とある鎮守府の最強の駆逐艦隊〜出撃制限――駆逐艦のみ〜 作:神崎てる
執務室に、六人の少女が集まった。
吹雪と暁、そしてさきほど建造された阿武隈。そして綾波、皐月、叢雲だ。
彼女たちも夕立同様、今までの建造によって建造された艦娘で、その中でも特に最初の頃に建造された艦娘だった。だから、出撃の経験回数も多い。
「さて、今回は新しく建造された阿武隈とともに、急で悪いが出撃してもらいたい。それにあたって、いつもなら鎮守府の周辺だけだが、南西方面に少し遠出をしてもらいたい」
以前、哨戒隊がこちら方面にある島々に、少し多めの敵を観測したということがあった。
今回は、それが決定的であるかの確認と、可能ならば撃破を目的とする。
「水雷戦隊での出撃は初めてで慣れないことや不安もあるだろうか、各自必ず帰投すること、任務よりもそれを第一に、今回の作戦にあたってくれ」
そう言うと、六人から一斉に「はいっ!」という声が聞こえてきた。
直後、転校生が現れたかのように、彼女らは阿武隈を囲みながら、質問に次ぐ質問を阿武隈に浴びせながら部屋を退出していった。当の阿武隈はというと、そんな状況にオロオロしながら、何度かこちらに助けを求めていたが、そのまま流されていってしまった。……大丈夫だろうか。
さて、と。
ざわり。嫌な予感はまだ晴れない。全員に、応急修理要員を所持してもらっているから轟沈することはないとは思うけど、
『どうか、どうかよろしくおねがいします』
このタイミングで、押された念。どうにも、ただの偶然とは思えない。
なにかが起こる。でも、なにが?
……やはり、考えてもどうにもならない。悔しいが、情報が足りない。
なら、ならば。
「今日も今日とて、漁りますか」
壁の資料と対面する。やはりそれしかなさそうだ。
……これは、そういうことなのか? たしかに仮にそうだとすると、説明はつく。
資料のうちの一冊、開かれたページに記載されていたそれに、僕は目を奪われていた。
それは、この周辺の地図であった。そして、周辺地域について、地質なんかの特徴についても記載されていた。
とにかく、この情報を掴めたことは大きい。
けれども、胸の奥につっかえるざわめきを取り除くキッカケにはならなかった。
そういえば、このことを明石さんは把握しているのだろうか?
相談すべきことなのか、はたまた相談してもいいことなのだろうか。そんなことを考えていた、そのとき。
ドタドタドタドタ、ドタドタドタドタ、バンッ!
つい数時間前ほどに同じ音を聞いた覚えがある。
「提督さん提督さん! お仕事終わったっぽい! 一緒に遊ぶっぽいー!」
「すまん夕立。あともう少しだけ待ってくれ。さっき吹雪たちが出撃したところなんだ」
「えー、さっきは後でって言ったのに! ……でも、仕方ないっぽい」
少ししょげた様子ではあったが、どうやら理解してくれたようだった。
「なら夕立も一緒に待つっぽい!」
「えっ」
「……なにか問題があるっぽい?」
思わず反応してしまった。いや、問題は……、あるといえばあるし、ないといえばない。資料漁りはしなければならないことではないし、夕立に見られる分にはそこまで問題もない。もちろん、夕立から吹雪に伝わってしまう可能性もあるが、
まあ、ひとつ。たったひとつだけではあるけど、手がかりを掴めた。今日はこれで一旦切り上げるか。
夕立はテーブルに座ったようだった。二人分のお茶を淹れて、向かいに座ろう。給湯器からお湯を注いでいたときだった。
ひどいノイズのその先に、叫び声が聞こえたのは。
『司令官っ! 撤退、撤退の許可をっ!』
突然のことに、思わず持っていた急須を落としてしまう。足にかかった湯の熱さは、それはそれは熱かったが、それよりも驚きと動揺、そして耳に入ってきた吹雪の声に全ての意識が向いていた。
「撤退!? あ、え、っと、あ、ああ! 許可、許可する!」
とにかく、そう叫ぶ。
待て、落ち着け、落ち着いてられない状況なのはわかってる。でも落ち着け。とにかく落ち着け。焦った状況で適切な判断を下せるほど、僕はまだ経験を積んでない。
吹雪のあの声、どう考えても非常事態だ。なにか起こった。それもやばいことが起こった。おそらく彼女らは落ち着いてられない、落ち着くことなんてできないだろう。
落ち着け、落ち着け、落ち着け、
帽子のつばを持ち、深くかぶる。そして大きく息を吸い、吐き出す。
とにもかくにも、適切な指示を――、
「吹雪、状況の説明を頼む!」
執務机に近づき、その上にある受話器を握る。
『へ? ……は、はいっ! えっと、つい先ほど、突然阿武隈さんが、その、……轟沈しかけました』
…………は?
