる風先輩に笑いかけてる。まるで、心配しなくていい、私は大丈夫だからって言ってるみたいだった。そんな時、車椅子に乗った楓くんが入ってきた。

 

 「自分が最後みたいだねぇ……? どうしたんだい?」

 

 「楓……樹が……声が……」

 

 「……なるほど。樹は声、姉さんは左目か……友奈ちゃんと美森ちゃんは? 夏凜ちゃんも、ケガは大丈夫かい?」

 

 「ええ、私が一番被害が少なかったから」

 

 「私はまだわかんない」

 

 「私は、左耳ね。音が聞こえないもの。楓君は、どうなの?」

 

 「自分も友奈ちゃんと同じだねぇ……少なくとも、右耳も右目も左手も左足も無事だよ」

 

 風先輩が泣きながら楓くんに抱き付くと、楓くんは風先輩を左手で抱き締めつつポンポンと背中を叩く。その後樹ちゃんに目を向けると、樹ちゃんがコクリと頷いて風先輩の頭を撫でる。兄妹の間でだけ伝わるアイコンタクトか何かかな。

 

 楓くんは私と東郷さん、夏凜ちゃんにも声をかけてくれた。東郷さん、左耳が聞こえなくなっちゃったんだ……風先輩と東郷さんは、楓くんと同じ場所を捧げちゃったんだね。あんまり嬉しくないお揃いだなぁ……楓くんも捧げた部分がわからないんだ。これ以上、楓くんは何を……。

 

 「……とりあえず、売店で何か買って、戦いを終えたことの祝勝会でもしようか。姉さんの気分転換もしたいし、自分も話すことがあるしねぇ」

 

 「戦う前に言ってた、散華について知る機会があったってこと?」

 

 「まあ、そうだねぇ」

 

 そういえば、そんなことを言ってたような……と、東郷さんの言葉を聞きながら思い出す。確かその時に、散華はいつか治る、みたいなことも言ってたような……。

 

 とりあえず、風先輩は楓くんと樹ちゃんでなんとかしつつ、私と夏凜ちゃんと東郷さんは売店でお菓子とかジュースとかを買いに行く。お金は、大赦の人から検査の前に病院の中でだけ使えるカードを予め貰っているのでそれを使った。ただ、カードを使った時に東郷さんがボソッと“上限はどれくらいなのかしら……”と呟いたのが少し怖かった。

 

 「……もう大丈夫よ。とりあえずは落ち着いたから。それじゃ、勇者部大勝利を祝して……乾杯!」

 

 【乾杯!】

 

 買ってきた沢山のお菓子を広げ、缶ジュースを手に乾杯する私達。因みに私達が居る娯楽室は私達勇者用に一時的に隔離してるという階にあるので、他の誰かの迷惑になるということはない。その分人気(ひとけ)が無くて、少し不気味に感じることもあるけど。

 

 1つのテーブルを皆で囲うように座ってジュースを一口飲み……口の中に違和感。まさかと思って、チョコレートを1つ口に放り込んで転がす……やっぱり。

 

 「友奈ちゃん、どうかしたのかい?」

 

 「え? あ、何でも……」

 

 「友奈ちゃん」

 

 「……うん、ごめんね楓くん。味がね、しないんだ」

 

 楓くんに聞かれて、思わず誤魔化しそうになって……でも、もう一度名前を呼ばれて、白状する。味がしなかった。甘い筈のジュースを飲んで、甘い筈のチョコレートを食べたのに……口の中は水だけがあるようで、何か硬いモノを転がしてるみたいで。

 

 私がそう言うと、皆もまた暗い顔をして……東郷さんなんて両手で口を抑えて、信じられないって顔をして。楓くんも、悲しげな顔をして……そんな顔をしてほしくないっていうのは、ワガママかな。

 

 「……そっか。自分はまだわからないけど、その内分かるか……とりあえず、予定通り話すとしようかねぇ」

 

 「……そう、ね。それで楓、散華について知る機会って?」

 

