魔法少女リリカルなのは 〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜 作:わんたんめん
ミッドチルダの事実上の首都であるクラナガン。
魔法技術によって栄えた近未来的なビルが乱立する中、一際巨大な塔のような建物がその存在感を知らしめるように聳え立つ。
「ヒイロさん、大丈夫かな………………」
「シグナム達守護騎士のみんなもいるから、あの人に全部が全部を頼るなんてことはないと思うけど…………」
その聳え立つ塔のようなビル、管理局の地上本部に出向いているなのはとフェイトは周囲に誰もいない通路で心配そうな表情を見せる。
あの時、リニアモーター暴走事件の時に十年ぶりの再会をしてからだいたいの大事には共に戦列に加わっていたヒイロが今回地上本部で行われる公開陳述会には来ていない。
その理由は公開陳述会が行われている間に古の聖王、オリヴィエのクローンであると予想しているヴィヴィオのいる隊舎への襲撃を警戒してのことだった。
さらには彼女が聖王のゆりかごと呼ばれる古代兵器の起動キーのような役割を背負わされているという内通者からの情報もあったのも、ヒイロが隊舎の防衛に回る判断をした材料の一つであった。
「でも、ヒイロさんのウイングゼロは十全じゃない。そもそもウイングゼロ自体デバイスっていう訳じゃない。私達魔導士みたいにバリアジャケットとかないし、緊急用の生命維持なんてできない。」
心配そうな顔から険しい表情を浮かべながら今現在のヒイロに取り巻いている問題をなのはが羅列していく。結論だけ言えば、戦力としては一番強いのだが、何か一発でも攻撃を喰らえば重傷は免れないというのがヒイロの現状だ。
それは再三ヒイロ自身の口から語られてきたため、なのは達も全く認識していないわけではなかった。
「……………信じるしかないよ、あの人を。だって、十年っていう長い時間を超えて、あの人は生きて戻ってきてくれたんだもん……………それに 」
「私達にはヒイロさんの心配してられるほどの余裕もなさそうやしな。」
俯くように目線を下に向け、少しだけ逡巡しながら言葉を選んでいたところに別方向からの声に二人の意識が声のした方向に向けられる。そこには手をひらひらと振っているはやての姿があった。
本来隊長として赴いているはやてはその立場の高さから建物内部の警備を担当している二人とは違い、会見会場の担当をしているはずだった。そのはやてが持ち場を離れて自分たちのところまでやってきていることになのはとフェイトは驚きの表情を見せる。
「私達はカリムの預言にあった司法の塔の崩壊、つまるところこの地上本部を制圧されることから防がなあかん。その理由は二人ともわかっとる?」
「それは…………もちろんここに住む人達を守るためじゃないの?」
「それもそうやけど、人々の希望の光を消させないことや。」
なのはの地上に住まう人達の命を救う言葉にはやてが返した希望の光という単語に合点がいかないのか、なのはは首を傾げる。
反面、隣にいたフェイトは合点がいったのか、納得した表情を見せ、小さく頷いていた。
「その希望の光は、まず地上本部。これはようわかるよね?いくら海の本局と戦力差があろうとこの地上本部はクラナガンの人達にとっては平和の象徴なんや。それが無惨な姿になってしまったらそれだけで一般市民の人々は落胆して管理局全体に対する求心力を無くす。人の心は良くも悪くも移ろいやすいからなー。」
あっけらかんと、それでいて淡々とはやては指を一本立て、地上本部の重要性を語ると続け様に二本目の指を立てる。
「二つ目はレジアス中将や。あの人は本局から見れば結構黒い噂の絶えない人やけど、クラナガンの人にとっては文字通り自分たちの住まう場所の治安を支えている英雄なんや。つまり、その事件が終わった後に看板として必要や。実質地上本部はあの人一強。あの人おるだけで地上の人々の安心感は天と地の差があるやろな。」
