咲き誇る花達に幸福を   作:d.c.2隊長

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お待たせしました(´ω`)

やっぱり更新速度が落ちている……以前は週一か2週間に1回だったのを考えると、これまでがおかしかったんですがね←

fgoではバルバトスを50体程狩りました。あんまり狩れなかったなぁ……ゆゆゆいでは諏訪の2人のssrが来てくれました。やったぜ。

今回は概ね原作通りです。さぁ、ショータイムだ(マージーックターイム


結城 友奈は勇者である ー 18 ー

 「樹さんの今の状態は一部の授業に支障が出ています。彼女が誰かに迷惑をかけたとかそういうことではなく、彼女自身の問題で……英語の会話の練習も出来ませんし。ある程度は授業内容を変えることで対応していますが、あまり露骨な変更は逆に樹さんが気に病まれるでしょうし……」

 

 休みの日の前日、学校で友達に誘われてそれを断っている樹を見つけた後に樹の担任の先生に話があると言われ、着いていった部屋で言われた言葉。

 

 妹は散華の影響で声が出ない。そのせいで友達とカラオケにも行けず、好きな歌を歌うことも出来ず、樹自身がどれだけいい子であっても結果としてクラスメイトに迷惑をかけてしまっている。優しいあの子は、先生の言う通りきっと気に病んでる。

 

 (散華が……供物さえ戻れば、そんなことも無くなるのに。楓はいつか戻るって言ってた。だから、戻るまでの辛抱……)

 

 弟の言うことだ、信じてる。あの子はこんな嘘は絶対に付かない。アタシ達を信じて、大赦が隠すようなことだって教えてくれた。黙っていれば分からなかったのに、心臓の散華も話してくれた。だから、捧げた供物はいつか戻る。

 

 

 

 “いつか”って……いつになる?

 

 

 

 アタシの左目が見えないのは、この際どうだっていい。樹の声、楓の体、友奈の味覚、東郷の聴覚……それらさえ戻ってくれば、それでもいい。あの子の声が聞けなくなって3ヶ月以上経った。楓はマトモに動けなくなって2年。友奈だって、東郷だって。でも、楓の話を信じてるから、神樹様がいつか戻してくれるって信じてるから。

 

 休みの日、樹と一緒に楓のお見舞いに行って、楽しく話してる……樹は筆談……弟と妹を見て少し元気を貰う。妙に違和感のある廊下の先にあるこの病室は、廊下と比べると普通の部屋。窓がないのが気になるけど。

 

 アタシ達の前に東郷と友奈が来たんだろう、ベッドの簡易テーブルの上に写真立てに入った押し花があったし、一口サイズのぼた餅が入った重箱もあった。それを3人で食べて、相変わらず美味いなんて笑い合う。いや、本当に東郷のぼた餅は美味い。前にスーパーで売ってるのと食べ比べてみたけど、圧勝だったわ。

 

 「……っと、やっちゃった」

 

 「大丈夫かい? 姉さん」

 

 「大丈夫大丈夫。ちょっと当たっただけだしね」

 

 片目が見えないせいで上手く距離感が掴めなくて、ぼた餅をもう1つ食べようと手を伸ばすとテーブルの上のプラスチックのコップに手が当たってしまい、床に落ちてベッドの下に入り込む。後で洗わなきゃ、近くに給湯室あって助かるわーなんて思いながらしゃがんでベッドの下を覗き込んで……。

 

 

 

 ベッドの下に、びっしりと人の形をした紙が貼ってあるのを見てしまった。

 

 

 

 「……――っ!?」

 

 思わずを声をあげそうになって咄嗟に手で口を塞ぎ、声が出ないようにしながら素早くコップを取る。少し間を置いて僅かでも落ち着き、2人に謝ってから部屋を出て給湯室に入ってコップを洗う。その間に、見たもののことを考える。

 

