–––––何処にでもある様な少し洒落た通り。流れていく人混みの中、俺の視線の先には、賑やかな集団がいた。スーツを着た至って普通の青年(と言うには少しだけ目が腐っているが)を8人の美女美少女が取り囲んで、笑ったり恥ずかしがったり、それぞれが表情をコロコロと変えながら、楽しそうに話している。
その中には、最近になって、少し話すようになった少女、神谷奈緒もいる。彼女は確かアイドルだったから、他7人の少女達もアイドルなのだろう。
しかし、その中心にいる青年は、こう言っちゃ悪いが、あの少女達と、全く釣り合っていない気がする。彼は至って普通。いや、顔立ちは整っているのだが、目が全てを台無しにしている。面白い人柄なのかと思えば、そんなによく話すわけでもないし、偶に返答にキョドッている。あの顔面偏差値の高い集団から見れば、かなり異質だ。今も周りの男共から、殺意の視線が寄せられている。
しかし彼は、それに慣れているのか、周りの視線を気にしていない様子だった。そして彼はなんともない風を装いながらも、時折ふと微笑む。その目は腐っているが、その奥には何気無い、しかし他の誰も持っていない様な、強い優しさが灯っている。
彼のそんな表情に気付いた彼女達は、からかったり、ニヤニヤしたり、微笑んだり、にぱっと笑ったり、様々な反応を見せるが、全員の表情には一様に彼が笑顔を見せたことへの嬉しさが滲み出ている。そんな光景が、目の前で繰り広げられている。
ああ、きっとこれは、夢なんだろう。でなければ、こんな優しく、微笑ましいモノは、俺には見られる筈がない。
段々と視界が白く染まって来た。見えなくなっていく視界の中、俺は、最後に少しばかりの安らぎを与えてくれた夢に感謝し、目を閉じる–––––
「………ん…。」
意識が覚醒する。目の前には家のものでも病院のものでもない、見慣れない天井が広がっていた。これが所謂、知らない天井だ……なのだろうか?
何だかとても心の安らぐ夢を見た気がする。まぁ取り敢えず、今その夢の話は置いとこう。体を起こして……ぱさりと、肩から何かが落ちた。下を向くと、腰から下に毛布が掛けられていた。きっと俺が起きるまでは肩まで掛かってたのだろう。誰かがかけてくれたのだろうか?
気を取り直し、周りを見渡す為にまず右を向く。真横の俺から少し離れたところに、姿見用の鏡が置いてあった。その鏡には、見あきてしまう程何度も見た自分の顔が写っていた。その顔は最後に見た時より幾らかやつれている様に見える。
「–––––俺は、死ねなかったのか。」
自分のやつれた顔を見て、何よりも先にそんな思考が頭に浮かぶ。自然と口から出た言葉と一緒に、自分への嘲笑が漏れる。死ぬことすら出来ない自分に、ほとほと嫌気がさす。
『ゴトン……ガチャッ』
俺の目の前にあるドアの向こうから物音がしたと思うと、何処か別のドアが開かれる音がする。誰だったのかは気になるところだが、それを追う気力は、今は無い。
今度は首を左に回す。そこには、木製のイスに座り、机に突っ伏しながら眠る女性がいた。ボブカットの緑がかった黒髪。スラリとしたシルエットは、机に突っ伏した体制でもスタイルの良さがわかる。顔のパーツはこれ以上ない程整っていて、さながら精巧な人形の様だ。その彼女の顔には見覚えがあった。と言っても、話した事なんてないが。何せ俺は、この人のファンなのだ。
高垣楓。現在での346の頂点に立つ、誰もが認めるトップアイドル。彼女の美貌は、見た者をたちまちに魅了し、その歌は、聞いた者のココロを震わせる。
俺が彼女のファンになったのは、彼女がまだ人気の無い、灰かぶりだった頃、自宅の最寄り駅から少し離れた広場で、彼女は歌っていた。あの時本を買いに来ていた俺は、彼女を見て、彼女の歌って踊るその姿に、自然と足を止めていた。
俺以外は目もくれず通り過ぎていく中、彼女は、笑みを終始絶やさなかった。気がついたらいつのまにか、ライブは終わっていた。彼女の歌に、踊りに、そして笑顔に目を離せなかった。
そして彼女は最後に、その日1番の笑みを浮かべて、たった1人の観客に向けて、“ありがとうございます!”と、大声でそう言った。あの時の彼女の笑顔は今でも脳裏に焼き付いている。
彼女はもうこんな腐り目のことなど、覚えて無いだろう。だから俺は、彼女に出来た最初期のファンとして、彼女を応援していた。彼女には何度も助けられた。どんなに辛い時だって、どんなに悲しい時だって、彼女の姿を見ていると、彼女の歌を聴いていると、ココロの何処かがふわりと温かくなり、まだ彼女を見ていたい、また次も頑張ろう、と思えるのだ。