はやての説明になのははしばらく塾考するように悩ましげな表情を浮かべていたが、やがて深いため息を吐くとバツが悪そうに肩を竦める。
「…………前までは結構右翼的な人なんだなって思っていたんだけど、そんな印象で済ませていい人じゃなかったんだね。後々のことを考えていれば、確かにあの人は絶対死なせちゃいけない人だよ。」
「まぁ、完全にヒイロさんの言葉言ってるだけなんやけどな。」
「それは言っちゃダメだよ、はやて。」
肩を落とした様子でレジアスへの印象を改めるなのはにあっさりとヒイロからの受け売りであることをばらすはやてに苦笑いを浮かべてやんわりと窘めるフェイト。
「じゃあ、私は現場に戻るで。もし何かあったら私も前線に出るけど、多分ビルゴの足止めが精々かもな。」
「十分だよ。あれは普通の魔導師には天敵すぎるから、はやてちゃんみたいな特異な魔法で仕留められるならいくらでもお願い。」
なのはの言葉に自分がまたガス欠寸前までこき使われそうなことを察したはやては藪蛇をつついたかと貼り付けたような笑みを浮かべるとそそくさと持ち場である陳述会の会場へ戻っていった。
「警戒に出した部隊からの報告は?」
「10分ごとの報告を命じていますが、全部隊からは今のところ不審な機影を確認したという報告はありません。」
「わかりました。各部隊には引き続き最大限の警戒をもって事にあたることを厳としてください。相手は特異な性質を有しているわけではありませんが並みの魔導士の速度ではありません。ほんのわずかな異常でも必ず報告するように。」
「了解しました。」
ところ変わって機動六課の隊舎内部に存在する管制室ではロングアーチをはじめとするオペレーターの人間がインカムを耳につけて隊員からの報告を一字一句違えないように熱心に聞き入り、同時にレーダー上に反応がないかしきりに目を凝らす。
そのオペレーターたちの様子やレーダーの動きが一望できる指揮官の立場の人間が座るような椅子にまだ年若い青年が座っていた。その青年はしばらく険しい表情でレーダーを見つめていたが、いつまでたってもうんともすんとも定期的に警戒に出している一般隊員の魔力反応を示すだけで代り映えのないレーダーに嫌気がさしたのか、大きくため息をついたあと脱力するように深く椅子にもたれかかった。
「………………一応指揮官研修は受けてきたつもりですが、こうまで精神をすり減らすものなんですね。」
その指揮官の任について誰かに愚痴をこぼすようにつぶやくのはグリフィス・ロウラン准陸尉だ。いつもははやての指揮官補佐として比較的彼女の隣にいる彼だが、今回ははやてが公開陳述会に赴くことで別行動となったため、権力的にナンバー2のグリフィスが今回は指揮官の席に就いている。
そのグリフィスの性格は生真面目と指揮官としては及第点だが、まだ補佐というわけで本格的な部隊運営、ないしはいつ来るかもわからない敵に対する警戒というのはまだ経験に乏しいことから愚痴をこぼしたのだが………………
「………………」
グリフィスの後方で壁に背をつけてたたずんでいるヒイロはまるで興味がない様子で腕を組んで寝ているように反応すら見せないため、彼の愚痴は虚空へと消えていってしまった。しかもヒイロは壁に寄りかかっていたからだを起こすと管制室から出ていこうとする。
「ヒイロさん?どうかしましたか?」
「……お前には関係のないことだ。お前はお前の責務に集中しておけ。」
管制室を後にしようとするヒイロに気づいたのかグリフィスが声をかけるが、それに目線すら合わせずに言葉を返すとそのまま管制室の扉を抜けていった。
「………………まぁ、ごもっともですね。」
多少ヒイロの動向が気になったグリフィスだったが、ヒイロに言われたことも正論だったため、グリフィスは大きく息を吐くと集中してレーダーの監視にいそしみ始める。
「パパ !!」