 あれは、何? 人の形をした紙だ。何のためにあんなに大量に、それもベッドの下なんて普通は見えない場所に貼り付けてあった? それは病室の前の注連縄と関係あるの? あんなの、どれだけ考えても良いものには思えない。

 

 病室に戻り、コップを簡易テーブルに置きつつテレビが置いてある棚に近寄る。壁に背中を凭れさせれば、2人の姿も見える。ベッドに頭を置く樹と、その頭を撫でる楓の姿を見ながら……棚と壁の隙間を覗き込む。紙はベッドの下なんて見えない場所にあった。なら、もしかしたら……。

 

 (やっぱり……ここにもあった)

 

 案の定、見える僅かな隙間にもびっしりと貼り付けてあった。普通に見えていた病室が一気に気持ち悪い場所に変わった。こんな場所、一分一秒たりとも楓を居させたくない。だけど、直ぐに部屋を変えることも出来ないし……。

 

 「学園祭、樹は何するんだい?」

 

 《セリフある役できないから、舞台裏の仕事をがんばるよ》

 

 「そっか……劇をやるんだったねぇ。自分も役なんて出来ないから……せめて、見に行けたらいいねぇ」

 

 「っ……何言ってんの。樹も楓も、供物が戻れば……アタシの脚本に脇役なんて、居ないんだからねぇ」

 

 

 何とか、笑顔を浮かべられていたかしら。悩み事が増えていく。樹のことも、楓のことも、皆のことも……何一つ解決しないまま。戦いは終わったのに、平和になった筈なのに……勇者のお役目も、しなくていい筈なのに。アタシの周りは、まだまだそれとは遠い。

 

 何時になれば、またアタシ達は3人で……何の気兼ねもなく一緒に暮らせるようになるのか。一緒に楽しくご飯食べたり、話したり……ソファに座る楓に膝枕されながら頭を撫でられる樹、その後ろから抱き着くアタシ、そんなことが出来るようになるのは……何時になるのか。

 

 

 

 

 

 

 楓のお見舞いから数日経った日、友奈と一緒に東郷の家に呼び出された。いきなり呼び出してどうしたのかと聞いてみれば、アタシ達に見せたいモノがあるという。そう言った東郷は……短刀を取り出した。

 

 「? アタシ達に見せたいモノって、その短刀?」

 

 「いいえ。見せたいモノとは……これです……っ!」

 

 「ちょっ!? 東郷!?」

 

 「っ!? 東郷さん!?」

 

 東郷は短刀を抜き……一気に自分の首へと押し付けようとした。幸いにもそれは青坊主が間に入ることで防いでくれたけど、もし青坊主が居なかったらと思うとゾッとする。

 

 「あんたいきなり何して……バカじゃないの!? もし精霊が止めなかったら今頃」

 

 「止めますよ。精霊は絶対に……」

 

 「……東郷、さん?」

 

 「私はこの数日、十回以上自害を試みました。切腹、首吊り、飛び降り、一酸化炭素中毒、服毒、溺死……全て精霊に止められました」

 

 「……何が、言いたいの?」

 

 十回もの自害……自殺。なんでそんなことをしようとしたのか、アタシには分からなかった。だから話の続きを促すと、東郷は直ぐに話し始める。

 

 東郷は言う。今、自分は勇者システムを起動していなかった。にもかかわらず、精霊は勝手に動いて東郷を守った。つまり、精霊はアタシ達の意思とは関係なく動いているんだと。

 

 勝手に出てくる楓の夜刀神や友奈の牛鬼が居るのに何を今更……と思ったけど、考えてみれば他の精霊はそうでもない。そういう意味では、東郷の言うことは……。

 

 「私は今まで、精霊は勇者の“戦う”という意思に従っているんだと思っていました。でも違う……精霊に勇者の意思は関係ない。それに気付いたら、この“精霊”という存在が違う意味を持っているように思えたんです」

 