 「そうだねぇ……まず、最初に話しておきたいのは……自分は1度死にかけたことがあるってことだ」

 

 そんな言葉から始まった、楓くんの先代勇者時代の話。あのエビ……じゃなくて蠍座、蟹座、射手座の3体は先代勇者の時にも出てきたらしくて、その時に楓くんは右腕を失って、死にかけたらしい。その時点で、正直私達は大きなショックを受けていたんだけど……その後の楓くんの言葉は、ある意味それ以上の衝撃を受けた。

 

 「で、ここから少し荒唐無稽……まあ信じられない話かもしれないんだけどね? 自分はその死の淵で、人の姿をした神樹様に会ったんだよ」

 

 【……は?】

 

 「だから、神樹様。それも人の姿……そうだねぇ、友奈ちゃんに良く似た、可愛らしい姿をしてたよ」

 

 「……ふぇっ!?」

 

 人の姿の神樹様に会った? 思わずポカンとした私達は悪くないと思う。その後、楓くんは顎に握った手を当ててくすくすと笑って、私に良く似た可愛らしい……可愛……かわわわわ。

 

 「……冗談、じゃないのよね」

 

 「そう思うのは分かるよ、姉さん。だけど、嘘じゃないんだよねぇ。自分は彼女……神樹様から“あの力”として満開を、“代償”として散華のことを教えてもらったんだ。因みに、実際に満開を使えるようになったのは……あの、瀬戸大橋が崩れた日の戦いからだよ」

 

 私が恥ずかしがってる間にも話は続く。瀬戸大橋が崩れた日……多分、2年前に起きた大きな自然災害のことだと思う。ニュースにもなったし、私も覚えてる。そっか、楓くんは先代勇者だから……私達よりも前に、もっと小さい時にはもう戦ってたんだもんね。

 

 「で、だ。自分が、捧げたモノがいつか治るって言ったのを覚えているかい?」

 

 「ええ、確かにそう言って……まさか、あの時言わなかった根拠って」

 

 「察しの通りだよ、美森ちゃん。それも神樹様からだ。治せるって、自分は確かに聞いたんだ。とは言うものの、聞いたのは自分だけだろうから……根拠と呼ぶには、弱いかもしれないけどねぇ」

 

 そう言って楓くんは苦笑いして、ジュースを一口飲んだ。楓くんが嘘をついてるとか、そういうことは思ってない。ただ、人の姿の神樹様だとか、直接聞いたとか言われてもちょっと……というのが正直なところだったりする。

 

 「……ま、確かに信じにくいっちゃにくいけど……楓が言うことだしね。アタシは信じて、その時を待つわ」

 

 「……!」

 

 「私は満開してないからあんまり関係ないけど、楓さんが嘘をつくような人じゃないって言うのは分かってるつもりよ」

 

 「……そうね。楓君は、こんな嘘をつくような人じゃない」

 

 「……うん。そうだよね!」

 

 最初に風先輩が、次に樹ちゃんが笑って頷いた。続いて夏凜ちゃんがそう言って頷き、東郷さんも少し考えた後にそう言って、私も遅れて頷く。夏凜ちゃんと東郷さんの言うとおり、楓くんはそんな嘘をつくような人じゃないもんね。

 

 供物についての話が一段落した後、風先輩が全員にそれぞれの名前が書かれたシールが貼ってある携帯を手渡してきた。前使ってたのはこの病院に来た時に大赦の人に回収されちゃって、メンテナンスとかで戻ってくるのに時間がかかるんだって。だから代わりになるものを貸してくれるみたい。

 

 「……勇者アプリがダウンロード出来なくなってますね」

 

 「まあ、アタシ達の戦いはアレで終わった訳だからね。もう必要ないってことでしょ」

 

 「そっか、勇者になる必要はなくなったんですもんね……あの、牛鬼は……?」

 

 「アプリが使えない以上、精霊達ももう呼び出せないだろうねぇ」

 

