魔法少女リリカルなのは 〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜 作:わんたんめん
ヒイロは次々と現れる突然のビジョンに頭を苛まれながらも視線をなのはに現れた『異常』を見つめる。
それはなのはの胸部から突如として出現した緑色の何者かの腕。
少し観察するとその腕は物理的になのはを貫いているわけではないようだ。その証拠として彼女から出血のようなものは感じられない。
(となれば、魔術的な何かによる干渉か・・・?)
リンディからある程度魔力について聞いておく必要があるな、と心の中で決めながらなのはに駆け寄る。
ヒイロが近づいてきたことに気づいたなのははその辛そうにしている表情を彼に向けた。
「お・・・お兄・・・さん・・?」
「・・・・少し待っていろ。お前はそのまま、砲撃準備を進めろ。」
ただそれだけを伝えるとヒイロはなのはの胸から出ている腕に手を伸ばす。
「な、何を・・・・?」
ヒイロの手がその腕を掴み、なのはがそう疑問気に呟いた瞬間ーー
バキィっ!!!!
「え・・・・?」
なのはは一瞬何が起こったのが理解できなかった。骨が砕けるような音が響いたと思えば、自身の胸から出ていた腕が曲がってはいけない方向に折れていた、というよりそれはもはや腕としての機能を果たさず、ダランと垂れていた。
もちろん、やったのは目の前にいる人物だとは察せる。
「い、一体、何を・・・?何をしたんですかっ!?」
なのははその目の前にいる人物に驚きとわずかな恐怖を帯びた視線を向ける。
無理もないはずだろう。なのはは確かに戦闘の経験はある。しかし、それは魔法を介し、なおかつ非殺傷設定という人がほとんど傷つかないというものであった。
だが、目の前で起こったのは明らかにそれとは常軌を逸脱したものであった。
「・・・・奴の腕の骨を、粉砕した。」
ありえない。そんな言葉がなのはの中で渦巻く。
殴るや蹴るといった傷害行為を誰かに行われた結果、骨が折れたのならわかる。だが、彼は掴んだ、もしくは握ったことしかしていない。つまり、目の前の人物は握力だけで骨を砕いたのだ。
明らかに人体に出来る枠組みを超えた行為になのはは本能的に恐怖を抱いてしまう。
「あ、貴方は・・・一体・・・?」
「俺は・・・・俺は・・・・・!!」
なのはに自身の素性を問われた瞬間、ヒイロの頭痛が悪化した。
思わず掴んでいた腕を離し、うめき声を上げながらなのはから距離を取った。
「うっ・・・・ぐっ・・・ああっ!!」
流れ込んでくるのは相変わらずビジョンで変わりはない。だが、内容が先ほどなのはの姿を見たものとは異なっていた。
何かロボット・・・・いやMS・・・・それも違う。『ガンダム』を駆る自分がシャトルを墜としているビジョン。そして、隣にいる男、名前は・・・名前は・・・確か、『トロワ・バートン』だったはずだ。その男と共に、誰かの墓に手を合わせていた女性・・・俺が偽の情報に気づかずに殺したノベンタの娘だったか・・・。
ビジョンは俺がガンダムを自爆させていたり、戦場で自分が戦う理由を求め、彷徨っていたころなど、凄まじい勢いで切り替わっていく。
これは、俺の・・・・記憶、なのか・・・?
『命など安いものだ。特に、俺のはな。』
『ゼクス!!強者などどこにもいない!!人類全てが弱者なんだ!!』
『俺はあと何回、あの子とあの子犬を殺せばいいんだ・・・?』
『俺はもう誰も殺さない・・・。殺さなくて済む・・・・。』
・・・・間違いない・・・・これは俺の記憶だ。
俺の記憶であれば、俺自身の名前もあるはずではないのか?
