魔法少女リリカルなのは 〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜   作:わんたんめん

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ここでA.s編は終わりです。とりあえず、一区切りがついたことに安堵しています。
まずはそのことに皆さんに感謝を申し上げます。ありがとうございましたm(_ _)m


幕間 残された者たちの決意/新たなる戦いの狼煙

空から天使の羽のような雪が降り注ぐ中、フェイト達はたった一人で闇の書の闇の破壊へと向かったヒイロを待っていた。

なのは、フェイト、そしてはやての三人の少女達は降り注ぐ雪に一抹の不安を覚えながら、あの身の丈程もある純白の翼、ウイングガンダムゼロ が降りてくるのを待っていた。

 

しかし、いつまで経っても、天からは白い雪しか降りてこない。

まさか、軌道上で何かあったのだろうか?一同の心のなかに不安の陰が入り込む。

 

 

「エイミィ・・・?状況は、どうなったんだ?」

 

クロノが思わずアースラに向けて通信を送った。だが、アースラからの通信は繋がってはいるが、肝心の返答が返ってこなかった。

クロノがもう一度アースラに向けて通信を送ろうとしたときーー

 

『・・・こちら、アースラ。コアの完全崩壊を確認・・・。再生反応も、ない・・・。』

 

エイミィからの報告が遅れながら飛んでくる。その内容になのは達はとりあえず胸を撫で下ろした。だが、嬉しい内容のはずなのに、エイミィの声に覇気が感じられなかった。

 

「・・・・・何かあったのか?」

 

クロノが思わずそう尋ねてしまう。その瞬間、エイミィが息を呑んだような息遣いが通信に入り込む。

エイミィはアースラの管制室で表情を暗く落としながら、語り出す。

 

『・・・・今から、映像を送るね・・・。』

 

エイミィがそういうとクロノの元にアースラから映像が送り出される。クロノはその映像が映ったディスプレイをなのは達に見えるように拡大する。

その画面にはウイングガンダムゼロのツインバスターライフルの光がコアを呑み込んでいる様子が映し出されていた。

 

「コアの転移先を完全に読みきっている・・・。まさに神業だな・・・。」

『・・・・問題は、ここからなんだ・・・・。』

 

ヒイロがコアを撃ち抜いたことにシグナムは賞賛の声を上げる。しかし、エイミィが何か、感情を押し殺したような声を上げたことでシグナムは思わず口を噤んでしまう。

映像はツインバスターライフルのビームに呑み込まれたが、ヒビが入り込んだだけで未だに健在である様子を映し出していた。

その瞬間、表情を険しいものに変える者もいたが、ツインバスターライフルが映り込み、コアにその銃口を押し付けた映像になると、その表情は驚愕のものに変わる。

 

そして、ツインバスターライフルから山吹色の爆光が放たられ、一瞬、白い光が画面を覆い尽くしたのを最後に映像が途切れたのか砂嵐のものに変わる。

映像が復旧した時にはそこに暗黒の宇宙が映っているだけで闇の書の闇の破片のようなものは確認できなかった。

 

映像をみたなのは達はヒイロがコアを破壊したのだろうと思っただけだったが、クロノ、そしてユーノはその映像の真相を理解した、いや、理解してしまったのか、遣る瀬無い表情を浮かべていた。

 

「ユーノ君?それにクロノ君もどうかしたの?」

 

なのはがそう尋ねるも二人はその表情を一層深め、視線を逸らしてしまう。さながら言っていいのかどうかがわからないと言った様子だった。

 

「・・・・・最後に画面を覆った白い光・・・。あれは、次元震だった。」

「次元震・・・?待ってよ!!それって、まさかっ!!」

『ヒイロ君がコアを破壊した時……アルカンシェルの魔力と闇の書の闇自身の魔力が暴走を開始、その結果、中規模の次元震が起こって、ヒイロ君は、それに、呑み込まれた………!!!!』

 

なのはの言葉にエイミィは消え入るような声でそう答えた。その言葉にある者は驚愕し、ある者は苦虫を噛み潰すような表情を浮かべる。そしてその感情の揺れ幅が一番大きかったのはーーーー

 

 

「嘘・・・・。そんなの嘘ですよね・・・・?」

「・・・・ヒイロさんっ・・・・!!!!」

 

