とある鎮守府の最強の駆逐艦隊〜出撃制限――駆逐艦のみ〜 作:神崎てる
「吹雪、これ頼んでいいか?」
「……あっ、はい! 司令官!」
阿武隈さんの一件から数日後。最近、司令官の様子がおかしい。
もとより仕事を一人で抱え込む方だとはなんとなく察していだけど、一昨日辺りからは目元に隈がこびりついて、執務中にときおり頭を垂らしてるし。
秘書艦として執務の手伝いをしているので、そんな夜更けまでやるほどの仕事が回ってきているとはちょっと考えづらいけど、……もしかしたら司令官が隠してやってるのかも。
(そうだとしたら、……まだ私は信頼されてないのかなあ)
初期艦だし、一番長く秘書艦もやってるし、この艦隊では結構信頼されてるとは思ってたんだけど、……ちょっと悔しいな。
「…………」
司令官がジッと睨みつけながら……いや、たぶんアレは眠気をグッとこらえながら、書類を処理しています。
っと、いけない。観察ばっかりしてないで、私もしっかり自分のぶんの仕事をしないと。
資源の量についての資料に不備がないか、しっかりと目を通していく。うん、問題はなさそう。
いやまあ、問題があるといえばあるんだけど。この不気味なまでの資源の多さは異常といえば異常だ。倉庫に入り切らないほどの資源で溢れているだなんて、そんなもの大本営が作戦の要として放置はしないだろう。
だとするならば、なぜ私たちみたいな新米が? 戦況から考えても余裕があるような段階ではない。現状の戦線は膠着、あるいはジリジリと押され始めている頃との見方もあるらしい。どちらにせよ芳しくないことに変わりはないわけで。
(うーん……わかんない……)
悩んでも悩んでも、考えがまとまらない。手持ち無沙汰にペンをクルクル回しながら、すっかり次の資料に行くことを忘れていた。
ヴー、ヴー、ヴー、
突然、バイブレーションの音が鳴り始める。鎮守府内での通信用の端末だ。連絡が来るということは明石さんだろうか。
ヴー、ヴー、ヴー、
てっきりすぐ取るものだろう、そう思っていたがどうもまだバイブレーションが止まない。ふと、司令官を見てみると「寝たい」と、まるで顔に文字が書いているかと思うほどに眠たそうだった。
ヴー、ヴー、ヴー、
違う! そうじゃない!
このまま放って置いたら端末が落ちる!
「司令官! 着信ですよ!」
「はっ! ふ、吹雪。ありがとう」
司令官はそう言うと、今にも落ちようとしていた端末を手に取り、電話に出る。
「……はい、はい。……了解しました、今から向かいます。それでは」
そう言うと、司令官は通話を切り、端末を上着のポケットに入れる。
「工廠、ですか?」
「ああ。明石さんに頼んでいた仕事に少し進展があったらしくて。それについて進捗を伺うとともにどう発展させるかを話しに行く」
「あっ、あの……」
そういえば、昨日明石さんに会ったときに大きな欠伸をしていたのを思い出した。司令官のさっきの様子から考えるに、司令官も明石さんもろくに寝ていない。
そもそも明石さんになにか特別に報告が必要な仕事を頼んでいた覚えはない。少なくともここ数日においてずっと秘書艦として執務を手伝っていたが、そういった話は一切無かった。
そりゃあ明石さんは私よりもずっともっと艦娘としての経験も、工廠を任されていた経験者としてもベテランだ。
だけど、だけれども。
(仲間はずれはなんか、なんだか、嫌だ)
司令官と明石さん、ふたりっきり。そう考えると、なぜかどこかチクリと痛む。
どうしてだかわからないけれど、そこに私がいないのがひどく嫌だ。
「……どうした? 吹雪」
「その! えっと、もしよろしければ、なんですけど」
私も一緒に行っていいですか? その言葉が突いて出そうになって、すんでのところで止まる。
ダメだ。ダメだ。ここでついて行ってはいけない。
司令官も、明石さんも、大人だ。ここでついて行ってはうまく隠され、躱され、きっと二人でもっと仕事を抱え込むことだろう。
それでは、ダメなんだ。
「吹雪?」
