廊下を出て、きりたんの部屋の前に着くと、ウナはノックをした。
「東北、ウナだけど入るよ?」
中から、うん、と細い返事が聞こえた。
ウナが襖を開けて、部屋に入るときりたんは座布団の上に正座し、ウナの方を見ていた。
「えっと、東北、調子はどう?少しは落ち着いた?」
「うん、もう大丈夫。あのさ、音街、一緒にゲームしよ」
ウナはいいよ、とすぐに了解し、きりたんの隣の座布団に正座した。ランドセルとオタマン帽を横に置くと、コントローラーを手渡された。
「ねぇ、東北、何のゲームをするの?」
「レースゲームだけど、やり方大丈夫?」
体を伸ばし、ゲーム機に電源を入れつつ、きりたんは体を少しウナの方に向けて言った。
うん、大丈夫だよ!と言ってウナは座布団の上で軽く跳ね、きりたんもコントローラーを握った。
ゲームが始まり、きりたんは当たり前のようにスタートダッシュを決め、ウナは遅れてスタートをした。きりたんはほとんど体を動かすこともなく、黙々とコントローラーを操作していた。ウナはカーブの度に体を左、右と少し曲げたり、レース場の演出におぉーと何度か反応を示していた。
半周程差をつけた辺りで、きりたんは、あのさ、音街、とウナに声をかけた。ウナは、ん、どうしたの?とお互いに画面を見たままで会話を始める。
「あの時はごめん」
「何で、東北が謝るのさ。私だって注意不足だったのは良くなかったし、ごめんね」
「でも、驚いたでしょ?」
「それは驚いたよ!東北があんなに取り乱す所なんて初めて見たからね」
「あのさ、あれはさ・・・」
「大丈夫?無理に言わなくてもいいよ?」
「ううん、大丈夫。ずん姉さまが前に大きな事故、うーん、事故でいいのかな?大きな怪我をしたんだよね」
「ずん子お姉ちゃんが!?でも、今は元気だよね」
「うん、今はもう大丈夫なんだけど。私、その時すごく心配して、本当に心配で、ずん姉さまがいなくなるんじゃないかって思ってた」
「その時のこと思い出しちゃった?」
「それもあるけど、音街、音街がさ」
「私?」
「いなくなったら、嫌だなって思ったら、なんか、その」
「そっか、そうだったんだね。ありがとう。教えてくれて」
「うん、何か、ずん姉さまにもなんかホント子供みたいにくっついてさ」
「いいんだよ。東北も私もまだ子供でしょ。それにさ、あれって私のことを嫌いになったとかそういうことじゃないでしょ?」
「それは・・・、うん。音街のことを嫌いになんかならないよ。今だって、こうやってゲームしてくれて、その、嬉しいし」
「うん、ありがとう」
その言葉と共に1レース目が終わった。
「2レース目もいい?」
きりたんが圧倒的大勝をしてしまったために、きりたんは少し控え目にそう聞いた。もちろん!とウナは笑顔でそう答えた。
2レース目のコースを選びながら、きりたんはぼそっと口を開ける。
「音街、ありがとう」
「ん?東北、今何か言った?」
だから、その、ときりたんは口を濁らせていた。
それはずん子に言われていたという動機も少なからずあったのだろう。いつも話に付き合ってくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。私のことを見ていてくれてありがとう。そういう思いが心の中に溜まっていき、きりたんからこの言葉を自然と出させたのだろう。
「私と、あのさ、と、とも、友達に、なってくれて、その、ありがとう」
きりたんはコントローラーを握ったまま、顔を少し伏せて、そう言いきった。心の中は破裂しそうに、高まり燃えたぎっていただろう。
「え?もちろん、私も友達になれて、嬉しいよ。こちらこそ、きりたん、ありがとうね」
ウナはスタートダッシュを決め、きりたんはスタートダッシュを失敗した。
「あれ?きりたん、もしかして動揺してる?」
「してない!」
「え、だって、きりたん、スタートダッシュ失敗してるし」
「してない!」
ウナはわざとらしくきりたんの名前を呼び、思った通りの反応を見せるきりたんの姿に頬を緩めずにはいられなかった。きりたんは心の激しい鼓動のためにコントローラーが少し震えていたかもしれない。
「ありがとうね、きりたん」
「え?今、何か言った?」
「ううん、何でもない」
2レース目はそれでも、きりたんが僅差で勝利した。
夕方頃になると玄関で帰り支度をしたウナ、ずん子ときりたんが集まった。
「音街ちゃん。また、いつでも遊びにきていいからね」
靴を履き、ウナはランドセルを背負い、オタマン帽を被るとずん子の方をぱっと向いた。
「うん、また来ますね」
「ほら、きりたんも挨拶」
ずん子はきりたんの背中をそっと押してあげると、きりたんはウナに、これ、と言って模型のずんだ餅が付いたストラップを手渡した。
「これ、私にくれるの?いいの?」
ウナは広げた両手の上に置かれたストラップを一度確認してから、ワクワクするようにきりたんの方を見た。
「ストラップ壊れたでしょ?だから良かったら、これ代わりに使って」
ウナは早速、ランドセルの横にそのストラップを付けた。
「うん、似合ってるよ。音街ちゃん」
「ずん子お姉さん、今日は本当にありがとう。きりたんも、また明日、学校でね」
「うん、また明日。ウナ・・・ちゃん」
ウナは、ウナでいいのに~、と笑って見せてから、きりたんの家を後にした。空は満天の白さの中に少しオレンジかかったものに変わっており、制服、体操着やウェアを着た中高生が徒歩や自転車で登下校をしていた。その中に混じって、ウナは私服とランドセルの肩ひもをキュッと掴んで、自身の存在感を噛みしめていた。
少し進むとちょうど交差点があり、頻度はそこまで多くはないが、車が行き来していた。
あ、とつぶやき、ウナは一度立ち止まった。慎重に道路に顔をのぞかせて右、左と確認してから渡り、ふふふ、と微笑んでみせた。
明日はきりたんと何の話をしようかなぁっと思いながら、ウナが歩くたびにランドセルに付けたずんだ餅のストラップが何度も揺れていた。<了>