「斯くして東賀宙夢、仮面ライダークラーロの物語は静かに、しかしながら華々しく幕を開けたと言う訳………かな」
どこかの書斎で乱雑に散りばめられた背表紙の無い本を手にした男が呟く。収集者たり語り部たる彼、早瀬文臣は本を静かに棚に戻し近くの台に腰かける。
「さて、次の話に入る前に小話をしよう。今、この書斎にはありとあらゆる世界の物語が集まっている、となれば同じ世界でもあらゆる可能性のifが連なった幾多のスピンオフがあるに違いない。でもそれはifであり、ないかもしれない。でもそれはある。あらゆる可能性があるからね。意味もない小話だよ、これは」
満足げに文臣は笑うと、口を再び動かす。
「そう。あらゆる可能性があるなら今度のお話だってあらゆる可能性がある。突然人体が発火すると言う現象、つまり不可思議な出来事」
―それは科学の可能性、トリックを使った可能性、心霊の可能性だってある。ならその可能性に超越した力をもつ怪物によるケースだってあるかもしれないしね―
本棚から響くもう一人の文臣の声。
「おっと、失礼。この話は………これからだった、ね。じゃあ、この辺で」
語り部は指をならす。すると、文臣の身体は一瞬で炎に包まれ消えていった。
残った炎の向こうには再びクラーロの世界が写っていた―。
――――――――――――――――――――――
―23時26分、港区―
東京タワーのネオンが遠目に見える港区の暗い坂。
今夜は月も星も見えないほどに雲が空を覆い、街頭の灯りだけがその公園を照らしていた。
「だからよ、盛り上がらねえからよ!打ち上げてやろーぜ!」
どこぞのフリーターか、金髪の若者3人が近所の迷惑なども知らずに騒いでいた。季節外れの花火をわざわざやっている姿は滑稽であり、逆に人を近寄らせない空気を醸し出していた。
「おおー!やっぱ花火は冬だな!」
「馬鹿かよ、夏だろ!ま、関係ねえし!」
赤い髪の若者とパーカー姿の若者か掛け合うなか、リーダー格の若者が新しい花火に火をつけようとした。
―そんなに火が好きか?―
「…………おい、なんか聞こえなかったか?」
「あ、何?」
「いや、火が好きか………とか………」
「何言ってんの?そんな事喋ってないし」
「そ、そうか………」
リーダー格の耳に入ってきた静かで、憎悪を孕んだ声色。思わず他の二人に聞き返したが耳には届いていないようだ。
おどろ恐ろしいその声色、まるで彼にだけ問い掛けるように。
(まさか…………あの事じゃないよな?いや、あれは………アイツらが悪いんだ、俺は唆されただけだ…………うん、悪くない…………悪くない)
何か思い当たる節があるのか、ライターの手を止めたリーダーは何度も頭のなかで言い聞かす。
(…………そうだ、そう…………忘れ…………)
花火の導火線にライターを近づけ、降りきるように着火させようと親指を動かしたーー。
『やっぱり、アイツらの一味か。その顔覚えてるよ?』
耳元で誰かが囁いた。憎悪と嘆きに満ちた、恨みを。
「ヒイッ!?」
耳元の声が神経を凍らせ、リーダーは飛び出てきそうな声を精一杯隠し、背筋を伸ばした。
「おい………どうした?…………」
「……………光?」
二人が異変を訝しげに見ていたと同時に三人の前に妖しく光る高原が浮かび上がった。
青に、赤に、黄色に三原色に発光する何かがふわりと降り立つと光が形をはっきりと現していく。
それは光であり、光でない。
簡単に言うなら『蛍』だ。蛍の光の中に奇怪な存在があった。
蛍とバーナーを掛け合わせたような怪人だ。
「うあああああああああっ!?」
「ば、ハケモノ!?」
逃げようとしながらも思わずスマホに手を伸ばしてしまう若者達。
悲しいかな、情報社会のもたらす自己承認欲が彼らの判断力を鈍らせたのだ。
「…………あ、あ、俺は………悪くない………」
リーダーはと言えばその場にへたれこみ全く動けなかった。罪で足を縛られたように、その場から動けなくなってしまったのだ。
『泣き言はあの世でいいな。お前らもコイツとつるんでいるなら先に始末しないとなーー。犯罪者を出さないために、なッ!』
蛍の尾が一瞬閃光のように光る。その光は一瞬で消えたが凄まじい熱量を周囲に撒き散らした。
それはどういう事か?
「…………アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「あ、熱いィィィィィィッ!た、助けて!」
三人の若者は炎に包まれのたうち回る。
周囲には肉や脂肪の焼ける胸焼けする臭いが漂い、三つの火が公園に残されるだけであった。
無論、大きな騒ぎになったのは分かりきった事だった。
ー翌日ー
周囲をブルーシートで囲われた現場に慌ただしくパトカーが何台もやってきては警官達が出入りを繰り返していた。
そんな中に場違いなスーツ姿の大学教授がいた。
「すいません、警部さんに呼ばれました」
「英俊先生、お疲れさまです!」
警官達と会話を交わしながらブルーシートの前までするりとやってきたのは英俊だ。
『フィールドワーク』のために呼ばれたようで軽く会釈をしながらもあっという間に現場に潜り込んでいく。
「…………うっ…………」
流石に英俊も残った臭いに顔を歪ませる。それほどまでに激しく人柱は燃え盛ったのだ。
「東賀さんはどちらに?」
「宙夢は今、研究室に………」
ブルーシートに入る間際にそんな話をしながら、英俊は姿を中へと移した。
「ん?」
だが、その一瞬の時に英俊は見た。
殺害現場を静かに写真に納めるダメージジーンズとキャップがミスマッチを起こさせる男が野次馬の中にいたのを。
何故、写真を?疑問に思ったがブルーシートに姿を隠したのと同時に疑問も途絶えた。事件が目の前にあったからだ。
さて、そのキャップを被った不思議な青年は深く帽子を被り、小さく呟いた。
「お手並み拝見、もう一人の仮面ライダー………さん?」
と。