ヒイロが自室であるなのはたちの部屋に戻ると、間髪入れずに下半身に衝撃がはしる。もっともさながら子供の突進ぐらいなものでその程度の突進でヒイロの身体が揺らぐことはないのだが、それでもヒイロは少しばかり呆れたようにため息をつく。
「………………何か用か?」
目線をしたに向け、突進をしてきた張本人であるヴィヴィオと顔をあわせると、当の本人であるヴィヴィオはにへーと表情を緩ませながらヒイロの片足にぎゅっと抱き着きながら顔をぐりぐりと押し付ける。
「………………」
そのヴィヴィオの様子にヒイロは表情こそ表にだしてはいないものの、困惑しているように無言で見つめていた。しかし、さすがにいつまでも手をこまねいているつもりはないのか壊れ物でも取り扱うように慎重な手つきでヴィヴィオの腕を軽くつつく。それが気になったのか疑問気に首をかしげながらヒイロを見上げたタイミングでヴィヴィオが引っ付いていない方の足をまげて片膝をつくと、ヴィヴィオを抱きかかえる。
「すっかり懐かれていますね。」
そうヒイロに声をかけたのは機動六課隊舎の寮母であるアイナ・トライトンだ。なのはやフェイトが仕事等で隊舎にいないことが多いため、基本的にはヴィヴィオがパパと慕っているヒイロが面倒を見ているのだが、そのヒイロも教導の手伝いなどに駆り出された時にだけ彼女にヴィヴィオの面倒をお願いすることになっている。実際なのはたちも子育ての経験もある彼女に小さな子供との接し方などを教わっているらしい。
「………………」
そのアイナににこやかな笑みを向けられ、微笑ましそうにヴィヴィオにかなり懐かれていることを指摘されたヒイロは憮然とした様子でとりあえずベッドにヴィヴィオを下ろすとその隣に腰掛ける。
「少し席を外せるか?ヴィヴィオに話しておきたいことがある。」
「?………………ええ、わかりました。部屋の外で待っていますので話が済んだらまた声をかけてください。」
ヒイロの突然の申出に軽く首をかしげるアイナだったが、深く言及することはせずに部屋の外で待っていることを伝えると部屋から退出し、部屋の中にはヒイロとヴィヴィオの2人きりになる。
「……………パパ?」
ヒイロがアイナを部屋から退室させ、突然人払いをしたことにヴィヴィオに怪訝な表情をしながら隣に座るヒイロの顔を見上げる。そのヒイロの表情はいつも通りに無表情ながら張り詰めたような雰囲気を醸し出していた。
「……………お前ほどの歳ではまだそう深く考えることはできないだろうな。」
「………………?」
脈絡の無さそうに見えるヒイロの呟きにヴィヴィオはポカンと呆けた様子で体ごと横に傾け、不思議そうにする。
「…………前にも言ったが、事が済めばお前にぬいぐるみでも作ってやる。何か所望…………お前の願いのようなものはあるのか?」
「それじゃあウサギさんがいい!!」
「…………もう持っているはずだが、それでもいいのか?」
「パパが作ったのがいい!!」
ヒイロからぬいぐるみのリクエストを尋ねられると、先ほどまであったヒイロの張り詰めた表情に対する疑念が吹き飛び、晴れやかな笑顔を見せながらヒイロの自身のリクエストを伝えるヴィヴィオ。
それを聞いたヒイロは既に持っているデザインを所望したことに理由がわからなそうにしながらもヴィヴィオが使っていたお絵かき帳と色鉛筆を手に取ると、画用紙に絵を描き始める。
少々考え込む時間もあったのか時折手を止めたり、別の色鉛筆を手に取りながらだったが、それでも10分程度で描き終わったのか色鉛筆を置くとヴィヴィオにその書いた画用紙を見せる。
「デザイン性は変えてみたが……………」
そう言いながらもそこに描かれていたのは、日焼けしたように薄く焦げた茶色の生地を主体にして、真っ赤なスカーフを首にまき、ほんのわずかに赤みがかった灰色の体毛を頭から垂らすように生やした特徴的なウサギがそこにいた。それはヴィヴィオが聖王教会の病院に担ぎ込まれたときになのはに買ってもらったというピンクの生地に瞳をかたどった深紅のビーズと、シンプルながらにうさぎの特徴を捉えたかわいらしいものというより、どちらかといえばいぶし銀な渋い感じのデザインであった。