 精霊は勇者のお役目を助けるモノなんかじゃなく、勇者をお役目に縛り付けるモノなのではないか。死なせず、戦わせ続ける為の装置なんじゃないか。東郷は、そう続けた。

 

 「で、でも、私達を守ってくれるんだからそれは悪いことじゃないんじゃ……それに! 戦いはもう終わって……」

 

 「……本当に、戦いは終わったのかしら」

 

 「えっ……?」

 

 「楓君の心臓のことを聞いてから……ううん、その前から疑問に思っていたの。本当に……散華は治るの?」

 

 「っ! 東郷! あんた、楓が嘘ついてるって言いたいの!?」

 

 「いいえ。私は楓君が嘘をついているなんて思ってません。隠すことはあるかもしれませんが、それは私達を悲しませない為のモノが殆どですし、そんな嘘をつくような人じゃないのは私も良く知っています」

 

 「なら、何が言いたいのよ!?」

 

 

 

 「嘘をついているのは楓君ではなく、()()()()()ではないかと言うことです」

 

 

 

 唖然、もしくは絶句。この世界は神樹様の恵みによって成り立っている。結界しかり、ライフラインしかり。食べ物や飲み物だって、神樹様の加護無しでは語れない。そんなことは、この四国に住む人間にとって常識で。だからこそ、東郷が神樹様を悪く言ったのが信じられない。

 

 「楓君のお見舞いに行った時、私と友奈ちゃんは先代勇者の2人に会いました。その内の1人は、楓君と同じ心臓を捧げています……普通、心臓が止まれば生きていられませんよね。でも、2人は生きている……生かされている。精霊によって」

 

 「……精霊は……勇者を死なせない……」

 

 「はい……そして、先代勇者は2人共、殆ど身動き出来ない状態でした。私達と同じ、散華によって。そんな状態で2年です……本当に、散華は治るんですか? もしかしたら、それは嘘で……楓君は、私達は騙されているんじゃ……そう思えてならないんです」

 

 「で、でも! やっぱり考えすぎじゃ……神樹様だって、そんな嘘を付く理由は……」

 

 「戦いは終わったと言うけれど、そもそもバーテックスがやって来ると、全部で12体だと告げてきたのは?」

 

 「……大赦……ううん……神託を降ろす……神樹様」

 

 「そうです。本当に12体だけなんですか? バーテックスは外からやってきて、誰も結界の外なんて見たことないのに。それ以外にバーテックスが居ないという根拠は? またバーテックスがやってこないという根拠は? バーテックスが……これ以上生まれないという、根拠は? 誰も知りません。誰も教えてくれません。大赦も、神樹様も」

 

 勇者を選ぶのも神樹様。戦う力は元々神樹様の力。満開はより多くの勇者の力を……神樹様の力を引き出すモノで、散華はその代償。その代償を返すことはそもそも可能なのか。言うなればそれは対価。だから、普通に考えれば返せない可能性の方が高い。そう、東郷は言う。話は、まだ止まらない。

 

 元々散華のことは大赦は隠そうとしていた。アタシ達が知っているのは、神樹様から教えられたという楓から聞かされたから。当然、大赦は満開も散華も把握している。伝えようとしなかったのは、散華が本当は一生治ることがないからではないか。それを知れば、勇者はもう戦うことなんてしなくなるだろうから。

 

 「1度疑えば、私はもう神樹様のことを信じられなくなりました。私達は知らないことが多すぎる。今まで知らないまま言われるままに戦って、世界を守る為に戦って居ました。神樹様を疑うことなく……そして勝つために満開して、散華する度に手足のように体のどこかを、味覚や温感のように人間として当たり前の機能を失って……」

 

 「……? おん……かん?」

 

 「あ……いえ、今のは……」

 

 「おんかん……って、何? それも、先代勇者が?」

 

 「それは、その……」

 

 何故か、その言葉が気になった。それに、今まで止まらずに喋っていた東郷が急に吃りだした。まるで、伝えようとしていなかったことを間違って言ってしまったかのような。友奈は何か知っているのかと横目で見れば、こっちもアタシみたいに戸惑っている。友奈は知らない、けど東郷は知ってる?

