咲き誇る花達に幸福を   作:d.c.2隊長

80 / 142
お待たせしました、ようやく更新出来ました(´ω`)

前回の話投稿後、読者の皆様の天の神(天奈)への人気というか好感度とかが上がったようで……感想とかリクエストにも色々天奈関係の話が出て笑いました。

いくつかの感想にも返答しましたが……残念ながら、本編ゆゆゆいには時系列と原作の内容的に天奈は出せません。先駆者様の某みかん好き主人公の作品のように1年進めるなら話は別ですが……あ、ifでなら何でもアリです。ちゃんとご都合的なって書いてるでしょ?←

ただ、オリキャラである天奈、神奈が皆様に愛されているのは作者として嬉しい限りです。これがイメージcvぱるにゃすのキャラの力か……大したもんじゃねぇか……へへっ(消滅

さて、今回で色々と色々な色々になります。それでは、どうぞ。

最後に久しぶりのアンケートがあります←


咲き誇る花達に幸福を ー 21 ー

 ― で……どうする気なの? 地の神 ―

 

 それは、天の神が友奈と楓の魂を現実の世界へと戻した直後のこと。友奈と共に戻らずにこの空間の中にまだ居た神樹に向かって、天の神はそう問いかけた。

 

 どうする気とは言わずもがな、楓の魂のことである。楓の魂と肉体を繋ぐ糸は天の神が断ち切ってしまっており、現状楓の魂は肉体に戻ることが出来ない。そして、高次元の魂が災いして糸の代わりを探すのも作るのも困難である。

 

 ― 楓くんの高次元の魂と、この世界でそれを入れる肉体。その2つを繋ぐ糸の代わりにするのは、生半可なモノじゃダメなのは分かってるでしょう? ―

 

 ― 大丈夫……代わりになるものは……()()にある ―

 

 天の神の問い掛けに、神樹は己の胸に手を当てながらそう答えた。天の神はきょとんとし、少しの間を置いて神樹の言葉の意味を理解して驚愕の表情を浮かべた。

 

 ― まさか地の神……あなた、自分自身を!? ―

 

 ― それ以外に、方法は思い付かなかった ―

 

 神樹の言う代わりになるもの……それは、神である“自分自身”である。神という楓の魂とはまた別の高次元の存在である己ならば、糸の代わりのモノとしての質は申し分ない。

 

 問題なのは、強度。楓の高次元の魂に耐えうる強度が糸に無ければ、例え肉体と繋いだとしても直ぐにまた切れてしまう。そうなれば再び肉体と魂は別れてしまう。

 

 ― 肉体は私とあなたの力を合わせることで何とかなった。だから、私を糸としても馴染むハズ。後は、私1人で充分な強度を出せるかどうか…… ―

 

 神樹と天の神の力を使って散華を返された肉体と神樹の結界、天の神の空間と神の力に満ちた場所に在った魂……糸の規格が合わないことはないだろうし、よく馴染むことだろう。だが、その2つを繋ぐのに充分な強度が出せるかと聞かれれば、正直なところ神樹には自信がなかった。

 

 何しろ、全ての力を使った訳ではないとは言え“私達”の力だけでは肉体の再生も散華の返還も不可能だったのだ。“私”の存在全てを用いたとして足りるだろうかと言ったところ。確率としては言わずもがな、分の悪い賭けとしか言い様がない。

 

 (それでも……可能性があるのはこれだけだしね)

 

 それでも、最も高い可能性がこれだった。少なくとも、他に方法は思い付けなかった。友奈が楓の魂を勇者の力によって視覚化した花菖蒲を肉体の元へと届け次第、神樹は実行するつもりだった。

 

 不意に、神樹の左手を誰かが掴んだ。誰か、と言ってもこの場には神樹と天の神、動植物の姿の下級の神々しか居ないのだから相手は決まっている。神樹が驚いた表情を浮かべて左隣に顔を向ければ、そこには微笑んでいる天の神の姿。

 

 ― ……私も手伝う ―

 

 ― 天の神……? ―

 

 ― 友奈の顔をしてるからかな? 顔に出てるよ……自分だけじゃ無理かもしれないって ―

 

 ― それは……でも、そうすればあなたも ―

 

 ― “私達”の力を楓くんの肉体に使ったクセして今更何を言ってるの? 友奈を通して見てたんだから知ってるんだよ? ……せっかく返したんだ。それが無駄になるのは許せないからね ―