ヴィヴィオの反応もそのヒイロが手掛けたデザインを、目を丸くして見つめていた。それを芳しくない反応と見たヒイロはページをめくって別のデザインに着手しようとする。
「パパ!!わたし、これがいい!!」
「………………いいのか?」
「うん!!」
別のデザインに差し掛かろうとしたところでヴィヴィオが目をきらめかせ、ヒイロが手掛けたウサギのぬいぐるみを作ってほしいとせがむ。その視線にヒイロは最初こそいぶかし気な表情で見ていたが、ヴィヴィオのような小学生低学年の子供にそんな腹芸をこなすことは難しいし、なによりヴィヴィオ自身からそのような雰囲気を感じなかったため、そのヴィヴィオのお願いを聞き入れることにした。
「……………お前がそれを望むのであれば別に構わないが。」
「やった !!約束だよ!!」
ヒイロからの承諾を得たヴィヴィオは諸手を挙げながらピョンコピョンコとその場で跳ね上がりながら喜びを露わにすると、宝石のような緑と紅の瞳をより一層輝かせながらヒイロに詰め寄る。
(………………材料を確保できるかどうか確認する必要があるな………………フェイト辺りをそのうちあたってみるのも一つの考えか)
ヴィヴィオから約束を取り付けられたヒイロはミッドチルダにぬいぐるみ用の生地を取り扱っている店があるかどうかを考えるのだった。
「そういえばよ。ヒイロの奴、結局どうすんだ?」
「何がですか?」
「テスタロッサの嬢ちゃんと八神の嬢ちゃんのことだよ。どう見てもヒイロの野郎にホの字だろ?だけどアイツにはお姫様がいるだろ?どうすんの。」
「まぁ…………本人たちが納得する形に収まればいいんじゃないですか?一夫多妻も別に珍しいことではないと思いますけど…………」
「そうだった…………カトルは中東育ちだもんな………そういう考え方でも別におかしくはねぇか…………」
「確定筋ではないが、ティアナ・ランスターもヒイロに対して恋幕のような好意を抱いているらしいな。なるほど、奴にも所謂モテ期というのがやってきたか」
「おいトロワ!!お前はヒイロの親かなんかかよ!?なーに感慨深く頷いていやがんだよ!!ゼクス!!アンタもなんか言ってくれ!!アンタの義弟(仮)にお姫様のほかにライバル出てんだぞ!?」
「私は別段リリーナが悲しむ顔をしなければそれでいい。それに、奴がそのような愚行を犯すとも思わん」
「だぁー!!コイツもコイツでシスコンかよー!!もうやけくそだ!!五飛!!お前の価値観的にはどう思う!?浮気って悪だよな!?」
「浮気か。夫が妻を放って別の女にかまけるのは確かに悪だろうな」
「おお!!やっぱお前ならそう言ってくれると思ったぜ!!」
「だが、所詮それは目線によって大きく異なる。カトルの言う一夫多妻が地域の文化に根付いているとはいえ、世間一般から浮気とは言われないようにな」
「む………確かにそういえばそうだけどよ…………」
「最終的には奴ら自身の問題だ。俺たちがどうこう言ったところで参考にすらならん。つまらんことで一々喚くな」
「…………へいへい、俺がお悪うござんしたっと…………」
「そういえば今しがた済んだ話を蒸し返すようで申し訳ないのですが、高町なのはさんはどうなんでしょうか?ヴィヴィオさんという義娘もできてしまいましたし…………」
「彼女とは必然的に共に過ごす時間も多いだろう。場合によってはあり得ることも考えられる。それにアイツは好意を向けられるということに慣れていないはずだ。戸惑うだろうな、アイツほどの兵士でも。」
「フッ、奴ほどの男が戸惑うか…………それはそれで面白くはありそうだ。」
「皆さんお綺麗で魅力的な女性ですからね。僕でしたら、とてもではありませんけど彼女たちの好意に応えられるとは思えません。」
「おうヒイロ!!存分に迷えよな!!散々俺に貧乏クジ押し付けまくったツケだと思いやがれってんだ!!」