Sword Art Online〜仮面の裏の〜 作:黒っぽい猫
「はぁっ!!!」
裂帛の気合いと共に僕の剣が弾かれその反動を利用しキバオウから、そして僕の剣を弾いた男から距離をとる。
肩で息をするこちらを睨みつけて剣を向けてくるソイツは怒りの表情を露わにしていた。
「フフフッ……クハハハハ!!面白い、面白いじゃないかキリトォ!!」
自分の名を知られていた事にか、ピクリと頬を震わせた彼が口を開く前に僕の硬直が切れた。それと同時に彼へ向けて再び上から剣を振るう。最も力の入りやすい振り下ろしに対してキリトは剣を横向きに構えることでどうにか粘ろうとする。
「……このっ!」
「ハハハハッ!!もっとだ!もっと見せてくれよお前の力をよォ!!」
筋力値的にはこちらの方が高い、少しづつではあるがコチラがキリトを圧倒していく。
「ハァァァアッ!!!」
あと少しでキリトに傷が付くという寸前、真横から流星の様な何かが飛来する。突然のことに対応が遅れ、右肩にそれを食らってしまい僕は壁際まで吹き飛ぶ。
「!!!チィっ!」
背を丸め衝撃ダメージを極限まで小さくする。それでも凄まじい揺れに平衡感覚を狂わせられ、フラフラとした体を剣を使いながら半ば持上げるような形で起き上がると、向こうではフードを被った剣士がレイピアをこちらに向けた状態で息を荒らげていた。
ポーチから取り出したポーションを呷るが回復には時間がかかる。これ以上の被弾は避けねば今度は僕が死ぬことになる。
「何のつもりなのよ!!いきなり人を殺して──この世界で殺したら本当に死んでしまうのよ!?」
感情の昂りが抑えきれなくなったのか、フードを被った剣士が叫ぶ。その声に驚いたがどうやら彼は──いや、彼女は女性プレイヤーらしい。
フードを邪魔だからか、毟り取った彼女はカツカツとこちらに詰め寄ろうとする。垂れ目なのに勝気な光の宿ったその瞳に流されぬようしっかりと剣を構え彼女に向ける。
「黙れよ……偉そうに説教かませる立場なのか?お前は。どうせ徹夜で店に並ぶとかモラルもへったくれも全無視した行動してお前はこのゲームを手に入れたんじゃねえのか?」
論理なんて無い、僕の言ったことが事実だからといって、別に殺人が容認されることは決してない。それでも、少なくとも今は全員を敵に回さねばならない。
例え、どれだけ破綻した言葉を並べることになろうとも。
「ベータテスター以外には優先購入権なんか与えられなかったからなぁ。ここにいるヤツらの大半はそうやって、迷惑を周りにかけることもおかまないなしでこのゲームを手に入れたヤツらだ!!そんなクズを殺して何が悪い!!」
「なんですって……?この人は…………少なくともこの人はそんな人じゃない!アナタがどうかなんて知らないけどこの人は絶対、自分の為に誰かを殺してまでアイテム一つに拘るような人じゃない!!」
「いいや、ソイツはゲームが始まったその日に一緒にパーティーを組んでいた男を見捨てた人間だ。それをクズと呼ばずなんと呼ぶ!!!」
その言葉と共に思い切り彼女に水平切りを叩き込む。咄嗟に剣で受け止められる剣速にしていても彼女は後ろに吹き飛び、他のレイドメンバーを巻き込み倒れ込んだ。
「それになぁ……もっと面白いことを教えてやろう。コイツは俺と同じ元ベータテスターだよ」
『っ!!!』
プレイヤー全員の目が、キリトに向く。その視線の八割は僕に向けるものと同じ視線だ。だがキバオウ、黒人のスキンヘッドの男性、女性プレイヤーなどの一部の人物だけは違う目を向けている。というか、女性プレイヤーはコチラから目を逸らさない。