フェイトとはやてであった。フェイトは光を失った瞳でまだ雪の降り注ぐ空を呆然と見上げ、はやては両手で顔を覆い、声を押し殺しながら泣きじゃくっていた。

 

『嘘だったら・・・まだマシだよ・・・!!でもいくら、いくら探してもヒイロ君の生体反応は、ロストしたままなんだ・・・!!』

「そんな・・・・!!ヒイロが・・・!?追跡はできなかったのか!?」

『できてたらやっていたよ!!でも……でもぉ………!!!』

 

エイミィの涙で上ずった声にクロノはそれ以上の追及の手を止めてしまう。それきり、悲しみの空気がクロノ達の周囲を取り囲んでいた。

親しかった者との突然の離別。クロノやユーノ、そして守護騎士達は悲痛な声を上げることはすれど取り乱す様子はなかった。

 

『・・・・クロノ、それにみんな、聞こえる?』

「・・・本当にヒイロは、次元震に呑み込まれたんですか・・・?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・事実よ。』

 

エイミィの代わりに通信に出たリンディにクロノがそう尋ねる。その問いにリンディは長い沈黙の後にただ一言、そう言い切った。

 

 

「リンディ提督、本当に、本当にヒイロさんは………!!!」

『フェイトさん・・・・・・・ごめんなさい・・・。』

 

たった一言の謝罪、フェイトにはその言葉がヒイロがもう帰ってこないことを暗示してしまっていることを理解するには十分すぎる一言であった。

 

「っ・・・!!クッ・・・・!!あ゛あ゛ッ・・・・・!!」

 

いつまでも一緒にいられるとは思ってはいなかった。ヒイロは元々は別の世界の人間だ。ヒイロ自身から本心を聞いたことはないが、いずれ元の世界であるアフターコロニーに帰らなければならない、ということもあるかもしれない。

だが、その別れはあまりに唐突すぎてーーー

 

「ヒイロさん………!!ヒイロさぁん………!!!」

 

堰を切ったように零れ落ちる涙を必死に抑えようとする。しかし、涙はヒイロがいなくなったという現実を見せつけるかのように止まることを知らず、フェイトの頰を流れ続ける。

 

「フェイト・・・・。」

 

フェイトと同じように目に涙を溜めたアルフが彼女の側に駆け寄り、慰めるようにその背中を優しく摩る。

嗚咽をこぼしているはやてにもシグナム達守護騎士達が側についていた。

 

「・・・・・一度、アースラへ行こう。守護騎士のみんなもそれでいいかな?」

「・・・主もおそらく慣れない魔法の使用でかなりの負荷がかかっているかもしれない。何かの拍子で倒れてしまわれては困る。その提案、断る理由もない。」

 

クロノの提案にシグナムははやての肩に労うように手を乗せたまま頷き、応じる。それをみたクロノはユーノに視線を送る。意図を理解したユーノは掌から転移魔法用の魔法陣を作動させた。

 

 

(主、私は、私は・・・・貴方に、また辛い記憶を、植えつけてしまうかもしれません・・・。ですがどうか、お許しをいただけることを、願います・・・。)

 

はやてとのユニゾンを行なっている最中、リィンフォースは一人、誰も聞こえない声をこぼした。

 

 

 

アースラに転移してきたクロノ達。重たい雰囲気の漂っている管制室で簡単な状況報告を行った。闇の書の闇のコアは確かに破壊された。だが、本来喜ばしいはずの報告を誰も、その喜びを大ぴらに出すような真似はしなかった。役者が足りないのだ。

誰もがその足りない役者(ヒイロ)が生きていることを願った。しかし、奇跡は起こることはなく、その報告の間に彼の生体反応が出てくることは、なかった。

 

 

「ヒイロさん・・・・。」

 

アースラの船内で充てがわれた部屋のベッドでフェイトは自身の膝を抱えて座り込んでいた。

思い返すのは短いながらも色々なことがあったヒイロがいた日々。

初めて一緒に戦った当初は無口で無鉄砲で無愛想で勝手に行動する自分勝手な人だと思っていたが、一緒にいればいるほど、どんなに無茶なことでも熟せることに裏付けされた高すぎる実力やいつのまにか自分やクロノでさえ知らなかった情報を掴んでいたその行動力。