 

 天の神の言葉に、神樹は驚きを隠せない。天の神の力を使っていたことを知られているのは別に良い。だが、手伝うと言ってきたのは予想外だった。まさか天の神が、自分に手を貸そうとするなんて、と。

 

 だが、その後の言葉で納得もした。天の神としても言った通り、折角自分の意思を曲げて返したと言うのにそれが無駄になるのは不愉快だろう。

 

 ― それに……見方によっては、私の願いも叶うことになるしね ―

 

 ― ……天の神。あなたは、それで良いの? ―

 

 ― 良いんだよ。私の願いは……楓くんとずっと一緒に居ること。糸の代わりになれば、私は楓くんの一部としてずっと一緒に居られる ―

 

 ― …… ―

 

 ― きっと……私達の意識は消えてしまうけれど。顔を見ることも、話すことも、触れあうことも出来なくなってしまうけれど。私は、楓くん()が笑っていて、幸福(しあわせ)そうなら……それで良いって気付いたから。ううん……私が、そうであって欲しいと思ってるから ―

 

 ― ……私もおんなじ気持ちだよ、天の神 ―

 

 目尻に涙を溜めて、少し声を震わせる天の神。その内心を神樹は理解し、共感していた。だから、同じように目尻に涙を溜めて……微笑んだ。

 

 その存在を睹して糸の代わりとなれば、神と言えど意識は消えるだろう。そして肉体と魂を繋ぐ以上、そこから外れることは出来ない。それは彼の一部になると同時に、彼と別れることを意味している。

 

 2柱が繋ぐ手に力が籠る。彼と、彼らと話すことは出来なくなる。触れあうことも、顔を見ることも……幸福な日常を見ることも、何1つ。それでも……良かった。確かに、何1つ出来なくなるのは辛く、苦しく、寂しい。だが……その先に、あの2人の、その仲間達の笑顔があるのだから。

 

 2柱の神の頭の中に、先程まで共に居た人間の少女の姿が思い浮かぶ。きっと、彼女は彼が目覚めたら泣いて喜んでくれるだろう。他に戦っていた者達も、きっと同じように喜ぶことだろう。そして全員が揃えば……きっと、幸福の未来を手にしてくれるのだろう。

 

 ― “私達”とはもう袂を別ってるしね、かなり力は落ちてるハズだよ ―

 

 ― いつの間に!? ―

 

 ― 友奈に“気に入っていたかな”って言った時 ―

 

 今は澄み渡る青空のような空間だが、先程までは赤い空間だった。赤かったのは、“私達”の人間への、神婚への怒りが原因だ。だが、天の神は友奈を認め、気に入ったことで人間への怒り等完全に消え失せ、心の中がすっきりとしていた。

 

 だから、天の神の集合体であった“私達”から完全に離反したのだ……楓の魂に惹かれた下級の神々をそのままに。つまり、天の神の集合体である“私達”からトップクラスの力を持つ“私”と、下級とは言え森を形成して数えるのも億劫な動植物の姿をした神々の分だけ、ごっそりと力を失っていることになる。それでも力の総量はまだ天の神々の方が上であろうが……。

 

 ― まあ……楓くんと友奈ならなんとかしそうだね ―

 

 くすくすと、天の神は笑った。もう天の神々に対して仲間意識等はないらしい。それに、友奈のことを本当に気に入ったのだろうと神樹は思った。

 

 ― ……そろそろ、だね ―

 

 神樹は感覚的にそろそろ友奈が楓の魂を肉体に届けることを悟り、ポツリと呟く。そして、天の神と共に力を行使し……2柱の体が、淡い光を放ち始めた。

 

 同時に、下級の神々が端から同じように淡い光を放ち、その身を粒子に変えていく。それは空間の上に向かって行き、そこで1つに集まっていっている。

 

 2柱の間に言葉はない。もう、言葉を交わす必要はない。そして、失敗するかもしれないという不安も、恐れもなかった。ただ……神樹には心残りがあった。

 

 (……1度くらい、あの人を名前で呼べばよかったなぁ)

 

 自我を持ち、人間と同様の心を得た神樹。今日に至るまで彼女は1度として、心の中ですら楓のことを名前で呼んだことはなかった。深い理由はない。ただ、その名前を口にしようと、思い浮かべようとするだけで顔が妙に熱を持ち、言葉に出来ないむずむずとしたモノを感じて出来なかった。

