魔法少女リリカルなのは 〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜 作:わんたんめん
この度、本作『魔法少女リリカルなのは〜オーロラ姫の凍りついた涙は誰のために〜』は1/18を持って2周年の節目を覚えることとなりました。
どうせなら当日に出した方がいいのでしょうけど、思いの外手早くできてしまい、変に熟成させたりして当日を過ぎ去るのは自分のポリシーに反するため、いっそのこと出すことにしました。
そして2年目ですが、作者の欲が爆発して魔法少女モノをもう一本手にかけてしまったせいで展開がまるで進まず、申し訳なかったです。多分集中してたら終わってたかも…………ともかくこのように2周年を迎えてしまった以上、一作者として感謝を申し上げなければならないの自明の理。
長くなりましたが、結論から言えばこの話は私わんたんめんから皆様に対する感謝、そして以前少しだけ語った本編終了後に焦点を当てたオムニバスとなります!!
地雷等存在しますでしょうが、そんなん知りません!!だってヒイロが悪いんだもん!!(オイ作者)
P.S この内容はこの後に出る本編とは展開が異なる場合があります。辻褄が合わないとか言って後々の感想によるご指摘は勘弁してくださいませ
CASE Ⅰ Fate Testarossa Harlaown
『穏やかな時間は貴方と共に』
「ヒイロさん」
「……………なんだ?」
「あのー………こういった場所はあまり好みではありませんでしたか?」
とある平凡なある日、フェイトは面と向かって椅子に座っているヒイロにそんな言葉をかける。声をかけられたヒイロはいつものごとくフェイトと視線を合わせずにぶっきらぼうで顔の眉一つ動かさない無表情に徹しているが、反面フェイトは笑みにわずかな申し訳なさがにじんでいる微妙な表情を浮かべていた。
そしてフェイトの質問もまるでいつもとは違う場所にいるかのような内容だったが、それもそのはず。今二人がいる場所は人々の会話が飛び交う場所ではあるものの、日常的にいた六課隊舎ではない。近未来的なビルがそびえたっている第一次元世界ミッドチルダ、その首都であるクラナガンの一角でやっている喫茶店の店内だった。
スカリエッティによる大規模な破壊活動があり、都市機能に著しいダメージを受けたが、それも少しずつ復興の手が入りはじめ、二人のいる喫茶店のように営業が可能となった区画も拡がりつつあった。
そしてヒイロは喫茶店に来たことが不満だったかどうかという質問にすぐに答えるようなことはせず、不意に視線を店の外がうかがえる窓に向ける。店の外では人々がせわしくなく往来を続け、全く同じ光景など一瞬たりとも存在しない人の波を作り出していた。
「………気にするな。元々表情に出ずらいだけだ。お前の選択に文句を持っているわけではない。むしろ、お前らしいとも思っている。」
そしてヒイロは眺めていた外の人の波から視線を戻し、目の前のテーブルにあったコーヒーカップを手にし、フェイトの質問にそう答えながら中身のコーヒーに口をつける。砂糖もミルクもいれていないコーヒーの苦みを口の中で感じ、そのコーヒーカップをソーサラーの上に戻すと、向かい合っているフェイトに視線を向ける。
その視線にフェイトは思わず逃げるように視線をそらして恥ずかしそうにするが、やはり内心的にはうれしいのか、彼女の表情自体は緩んでおり、それをヒイロに見られないように手で緩んでいる口元を覆い隠していた。
「だが、このような場所でよかったのか?お前から来てほしい場所があるといわれ同行したが、普通であれば各地を連れまわされた上に荷物持ちでもやらされるものだと認識していたが。」
「………ヒイロさんの中の認識は一体どういうものになっているんですか………」