 「そっか……ちゃんとお別れしたかったな……」

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。東郷さんと楓くんは入院期間が少し長くなるらしくて、私達は明後日にでも退院できると聞かされた。早く退院して、また皆で部活がやりたいな……なんて思って、眠る為に目を閉じる。病室は結構広い個室で、私だけしかいないのがちょっと寂しい。

 

 

 

 ー カリカリ……カリカリ…… ー

 

 

 「……っ……いやっ!」

 

 不意に、そんな音が聞こえた気がして両手で耳を塞ぐ。なのに、音は止まなくて。目を閉じてる筈なのに、白いものが、あの歯が、口が見えた気がして思わず体を起こして目を開ける。

 

 そこには当然、あのバーテックスの姿はない。窓からお月様の光が入ってきて、少しだけ明るい病室があるだけ。音だって、聞こえない。

 

 「……っ……や……なんで……っ!」

 

 なのに、眠ろうと横になって目を閉じると、またあのカリカリって音が聞こえて、私を食べようとするバーテックスの口が見えた気がして、直ぐに体を起こして目を開ける。でも、見えるのはやっぱり病室。バーテックスなんていない。

 

 ……なんで、なんて嘘。原因は分かってる。あの戦いで楓くんと一緒に獅子座に取り込まれたことが、あの時の出来事がトラウマになっちゃってるんだ。目を閉じると真っ暗になって、嫌でもアレを思い出しちゃうんだ。

 

 ここには私しか居ない。あの時みたいに楓くんは居ない。だから心細くて……怖くて。眠れる気がしないから、本当はいけないんだけど、部屋から出て娯楽室に行って、そこで朝まで時間を潰そうと思った。

 

 「あれ、友奈ちゃん?」

 

 「楓、くん。なんでここに……」

 

 「寝てる最中にトイレに行きたくなって起きちゃってねぇ……友奈ちゃんこそどうしたんだい? こんな時間に」

 

 その途中の通路で、車椅子に乗ってる楓くんと会った。なんでここに……と思ったけど、楓くんの言葉と楓くんの後ろに男女のお手洗いがあることに気付いて納得する。ただ、その理由を聞いて、お爺ちゃん……? と思ったことは黙っていよう。

 

 楓くんの質問に答えようか、悩む。あの時、楓くんは私を守ってくれて、頑張ってくれた。だから……また、頼るのは気が引けた。だから、誤魔化そうと思った。

 

 「えっと、その……ちょっと眠れなくて」

 

 「……大丈夫かい?」

 

 「う、うん。大丈夫だよ……大、丈夫」

 

 大丈夫……自分でそう言い聞かせて。なのに、言葉はどんどん弱くなる。あの音が耳から離れない。あの光景が頭から離れない。でも、耐えなきゃ。我慢しなきゃ。だって私は勇者で……。

 

 「……友奈ちゃん」

 

 「な、なに? 楓くん」

 

 「勇者部5ヶ条1つ。悩んだら相談、だよ」

 

 「え? あ……その……」

 

 「我慢するのが勇者かい? 1人で耐えるのが、勇者かい?」

 

 悩んだら相談。覚えてる。だって勇者部5ヶ条は勇者部の方針で、楓くんと東郷さんと風先輩と……私の、最初の頃の皆で考えたんだから。

 

 ……相談、してもいいのかな。私の問題なのに、私1人の問題なのに。そう思って楓くんの顔を見ると、通路の窓から入ってくるお月様の光で照らされてて……その顔は、いつもみたいに優しく笑ってて。何だか、それだけで安心できちゃうんだ。

 

 「……眠ろうとするとね、あの時の……取り込まれた時のこと、思い出すんだ」

 

 だからかな。気が付くと、話しちゃってたんだ。目を閉じるとカリカリって、あの時の音が聞こえること。瞼の裏側に、あの時の私達を食べようとする口が見えちゃうってこと。そのせいで眠れそうになくて、娯楽室で朝まで起きてようって思ったこと……全部。

 

 楓くんは黙って話を聞いててくれた。それこそ、私が話し終わるまでずっと、楓くんは頷いたりするだけで。呆れられちゃったかな? 少し、不安になる。でも、それは私の杞憂だったみたいで。