 

 (だけど……あの子達を見てきたからようやく分かった。これが、“恥ずかしい”って感情なんだって)

 

 つまりは、恥ずかしかっただけ。ただそれだけの理由で、今まで思い浮かべることすら出来なかった。それに気付けたとしても、今更遅いのだが。もう彼に呼び掛けることも出来なくなるのだし、声を届けることも……最早出来ないのだから。

 

 下級の神々が光と消え、遂には隣の天の神も足下から粒子に変わっていく。その顔に、先程のような涙は無い。ただ、満足そうな……嬉しそうな表情で、天の神は何も言葉にすることもなく粒子になっていった。

 

 そうして1人となった神樹も、足下から光に変わっていく。もうすぐ、この意識は消える。だからだろうか……心残りを無くそうという意志が、恥ずかしさを上回ったのは。

 

 

 

 

 

 

 ― ……楓、くん ―

 

 その名前を呟くだけで、胸の奥が暖かくなった。足下から消えていく感覚を覚えながら、私の頭の中にあの人とのこれまでの会話や、あの子達の日常の風景が思い浮かぶ。

 

 ……私もその中に居られたらと思ったことは、1度や2度じゃない。だけど、私は神様だから……“そこ”には行けないと、理解していたから。その思いを見て見ぬふりをして、我慢して……これもきっと、寂しいって気持ちなんだね。

 

 ― 楓……くん ―

 

 もう1度呟く。あの人を名前で呼んだら、どんな反応をしてくれるんだろう。驚くかな。それとも笑われるかな。うん、きっと……朗らかに笑ってくれるんだろうな。その笑顔を見るときっと、私の胸の奥はもっと暖かくなって……私もきっと、それだけのことで笑顔になって。

 

 ― 頑張って。楓くんなら……楓くん達なら ―

 

 後の事を全て“私達”に、勇者の子達に任せることに罪悪感はある。その罪悪感すら、今の“私”になって得た感情なのだけど……でも、この罪悪感という感情すら、得ることが出来て嬉しく思うんだ。

 

 目を閉じる。もうすぐ私の意識が消える。その後の私はどうなるのか……それはわからない。ただ、願うなら……神である私は願う相手は居ないけれど、それでも願うのなら。

 

 同じ人間として……“私”はもう1度楓くんに、あの子達に巡り逢いたい。普通の人間のように……お話したり、触れ合ったり、遊んだり……あの幸福な日常の中に、私も。勇者の子達のように私も……楓くんと。ああ、やっと分かった。

 

 

 

 ― きっと……出来る ―

 

 

 

 この感情の……この気持ちの名前は……きっと。

 

 

 

 

 

 

 現実世界に戻ってきた友奈。彼女は真っ白な暖かい光を放つ水晶で形作られた花菖蒲をその胸に抱え、神樹の元にある楓の肉体に向かって飛んだ。この花菖蒲こそが、楓の魂であると直感的に理解して。

 

 「楓くん……神樹様、天の神……お願いします」

 

 数十秒程飛び、目的の場所へと辿り着くと同時に満開が花弁となって解けた。それを気にすることなく楓の肉体の側に降り立った友奈は2柱に願いながら、花菖蒲を肉体の上に持っていく。すると、その花菖蒲から楓に向かって桜色と青色と白色が混ざりあった細い糸状の光が伸びていき、肉体を繭のように包み込んでいく。

 

 幾重にも、幾重にも糸が絡み付いた後、花菖蒲がゆっくりと肉体へと沈み込んでいき……真っ白な優しい光が溢れる。少しするとその光は収まり……そこには、肉体だけが残っていた。

 

 「……楓、くん?」

 

 恐る恐る、友奈は呼び掛ける。そこから数秒程なんの反応も無いことに不安を覚えたが……10秒に達するかどうかと言ったところでゆっくりとその瞼が開き、見慣れた緑色の瞳と目が合った。

 

 「あ……」

 

 思わず、言葉が漏れた。ゆっくりと上体を起こす楓の姿を、友奈は目で追う。

 

