空はまだ白く、小学校の放課後の時間帯であった。他の小学生の姿はほとんどなく、右側に音街ウナ、左側に東北きりたんが隣り合って歩いていた。
ウナはきりたんから渡されたスマホの画面に映る画像を観賞するようにまじまじと見ていた。前方から来る自転車や歩行者を避けながら、親指と人差し指で画面を拡大したり、人差し指で横にスライドして別の写真を見たりしていた。2、3枚程度の間隔で彼女は、わぁ、綺麗!これ、可愛い~。どこで撮ったの?と自分の喜びを表現するように、スマホに映る画像をきりたんの視線上に持っていき、見せていた。
きりたんは歩行者などを避けるために早くなったり、遅くなったりする不規則なウナの歩くペースに意識して合わせていた。そして、ウナが画面を見せてくる度に、自慢話でもするようにウナの溢れ出す感情に応えていた。だが、ウナが画像を一枚、また一枚とスライドする度に見せられないような画像を見せてしまわないだろうかという一片の不安も感じており、何度も彼女の表情やスマホの画面を覗いていた。
「うん、やっぱり、東北のお姉ちゃんは綺麗な人だね。東北がここまで褒めるのも分かる気がするよ」
ウナはそう言い、良い物を見ることが出来て、満足といった表情でスマホをきりたんに手渡した。ウナは、よっ、とランドセルの肩ひもの位置を微調整した。
「当然です!ずん姉さまはこの世で一番美しいんですから。かわいいは正義ならぬ、ずん姉さまは正義なのですよ!」
きりたんはランドセルのスマホケースにスマホをしまうと胸を張り、通常の2、3倍の声量で高らかに宣言するように語った。彼女を横で見ていたウナは、そっか、と愛想笑いなのではなく、表裏の表から感じられる喜や楽に分類される微笑みをしていた。だからこそ、きりたんも声が途切れることもなく、自分を表に出せるという安心感を覚えていた。
きりたんの姉自慢はしばらく続き、その内疲れたのか、話は止まり黙って歩き始めた。
「東北さぁ、授業だと何が好き?クラス違うしさ、何か東北のクラスの授業の方が楽しそう」
沈黙を破るためにウナは興味本位で口を開けた。きりたんは、うーん、と思考を巡らせた。
「特にないかな。クラスが違うっていっても、そんなに特別な授業はしてないよ?」
「でもさ、きりたんのクラスって水奈瀬先生でしょ?いいなぁって思うな。私のクラスの先生はあんまり、パっとしないし」
「うん、水奈瀬先生のクラスで良かったって、ちょっとだけ思ってる」
少しきりたんの頬が緩むと、ウナはすかさずニヤニヤと彼女の顔をのぞいた。
「あれ~?東北、何か照れてる?」
「照れてないよ!」
きりたんはむっとし、ウナは、じゃあ、苦手な授業は?と次の話題として聞いた時だった。
「あれ、きりたん?」
誰よりも周知しているその声に反射的に声のする後ろへ、きりたんはぱっと向いた。ウナは、ん?と声をかけられた時のようにゆっくり後ろを向いた。その人物を象徴する緑色の長髪や枝豆の髪飾りをした顔で何者かをきりたんは確信した。視覚から感覚が胸へと伝わり、彼女は歓喜に近い安心感を覚えつつ、その感情のまま声を出す。
「ずん姉さま、おかえりなさい!あ、たしか、テスト期間で早いんでしたよね」
「うん、ただいま。そう、そう。だから今日は早いの」
ずん子はきりたんと普段の軽い会話を交わすと、隣にいるウナの存在が思わず気になり、視線を移していた。
「えっと、きりたんと同じクラスの子でいいのかな?初めまして、きりたんの姉の東北ずん子です。よろしくね」
ずん子は体を少しウナの方に傾けて、表情はどこか嬉しそうに初対面の挨拶を交わした。
ウナは先ほどまでずん子の写真をすすんで見ていた手前、その本人が現れ、何かやましい気持ちになり動揺してしまっていた。
「あ、えっと、そ、そう、いや違」
とぎごちなく文章の部分、部分を言いながらきりたんに助けを求めるように横目で見たが、そのアイコンタクトをきりたんが瞬間で理解出来なかったようで、ウナは一人であたふたしてしまっていた。
「隣のクラスですけど、私は東北さんの友達の音街ウナです。ずん子お姉さんのことは東北さんからよく聞いていました。こちらこそ、よろしくお願いします」
平常心をすぐに取り戻し、頭をそっと下げて、礼儀正しく言い終えた。
友達の部分を強調して言っており、頭を上げるとウナはそれを表すようにニコっときりたんの方に笑顔を向けていた。きりたんはその満面の笑みに思わず、さっと顔を伏せてしまった。顔を伏せるのと同時にずん子もきりたんに視線が移っていた。
「きりたん、友達が出来たんだ。良かったね、きりたん」
ずん子はウナが言った「友達」という内容で口調がより明るくなっていた。それは今までずっと一人で寂しい思いをしてきただろう過去と現在のきりたんに問いかけているようだった。きりたんは顔を伏せたまま、特に反応はなかったが、ずん子はきりたんに友達が出来たというのが何より嬉しそうだった。
「あれ?音街ウナって、あのアイドルの?あ、オタマン帽をしてるもんね。へぇー、きりたんと同じ学校だったんだ。知らなかったよ」
そうなんですよ、とウナは軽く相槌を打った。
ずん子はその後、視線を一度きりたんの方に移し、またウナに戻した。
「きりたんはちょっと素直じゃない所があるけど、これからも、きりたんと仲良くしてね」
最初は自宅などにいる普段のきりたんの様子を隠さず表すように言い、最後はウナにきりたんを任せるように思いを込め、言っていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ずん姉さま!」
ずん子がきりたんのことをスラスラと述べるため、きりたんの表情が緩み彼女の名前を強く呼んだ。そのまま、ずん子の腕を引っ張りすぐにその場を離れようとした。
「ごめんね、音街ちゃん。これ、恥ずかしがってるだけだから。良かったら、今度家に遊びにおいでよ。美味しいずんだ餅をご馳走するから」
ずん子はきりたんに腕を引っ張られながらも、体は出来る限りウナの方に向けて、その状態を楽しんでいるように少し早口で喋っていた。
「は、はい。東北、また明日学校でね」
ウナは少し戸惑いながらも、きりたんに向かってだけ問いかけた。きりたんはずん子の掴んでいた腕を一旦、離し
「うん、音街、また明日」
と静かに二人だけで言葉を交わした。