「轟沈……? ということは、敵がいたのか?」
『はい、おそらく』
おそらく? いや、おそらくってどういうことだ?
「もう少し、その時の様子について教えてくれ」
『はい。それが、敵とは接触しないまま、航行していたときに突然、阿武隈さんの足元からなにかが出てきて。多分、手……なのかな? みたいなのが、そのまま阿武隈さんの足を掴んで、海の中に引きずり込もうと』
「それで、阿武隈の今の様子は? しかけた、ということはまだ轟沈はしていないんだよな?」
『はい。応急修理要員をおかげで、なんとか一命をとりとめている状況です。今は綾波ちゃんと叢雲ちゃんが曳航していて、皐月ちゃんと暁ちゃんが周囲の警戒をしている状況です』
「……頼む、吹雪、みんな。絶対に阿武隈を守って、そして、自分自身も守って、なんとか帰ってきてくれ」
『はい!』
その返事を境に、いったん彼女との会話は途絶えた。通信は繋がったままではあるが。
部屋に視線を戻すと、不安そうな顔をした夕立がいた。
「阿武隈さん、阿武隈さん大丈夫っぽい……?」
「……今は大丈夫らしいけど、かなりヤバい状況らしい。僕は今から明石さんのもとへ向かう。夕立は入渠ドックの準備をしてきてくれないか?」
「りょ、了解っぽい!」
そう言って、夕立は弾丸のように部屋の外へと駆けていった。
さて、僕もそう悠長なことはしていられない。急いで工廠へ向かわないと。
しばらくして、吹雪たちが帰投した。
ボロボロの阿武隈を、僕と明石さんで入渠ドックまで運んだ。
吹雪たちは、とても心配そうで、それと同時に申し訳無さそうだった。
彼女らに責任があったわけではないが。しかし、そう思ってしまうことには無理はない。
ともかく、彼女らに損傷はないらしかったので、一旦自室で待機してもらうことにした。
入渠ドックの扉の前には、僕と明石さんとの二人がいた。
「……申し訳ありません。守れませんでした、約束」
「……いえ、彼女は轟沈していません。まだ」
明石さんの放った「まだ」という言葉、僕にとってはとても重い言葉だった。
「明石さん、以前もこんなことが?」
「はい。提督が着任する前。前提督のときも、その前のときも、更にその前のときも。出撃した艦娘が、原因不明で轟沈させられる、という事件が」
沈めないでくださいという、約束。それは、明石さんからの切な想いだったのだろう。もう、見たくない、という。
「提督、意見を具申します」
明石さんが、そう言った。
「逃げてください。あなたは、若いです。まだまだ未来があります。そして……優しい人です」
「えっ……?」
聞き間違いかと思った。そうであって欲しいと願った。
けれど、違った。
「あなたのような人がここにいて、精神を病んでしまうなんてことがあってはいけない。幸い、着任して期間は短い。手続きは面倒でしょうが……私が全部引き受けます。他の鎮守府へ、逃げてください」
明石さんは、ポロ、ポロ、と大粒の涙を流していた。
……もしかしたら、僕は彼女にとんでもなくひどいことをしたのかもしれない。
希望を見せて、それを叩き潰した。
「提督、逃げても誰もあなたを責めません。……逃げてください」
掠れた声で、そう、言われた。
…………。
僕は……。
帽子のつばを掴んだ。
そして、深く被り直す。