 倒れ伏す姿を見た。病院で眠る彼を見た。神樹の下で身動きしない彼を見た。そして、神の空間にて魂のまま、話すことも動くことも出来ない状態になっても戦う彼の姿を見た。そして……今、病人服を着た楓が起きる姿を見て。

 

 

 

 「おはよう、友奈……真っ白な勇者服も似合うねぇ」

 

 

 

 そう言って……朗らかに笑う彼を見た。瞬間、ぽろりと友奈の目から一筋の涙が溢れた。それは止まることなく溢れ、友奈も顔を歪ませて……思いっきり彼に抱き付いた。

 

 「楓くん! がえでぐぅぅぅぅん!!」

 

 「おっとっと……全部見てたし、聞こえてたよ、友奈」

 

 「も、もう会えないって思っ……! 皆もっ、私、頑張って……っ……うええええん!! うああああ!!」

 

 「うん……うん……皆も、友奈も、いっぱい頑張ってくれたんだねぇ……ありがとう、友奈。自分を助けに来てくれて」

 

 号泣しながらすがり付くように力一杯抱き付いてくる友奈を、楓は抱き返しつつ囁くように良いながら優しくその頭を撫でる。その声が、その手が、全身で感じられる温もりが、友奈の涙腺を更に刺激する。

 

 そうして泣きじゃくる友奈を、楓はそれ以上何も言わずにただただ抱き締め、あやすようにゆっくりと頭を撫で続けた。お互いに、その存在を確かめ合うように。

 

 「楓……起きてる……! 楓!! 友奈!!」

 

 「お兄ちゃん!! 友奈さん!!」

 

 「楓君……良かった……起きて、くれた……!」

 

 「やったのね、友奈……」

 

 「ゆーゆズルいよ~、わたしもカエっちに抱き付く~!」

 

 「ぶれないな園子……でも、さっすが友奈だな」

 

 そこから少しして、樹海の根に運ばれてきた6人も合流する。足が折れていて自由に動けない風は美森に肩を借り、樹と園子は小走りに、夏凜と銀は楓の魂を助け出したらしい友奈に称賛を送りつつゆっくり、それぞれ2人の近くにまで向かう。

 

 「姉さん、樹、美森ちゃん、夏凜ちゃん、のこちゃん、銀ちゃん……皆も頑張ったんだねぇ」

 

 そう言って6人にも朗らかな笑みを見せた楓に、まず樹と園子が友奈諸とも抱き付いた。少し遅れて風も後ろから抱き付き、美森は目尻の涙を拭いながら己も楓の肩に手を置く。夏凜と銀は己の血で皆が汚れないようにか抱き付くまではせず、近くに立ってその様子を嬉しそうに眺めていた。

 

 

 

 ……だが、まだ何も終わった訳ではない。

 

 

 

 「っ、皆! 天の神が!」

 

 最初に気付いたのは銀だった。空を見上げながら慌てた様子で叫んだ彼女に驚きつつ全員が同じように空を見上げると、巨大な円形のナニカの形をした天の神がその身を真っ黒に染め上げ、天高く昇っていく姿が見えた。

 

 高く、高く昇っていく天の神。なのに一向に小さくならないその姿が、天の神の巨大さを物語っていた。それは尚止まらず上昇を続け、宇宙にまで届く神樹の結界のギリギリまで到達した時。

 

 

 

 その巨体が、地上目掛けて落下し始めた。

 

 

 

 「……落ちてる!? まさか、押し潰すつもり!?」

 

 「はぁ!? あんな大きいの落ちてきたら、皆ぺしゃんこになっちゃうじゃないの!」

 

 「一切合切がぺしゃんこになるだろうねぇ……どうにかして止めるか、打ち砕くかしないと」

 

 「派手なことしてくれんじゃない……っ!」

 

 落下してくる天の神に、流石に慌てる勇者達。その全容すらも把握出来ていない巨体が四国の地に落ちればどうなるかなど火を見るよりも明らかである。だが、これは天の神に……天の神々にとっても最終手段に近い行為だった。

 

 何しろ、その力の大本であった“私”と多くの下級の神々が一気に離反したのだ。力の減少は無視できないだろうし、大本の力が無くなった以上バーテックスをけしかけることも直ぐにはできない。だが、一刻も早く人間を滅ぼしたかった天の神は、その身を使って直接滅ぼしにきたのだ。

 