 

そして何より優しかったーーーー

 

無愛想なところもあったりはしたけど、その対応にはしっかりと彼の優しさが滲み出ていた。

 

だが、その不器用な優しさをフェイトに与えていた人物はもういない。少なくとも、彼女の小さな腕で届かないところへ行ってしまった。

 

「ヒイロさん…………!!!!」

 

いくら悲しみを押し殺そうとしても、その感情は嗚咽となり、フェイトはすすり泣きながら膝を抱きかかえる力を強める。

その時、パシュンっと空気が抜けたような音が部屋に響くと同時に閉ざされていたドアが開かれる。

その開かれたドアから心配そうな視線をフェイトに向けながらなのはが現れる。

なのはの来客に気づいたフェイトはその涙で潤んだ瞳を彼女に向け、すぐさま下を向き、表情がうかがえないようにしてしまう。

塞ぎ込んでしまったフェイトになのはは無言で彼女に近寄ると、その座っていたベッドに腰を下ろした。

しばらく、二人の間で静かな時間が流れる。

 

「・・・・ごめんね。こんなところを見せちゃって。」

 

先に口を開いたのはフェイトであった。なのはは無言で首を横に振った。

 

「そんなことないよ・・・。私も大事な人がいなくなる怖さは知っているつもりだから・・・。」

 

「私のお父さんね、世界中を飛び回ってボディガードの仕事をしていたんだ。」

 

なのはの突然の独白にフェイトは彼女に不思議な視線を送りながら隠していた顔を上げた。

なのははフェイトのその様子に気づいているのかは定かではなかったが、そのまま独白を続ける。

 

「それこそ、滅多に家に帰ってこないほどだった。もちろん、寂しかったけど、お母さんやお兄ちゃんとかはしっかりしていたから、私もしっかりしなきゃ、みたいな感じで隠していたの、本当はただ意地見たいなのを張ってただけだったんだけど。そんなある日、お父さんが仕事中に大怪我をしたの。」

「っ・・・・!!」

 

なのはの言葉にフェイトは自身の膝に顔を埋めたまま、表情を苦々しいものに変える。

なのはも大事な人がいなくなるかも知れない恐怖を知っていたのだ。

 

「その時は本当に怖かった。確かに一緒に過ごしている時間は少なかったけど、家族が、大事な人がいなくなるかも知れないって思うと身が竦んだみたいに動かなくなるし、涙もその怖さから止まらなくなっちゃう。」

 

「だから、フェイトちゃん、泣いたっていいんだよ・・?私が言えることじゃないのは分かっている。だけど、その悲しみを押さえ込んでいたら、いつかフェイトちゃんが壊れちゃう気がするから・・・。」

 

親友の言葉にフェイトは肩を僅かに震わせる。一度、綻びが生まれた壁はそこから徐々にフェイトの心の壁全体にヒビを広げていく。

やがて、堰を切ったように感情という名の水流が押し寄せ、そのダムを決壊させる。

フェイトは思わず、目の前にいる親友の肩に飛びついていた。

なのははそれに最初こそ、驚いた様子を見せていたが、僅かに微笑むと、フェイトの震えている背中に腕を回し、優しく抱きしめる。

 

その瞬間、部屋中にフェイトの慟哭が響き渡った。溢れ出る感情の発露にフェイトはもはや抑えることすらせずに思い思いの言葉を吐き出す。

 

後悔、やるせなさ、何より、何もできなかった自分自身に対しての怒り。

それらの感情が混じり混じった言葉になのははフェイトの感情に当てられたかのようにその瞳から彼女と同じように涙を零した。

 

 

 

「・・・・・落ち着いた?」

 

しばらくすると出すものを出したのか、はたまた声がかすれてしまったのか、とりあえず泣き止んだフェイトになのはが声をかける。

なのはの言葉にフェイトはほんの少しだけ頷き、彼女に感謝を伝える。

 

「・・・・そういえば、なのははどうしてここに?」

 

涙で赤く充血した瞳をなのはに向けながら、フェイトはそう彼女に尋ねた。

その質問になのはは少しばかり辛そうな表情を浮かべると、フェイトに向き直った。

 