 

 「ここまで言ったんだから、もう……言ってしまいなさい。正直、いっぱいいっぱいで……頭が痛いってレベルじゃないけどさ。それでも、吐き出しちゃいなさい」

 

 「……風先輩には、酷な話になります。今までの話とは比較にならないくらいに」

 

 「アタシはねぇ、あの総力戦で散華の話を聞いて……今のあんたの話を聞いて、結構打ちのめされてんのよ。大赦も……神樹様にも、結構怒ってる。だから、もう少しくらいいいわよ」

 

 アタシはあんた達の先輩で、勇者部の部長で……一番年上で、大赦に従って皆を勇者として戦う日々に巻き込んだ張本人なんだから。そんな自虐的に考えて、似たような話を聞いても大丈夫だろう、なんて考えていた。

 

 

 

 やめておけば、よかった。

 

 

 

 「分かり、ました……おんかんとは温感、そのまま温度を感じる為の感覚です。失えば、温かいとか冷たいとか、そういうのを感じられなくなります」

 

 

 

 聞かなければ、よかった。

 

 

 

 「彼は……楓君は……」

 

 

 

 ああ、でもきっと……聞かなくても変わらなかった。

 

 

 

 「2年もの間……一切の温度を感じていなかったんです」

 

 

 

 アタシが絶望することには……変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 『犬吠埼 風を含めた勇者四名が精神的に不安定な状態に陥っています。三好 夏凜、あなたが他の勇者を監督し、導きなさい』

 

 「不安定、ね……そんなの、分かりきったことじゃないの」

 

 大赦から送られてきたメールを見て、思わず夏凜は毒づく。元々大赦に居た夏凜ですら、現勇者達への大赦の対応は思うところがあった。

 

 不安定になっている……当たり前だ。バーテックスとの戦いを終えて平和な日常に戻れるかと思えば、苦楽を共にした仲間は強制的に離れ離れになった。名前を上げられた風はその家族で、彼女は家族というモノをとても大事にしている。そんな彼女から家族を引き離したのだ、不安定になるのは分かりきったことだろう。

 

 それがなくとも、散華の影響は大きい。勇者部を作り、引き込んだ風はその責任感の強さもあって溜め込んでいる。いつ爆発するかもわからない程に。

 

 そもそも、本来楓は現勇者達の精神的主柱となることを期待されて助っ人として来ていたのだ。彼は大赦の期待通りに動いた。それはつまり、大なり小なり彼が勇者達の精神、心に住み着いているということであり……それを、大赦は引き抜いた。仕方ないとは言え、対応としては悪いどころの話ではないだろう。

 

 「風もだけど、東郷も部室に来ないし……何やってんのよ、あいつら」

 

 風と友奈が美森の家に呼ばれてから更に数日。今度は風と美森が来なくなっていた。流石に学校には来ているようだが、部活もロクに出来ていない。樹も友奈も笑顔を見せてはいるが、空元気なのが丸わかりな程。

 

 来ない理由が精神的なモノであるというのは夏凜も理解している。わからないのは、部活に来ないで何をしているのかだ。特に美森は夏凜にとって部員で最も何をするかわからない部類の人間なので本気で予想が付かないでいた。

 

 ともあれ、大赦から言われたというのもあるが、夏凜自身気になっている。なので彼女は学校帰りに犬吠埼家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、風は楓の部屋にあるベッドの上に制服のまま座っていた。彼女は美森の家で話を聞いたその日から、時間があるとこうしている。いつか楓が帰ってこれたら、そう思って部屋の掃除を続けていたし、部屋にある物もそのままにしている。今でも、そうしている。

 

 (……知らなかった……知らなかったのよ……)

 