 超が付くほどの巨体によるシンプルな押し潰し。単純故に強力無比。巨体故に逃げ場は無い。そもそもそれほどの巨体が地表に落下するのだ、四国どころか地球そのものもどうなるか分かったものじゃない。

 

 「あんなの、どうしろっつーのよ……!」

 

 風の苛立ちと絶望の混じった叫びに、勇者達も同意見だった。アレほど巨大な相手は、かつての総力戦でのレオ・スタークラスターの御霊以来……それでも、満開をしてギリギリの勝利だった。

 

 だが、今は楓と友奈、美森を除いて満身創痍。その友奈と美森も既に満開は解けてしまっており、友奈が楓の端末を使っているので楓は変身出来るかもわからない。最早出来ることがない。成す術がない。詰んでいる。そう言っても差し支えない……そんな状況。

 

 

 

 「大丈夫。自分達なら……きっと出来るよ」

 

 

 

 それでも、楓は落ちてくる天の神を見上げながら……自分の内で、心に直接聞こえてきたような気がする声と同じように皆に聞こえるように言った。全員が思わず楓の方へと顔を向ける中で、未だに抱き付いたままの友奈は笑みを浮かべる。

 

 楓の言葉には何の根拠もない。何か手がある訳でもないし、天の神を打倒しうる何かが浮かんでいる訳でもない。ただ……それでも、諦める理由にはならない。今までの戦いと同じように。

 

 「うん……きっと、大丈夫だよ。あんなの、ちょっと大きいだけだもんね。今まで戦ってきたバーテックスみたいに倒しちゃえば……それで終わりだよね」

 

 「そうだとも。相手がどんなに大きくても、自分達はなるべく諦めない。諦めなければ……大抵、なんとかなるのさ」

 

 楓は自身に抱き付いている4人を優しく剥がし、ベッドから降りてしっかりと立つ。友奈が言うように、今まで戦ってきたバーテックスも巨大だったのだ、天の神もそれより少し大きいだけで何も変わらないのだと。

 

 友奈は涙を拭い、楓の左隣に立つ。窮地も、絶望も、恐怖も全て体験して、その上で全て乗り越えてきた。なるべく諦めない、成せば大抵なんとかなる。勇者部5ヶ条にも書いたこの言葉を、何時だって体現してきた。勇者だから、ではない。大事な、大切な存在の為に……そうしてきた。

 

 2人の言葉を聞いた6人は顔を見詰め合い……笑って頷く。そして1人、また1人と2人の方まで歩いていった。楓の右隣には美森が、その更に隣に園子、銀と続く。友奈の左隣には樹に支えられた風が、その更に隣に支えている樹、夏凜と続く。

 

 横一列に並んだ8人の顔には、諦めの色も絶望の色も無くなっていた。勝機は無いに等しいのに。根拠なんて何もないのに。それでも……立ち上がる。世界を守るだとか、勇者としての義務だとか、そう言ったモノではなく。

 

 「大丈夫。自分達なら」

 

 「うん。私達なら」

 

 

 

 「「きっと……出来る!!」」

 

 

 

 意思を示す。自分達は諦めない。私達ならきっと出来る。楓と友奈の強い意思を込めた言葉は他の6人の心に響く。そして沸き上がってくるのは、勇気。自分達なら、この8人でならどんなことでも、どんな相手でも乗り越えられるのだと。そして、その諦めない姿と言葉は……神樹を構成する神々にも届いたのだろう。

 

 「っ!? これは……」

 

 「……綺麗」

 

 「皆さん! 神樹様が!」

 

 「……凄いな」

 

 不意に、樹海に張り巡らされている木の根が全て淡く光りだした。その幻想的な光景に思わず感嘆の声が出る風と美森。他の者達もその光景に見とれるが、真っ先に樹が神樹の変化に気付き、全員が背後の神樹へと視線を動かし……銀の口から、そんな言葉が漏れた。

 

 

 

 そこには、その身を光輝かせながら色とりどりの数多の花を美しく咲かせた神樹の姿があった。

 

 

 

 「神樹様が……咲いた?」

 

 「満開……ううん、“大”満開って感じだね~」

 

 「あ、花弁が!」

 

 「あれは……ひょっとして、自分達よりも前の……」

 

 葉すら存在しない巨木の姿をしていた神樹に色とりどりの花が咲いた事に驚く夏凜。神樹そのものの大きさもあり、その様は園子が言うように大満開と言っていいだろう。

 