 

 「……あんなことがあったなら、仕方ないか。こういう時は……昔、樹に使った手法で行ってみよう」

 

 「樹ちゃんに使った手法?」

 

 「ま、試しにね」

 

 そんな会話の後、楓くんと一緒に元の病室まで戻ってきた私はベッドの上で横になり……左手を、楓くんに握ってもらっていた。

 

 楓くん曰く、昔樹ちゃんが風邪を引いた時なんかにこうして手を握って、眠るまで側に居たことが何度かあったんだとか。そういう話は聞いたことがあるし、読んだマンガにも似たようなことがあった気がする……そんな事を考えながら、目を閉じた。

 

 ー カリカリ……カリカリ…… ー

 

 「大丈夫……ここにはもうバーテックスなんて居ない。自分は居るけどねぇ」

 

 少しして、やっぱり聞こえてきた音。瞼の裏側に見える、大きな口。その後に聞こえる……楓くんの声。

 

 ー カリカリ……トクン…… ー

 

 「友奈ちゃんを怖がらせる敵なんて居ないよ。嫌な音も、大きな口も、あの時にもう倒しちゃったからねぇ」

 

 少しずつ、音が聞こえなくなってきて。大きな口も見えなくなってきて。でも……楓くんの優しげな声と、あの時聞いてた心臓の音が聞こえてきて。大きな口の代わりに、あの優しい白い光が見えた気がして。

 

 ー トクン……トクン…… ー

 

 「だから……ゆっくりお休み、友奈ちゃん」

 

 スッと、体から力が抜ける。聞こえるのも、自分の心臓の音か……それか楓くんの心臓の音だけになって。左手の温かさが、何だか心地好くて、嬉しくて。心臓の音以外に、楓くんの声が聞こえて。

 

 眠れそうになかったのが嘘みたいに……私はあっさりと寝ちゃって。退院するまでの間……私は少し恥ずかしく思いつつも、こうして楓くんに手を握ってもらって眠った。

 

 

 

 

 

 

 (散華の箇所は風先輩が左目、樹ちゃんが声……或いは声帯。友奈ちゃんが味覚で、私が左耳……聴覚。夏凜ちゃんは満開してないから無しで、楓君は元々ある箇所を除けば……不明)

 

 祝勝会も終わり、消灯時間になって部屋の電気が消えても、私はノートパソコンを起動して考えに耽っていた。目の前のノートパソコンの画面にはエクセルで作った簡易的な表があり、そこには勇者部の皆の名前と散華の箇所が書かれている。

 

 その中で、唯一明確になっていないのが楓君の欄。元々あったという右足、左目、左耳。4回満開したという楓君の言が事実なら、この時点で1つ足りない。それに、今回の分も分かってない。

 

 (分かってることは散華……供物として捧げる箇所はランダムであること。捧げるのは体の部位……正確には“機能”であること。そしてそれは……()()()()()()()()()()()ということ)

 

 例えば、風先輩の左目と楓君の手足。これは目に見える。でも、友奈ちゃんの味覚と樹ちゃんの声、私の聴覚なんかは一見すればわからない。機能と言ってるから、それこそ手足が動かないという他に視覚、聴覚、味覚などと感覚的なモノまで捧げることになる。

 

 ……だから、私はふと思ったのだ。目に見えない部分や感覚まで捧げることになるのなら……それこそ、文字通り体のあらゆる部分、機能を捧げることになるのなら。

 

 (楓君は……目に見えない部分の散華を隠してる。例えば、目に見えない内臓。例えば……五感のような、感覚)

 

 そう考えると……もしかしたら、と思うモノがある。1年前の出会いの頃から今日までの彼の行動、仕草、言動。その全てを可能な限り思い返して、ようやく1つ。

 

 ただ、この予想が正しければ……樹ちゃんの声の時のように、風先輩の心を傷付ける可能性が高い。なぜなら、楓君はその散華を2年前からずっと抱えて、隠してることになるのだから。

 