『ーーー!!!』
ーーーーーそう、か。俺の、俺の名前はーーーー
(・・・・感謝する。リリーナ。)
「だ・・・大丈夫ですかっ!?」
「俺に・・・構うな・・・!!」
なのはは思わず声をかけるがヒイロは指をさしながら拒絶する。
指をさした先には発射のタイミングを今か今かと待ちわびているようにも見える魔力の塊があった。
「そ、そうだ・・・。今は、結界の破壊を・・・。」
心配そうな視線をヒイロに向けながらも、なのはは魔力の塊に向けて、自身の杖である『レイジングハート』を振り下ろす。既に彼女の胸部から突き出ていた腕は微塵もなかった。
「スターライト・・・・ブレイカーーーーーッ!!!!」
振り下ろされた杖と同時に魔力の塊からピンク色の爆光が結界に向かって飛んでいく。
その爆光の威力は凄まじく、結界を粉砕してもなおその威力に衰える様子を見せずに空の彼方へ消えていった。
「はぁ・・・・はぁ・・・はぁ・・・・。リ、リンカーコアから、だいぶ魔力が吸われちゃった・・・・。もう・・・立っているのも、やっと・・・・。」
荒い息を吐き、自身の杖を支えにしながらもなんとかその場に立ち続けるなのは。
「なのはーーー!!!」
そんな彼女に駆けつけたのはなのはに取って一番大事な友人であるフェイトだった。
何度かビデオレターによるやりとりはしていたが、実際にあったのはおよそ半年ぶりだ。
待ち望んでいた友人との再会になのはは表情が自然と緩んだ。緩ませながらも軽く空を見上げてみれば、先ほどまで自分たちを襲ってきた人物はいなかった。おそらく撤退したのだろうと思い、フェイトに視線を向けた。
「大丈夫だった!?」
「う、うん。なんとか・・・お兄さんが、助けてくれたからーーー」
そこまで言ったところで、なのはは咄嗟にヒイロを探した。
少し周囲を見回すとビルの壁に寄りかかっているヒイロがいた。
だが、先ほどまで展開していた純白の翼と青と白のツートンカラーの装甲を持ったデバイスは解かれていた。
ただ、その表情は顔を下に向けられていたため、伺うことができないのは変わらなかったが。
「あの・・・大丈夫・・・・ですか?」
なのはは先ほどの腕を粉砕した出来事があったのもあり、わずかばかり気が引けた声でヒイロに声をかける。
「ーーーーーだした。」
「え・・・・・?」
ヒイロの呟きをなのはは耳にしたが、内容はよく聞こえなかったがために思わず聞き返した。
「全て、思い出した。記憶や、俺自身のことを。全てを。」
「・・・・・記憶、戻ったんですか?」
フェイトの確認とも取れる問いかけにヒイロは静かに頷いた。
ちょうどそのタイミングでユーノとアルフが駆けつける。
「なのは!!大丈夫!?」
「フェイトも、大丈夫かい!?」
「私は、大丈夫。だけど、なのは、リンカーコアから魔力を吸収されたみたいだったけど・・・。」
「うん。お兄さんが、なんとかしてくれたから持っていかれた魔力は少しで済んだよ。」
ユーノとフェイトの心配そうな視線を受けたなのはは心配させないためか笑顔を浮かべた。
・・・・もっとも、レイジングハートを支えにしているため説得力は皆無だったが。
ユーノは眉間に指を当てながら手に緑色の魔法陣と魔力の塊の生成を始める。
「とりあえず、一度アースラに戻ろう。それとなのはは一度検査を受けた方がいい。何も影響がないとは言えないからね。貴方もそれでいいですね?」
「・・・・問題ない。リンディにも話があるからな。」
ヒイロが頷いたことを確認するとユーノは手のひらにあった魔力の塊を増大させる。
視界が光に包まれ、程なくして晴れてくるとヒイロたちはアースラの管制室に戻ってきていた。
管制室には既にリンディの他、クロノといったアースラのメンバーが待っていた。