 咲いた神樹から花弁が吹雪のように舞い落ちる。その舞う色とりどりの花弁は風も無いのに天高く舞い上がり……その姿を、花弁と同じ色の人影に変えた。その変化に驚く友奈の隣で、楓はもしやと呟く。

 

 花弁が次々と人影に姿を変え、人影達は次々と高く高く昇って行き……やがてそれは落下する天の神まで到達し、両手を伸ばして天の神を支えるように添えた。1人2人という数ではない。かつての小さなバーテックスとは行かずとも、それこそ数えきれない程の人影がそうしていった。

 

 ふと、8人の目の前にも花弁が1枚ずつ、まるで意思を持つかのように舞い落ちる。それらは他の花弁のように人影へと姿を変えていく。オレンジ色の小柄な人影。黄色の長髪の人影。赤色の何かの花飾りを着けた長髪の人影。黄緑色のリボンのようなモノをはためかせた人影。白色の長身の人影。黒色のコートのようなモノをはためかせた人影。

 

 「あ……あの青い鳥、見覚えがあるねぇ」

 

 人影達が8人の前に現れた直後、楓が呟くとその人影達の後ろから青い鳥が飛んできて園子の前に降り立ち……その身を青色のポニーテールのような髪型の人影へと変え、その隣に赤い、巫女服のようなシルエットの人影が現れた。

 

 それらの人影は8人の方に顔の部分を向け、数秒程見詰めているようだった。やがて、8人にはその人影にうっすらと少女の顔が浮かんだ気がして……その顔に、笑顔が浮かんだ気がして。その人影達もまた、他の人影のように天の神へと向かっていく。その際、8人の耳には……凛々しく響く少女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 ― 勇者達よ! 私に続け!! ―

 

 

 

 全員がその声と人影を追うように顔を天の神にへと向ける中で、誰かが楓の肩を叩いた。不思議に思いながら楓が首だけを後ろへと向ければ……そこには、深紅のポニーテールのような髪型をした人影が、まるでくすくすと笑っているような仕草で居て。

 

 (……友奈?)

 

 その姿を見た楓は、顔もわからない人影に友奈の姿が重なった。その人影も気付いている楓にだけ手を振り、また同じように空へと昇る。

 

 やがて、全ての人影が天の神に到達し……その身を巨大な、8つの花弁を持つ虹色に輝く花へと変えた。その花は天の神の巨体を支え、落下速度が目に見えて遅くなる。

 

 「……行こう、楓くん! 私達も、あそこまで!」

 

 「……ああ、そうだねぇ。行こう、友奈」

 

 誰もがその光景に感動に近い感情を覚えていた時、友奈が楓の左手を右手で握り締めながら言った。楓もその言葉に頷き……その手を握り返す。それはまるで、壁が壊れたあの日の様で。

 

 あの時は握り返されなかった右手が握り返されたことに、友奈は泣きたくなる程嬉しくなった。ドキドキと胸の奥が高鳴り、2人でならなんだって出来るという気持ちになる。

 

 「さあ……これが最後だ」

 

 「うん! これで、最後の!」

 

 勇者アプリ等、端末等必要ない。ただ……神樹に、意思を示す。人間として生きる意思を。絶望的な状況でも諦めない不屈の意思を。ありふれた幸福な日常を掴み取る意思を。あの時と同じように。あの時よりもずっと強く。

 

 神樹がより強く発光する。樹海の全域から光の根が楓と友奈に集まり、2人を包む。そして……それは花開いた。

 

 

 

 

 

 

 「「最後の……“満開”!!」」

 

 

 

 

 

 

 足下から、最初に大きな桜の花が咲き、それを抱き抱えるように更に下から真っ白な花菖蒲が咲き誇った時、6人が見たのは花菖蒲と桜の花弁が舞い落ちる中で姿を変えた2人。確かに聞こえた満開の言葉。だが、2人の姿は彼女達が見てきた満開時の姿とは違っていた。

 

 楓の真っ白な満開時の宮司のような服はより豪奢に、より神秘的に、より神々しく。黄金に輝く円形の鏡を背負い、周囲には8つの水晶。その瞳は右目は緑のままに、左目が赤く染まっていた。大きな花菖蒲のような形の髪飾りで髪をポニーテールに結わえ、真っ白な髪は毛先に行くほど桜色に染まっていた。

