その日は、きりたんは普段と変わらず、一日を過ごし放課後にウナといつものように一緒に下校をしていた。今日は言えなかったな、ときりたんは普段よりもランドセルが重く感じていた。
「ねぇ、東北は天気だと何が好き?」
いつものように唐突な切りだしでウナは会話を始めた。
「天気?うーん、やっぱり晴れかな。雨の日はゲームをやってる時に、雨の音が入って嫌なんだよね」
ウナは会話が繋がったことに嬉しく思い、会話を続ける。
「私も晴れが好きだな。雲一つないんじゃなくて、ちょっと雲があるぐらいの晴れが好き」
きりたんは、でも、と言って冗談交じりの口調に変わった。
「体育の日は雨がいいかも。それで、学校が終わったら晴れて欲しい」
「台風とかが来て、学校が休校になってから晴れたりとか」
ウナもその口調に率先して合わせ、共感して二人は笑った。
「雨は泣いている時なんてよく言うけど、そんな天気だと感情揺れまくって忙しい人だね」
ウナはきりたんのその言葉に、確かに、と言って笑って見せた。
そんな普段と変わらない会話をしている時に二人は信号も横断歩道もないが、車の行き来が多い交差点を通った。
その時ウナは、コンと何かが地面に落ちた音に気が付いた。ちょうど道路の真ん中にランドセルに付けてあるストラップの一つが落ちたのだと、後ろに視線を送ることで認識出来た。
反射的に、パッとストラップを拾おうと道路の真ん中で屈み、手がストラップに触れる瞬間だった。
ウナは右側から来る車の存在という断片の恐怖と共に後方へすぐに跳ねた。車はストラップを潰し、そのまま通り過ぎて行った。彼女は尻もちを付いて、断片だったものが現実として時間差で襲われ、息が激しく乱れた。
「音街!大丈夫!?」
きりたんの言葉を聞き、ウナは乱れた呼吸を整えながら、立ち上がった。その後、スカートに付いた小石を払った。
「あはは、危なかった。ひかれるかと思った」
大丈夫だと思わせるように、ウナは冗談交じりにそう言った。だが、きりたんの様子がいつもと違うことはすぐに分かった。自然とウナから、どうしたの?という言葉を出させた。
「どうして、笑ってるの?」
怒りそう、泣きそう、そういう感情が溢れる直前の兆しをきりたんからウナは感じ取っていた。ただ、それがどういう感情を意味するのか分からなかった。
「え、だって、危なかったけど、ほら、私怪我も何もしてないしさ」
彼女はほら、安心して、と両手を横に広げ、体の前、後ろときりたんに見せた。ウナは体の向きを前に戻したが、きりたんの表情が和らぐことはなかった。
「ストラップは壊れちゃったけど、他にも沢山あるしさ・・・」
「そうじゃなくて!」
その張り上げた声にウナは思わず肩を震わせた。
「もっとちゃんと車とかに気を付けてよ」
きりたんのまだどこか冷静で、模った感情が溢れている訳ではなかったが、声はわずかに震え、右手の親指だけ残して、他の指でスカートの端を強く握りしめていた。ウナは何とかきりたんを落ち着かせようと口を早々と動かす。
「うん、分かったからさ。きりたん、どうしたの?私、大丈夫だよ。本当にどこも怪我とかしてない・・・」
「もっとちゃんと返事してよ!」
きりたんの怒りの感情が溢れかえった瞬間であった。だが、理不尽というよりかはどこか違和感の方が強かったウナは反発するように声を上げる。
「きりたん、何か変だよ!クラスで何かあったんじゃないの!?私達、友達でしょ!相談にだって私のるよ!」
お互いの感情がぶつかり、ウナはぐっと頬に力を込め、目を見開いていた。きりたんはウナの気迫から声を潜め顔を伏せ、沸々と溢れかえるように、だって、だって!と涙交じりの途切れそうな声を出した。すぐにパッと顔を上げると涙が頬を伝い、頬や目にしわが乱れるように寄り、泣き顔になっていた。
「音街がー、音街が!もし死んじゃったら、私、私!」
そう泣き叫ぶときりたんは両腕で顔を隠し、その場でうずくまってしまった。
ウナが今まで見たことも聞いたことも全く経験したことない、その状況にウナはまず理解が追い付いていなかった。彼女が知っている隣で一緒に話をするきりたん、姉やゲームの話になると饒舌になるきりたん、そのきりたんがなぜ、感情を剥き出しにして目の前でうずくまって泣いているのだろうか。分からない、という感情と共に30秒近く立ち尽くすことしか出来ないでいた。
ひたすらに困惑しながらも、それでもウナはきりたんの隣に腰を下げ、うずくまったきりたんの高さと自分を同じにすると、肩を揺すった。
「東北、私が悪かったからさ。もっとちゃんと謝るから、ねぇってば」
何度もウナはきりたんを揺すってみたが、ただ静かにきりたんの体が横に揺れるだけだった。
ウナはどうしよう、と立ち上がりあたふたと戸惑い、この状況に対する自身の非力さから徐々に感情が高まっていた。それが涙として溢れかえろうとするのが分かると、咄嗟に彼女の姉の存在が脳裏をよぎった。
また腰を下げて、これで反応がなければきっと泣いてしまう、という不安とともに言葉は自然と早くなった。
「たしか、テスト期間でずん子お姉さんの帰りが早いって、東北言ってたよね。だから、きっと家にいるだろうからさ、帰ろうよ?ずん子お姉さんが家に帰ればいるよ。だから、帰ろうよ」
これでいいかな、と不安がウナの中でよぎったが、きりたんは顔を隠したまま、ゆっくりと頷いた。
きりたんがゆっくり立ち上がり、ウナが、行こうか、と前へ進みながら言うと、きりたんはウナの手首寄りの腕を片手で弱々しく掴んでいた。ウナは何も言わず、きりたんの自宅に向かい始めた。その間、二人に会話はなかった。