んで、その高垣楓が今俺の目の前にいるのだが。喜びや驚きよりも先に、困惑してしまう。
「すぅぅーはぁぁー」
深呼吸をした後、取り敢えず、タオル掛けに掛けてあったタオルケットを濡れてないか確認してから、彼女の肩に掛ける。身体が冷えたら大変だ。掛け終えたところで、ある考えに思い至った。
「あ、そっか。これ夢か。」
成る程。夢だったら合点がいく。こんな場所俺は見たことも無いし、今ここにいる彼女だってきっと俺の会いたいという気持ちが創り出した産物だ。そうじゃなきゃ今やトップアイドルである彼女がこんなところにいる訳がない。
でも、夢の中で夢を見るって何気に凄い事してんな、俺。こんな変なことなかなか「夢じゃ、無いですよ。」な……い……。
そう言うと、彼女はむくりと起き上がり、ふぁ、と可愛い欠伸をした後、背筋を伸ばして凝った身体をほぐした。そこで先程掛けたタオルケットに気付いたのか、ふわりと笑って「掛けてくれたんですね。ありがとうございます。」と言った。その後椅子に座り直し、姿勢を正す高垣さん。蒼と翠のオッドアイが、俺を真っ直ぐに見据える。
「夢じゃ無いですよ。あなたはこの346プロダクションの裏口付近で倒れていて、それを見つけた奈緒ちゃん達がここへ運んだんです。」
奈緒ちゃん……あぁ。神谷か。また会えたらお礼、しなくちゃな……。まぁ、会えたら、だけど。ていうか、ここ346プロダクションなのか。通りで高垣さんがいるわけだ。
「あ、えっと、奈緒ちゃんは……」
「あぁ。大丈夫です。高校が同じで知ってます。」
「そうですか。……成る程。だから……」
後の方声が小さすぎて分かんなかったが、まぁいいか。
「では俺はこの辺で。ありがとうございました。長居してしまったうえに何も返せるものがなくてすいません。あと、神谷にありがとうと伝えておいてくれると嬉しいです。」
「えっ⁉︎」
何故か驚く高垣さん。別に変なことは言ってないと思うんだが。部屋を出るべくドアノブに手を掛けると、服を引っ張られる感覚を感じた。振り返ると高垣さんが制服の袖を引っ張っていた。俺の身長は高垣さんより5センチ程高く、そうすると自然と高垣さんが上目遣いをするかんじになってしまう訳で……
「あの……もう、帰っちゃうんですか……?」
あぁ。ここが
ここで俺がオーバーだと言う人は考えて見てほしい。絶世の美女が少し悲しい表情+涙目+上目遣いで“もう帰っちゃうんですか”だ。可愛くないわけが訳が無いだろう。更に言うと俺はこの人の大ファンだ。これで嬉しく無かったら人じゃ無い。ズルすぎる。こんなんチートやチーターや‼︎
「あの……」
どうやら少し考え込みすぎていたようだ。高垣さんが少し不安そうな顔をしている。
「あ、しゅいましぇん。らいじょうぶれしゅ。」
「……」
「……」
「…………くすっ」
あ”あ”あ”ぁぁぁぁぁあああああ‼︎⁇恥ずかしいよお”ぉぉぉぉおおおお‼︎‼︎何でここで噛んじゃうんだよぉぉぉぉぁぁぁぁああああ‼︎‼︎
…………しにたい。
あまりの恥ずかしさにその場に蹲る。きっと今俺のお耳は真っ赤っかになっていることだろう。
「ふふっ。可愛いですね。比企谷君は。」
「……そこまで嬉しく無いですね。っていうか何で俺の名前知ってるんですか。」
「奈緒ちゃんに教えて貰ったんですよ。……ふふっ。」
「じゃあ俺はこれで。」
「ああっ⁉︎ちょっと待って下さい‼︎」
また高垣さんに引き止められる。今度は何だというんだ。
「まだここにいて下さい!ちゃんと理由があるんです‼︎」
理由?
「その理由って何ですか?まさか今から一緒に酒飲みましょうとかじゃ無いでしょうね?返答次第じゃ直ぐに退出させて頂きますよ。ていうか出させて下さいお願いします。」
「大丈夫。プロデューサーがあなたに会いたがってるんですよ。どうやら比企谷君がどんな人なのか、今迄何があったのかを聞いてみたいそうです。」
プロデューサーが俺に?そんなこと有り得るのだろうか?それと俺のお願いは完全に無視ですかそうですか。
「それに……」
「?」
「あなたの顔を見てると最近ちゃんした食事をしてないことが丸わかりです。あなたには今日ちゃんとしたご飯を食べて貰います!」
…………え?
どうも作者です。今回は楓さん登場回でした。ちゃんと書けていたでしょうか?いろいろ酷かったと思いますが許して下さい。これが作者クオリティです。
タグ
軽いご都合主義←NEW‼︎