 

 友奈は先程の満開とは違って桜色の巫女服のような服を同じようにより豪奢に、より神秘的に、より神々しくしたものを纏い、両手の手甲も分厚く強化されていた。瞳は楓とは対照的に右目が赤く、左目が緑色に染まり、大きな桜のような形の花飾りで長くなった髪をポニーテールに結わえ、桜色の髪は毛先に行くほど白く染まっている。そして、2人の周囲には他の6人のメインカラーの球体が6つ浮かんでいる。

 

 「それじゃあ、行ってきます!」

 

 「ちょっと行ってくるねぇ」

 

 そう言って、2人が天の神に向かって飛び上がる。満身創痍、或いは満開出来ない6人はそれを見送る。勿論、ただ黙って見送るつもりはなかった。例え力になれなくても、同じ意思を持っているのだから。だから……その声を、残された力を届けようと思った。

 

 「友奈! 楓さん! いっけええええっ!!」

 

 夏凜が叫び、変身が解ける。同時に、人影達が生んだ虹色の花の下に大きな赤いツツジが咲き誇る。

 

 「また、皆でいつもの日常を送る為に!!」

 

 樹が叫び、変身が解ける。同時に、赤いツツジの下に緑色の鳴子百合が咲き誇る。

 

 「勇者は根性だ! 楓!! 友奈!!」

 

 銀が叫び、変身が解ける。同時に、緑色の鳴子百合の下に真っ赤なボタンが咲き誇る。

 

 「成せば大抵!!」

 

 美森が叫び、変身が解ける。同時に、真っ赤なボタンの下に青いアサガオが咲き誇る。

 

 「なんとかなる!!」

 

 園子が叫び、変身が解ける。同時に、青いアサガオの下に紫色のバラが咲き誇る。

 

 「勇者部! ファイトおおおおおおおおっ!!」

 

 風が叫び、変身が解ける。同時に、紫色のバラの下に黄色いオキザリスが咲き誇る。

 

 「私達の、全部を!!」

 

 友奈が叫び、黄色いオキザリスの下に桜の花が咲き誇り……。

 

 「自分達の、全部を乗せて!!」

 

 楓が叫び、桜の花の下に真っ白な花菖蒲が咲き誇った。

 

 「「おおおおおおおおっ!! ダアアアアブル!! 勇者ああああっ!!」」

 

 真っ直ぐに、白と桜色の混じった一筋の流星のように天へと昇る2人。それは花菖蒲、桜を通過し、よりその身に宿った力を強める。オキザリス、アサガオ、バラを通過し、更に。ボタン、鳴子百合、ツツジを通過して更に。そして、最後に虹色の花を通過し……。

 

 

 

 

 

 

 「「パアアアアアアアアアアアアアアアアンチッッッッ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 楓の右手が、友奈の左手が虹色の光を纏いながら突き出され、天の神にへと突き刺さった。2人が通った軌跡には色とりどりの花弁が渦を巻き、勇者の花達は尚咲き誇る。だが、天の神の巨体は尚も落下を続けている。

 

 体格差など比べるのもバカらしい。止まるハズなど無いと、誰もが思う。事実、今も止まってはいない。それでも、2人の顔にも、6人の顔にも諦めはない。諦めるハズがない。そもそも、止められないと考えてなぞ居ないのだから。

 

 「自分達は!!」

 

 「私達は!!」

 

 「「大事な人達と、大切な人達と!!」」

 

 1番下に咲き誇っていた花菖蒲が上昇し始める。それはその上に咲いていた花達と重なりながら更に上昇していく。やがてそれは虹色の花とも重なり、全てが重なった花はより大きく、より輝いて。

 

 そして……2人の背中を、誰かがそっと押してくれた気がして。

 

 

 

 ― ほら、もう少し。後少しだよ、楓くん、友奈 ―

 

 ― 頑張って。楓くんなら……楓くん達なら ―

 

 ― きっと……出来る ―

 

 

 

 隣に居る少女と、自分自身と同じ声をそれぞれの耳元で囁かれた気がして。

 

 

 

 

 

 

 「「幸福(しあわせ)な未来を……生きるんだああああああああっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 突き出していた拳を引き、代わりに2人は繋いでいた虹色を伴った手をそのまま突き出し、それは天の神の巨体にめり込んだ。そこからヒビが入り、広がり……2人の繋いだ手と体は、天の神の巨体を貫いた。