「なんで……なんでアナタはそんな!見てきたような事言えるのよ!?」
「フフっ、知ってるよ、そいつの事はよーーく知ってるさ。向こうで二ヶ月間、こっちでも一ヶ月間は一緒にいたからな……なぁ、キリト?」
「!!」
「まさか……お前…………っ!!」
女性プレイヤーが驚き、キリトが何かに思い至ったかのようにこちらを見る。その様を眺めながら仮面に手をかけその装備を物理的に解除する。浮かべる表情は笑みだ。自己に陶酔するような微笑み。
そんな僕を見てキリトの表情が、そしてその場にいる全員の表情が驚きのそれへと変わるのに内心苦笑しながらもふてぶてしい顔を作る。
「そんな……どうしてだ……?リュウ……!!」
絞り出すかのようにそうか細い声で呟く戦友の問いに心底愉快そうに高らかに返答する。
「どうして?決まってるだろそんなの!自分が生き残るためさ!!ボスってのは倒せばいいアイテムを落とす。特にラストアタックボーナスなんてのは自分には不要なものでも売れば結構な値がつく。プレイヤーに売れなくったってNPC相手に売っても大儲けできんだよ!
──ベータの時俺やお前がやってたじゃねえか。ギリギリまで攻略組に削らせて最後に美味しい所を俺達が掻っ攫うってよ。それと同じだよ」
「今は──デスゲームなんだぞ?!殺していいわけがあるか!!」
「さっきも言っただろ?ここに居るのは多かれ少なかれ自分本位のクズの集団だ。それがたかだか数人死んだところで社会の損失になりうるか?」
その言葉を聞いた瞬間、彼の顔から表情が消えた。だがその眼は感情を顕にしており、僕を殺さんとばかりに見開かれている。
「どうせ大した社会貢献も出来ねぇ奴らの集まりだろ、ここに居るのなんて」
「────黙れ」
「社会不適合者なんざ殺したって褒められこそすれ、何を悲しむことがある?」
「──黙れよ」
「そうだキリト、一緒に来ねえか?そんなお前を敵視する集団に奉仕したって何回だってソイツらはお前を裏切るぞ?」
「黙れって──言ってるだろ!!!」
最後の一言が引き金になったのか、キリトが物凄い勢いでこちらへ突っ込んできた。仮面をつけ直し剣を構える。
キリトの剣をコチラも受けるが──重い!!何処にこんな力があったのかと思う程強く重い剣戟だ。
「何があっても──人が人を殺していい理由なんかない!!」
「(そうだ──それでいいんだよ、お前は)」
仮面の裏で薄く笑う。僕が背負うのは悪でいいんだ。だからお前には正義を背負って欲しいんだよ、キリト。
剣の角度をずらしわざと仮面を掠るように剣の軌道を修正する。チート過ぎるこの仮面にはたった一つ致命的な弱点がある。ピシリ、とヒビが仮面に走るのを耳で聞いてどうやらこの仕様は変わらないらしいと確信を持つ。
たった一度、仮面に攻撃が当たった時、この仮面は即座に碎ける。
「クソがっ!!!」
呟きながら再びキリトと距離を取ると同時に面が砕け落ちる。そしてそれはポリゴンの欠片となって消え失せていく。
「やってくれやがったな……キリトッ!!」
ギロ、と彼を睨むが彼も同時に此方を睨む。双方が剣を構える一触即発の雰囲気がボス部屋を包んだ。
互いに動かぬまま十秒、二十秒と時が進む。最初に動いたのは僕だった。片手直剣派生modの『クイックチェンジ』を用いて武装を片手剣からエストックへと持ち替え、すぐさまソードスキルを発動させる。
発動するのは『細剣』スキルの四連撃、技名は『クウォータニオン』だ。
「ハァァァアッ!!!」