「実は、フェイトちゃんがこの部屋に籠っちゃった後、はやてちゃんが疲労で倒れちゃったんだよね。」

「え・・・?そう、なの?」

 

ヒイロが居なくなったことで精一杯で気づかなかった。フェイトはそのような驚いた表情を浮かべる。

 

「今はアースラの医務室で安静にしているんだけど、その間にリィンフォースさんからクロノ君を通してお願いがあって・・・・。」

 

そのお願いとは中々酷な内容であった。ヒイロが文字通りに命を賭して破壊した闇の書の自動防衛プログラム、ナハトヴァール。そのプログラムは機能を停止に追い込んでも時間が経てば、無限再生機能でいずれ復活を遂げてしまうということだった。

では、どうすれば良いのか?そこでリィンフォースが出した提案が、闇の書の完全な破壊であった。現在、自動防衛プログラムはその機能を停止させている。その間に闇の書を破壊すれば、プログラムに邪魔されることなく、消滅させることができるということだった。

 

「それは・・・・はやては了承済み、なの?」

 

なのははその質問に首を横に振ることではやてから了承を取っていないことを察する。

 

「多分、リィンフォースさんははやてちゃんが止めにくることがわかっているんだと思う。だから、はやてちゃんが寝ているうちに事を済ませるつもりみたい。」

「でも、シグナム達守護騎士やリィンフォースさん自身は?あの人達も闇の書のプログラムの一つな訳だし・・・。」

「予めリィンフォースさんがシグナムさん達を切り離しているから運命を共にする、なんてことはないみたい。だけどリィンフォースさんは・・・」

 

そう言ってなのはは悲しげな顔を下に向ける。それだけでフェイトには十分に伝わってしまった。リィンフォースは闇の書と共に消滅してしまう事をーー

 

「手は、他にないんだよね・・・?」

「私もそう思って、クロノ君に詰め寄ったんだけど、ヒイロさんが言っていたみたいに癒着が酷すぎて切り離すことは極めて難しいって・・・。仮にできたとしても、どれほど時間がかかるか・・・。」

「そう・・だよね。その間にナハトヴァールが再生されたら、本末転倒だもんね。」

「・・・・リィンフォースさんを含めた守護騎士のみんなははやてちゃんを海鳴大学病院に連れて行くために先に海鳴市に向かっているよ。その、はやてちゃん、一応病院を抜け出したような形になっているから・・・。」

「・・・わかった。えっと、すぐに向かった方がいいんだよね?」

「あまり急ぎすぎるのもよくはないと思うけど・・・。」

「大丈夫。ありがとう、なのは。」

 

微妙な表情を浮かべるなのはにフェイトは僅かに表情を緩めながら、ベッドから降り立った。

その様子になのはもそれに続くように腰掛けていたベッドから立ち上がった。

 

 

 

 

「・・・・・・・。」

 

病院を抜け出したことになっているはやてを病室のベッドの上に寝かした守護騎士達。

その中でリィンフォースは一人、この病院から然程離れていない小高い丘の上で空を見つめていた。

その空からは未だ、雪がしんしんと降り続き、地面を純白の色に染め上げていた。

 

そこに降り積もった雪を踏みしめる何者かが現れる。不意にリィンフォースがその音がした方に視線を向けると防寒用のダウンコートを羽織り、首元にマフラーを巻いたシグナムの姿があった。

 

「烈火の将か・・・・。主はやての様子は?」

「・・・眠っている。だが、あいにくと私はそういうのには疎いゆえ、シャマルたちに任せて一足先にやってきたところだ。」

「そうか・・・・。」

 

シグナムはリィンフォースの側まで来ると彼女と同じように雪が降り注ぐ空を見つめる。

そこからはお互い一言も口を開くことはせずに沈黙の時間が過ぎていく。

 

「・・・・本当に逝くのか?」

「・・・・ああ。やはり無限再生機能はナハトヴァールを修復しつつある。分かるんだ。奴が刻々とその鼓動を取り戻しつつあるのが。」

「だからといって、お前まで運命を共にする必要はあるのか?主はお前のことも家族だとーー」

「ありがとう。その言葉だけでも私にとっては得難いものだ。だが、これは主のためでもあるのだ。」

 

