あの後、俺は武内さんと一緒に、ここ346プロダクションアイドル部門で、1番大きい権利を持つ人–––––美城常務の部屋へ来ていた。いくら武内さんがOKを出したといえ、総責任者。この場合は常務に許可を取らないと、そもそも働けない。自分としてはあまり行きたくないけど、今はどうこう言ってられない。武内さんは大丈夫だと言っているが、客観的に見て今の俺は超怪しい。ここの近くでぶっ倒れていただけでも怪しいのに、この腐った目である。大丈夫じゃないだろう。というか大丈夫じゃない。でももう後ろへは引けない。自分の出来る限り手を尽くそうと、腹を括った。
「……着きました。ここが美城常務の執務室です。」
「は、はい。」
思わず、声がうわずる。ドアに貼られたプレートには常務室の3文字。それを見て、一気に心臓の動きが加速する。
1度、深呼吸をする。すると震えた息が出てくる。もう1度、深呼吸。今度は震えは無くなった。幾らか心臓の拍動もマシになっている。
ちらりと、待っていてくれた武内さんを見る。目が合うと、武内さんはこくり、と頷いた後、ドアをノックした。
「武内です。比企谷君を、連れてきました。」
ドアの向こうからいいぞ、と声がした。
失礼します、と声を上げる武内さんによって、ドアが開かれる。
最後まで、出来る限りを尽くそう。俺の居場所を作る為に。俺なんかに期待してくれる人達の為に。
「失礼します……!」
絶対に、掴み取る……!
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「ほう。君が比企谷か。話は聞いている。取り敢えずは君のことを見極めたい。早速だがいくつか、質問をさせてもらう。」
今俺に声を掛けた、部屋の奥にある作業机の椅子に座っている彼女が美城常務だろう。整った顔立ちで、ウェーブのかかった黒髪を1つに纏めている。きっとモデルや女優と言われても普通に信じてしまうだろう。その鋭い相貌は、油断無く俺を見据えていて、その視線に思わず竦んでしまう。さらに、彼女の背後の窓ガラスから差す光によって前に影が差し、威圧的な雰囲気がさらに強くなっている。
だが、ここで引くわけにはいかない。震える体を無理矢理止め、震える声も無理矢理直し、はい。と強く、返事をする。
それから俺はいくつか質問を受けた。俺がどんな人間なのか。どんな事が出来るのか。それと、学校での俺の行動の理由–––––何でそれを知ってるのかは教えてくれなかった–––––。それといくつかの質問を、俺は全て嘘をつかず、正直に話した。準備も何もしていないところで嘘なんてついてもこの人には通じないだろうし、なぜかよくわからないが、ここで嘘は、つきたくなかった。
「……そうか。随分と優しいんだな。君は。」
「……いえ、そんなことはないですよ。」
「いや、君は優しい。他人にそこまで出来る者は、そういない。」
一瞬だけ、少し柔らかくなった視線は、またすぐに鋭い物に戻った。
「話を戻そう。これが最後の質問だ。これだけは絶対に正直に答えてくれ。もし嘘がわかったら、即、君は不採用だ。だからくれぐれも気をつけてくれ。」
「……はい。」
これが、本命か。思わず身構える。緊張の所為か、身体中から変な汗が噴き出す。同じく緊張でカラカラになった喉も、唾を飲み込んで潤す。
「では、質問だ。君はアイドルという仕事をどう捉えている?」
アイドルという仕事、か。俺にとって、アイドルはどんな存在なんだろう。思い浮かぶのは、神谷とのたわいもない会話や、高垣さんや木村さんにかけて貰った言葉。そして、彼女らが浮かべていた笑顔だった。
少しの時間、考えた後、真っ直ぐに美城さんを見据え、俺は話し始める。
「前は、アイドルっていうのは、上っ面だけの笑顔を貼り付けて、歌って踊って、それに引っかかった奴らから金を搾り取る。そんな仕事だと思ってました。正直、あまりいい印象は持ってなかったです。」
「……ほう?」