僕がこのスキルを使うとはまさか思わなかったのか、キリトの反応が遅れる。だが一瞬さえあれば十分だ。ある程度は自由の効くこの技の刺突箇所をキリトの剣、それを持つ腕、両太腿に定め穿つ。
「グッ──!!!」
剣は吹き飛び、それを持つ利き手の手首から先を吹き飛ばす。そして両太腿に損傷を与えればもうキリトは動くこともできないだろう。
少し長い硬直時間をとっても周りの誰かが動く雰囲気はない。そいつらに向けて侮蔑の笑みを寄越してからキリトを蹴りあげる。
「ガハッ……!」
「弱いな、キリト。弱くなった──期待ハズレだ」
地に伏せたキリトから感情は読み取れない。だが弱々しく握られる彼の左拳からは悔しさが滲み出ている。
ここで彼の名誉の為に話をすると、キリトは決して弱くない。ただ優しすぎただけだ。キリトにとっての僕は幾つもの戦いを共に潜り抜けた戦友で親友だ。交流があったのはたった三ヶ月でも僕と彼の間には確かに信頼関係があった。
だから彼は苦悩していた。本当に本気で僕に剣を向けていいのか、と。その躊躇が僕の唐突な
「俺ァこんな
これじゃあまだお前らを勧誘した方がマシだったかもな?なんて三度其方に目を向ければ怯えきった彼らの顔が目に入る。
「クハハハハッ!!良い顔だ、悪魔を見るに相応しいな!いいだろう、お前達の
だが忘れんじゃねえぜ?お前達の背後には常に《悪魔》が立ってる──俺は何時だってお前達を殺せるんだってことをな!」
ポーチから煙玉を取りだし地面に叩き付ける。今更憤怒の声が上がるがもう遅い。既に僕の姿は煙に紛れている。
「感謝しろよテメェら!!どんなにお前らが蔑んでもお前達のために立ち上がった
追加で煙玉を幾つも幾つもそこら中に投げ捨てて周りを牽制しながら捨て台詞を叫ぶ。煙の中でも噎せるとかしないのはゲーム特有のものだ。
そのまま階段を駆け昇って体当たりするかのように扉を開き、一気に僕は誰もまだ踏み出したことの無い第二層へと足を踏み入れたのだった。
二層に登るとすぐに前もって作戦を打ち明けておいたとあるプレイヤーにメッセージを飛ばして終了した旨、ディアベルにレイドへと戻るよう指示を出すようにと伝える。
「後ろからは──誰も着いてきていないかな?」
索敵スキルを用いるが人っ子一人、それどころがモンスターすらも湧いていない事を確認して僕は思い切り寝転んだ。
「はーーーーっ……やっっと終わった……」
一先ず終わった事への脱力感が促すままに呟き空を眺める。
浮かんでくるのは先ずキリトへの申し訳なさだ。今更彼との関係が修復できるとは思っていない。だが、キリトが表に出したいと思っていなかった情報──元テスターであること──をあそこで公開したりしてしまったこと、不意を打つ形でまるで僕の圧勝であるかのように振舞ってしまったことは謝りたいとは思う。
僕の人殺しは、ディアベルが念の為準備しておいた超絶レアアイテムを行使することで未遂に終わった。そしてこれからは僕という驚異に備えてベータ時代にもPVPの経験のあるキリトと協力体制を敷いていく、というのがディアベルと僕の立てたシナリオだ。
それを差し引いても、僕の言動はキリトへの酷い誹謗中傷だし、到底許されるはずもない。
勿論決めたことだ。テスターと初心者、双方の溝が深まると察した日からこうすることはずっと決めていた。
とガサガサと森の方から何かが来るのに気がつく。
「いいや……反省なんてするのは後でいい──今はただ前に進むのみだ」
覚悟を新たに、僕はこの層において初めてとなる戦闘を始めるのだった。
今回もお読みいただきありがとうございます。次回更新までまた気長にお待ちください