シグナムの言葉を遮って、リィンフォースは彼女に感謝の言葉を向ける。その向けられた表情に笑顔以外の感情をシグナムは微塵も感じられなかった。

 

「・・・・それは重々承知している。だが、他に取れる選択肢はあるはずではないのか?もう少し、もう少しだけこの世界を信じてみないか?」

「ふふ、ならば私はこの言葉で返そう。これが、私にできる唯一のことだ。」

 

笑みを浮かべながらそういったリィンフォースにシグナムは呆れたようなため息をついた。お互いに誰の言葉を引用したのかわかっていたからだ。

 

「・・・お互い、ヒイロにだいぶ感化されているようだな。」

「そうらしい。事実、私はヒイロ・ユイに自分がいかに愚かなことを犯してきたか、まざまざと見せつけられたからな。」

 

 

『俺は誰よりも戦い抜いてみせる・・・!!地球上の誰よりもだっ!!』

 

 

ヒイロの記憶を垣間見たリィンフォースの心中でこの言葉が反芻する。ヒイロの記憶が彼が諦めたような雰囲気を出しているのはただの一度もなかった。

そのことがリィンフォースに自分が目の前で起こるいくつもの破滅を、受け入れていたのではなく、ただ現実から目を逸らしていただけだったことを否が応でも感じさせる。

 

「闇の書を消滅させても誰かがその犯してきた罪を贖わなければならない。だから、私がその業を背負おうと言うんだ。」

「・・・・エゴだな、それは。」

「ああ、そうだな。だが、私はそのエゴを貫き通そう。私が私であるためにもな。」

「・・・・ヒイロのことはどう思うんだ?」

 

不意にシグナムがそんなことを聞いてくる。その言葉にリィンフォースは複雑な表情を浮かべる。

 

「・・・わからない。ただ私個人としては願わくばまた主達の前に無事な姿で現れてくれることを、祈るしかない。」

「・・・そうか。すまない。」

「いいんだ。だが、いつまでも情けないところをみせる訳にはいかないからな。」

 

リィンフォースがちょうど言い切ったタイミングで雪を踏み鳴らす音を響かせながらシャマル、ヴィータ、ザフィーラの二人と一匹が現れる。

 

「主の様子は?」

「今は、まだ寝ているわ。もっとも儀式の最中に起きてこないっていう確証はないけどね。」

 

シグナムの問いにシャマルは肩をすくめるように僅かに表情を曇らせながら答えた。

 

「あとは、なのは達が来るだけか。」

 

ヴィータがそう呟くとザフィーラが自分たちが来た道を振り返るようにその首を後ろに向ける。

その視線の先にはシグナム達の方へ歩いてくるなのはとフェイトの姿があった。

 

「二人とも、まずは急に来てもらったことに関して、謝らなければならない。特にフェイト・テスタロッサ。お前には辛い思いを抱えている状態でこのような頼みをしてしまう。」

「・・・・大丈夫です。いつまでも泣いてはいられませんから。」

「・・・・そういってくれると助かる。」

 

フェイトの表情を見たリィンフォースはそう言って笑みを浮かべるのであった。

 

「では、みんなには私の言う通りにしてほしい。」

 

リィンフォースの指示の下、なのは達は闇の書の完全破壊のために配置に着く。

 

 

 

 

「ん・・・・んん・・・・。」

 

僅かにオレンジ色の日差しが差し込んでいる病室ではやては再び目を覚ました。

眠たげな目をこすりながらあたりを見回すが、周囲に人の気配は少しもなかった。

 

「あれ・・・私、なんで病院に・・・?」

 

はやては自身がなぜ病室にいるのか記憶を手繰り寄せる。思い出すのはヒイロが次元震に巻き込まれて、行方不明になったこと。

そして、その悲しみの果てに自分が途中で倒れてしまったことだ。

 

「せや・・・思い出した・・・。ヒイロさん・・・なんでや・・・・。」

 

病室のベッドで重たげな表情を浮かべるはやて。後悔はいくらでも出てくるがそれでヒイロが帰ってくるとは微塵も思っていない。

 

「そういえば・・・シグナム達はどこにいったんやろ。それにリィンフォースも。」

 