 とは言うものの、これはあくまでも私の予想。知るのは本人だけ。もしかしたら、神樹様も知っているかもしれないけれど。

 

 (……神樹様、か)

 

 ノートパソコンをパタンと閉じて布団に潜り込み、楓君の言う散華が治る根拠のことを思い返す。彼が会ったという、友奈ちゃんに似た姿をしているという神樹様。本当に神樹様が治せるのだと言ったとして、直ぐに治さないのは何故なのか。

 

 楓君は先代勇者の仲間も散華のせいで動けないと言っていた。つまり、2年は散華を治さずにそのままにしているということになる。治す為には相応の時間が必要なのか。それとも治す為に何か必要なのか……もしかしたら……。

 

 (……いえ、やめておきましょう)

 

 思考を中断し、何も考えないようにして眠る。そんなことあるわけないと、自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 それは、楓、美森を除いた4人が無事に退院して数日後のとある日の夕方。勇者部の面々が2人の見舞いにやってきて美森の提案で娯楽室に6人集まり、そろそろ帰る時間となった頃。

 

 「それじゃ、そろそろ帰ろっか」

 

 「そうね」

 

 「わ、もうこんな時間……」

 

 「楽しい時間が過ぎるのはあっという間ね」

 

 《またお見まいにきます》

 

 「うん、楽しみに待ってるねぇ」

 

 

 

 風、夏凜、友奈、美森、樹、楓と続き、見舞いに来た4人は部屋から出ていく。因みに、声が出ない樹は会話の手段として、風の案でスケッチブックとペンを使った筆談を行うことになったようだ。

 

 残った2人は手を振って4人を見送った後、お互い自分の病室に居ても暇だからと暇潰しを兼ねてしばらく談笑をしていた。途中で美森のパソコンで動画や音楽を視聴する為に彼女の病室に移動して色々と見たり、戦いの際に樹海に出てしまった被害による現実への影響らしき事故等のニュース記事を見たりと過ごす。

 

 「……楓君。暑くない?」

 

 「そうだねぇ……もう夏だもんねぇ」

 

 病室の窓を開けているとは言え、季節としては初夏。本格的でこそないが、いい加減暑さも感じれば虫も飛び回る。後少しもすればセミも鳴き始める頃だ。

 

 「悪いのだけど、喉が渇いたから冷蔵庫から飲み物を取って欲しいの。祝勝会の時の飲み物、まだ残ってるから」

 

 「それくらい構わないよ」

 

 ベッドの上に居る美森に申し訳なさげに言われ、楓は笑顔で了承して車椅子を操作し、棚と1つになっている個人用の小さな冷蔵庫から美森の言うように飲み物を取る。その際に彼女から楓君もどうぞと勧められたので、彼も有り難く受け取る。しばらく雑談していたので喉も渇いていたからだ。

 

 美森にプルタブを開けてもらい、楓はそのジュースを飲む。美森はお茶、楓はリンゴのジュースだ。リンゴの味が口に広がり、喉を潤していく。

 

 「どう? 楓君」

 

 「うん? まあ、美味しいよ」

 

 「……そう、良かった。でもね、楓君。そのジュース、何か違和感を感じない?」

 

 「違和感? いや、特には……」

 

 

 

 「その冷蔵庫、昨日からコンセントを抜いてあるの」

 

 

 

 驚愕から目を見開いた楓の動きがピタリと止まった。少しして、彼は美森の方へと視線を向ける。その先には、今にも泣きそうな程に悲しそうな表情をした美森の姿。

 

 楓は車椅子を操作し、棚の裏側を見る。裏側についているコンセントの差し口。そこにはテレビの物と思わしきコンセントが差さっており……冷蔵庫の物と思わしきコンセントは、差さっていなかった。それを見て、楓は苦笑いを浮かべ……彼女に顔を向ける。

 

 「……いつ、気付いたんだい?」

 

 脈絡の無いように聞こえる問い。だが、それは彼女が確信していると理解したからこその問いであり……それを聞いて、美森は自分の考えが正しかったのだと俯く。

 