「リンディ、話がある。」
「・・・・・分かったわ。ちょうど私も貴方に聞きたいことがあったから。」
ヒイロがそういうとリンディは少々重い表情を浮かべながらそれに応じた。
「っ・・・・ふっ・・・・・ううっ!!」
海鳴市の一軒家、『八神』と表札が出ている家で一人の女性が自身の左腕を別の人物に支えてもらいながら回復魔法をかけていた。
その真っ赤に腫れ上がった左腕はとても痛々しかった。さらに言えば別の人物に支えてもらわなければダランと脱力したように垂れ下がってしまう有様だった。
「な、なぁ、シャマル、大丈夫か?」
「じ、時間はかかるけど・・・回復魔法は効いているわ。ありがとうね、ヴィータ。」
シャマルと呼ばれた緑色の修道服のような服を着た女性はなのはを襲った紅色の装飾を纏った少女、ヴィータに張り詰めた笑顔を向ける。それがやせ我慢であることはヴィータはおろか、他の二人のシグナムとザフィーラにもわかりきっていた。
「・・・・まさか、あの天使があそこまでの怪力を持っているとはな。」
「・・・・我らヴォルケンリッターは人の形を持っていても普通の人間を逸脱した力を持っている。それは耐久性もなおのこと。いくらシャマルが戦闘向きではないとはいえ、その腕の骨を粉砕するほどの力。この先、我々にとっての障害になりかねん。」
ザフィーラがそういうとシグナムは静かに頷いた。
この先、あの天使は自分たちにとって、障害以外の何物でもない。魔力をふんだんに持っているのであれば、苦労に見合うものがあるかもしれない。
だが、ヴィータの話でその天使は魔力を一切持っていないことが明らかになった以上、その天使と戦うのは文字通りの骨折り損となる。
「・・・・あの天使が出てくれば、私が相手をするほかないだろう。」
「やはり、そうなるか・・・。」
シグナムの言葉に今度は難しい表情を浮かべるザフィーラ。
ただでさえ本来の目的を達成できるかどうかが不透明となりかけている今、魔力を持たない上に、目的完遂の障害となる天使は邪魔以外の何物でもない。
「・・・・悪い、シグナム。アタシがもっとうまくやれれば・・・。」
シャマルの腕を支えていたヴィータが表情を暗くする。
ヴィータは確かに強い。彼女らヴォルケンリッターの中でアタッカーの役割を果たせるほどの実力はある。
切り込み隊長として、彼女の性格と戦闘スタイルはまさにうってつけであった。
しかし、それは十全に機能すればの話である。いくら振るう武器が優秀であろうと当たらなければそれはただのナマクラでしかない。
事実として加減があったとはいえヴィータはその天使に完全に抑えられ、管理局が介入する時間を稼がれてしまった。
その事実がヴィータに怒りや仲間をやられた恨みとして積もり、天使にその矛先が向けられる。
「・・・・ヴィータが気にする必要はない。結果としてあの天使は強かった。それだけのことだ。」
まさに憤怒といった表情をするヴィータにシグナムは優しげな声色で静止の声をかける。
ヴィータはそれに子供扱いされたのか少々ムッとした表情をあげるが、少なくとも怒りにまみれた表情ではなくなった。
「シャマル、今日でどれほどページが進んだ?」
「えっと、ザフィーラ、代わりに開いてくれるかしら?」
シグナムはまだ治癒魔法をかけているシャマルにそう尋ねるとザフィーラに代わりを頼んだ。
彼はシャマルのそばに置いてあった本を手に取り、ページをめくっていく。
その本は茶色い表紙に剣十字の意匠が施されている代物であった。
「・・・・ざっと15ページといったところだ。天使の介入がなければ30、40はくだらなかっただろう。」
「・・・・中々大きい失敗だったな・・・。闇の書の蒐集は同じ相手にはできないからな。」