ふと周囲にいつも居てくれたはずの守護騎士達が姿をくらましていることにはやては疑念を抱いた。

不安気に視線を右往左往させているとーーー

 

『風は、どこかへ過ぎ去って行くものです。まるで掴み所のない、流れては消え、ふとした時に再び吹き、そして消えて行くものです。』

 

はやての頭の中に念話のような声が響く。知らない声、なおかつ突然の状況にはやては困惑気味な表情を隠せない。

 

『今再び、その風が旅立とうとしています。見送るかどうかは貴方の思うようにしていただいて結構です。ですが、どうであれ、彼女に会ってあげてください。その一時の別れの前に、どうか・・・。』

 

どこか中性的で包まれるような感じのする声、声質からしてそれほど年を重ねていない人間の声だった。その人間の声は最後の嘆願するような言葉を最後にピタリと止んでしまった。

 

「・・・・・行かな。」

 

はやては決心した表情を浮かべると、まだまともに動かない足に鞭打ちながらそばに置いてあった車椅子に腰かけた。

その作業だけでもはやてにとっては過酷そのものであった。

 

「っ〜〜〜〜〜!!」

 

声にならない声をあげ、その額からは大粒の汗が出てきていた。しかし、はやては休む間も無く車椅子の車輪を操り、前へ、前へと進み始める。

 

 

 

 

 

一方そのころ、なのは達は闇の書の破壊作業に差し掛かっていた。地面にベルカ式の正三角形の魔法陣を形成し、その中心に立っているリィンフォース。そしてその彼女が立っている魔法陣を挟み込むように立っているなのはとフェイト。

二人はそれぞれレイジングハートとバルディッシュを構え、リィンフォースが立っている魔法陣と自身の足元に展開している魔法陣をリンクさせ、魔力を込める。

守護騎士の四人は正三角形の魔法陣の頂点の一角に立ちながら、事の成り行きを見守っていた。

 

「待ってっ!!!」

 

遠くから声が聞こえた。なのは達のいる小高い丘へと続く道から徐々に人の姿が現れる。

その人物は見間違えることもなく、はやてであった。なのは達に静止の声をあげながら車椅子を必死に、一心不乱に前に進ませる。

 

「はやてっ!!」

「動くな!儀式が、止まってしまう・・・!!」

 

車椅子を自分の力で押すはやてに見兼ねたヴィータをリィンフォースが魔法陣から出ないように声を荒げる。

リィンフォースは自身に向かって必死に車椅子を押すはやてを見据える。

はやては魔法陣の光に包まれかけているリィンフォースに声をかける。その途中、降り積もった雪から覗いていた石に車椅子の車輪が当たり、はやてはバランスを崩し、そのまま車椅子から投げ出されてしまう。

 

「主・・・・。」

「リィンフォース!!アンタまで消えることはあらへんやろ!!」

 

はやては車椅子から投げ出されてもなおリィンフォースにその小さな腕を伸ばし、自分の体を引きずりながら彼女に、近づく。

少しずつ、少しずつーー

 

「暴走なら、私がなんとかする・・・!!だから……!!」

 

はやてが這いずりながら魔法陣に手を伸ばす。その展開されている魔法陣にあと少しで手が届きそうになったところで地面に膝をついたリィンフォースがその小さな手を優しく包み込んだ、

 

「主、貴方の与り知らぬところで勝手なことをしてしまい、申し訳ありません。」

「謝らんでもええ!!私は、みんなが居てくれればそれでええんや、それ以上、何も望まへん!!」

 

「だから……!!お願いやから、一緒に居てほしいんや……!!せっかく、これから幸せな時間が過ごせるって思っとったのに……!!」

 

はやては大粒の涙を零しながら、リィンフォースに訴えかける。その様子に守護騎士達は辛そうな表情を露わにし、なのはとフェイトも居た堪れない表情を浮かべながら二人の行く末を見守る。

 

「主、私は十分、幸せでした。貴方は人の身を持たない本の状態であったにも関わらず、この身に有り余るほどの愛をくださいました。そして何より、これは貴方の未来の幸せのためでもあるのです。」

 