 美森から聞かされた温感の散華。弟は温度を感じていなかった。朝食にホットサンドを出して姉妹が熱い熱いと言っていたのに弟は何も言わずに食べていたのを思い出した。暑い日に、冷やしうどんを食べていたのを思い出した。寒い日に、焼き芋を食べていたのを思い出した。

 

 食べていたことばかり思い出すなぁと苦笑して、その苦笑いも直ぐに消え失せる。同じ時間を共有しているつもりだった。同じ温度を感じているつもりだった。なのに弟は2年もそれを感じていなくて……そんな弟に、“感じ難いのが羨ましい”と言ったことを思い出して、泣きそうになるのを我慢した。

 

 どれだけ弟を傷付けていただろうか。どれだけ弟は傷付いていただろうか。そればかりが風の頭の中でぐるぐると回り、これまでのストレスも加わってあんなにも遣り甲斐があった部活にすら出ることが無くなっていた。

 

 「……?」

 

 不意に、家の電話が鳴り出した。風は楓の部屋から出て電話を取りに行き、その場所に辿り着いて受話器を取る。

 

 「はい、犬吠埼です……」

 

 『突然のお電話失礼致します。伊予乃ミュージックの藤原と申します』

 

 「いよの、ミュージック……?」

 

 『はい。犬吠埼 樹さんの保護者の方ですか?』

 

 「そうですが……」

 

 『ボーカリストオーディションの件で一次審査を通過しましたのでご連絡差し上げました』

 

 風は思わず“えっ?”と聞き返してしまう。予想外の相手からの電話。しかもそれが樹のことであり、更にオーディションなんて彼女には寝耳に水も良いところである。そもそも、風は樹がオーディションを受けていたなんて知らなかったのだから。

 

 「なんの……ことですか?」

 

 『あ、ご存知ないですか。樹さんが弊社のオーディションに』

 

 「い、いつ……?」

 

 『3ヶ月程前ですが。樹さんからオーディション用のデータが届いております』

 

 

 

 ― あのね、お姉ちゃん、お兄ちゃん。私、やりたいことができたんだ ―

 

 ― なになに? 将来の夢でもできた? ―

 

 ― 夢……自分は未だに何も持ってないんだよねぇ。それはそれとして、樹の夢か……是非とも教えて欲しいねぇ。姉さんに内緒で ―

 

 ― 楓ー? アタシも教えて欲しいんだけど ―

 

 ― ……秘密 ―

 

 

 

 風は3ヶ月程前の、樹の歌のテストがあった日の帰り道、姉弟3人で帰っていた時にそんな会話をしていたことを思い出した。その記憶は今でも鮮明に焼き付いている。

 

 ― でも……いつか ―

 

 そして、その後の総力戦で樹は言っていなかっただろうか。

 

 ― いつか、教えるね ―

 

 

 

 叶えたい夢がある、と。

 

 

 

 「樹! 樹っ? いないの……?」

 

 相手に悪いと思いつつ電話を切らせてもらい、樹の部屋へと直行する。名前を呼びながら軽く扉を叩くも返事が無く、まだ帰っていないのかと部屋に入る。案の定、樹はまだ帰っていないようで中には誰も居なかった。

 

 中に入った風の目に入ってきたのは、机の上に置かれた“目標”と大きく書かれたページが開かれているノート。そして、付箋だらけの本。

 

 ノートには、声が出るようになったらやりたいことが書かれていた。勇者部の皆とワイワイ話す、クラスのお友達とおしゃべりする、カラオケに行く。そして、大きく“歌う!”と書かれている。更に横のページには“体の調子を良くする為には”との文字の下に、たっぷり寝る、栄養のある物を食べると綴られている。ついでにお姉ちゃんとお兄ちゃんは食べ過ぎとも書かれていた。

 

 本棚には多くの声、喉に関する本が入っていた。樹が歌に対して、オーディションに対してどれだけ真摯でいたのか良く分かるだろう。

 