 「……疑問に思ったのは、楓君が散華の説明をした後。部室で言った満開の回数と、説明してもらった時の散華の回数が合わなかった。だから、楓君は散華を隠してるって思って……そこから、何かヒントがないかと過去を思い返していったの」

 

 「……うん」

 

 「そうしたら、幾つか疑問に思う場面が出てきて……殆どが、熱さとか冷たさとか……気温や熱のことだった」

 

 「……そっか」

 

 「……楓君のもう1つの散華は……“温感”。貴方は暑いとか寒いとか、冷たいとかそう言ったモノが感じられない。冷蔵庫に入っていたのに温いジュースを飲んでも違和感が無いと言い切ったのが……その証拠」

 

 「凄いねぇ……流石、美森ちゃんだ」

 

 ぎゅっと布団を両手で握り締めながら、自分の考えを語っていく美森。そんな彼女の話を聞き、褒める楓。それはつまり、彼女の考えが正しいと認めたことに他ならない。

 

 楓はいつものような朗らかな笑みを浮かべ、ノートパソコンを置いているテーブルの上にジュースの缶を置く。その手を、美森は素早く両手で握り締めた。

 

 「……本当に……感じないの?」

 

 春の暖かさを、共に感じていた筈だった。夏の暑さを、共に感じていた筈だった。秋の涼しさを、共に感じていた筈だった。冬の寒さを……共に感じていた筈だった。

 

 春は暖かな日差しの中で花見をした。夏は暑さから逃げるように冷たい物を食べた。秋になれば冬に向けて温かい服装になって、冬にはホクホクの熱い焼き芋を食べた。

 

 その全てを、楓は感じられていなかったのだと……美森は知ってしまった。

 

 「そうだねぇ……もう……忘れそうなくらいだよ」

 

 「――っ! うあ……ひっぐ……あぁ……っ」

 

 「……ありがとねぇ、美森ちゃん。そんな風に、自分のことで泣いてくれて」

 

 楓の言葉を聞いて、美森は耐えられなかった。自分の両手で包み込んだ彼の左手を額に当て、今自分が感じている手の温もりを感じられない彼を想い、涙が止まらなかった。

 

 それが分かったから……楓は同じように泣くよりも、笑った。感じられるのは両手で包み込まれている感触だけであるが……それでも、彼女の想いが伝わってくるようで心は暖かった。

 

 2年。そして今も耐えられているのは、こうして心を暖かくしてくれる存在が居たからだ。家族である姉と妹、勇者部と先代勇者の仲間達。神樹様。町の人に学校の友人。他にも、沢山。

 

 「大丈夫だよ。いつか……いつか治るんだから」

 

 それが気休めでしかないことを理解しつつ……楓はそう告げるのだった。

 

 

 

 (本当に……治るの? そもそも、それで散華は全部なの? 神樹様……どうして直ぐに治してくださらないんですか……? どうして……どう、して……っ!!)

 

 

 

 膨れ上がる不安と疑念。そんな胸中の美森の瞳に宿った暗い灯には……楓は気付けなかった。




原作との相違点

・散華を知ってる勇者部

・医者の説明に苛立つ風

・あっさり味覚散華を話す友奈

・トラウマ友奈

・名探偵美森

・その他色々



という訳で、友奈がトラウマになってる。美森限定で楓の温感散華がバレるというお話でした。暗い灯? 何の話ですか?(すっとぼけ

話がびっくりするくらい進んでません。まさかの夏凜ちゃん勇者部から居なくなる云々の話すら行きませんでした。

楓の温感散華が明らかになったと思えばまた不明な散華が接続されました(謎)。因みに、この話の前までは幾つか候補がありました。右目(両目)、右耳(両耳)、左足(両足)がその候補の一部でしたが……どれを選んでもまた皆の精神が死にましたね。これらではないのでご安心を(できない)。

次の番外編は未定です。何かの記念か、もしくは……の話が終わった辺りですかね。その前に、またアンケートをすると思います。

楓のような兄、弟、父、爺……欲しくないですか←

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