「あっ、いえ! その、仕事をもう少し振っておいていただければ、司令官が行ってる間に進めておきますよ! ……と」
「それもそうか。だがしかし、さっきも相当な量振ったが大丈夫か?」
我慢だ。ここは、我慢しなければいけない。
「はい! 大丈夫です!」
今は、なにも勘付いていない、ただの平凡な吹雪でいるんだ。
「……そうか。なら、これも頼む」
そして、狙うべきは――夜。きっと、何かの作業をしているであろう、夜だ。
「それじゃあ、行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ!」
夜に奇襲を仕掛け、二人の寝不足の原因、その現場を抑える。
* * *
カーン、カーン、カーン。
工廠はその音を――しかし平時よりかは遥かに小さな音で――しかしながら間違いなく立てていた。
深夜。けれど、だというのに工廠はまだ眠っていなかった。
小さな音で作業を行っていたこと。艦娘の寮が騒音などの理由から工廠から離されて作られていたこと。これらが見事に噛み合った結果、今まで気づかなかった。
ゆっくりと、しかしはやる気持ちに追い立てられながら。
工廠にいる人たちに勘付かれないように、けれどできるだけ速く。
そうしてたどり着いた工廠のドア前。中からは明るい光が漏れ出ている。
それだけじゃない。工具の音が。そして、司令官と明石さんの声が。
予想が確信に変わり、事実として今目の前に現れた。
そっとドアに手をかけ、力を込める。
すうっと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。大丈夫、大丈夫。
覚悟は決めた。消灯時間過ぎてるのに外出してることには怒られるのも承知の上だ。
そもそも、司令官だって出歩いてるわけだし。夜中に起きたら寮にまで不審な音が聞こ……えてはこなかったけど、聞こえたし。うん、言い訳はある。
よしっ! 私は思い切りにドアを開け放ち、そして!
「そこまでです! 司令官! 明石さん!」
まるで推理小説で探偵が犯人を突き止めたときのように、そう言った。
中ではたくさんの妖精さん、そして工具を手に持ち油や煤で体中が汚れた司令官と明石さんが。
やっぱり、夜ふかしして仕事してたんだ!
「吹雪ちゃん……?」
「吹雪……なんでここに?」
キョトンとした様子で、二人はこちらを見つめていた。
「そこまでです! 今日のお仕事はもう終わってるはずです! 最近のお二人はすっごく眠そうです。睡眠が足りてません!」
私がそう言うと、二人ともとてもバツの悪そうな表情をした。やっぱり、自覚はあったんだ。
「とにかく! 今日の仕事はここまでです! 司令官も明石さんもこの鎮守府にとって大切な存在なんです。過労で倒れたら一体誰が代わりをこなせるんですか!」
現状、出撃任務を凍結している段階の私たちにとって、艦娘は訓練するほかやることがほとんどない。それ故、例えば仮に私が倒れたとしても、秘書艦として司令官の補佐をすることができる人は多い。
けれど、司令官と明石さんはそうはいかない。司令官が居なければ鎮守府は回らなくなる。明石さんがいないと工廠を切り盛りできなくなる。
特に司令官は私たち艦娘と違い、普通の人間だ。無理に対するツケは私たちのそれの比にならないだろう。
「もし、もしそれでもこうやってなにかやるって言うんだったら、それなら!」
けれど、それでもこうやって理由あって夜にやるしかないんだったら。それなら、せめて。
「私も仲間に入れてください! ……ほ、ほら? ふたりとも何か装備作るためにここでいろいろやってるんですよね? それなら実際に使ってる人の意見もあったらいいかなーとか、ううん、それだけじゃなくってふたりでやってると際限なくやっちゃうからストッパーが必要かなーとか」
自分で言っていて、あまりの決まりのなさに恥ずかしくなる。取ってつけたような理由というのが見え見えで。けれど、だけれども。
仲間はずれは、嫌なんです。
どうしてだかはわからないけど、チクチクするんです。