美城さんの目が険しくなり、一層圧が重くなる。まぁ、自分の仕事を否定されるのは、いい気持ちにはならないだろう。でも、何でだろうな。普段じゃ絶対にこんな自分が不利になるようなことなんて言わないのに。今日はずっと、変な感じだ。
美城さんは俺の話が止まっていたのに気づいたのか、眉をぴくりと動かしてから、「すまない。続けてくれ。」と続きを促した。
「はい。
……でも、それは違いました。最初に高垣さんのライブを見た時、驚きました。必死に歌って踊って、心の底から楽しそうな顔をしていたんです。何であんな顔ができるんだって思って、追っかけ始めて。あの笑顔を見てると、元気になって、また聴きたいからまだ頑張ろうって思えて、気がついたらどっぷりはまってました。神谷も、木村さんも、笑い方は全然違うけど、みんな、人の心を動かすような、見ている方が元気付けられるような、そんな笑顔をしていました。」
「今は、アイドルは、心の底からの笑顔で元気を、次に向かう勇気をあげる。そんな仕事だと思ってます。現に俺は、彼女らの笑顔に助けられた。ちょっとありきたりで安っぽいかもしれないですけど、これが、今の俺の答えです。」
「……そうか。」
美城さんは、未だ鋭い目を向けたまま、呟く。数秒、俺をじっと見てから、ふぅ。と息を吐きながら一旦ゆっくりと目を閉じて、直ぐに開ける。
「これで質問は終わりだ。御苦労だったな。早速だが、答えを出そう。」
この場の緊張が一気に高まる。心臓の音が鳴り止まない。口の中には、既にカラカラだった喉を潤す筈の唾も、もう無い。
それでも、なんとか喉を絞り上げて、なんとか、はい。と声を出す。
一瞬の間の後、姿勢をもう1度正した美城さんから、答えが出される。
「残念ながら社員として雇うことは出来ない。ここ346プロは芸能事務所の最大手だ。まだ17の元高校生など正社員はおろか契約社員にすらできん。社員としては無理だ。君は雇えない。」
「……ぇ……ぁ……?」
頭が真っ白になる。ダメだった?覚悟を決めたのに?高垣さん達に期待して貰ってたのに?もしかしたら、ここなら、俺の見つけたいモノが見つかるかもしれないのに?ダメだ。思考がまとまらない。どうすれば?どうすれば?どうすればッ⁉︎
……ッそうだ!説得。説得しないと!このチャンスを、あの人達が作ってくれたチャンスを、掴まないとッ……
しかし、説得の為の言葉を出す筈の口は、パクパクとするだけで、何も話してはくれなかった。
絶望や苛立ち。焦燥のないまぜにした感情が、俺の顔を酷く醜く歪ませる。ごちゃごちゃな頭で考えるが、何1つとして名案も妙案も浮かばない。それが焦りを加速させ、余計に喋れなくなる。
もう諦めろよ。どこからか、声が響く。その声は無駄にはっきりと聴こえて、さっきまでの俺を小馬鹿にする様に嘲笑っている。これでわかっただろ?もう無理だ。もうお前に出来ることなんて何も無いんだよ。と、昏く、昏く、嗤いながら。
……もう、ダメなのか……?俺は、やっぱり、何も出来ないのか……?
皆さん、ごめんなさい。ごめん、なさ–––––
「す、すまない。少し間を伸ばし過ぎた。話はまだあるから落ち着け。泣くな。」
少し焦りながら話を切り出す美城さん。
「えっとだな、私は社員として・・・・・は駄目と言った訳でな?その、つまりだな……。」
……?え?社員として?えっと、それって一体……
……ん?社員として・・・・・?
…………あっ
「つまり、君をバイトとして雇おうとしていたのだが、あくまでバイトだから、その境界線は引いておいてほしくてな。先にそう言っておきたかった。直ぐにバイトとして雇うことは言うつもりだったのだが、勘違いをさせてしまったようで……その、すまない。」
こうして、346プロにはまた1つ、屍が作られたのであった。って今日俺2回死んでんじゃねーか。仕事しろヒーラー。……あ、いっけね。俺ボッチだから回復かけてくれるような人いないじゃん。
常務の口調、違和感があったらご指摘下さい。