「私がいる限り、闇の書の無限再生機能はその機能を忠実に動かしています。それこそ、自動防衛プログラムを再生してしまうほどに。そうなってしまえば、いずれまた暴走を始めるでしょう。そしてそれは、またヒイロ・ユイのような人間を増やす要因になりかねないのです。」

「っ………!!また、アレが繰り返されるって言うんか……!!!」

「・・・・その通りです。何よりそれはヒイロ・ユイの行動を踏み躙ることになります。彼が命を賭してまで繋いだ未来を塞ぎかねない。主はやて、どうか今ひと時の辛抱を………。」

 

リィンフォースの言葉にはやては表情をうつむかせて、黙りこくってしまう。

そんな彼女に悲痛な表情を浮かべながらも、視線をなのはとフェイトに向け、儀式を進めるように目で訴える。

 

二人はリィンフォースの視線に頷く姿勢を示すと魔法陣の輝きを一層強める。

 

「主はやて、顔をあげてください・・・・。」

 

リィンフォースに促されるようにはやては項垂れていた頭をあげる。その顔には涙が頬を伝って一筋の川のように流れ出ていた。

 

「リィンフォース、祝福の風。貴方から賜ったこの名前はいずれ生まれ落ちる新たな命につけてあげてください。それが、私の最後の願いです。」

「そんな…………!!!!リィンフォース、行っちゃダメやっ!!まだ私は何もーー」

「していないとは、言わせませんよ?大丈夫です、貴方は私に有り余るほどの愛情をくれました。それだけで私はもう、世界で一番幸福な魔道書だと、胸を張って誇ることができます。」

 

主はやて、貴方の行く先に輝かしい未来がありますようにーーーー

 

 

呟いた言葉は彼女自身の中を反芻するだけで彼女にその言葉自身が届くことはなかった。

リィンフォースは魔法陣からの光に包まれると光の柱となって天高く飛んでいった。

やがて光の柱が収まってくるとそこには祝福の風の名を持つ者の姿はなかった。

 

座り込んで呆然と空を見つめるはやてだったが、少しすると、空から何か光るものが落ちてくるのが見えた。

それが地面に小気味のいい音を響かせながら刺さるとはやてはその落ちてきたものを拾い上げる。

 

それは、金色の剣十字の意匠が施されたペンダントであった。おそらくリィンフォースが最後に残してくれた贈り物なのだろう。

はやてはそのペンダントを持った腕を大事そうに胸にあてると静かに嗚咽を零し始める。

その様子を見たなのは達ははやてに駆け寄り、優しく、そして慰めるように彼女のその小さく震える体に手をあてる。

 

将来的に『闇の書事件』と名付けられるこの危機は書面上は()()()()()という形を持って収束を迎えた。

だが、その事件に深く関わったもの達は決して忘れない。

自分たちの側にいつもいてくれた不器用ながらも優しかった天使と祝福の風の存在をーーー

 

 

 

 

 

『ーーーーーい!!』

 

誰かに起こされている感覚がする。しかし、体は鉛のように重く、動き出そうにもなかなか動かなかった。

 

『ーーーー聞いているのかっ!?頼む、起きてくれ!!』

 

どうやら自分を叩き起こそうとしているのは女性のようだ。かなり焦っているのか、語気がかなり荒くなっている。どこか機械を挟んでいるようなくぐもった声をしているのは気のせいか?

寝転がっていた体を起こし、朧げな意識を頭を振ることではっきりとさせる。

意識をはっきりさせたら次は状況の確認だ。

少しばかり警戒しながら周囲を見回してみれば、そこはあまり光源のない暗い空間であることは情報として視界に映る。

薄暗い空間で目を凝らして見てみれば、なにやら荷物のようなものが積み上がっているのが確認できる。となるとここは荷物置き場か何かか。さらに言えば自分が倒れていた床がガタンゴトンと、休む間も無く揺れ続ける。推測でしかないが、列車かその類の交通機関であると結論づける。ならば自分が今いるのは荷物を運ぶ貨物スペースか。

 

だが、先ほどまで自分に声をかけていたであろう女性と思われる姿がカケラも見えなかった。

疑問気に思っているとーーー

 

『よかった・・・!!無事だったのだな・・・!!』

 