 (樹……いつの間にこんな……? ノート、パソコン……? あの子、電源も消さずに……)

 

 部屋を見回していると、電源の入りっぱなしのノートパソコンを発見した。画面を覗き混んでみると、そこにはオーディションと書かれたファイルが1つ。風はマウスを操作し、吸い込まれるようにクリック。するとファイルが起動し、ノートパソコンから聞き慣れた……同時に久しぶりに聞く愛しい妹の声が流れる。

 

 最初に自己紹介。そして、オーディションに申し込んだ理由。歌うのが好きだから……当然、それもある。しかし、樹の理由はそれだけではない。歌手を目指すことで、自分なりの生き方を見つけたいのだと言う。

 

 

 

 ― 私には、大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃんが居ます。お姉ちゃんは強くてしっかり者で、いつも皆の前に立って歩いていける人です。お兄ちゃんはいつも笑顔で優しくて、皆に手を差し伸べてくれる人です ―

 

 

 

 そんな言葉から始まった、樹の言葉。2人とはまるで正反対な、臆病で後ろ向きな自分。前向きになろうとしても、中々なれなかった現実。本当は2人と共に歩いていきたかった。後ろよりも隣に居たかった。だから歌手を目指すことにした。自分の力で歩いていく為に、自分だけの夢を持って、自分の生き方を持ちたいから、本気で目指すんだと。

 

 歌のテストの日まで、人前で歌うことが苦手だった。それを勇者部の皆が変えてくれた。人前で歌えるようになった。元々好きだった歌うことがもっと好きになった。歌うことがもっと楽しくなった。だから、自分の好きな歌を1人でも多くの人に聞いてほしいと思ったのだと。

 

 そして、勇者部の話もする。誰かが出来ない。もしくは、誰かが困ってる。そういう誰かの為になることを“勇んで”、進んでやる者達のクラブ。部の仲間は皆優しくて、部活をしている時間は本当に楽しいんだと。その声が、本気でそう思っていることを伝えてくれた。

 

 

 

 その声が聞こえなくなったのは、何故だ。

 

 

 

 ― それじゃあ、歌います ―

 

 樹の歌が聴こえてきた。“出会えて良かった”……そんな出だしから始まる、樹の想いが込められた歌。風の涙腺が急激に弛む。妹の歌を久しぶりに聞いたから。その歌詞に込められた想いが、あまりにも綺麗だったから。

 

 

 

 その歌を聞けなくしたのは、誰だ。

 

 

 

 風は泣き崩れながら最後まで聴き入った。今、彼女の心には妹への愛情とその声を、歌を、夢を奪われかけていることへの悲しみ。そして……その原因であるバーテックス、家族を2度引き離した大赦と……もう1つへの怒り。

 

 

 

 その夢を奪おうとしているのは……誰だ。

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

 

 「うああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 

 

 ()()だ。

 

 

 

 風の悲哀と憤怒に満ちた絶叫が犬吠埼の家に響き渡る。同時に、部屋の中に光が溢れた。その嘆きを受け止める弟は居ない。大赦が奪っていったのだから。怒りに染まる姉を止める妹はこの場には居ない。居たとしても、その声は届かない。神樹が奪っていったのだから。

 

 悲哀、憤怒、憎悪。それらの感情を持って、風は家から飛び出した。




原作との相違点

・東郷さん、神樹様を嘘つき扱い

・友奈ちゃん、擁護するも失敗

・夏凜ちゃん、大赦に呆れる

・風先輩、大赦だけでなく神樹様にもぶちギレ

・樹ちゃん、送る内容にお兄ちゃん追加

・その他色々。人生色々



という訳で、風先輩爆発回です。東郷さんも原作よりも疑心暗鬼になってます。

正直、かなり難産でした。特に東郷さん。この人作者の手を離れて勝手に動くの……(震え声

いよいよ持って友奈の章も大詰めです。原作とはどう変わってくるのやら。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

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