闇の書。それは時空管理局において、一級のロストロギアに指定されている危険物である。
シグナムは少しばかり考え込む表情を浮かべると他の三人に向けて言い放った、
「・・・・主の侵食は今はまだ症状が進んでいないらしいが、いつ進行するかはわからない。場合によっては他の次元世界へ赴く必要が出てくるかもしれん。」
そのシグナムの言葉にヴィータたちも表情を重いものに変えながら頷いた。
ところ代わり、同時刻のアースラではヒイロがリンディたちアースラの乗組員に自身の素性を説明していた。
自身のこれまでの戦いや行ってきたこと。それら全てを多少のぼかしを交えながら説明した。
ぼかしを入れたのはこの場になのはとフェイトがいるというのも大きかった。
彼女らは戦闘自体は経験しているが、それはある程度の命が保証されているものだ。
しかし、ヒイロが経験してきたのは本物の戦争。命の保証などどこにもないものだった。
そんな凄惨なことを目の前の少女に教えるわけにはいかなかった。
「・・・・・アフターコロニー、ね。それと、宇宙に居を構えた人たちと地球による人類同士の大戦争。おおよそ、なのはちゃんたちの地球で起こったものとは思えないわね。」
「・・・・俺はいわゆる平行世界の人間、という部類に入るのだろう。なのはの世界を軽く思い返すととてもではないが戦争の傷跡のようなものは見えなかった。」
「それで、君は他の仲間達と共に、『ガンダム』と呼ばれる兵器に乗り込んで戦った。あの翼を持った姿は君が乗り込んだ兵器、という認識でいいのかな?」
クロノの言葉にヒイロは首を横に振った。怪訝な表情を浮かべているクロノにヒイロは説明を続ける。
「いや、厳密に言えばそれは違う。あの機体、ウイングゼロは俺たちが乗った機体の大元、いわばプロトタイプだ。もっともプロトタイプとしては異常な性能だがな。」
「・・・・そのウイングゼロの性能とかのそこら辺は教えてくれないのかしら?」
リンディの要請にヒイロは再び首を横に振った。
「・・・・お前達を信じていないわけではない。だが、この機体の特性や技術を教え、技術漏洩が発生した場合、技術的なブレイクスルーを起こしかねん。そうなれば、間違いなくどこかでテロが始まる。それがきっかけとなり平和だった時代は崩れ、最悪全ての次元世界を巻き込んだ戦争にもなりかねん。」
ヒイロの真剣そのものといった表情にリンディは理解の表情を浮かべた。
「わかったわ。貴方の気持ちを鑑みて、これ以上の詮索はしないわ。こちらからも貴方の許可なくして、ウイングゼロの解析は行わないと約束する。」
「・・・・・感謝する。それともう一つ頼みがある。」
ヒイロの言葉にリンディは疑問気な表情を浮かべる。
「どうやら俺はギル・グレアムという男に預かってもらうという話が上がっているらしいのだが、断らせてくれ。」
「・・・・理由を教えてくれるかしら?」
「・・・・あの騎士装束の奴らの目的が知りたい。ゼロの予測だと、あのままでは奴らに未来はない。」
「ゼロ・・・・?ウイングゼロのこと?」
「・・・・ああ。」
もっとも厳密に言えば、違うのだが、ヒイロはそれ以上は口を噤んだ。
「・・・・・わかったわ。グレアム提督には話を断る意向を伝えておくわ。それと時空管理局には貴方をアースラ所属の民間協力者として申請しておく。」
「・・・・世話になる。」
「それでなんだけど、そろそろ貴方の名前を教えてくれるかしら?記憶を取り戻したのなら名前も思い出しているんじゃないかしら?」
リンディにそう言われ、ヒイロは少しばかり考え込む表情を浮かべた。
「・・・・ヒイロ・ユイだ。よろしく。」
さーて、どんどん原作がぶっ壊れていくぞー(白目)
ま、いっか。原作はぶっ壊すものだし。