再び、その女性の声が聞こえた。しかし、その声は自分の胸元から聞こえたような気がした。ふと視線をそこに持っていくとそこには天使の翼に抱かれた剣の形を持ったペンダントがあった。

 

「・・・・喋れたのか?」

 

今まで喋る気配を微塵も感じさせなかった自分の機体(ウイングゼロ)に疑問気な表情を浮かべる少年、ヒイロはそう問いかける。

 

『いや、そういう訳ではないのだが・・・。そうか、貴方の視線からではわからないか。少し待ってくれ。』

 

そういうとウイングゼロのデバイスから吐き出されるように光輝く玉が出てくる。

その光の球は半透明の人型の姿へと変貌を遂げる。雪原のように白く輝く銀髪に真っ赤な赤い瞳、そしてノースリーブのインナーに身を包んだその人物はーー

 

「リィンフォース・・・?なぜウイングゼロのデバイスに・・・?」

『それは、話せば長くなるといえば良いのだろうな・・・。』

 

ヒイロの質問にサイズが手のひらぐらいまで縮んだリィンフォースは困ったような表情を浮かべる。

 

「・・・・わかった。現状では状況の確認を最優先にする。お前の話はそのあとだ。ここはどこだか、お前にはわかるか?」

 

ヒイロがそう質問を変えるもリィンフォースは首を横に振った。

彼女もここがどこかが見当もつかないようだ。

 

『だが、貴方が寝ている間にウイングゼロのレーダーを拝借して周囲をスキャンしたのだが、ざっとこんな感じになっている。』

 

そう言ってリィンフォースはヒイロの目の前にディスプレイを表示する。そこには切り立った崖と切り崩された山肌の上に10個以上の鉄の箱が繋がった物体が走行しているのが映し出されていた。

やはりヒイロの見立て通り、自分が今いる場所が列車に準ずるものであることは確かなようだ。

 

「これは人員と物資を輸送する列車だ。ある程度の場所を把握できたのはいいが、同時に列車内に存在するこの金属反応はなんだ?」

 

ヒイロがディスプレイに指をさした先には列車の車輌内に妙な反応があった。その反応は一つではなく、ヒイロ達に最も近い場所にいる巨大な反応を除いて、サイズにして一メートル前後の反応が20近くあった。

 

『わからない。すまないがこればかりは実際見てみないと・・・。だが、先頭車輌にその一メートル前後の反応がある程度集中しているのはわかっているな?』

「・・・・ああ、確認している。」

『これは私の推論でしかないが、この列車は暴走させられていると思うのだ。明らかにこの列車の速度は危険だ。』

 

リィンフォースの言葉にヒイロは少しばかり考える仕草を見せる。

自分の今いる場所が仮に列車だとすれば、必然的に運転席は一番前の先頭車輌だ。そこに謎の金属反応に列車の危険速度での走行。たしかに異常だ。その謎の金属反応がなんらかの細工を列車に施しているのは間違いない。

 

「大方、その認識で間違いないだろう。」

 

ヒイロはそう結論づけながら先頭車輌へと続くドアの前に立った。そのドアはかなり重厚でそう簡単には破れないという印象を受けさせる。

 

『行くのか?』

「どのみちこの列車を止めなければ安全を確保することはできない。」

『わかった。だが、ウイングゼロの損傷率は著しい。あの大きな翼や手足の部分と武装といったところは問題ないが、お前の身体部分を覆うものはないぞ。』

「武装さえ動くのであれば問題ない。」

 

ヒイロはそういいながらウイングゼロを展開する。しかし、その姿はこの前のような青と白のツートンカラーの装甲はなく、ヒイロの背中から翼が直接生えているような見た目となっていた。

それを認識しながらもヒイロは翼の根元からビームサーベルを抜刀。目の前の重厚な扉へ振り下ろした。

ビームサーベルの刃はその扉を紙切れのように焼き切った。

 

 

「・・・・行くぞ。」

『ああ。成り行きだが、よろしく頼んだ。』

 

ヒイロは半透明の体のリィンフォースを肩に乗せると列車内を駆け出した。

彼の新しい戦いが今、ここに幕を開いた。

 

 




詳しいことに関しては次の話で綴るつもりですので、ご安心くだされ・・・・。

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