とある鎮守府の最強の駆逐艦隊〜出撃制限――駆逐艦のみ〜 作:神崎てる
彼女らを送り出して、ガランとした執務室にただ一人。ある程度のやるべきことはもう済ませているから、僕がしなければならないことは特にこれということはない。
でも、何もしないわけがない。やるべきことではなく、おそらくやったほうがいいことがある。
僕は立ち上がり、右に向いた。
絶壁。これに立ち向かう必要がありそうだ。
* * *
緊張する。体もガチガチにこわばっている。
でも、少しワクワクもしている。
はじめての出撃、怖くないと言ったら嘘になる。
でも、暁ちゃんもいるし、明石さんから貰った応急修理要員もいる。
「大丈夫? 暁ちゃん」
「もっちろん! 準備万端、いつでもオッケーよ!」
頼もしい返事を貰うことができた。ふふっと笑い、私は改めて気を引き締める。
「それじゃ、行こっか」
陸から海へ、足を降ろす。波紋で揺れる水面に立つ。
大丈夫、私はやれる。
機関を始動させ、私は声を張った。
「第一艦隊、旗艦、吹雪!」
「二番、暁!」
「以上、これより出撃します!」
海は青かった。空も青かった。
風はとても気持ちがいい。日差しもほどよく暖かい。
幸先のいい、出撃日和だ。
「ちょっと吹雪! 気持ちは分かるけどちゃんと前見て!」
後ろからそう叫ばれた。気持ちのよさについつい瞑ってしまっていた目を開けると、ちょっとした岩があった。
「ごめん、ありがとう」
「もう、しっかりしてよね。いくら簡易の哨戒だといっても、一人前は真剣に取り組むものなのよ!」
そうだね、と、私は前を向く。一面には青いばかりの海。
その奥の方、一瞬何かが動いた。
「ねえ、吹雪。アレって」
「待って。もう少し近づいてから。もしかすると魚かもしれないし」
まあ、そんなことはないとは思うけど、水上電探がないこの状況では、頼れるものは目視しかないハッキリ見えるまで近づきたい。
少し速度を上げて接近する。そして今度こそはしっかりと視界に捉えた。
間違いない。私は腰にかけていたスイッチを起動する。
この状態で話せば、声が司令官に届くようになっている。
「司令官、深海棲艦を発見しました。敵は一隻、駆逐艦イ級です」
* * *
『敵は一隻、駆逐艦イ級です』
吹雪から、連絡が届いた。
「了解。砲撃を開始して。初めてだからって気を張りすぎないように、それから無理しないようにね」
『はい! 頑張ります!』
……ちゃんと話をを聞いていたのだろうか。まあいいや。
連絡はつないだままで僕は元いた作業に戻る。
スピーカーからはかすかに砲の音もする。
敵のものなのか、それとも吹雪、あるいは暁のものなのか。
(……すごいな。音しかないのに、ちょっとした恐怖すら感じる)
当たれば、怪我だってする。あるいは死さえ――。
(僕は、ここにしかいられないんだな)
送り出すことしかできない。僕は、戦線に出ることができない。
わかっていたことだけど、実際に感じるとこうまで無力さを感じるものなのか。
『司令官、敵駆逐艦を撃沈しました、損害は暁ちゃんが軽傷、私は無損害です。進撃しますか?』
「そうか……そうだな」
ふと、明石さんの言葉がよぎる。あの声色がちょっとだけ不安を煽る。でも、
「応急修理要員もいることだ、もう少しだけ哨戒してもらってもいいだろうか」
『はい、了解しました』
そして、通信が切れた。
……さて、やるか。
僕は海に出ることはできない。仮に出ても戦うことはできない。けれど、
壁一面の本の山、その中の一冊を手に取る。
「この中に、何かヒントがあればいいんだけど……」
異様な量の資材、明石さんの様子。わからないことが多い。
多いから、調べる。
これなら、僕だってできる。
しばらくしてからもう一戦を交えて、そのタイミングで吹雪に帰還を命じた。
僕は海まで迎えに行こうかと思ったが、吹雪が大丈夫と何度も言ってくるのでおとなしく執務室で待つことにした。
おかげさまで、資料漁りが捗る。
しばらく続けていると、足音が近づいてきた。
コンコン、鳴らされるノック。
「どうぞ」
「第一艦隊、吹雪と暁、ただいま帰投いたしました!」
ガチャリという扉の音が先か、声が先か。随分と張り切っている様子だ。
扉が開いて顔が露わになると、やはり早とちりだったのだろう。少し赤い。
「先に二人の損傷について簡単に」
「はい、暁ちゃんが小破、私がそれに至らない程度のかすり傷です」
「そうか。ならとりあえず暁は入渠してきてくれ。吹雪は詳しい報告をここでしたあとで行ってもらうという形でも構わないか?」
「はい! 私は大丈夫です」
「それじゃあ吹雪、私は先に行かせてもらうわね」
そう言って暁は部屋から出ていった。
「どうだった? 敵の強さや海の感じは」
「えっと、それはどういう……?」
ああ、確かにそうなるか。あんまりにも漠然とした聞き方をしてしまった。
「えっと……、ちょっとの期間とはいえ、この鎮守府は無人だったわけだろ? だからもしかしたら強い敵がいたんじゃないかなあとか。それに……」
「それに?」
「ああ、いやなんでもない」
明石さんの件もあるし。そう言いかけてしまった。
「それで、どうだった?」
「えっと、私は初めての戦闘……まあ、暁ちゃんもそうだったんですけど、それもあってか、今日の敵が特別強いのかとかはあんまりわかりません」
申し訳ありませんが、吹雪がそう言って謝る。
いや、別にそういう意味で言ったんじゃないんだ。俺も慌てて謝る。
「ただ、それを前提の認識としてもらった上で、今日がどうだったか……を考えると」
吹雪が、三秒ほど考え込んだ。
「そんな初めての戦闘でも、問題無く戦える程度ではありました」
「そうか。ありがとう。吹雪も入渠に行ってくれ」
「はい!」
タッタッタッ、廊下へと駆け出してしまった。
「杞憂……か?」
いろいろ考えながら、俺は机の下においた資料を取り出す。
「まあ、こんなものを調べている様子を見られたときには、手伝うとか言いかねないしな」
地図があるから必要ないと言ったのに、強引に鎮守府内の説明をしてくれたかの生真面目な
それにしても、多いなあ。
「ま、弱音を吐いてる場合じゃないか」
パチンッ、両頬を叩く。息を深く吸って、吐く。
さて、仕事再開だ。