 

 天の神を貫いた2人の体は暗い空の下へと投げ出され、勢いそのままにくるりと一回転し、精霊バリアに包まれながらゆっくりと落下し始める。その下で、天の神の巨体は余すことなくひび割れていき……そして、粉々に砕け散った。

 

 瞬間、神樹の体が色とりどりの花弁へと姿を変えていく。その花弁は樹海へと広がり、傷付いた樹海の根を癒していった。そしてその花弁達は樹海を、結界を越えて地獄のような世界すらも覆い尽くしていく。そしてその花弁が過ぎ去っていった場所は元の現実へと戻っていった。結界の中も……結界の()も、全て。

 

 やがて、花弁が消えた後には地獄のような世界などなかったように本来の日本の土地が姿を現し……神樹と樹海は、花弁として崩れ去るようにその姿を消して。澄み渡るような青空の下、空に居る2人の前には夜刀神と牛鬼がその姿を現していた。

 

 「夜刀神……」

 

 「牛鬼……」

 

 名前を呼ばれた夜刀神は楓に近付いてその頬を舐め……友奈の頬も舐める。友奈が驚いた表情を浮かべると同時に夜刀神は楓の胸にその体を寄せ……楓が右手で抱き締めると、花菖蒲の花弁となって楓の体へと染み込むようにその姿を消した。

 

 そして牛鬼は2人の目の前をしばし飛んだ後、先の青い鳥のようにその姿を桜色の人影に変えた。うっすら表情も浮かぶその姿は勇者服を着た時の友奈に良く似ていて……2人に向かって笑いかけた後、桜の花弁となって消えていった。

 

 「……今までありがとう」

 

 「……さよなら」

 

 感謝と、別れ。その2つを告げた2人は光に包まれ……そして気がつけば、讃州中学の屋上に居た。8人全員で、円を描くように寝転んだ状態で。その傍らにはそれぞれの端末が画面が砕け、その上に花弁が積もっている。それはなぜか持ってきていなかった筈の友奈の端末も一緒であった。

 

 8人はしばらく放心したように青空を見上げ……示し合わせたようにうつぶせになり、お互いに顔を見合わせる。そうして全員が全員の顔を見て……誰からともなく、笑顔を浮かべた。

 

 「お帰り、楓、友奈」

 

 「お帰りなさい、お兄ちゃん、友奈さん」

 

 「お帰りなさい、楓君、友奈」

 

 「お帰りなさい……友奈、楓さん」

 

 「カエっち、ゆーゆ……お帰り~」

 

 「お帰り! 楓、友奈!」

 

 仲間達からの暖かな笑顔と、暖かな言葉。2人は顔を見合せ、くすっと小さく笑って。

 

 

 

 「「ただいま、皆」」

 

 

 

 そう言って……幸福そうに笑った。




原作との相違点

・天の神の最後の攻撃がレーザーではなくサハクィエル(ボディプレス

・人影達が下ではなく上に向かって手を伸ばす。

・あの人が喋った気がする。

・大満開友奈、そして大満開楓

・他の6人の変身が解けるのと花が咲くのが同時

・銀ちゃんブーストではなく天地神ブースト

・ダブル勇者パンチ(3回目、トドメは繋いだ手による一撃)

・牛鬼が人影に

・デュエルで拘束された←



という訳で、最終決戦決着というお話でした。今まで通り、もしくは今まで以上にやりたい放題しました。特に人影関連。私は牛鬼はたかしー説押しです。

気分的には最初から最後までのスペシャル特盛回。皆様に胃もたれが起きてないか心配です。最後の展開はかなり悩みましたが、悩んだ末にど真ん中ストレート。やはり本作としてはダブル勇者パンチで決めたかった。

人影や大満開友奈の容姿、牛鬼や神奈、天奈等色々と仕込んでみましたが、いかがでしたでしょうか。楽しんで頂けたなら幸いです。

さて、本作本編は次回の最終回エピローグをもって完結予定です。次回含め、後3話程書いて今年を終えたいモノですね(完結なのに後3話とかこれもうわかんねぇな)。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

天奈は“てんな”。では神奈は……

  • かみな
  • かんな
  • しんな
  • じんな

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。