ヒイロのいわゆるデートというような異性と行動を共にして、道楽を楽しむという行為に対する偏見のようなものに、思わずフェイトは緩んでいた表情を一転させて苦笑いを浮かべながら顔を挙げる。しかし、その表情もすぐに穏やかなものに変わると、手元のコーヒーカップに手を添え、まじまじと中のコーヒーを見つめる。そのコーヒーの水面には彼女自身の穏やかな笑みをまるで鏡のようにくっきりと映し出していた。
「私は………ヒイロさん、貴方と一緒にこんな穏やかな時間を過ごせるだけで十分なんです。執務官としての職務があるというのも大きいですけど。」
「理由までお前らしいな。だが、いつまでも第一線にいられるわけではないだろう。その時が来たらどうするのか、お前の中でなんらかの形はでているのか?」
ヒイロの指摘にフェイトは手元のコーヒーに視線を落としたまましばらく沈黙を貫く。ほどなくして彼女の中で形になったのか、視線を挙げ、その視界にヒイロを収める。
「そうですね………なのはと同じように教導官を目指してみるのもいいですけど、あまり私は誰かに教えるというのは得意じゃないので………いっそのこと女性としての幸せに向かってみるのも一つの選択肢かもしれませんね。」
そういうフェイトに対してヒイロは何か言葉を返すわけでもなく手元のコーヒーを口につけ、お茶を濁すようにそれを呑んだ。もちろん、ヒイロ自身フェイトの語る女性としての幸せ。それが意味することを全くもって理解していないわけではない。
異性、この際同性でもまぁまぁ構わないが、その思い人と日々を共にし、共に感情を共有したりする………そういったものであろう。そしてヒイロはそのフェイトに返す言葉をあいにく持ち合わせていない。ゆえに答えることもできずに沈黙を貫くしかなかった。フェイトも無理に話を続けようとはしなかったため、二人の会話はそこで途切れてしまい、無言の空間が広がる。その空間は第三者からみれば気まずいことこの上ない時間かもしれないが、当の本人である二人はかたや仏頂面、かたや嬉しそうにしているとまるで気にも留めていない様子だった。
「………………昔の私は母さんに、プレシア母さんの役に立てれば、それでいいって思ってました。すごく怖い思いとか、痛い思いとかしたけど、かごの中の鳥のようにそれしか生き方を知らなかった。ううん、知ろうとしなかったんです。アリシアの代わりにもなれない私なんかじゃ、これくらいの苦痛は受けて当然なんだって、考えることをやめていました。」
そんな最中だったが、フェイトは表情を憂いなものをふくんだ笑みに変えると、まだヒイロと出会う前だった、いわゆるロストロギア『ジュエルシード』をめぐる地球におけるP.T事件以前の自身のことを語り始めるフェイト。その彼女にヒイロは特に何か言葉を挟むわけでもなく聞き手に徹する。
「でも、なのはと出会って名前を呼んだあの時から、私の世界は見違えるように広くなりました。それはヒイロさん、貴方と出会った闇の書事件の時もです。あの時闇の書の中で会った母さんは確かに私の記憶から再現された
「………………それを俺に話してどうするつもりだ。話を聞いている限りでは、内容的にはなのはに言うべき言葉だとも思えるが?」
フェイトの言葉にヒイロは怪訝な様子を見せながら疑問をぶつける。確かに話を聞いている限りでは、先ほどのフェイトの言葉は同席しているヒイロにいうより、なのはに言うものであるようにも思える。しかし、その疑問にフェイトはなんら臆することなく晴れやかな笑みではにかむ。
「そんなことないと思いますよ?もしあの時ヒイロさんが来てくれなかったら、母さんからの言葉はなかったと思います。多分ですけど、アリシアとだけあのまま話して終わってしまうこともあったんじゃないかなって。」
そのフェイトの答えにヒイロは疑うような目線をフェイトに送る。しかし、フェイトの中ではどこか確信めいたものがあったのか、答えたときの晴れやかな笑みを崩すことはなかった。その様子にヒイロはわずかに呆れたように小さくため息をこぼす。
「………………何か騒々しいな」
「そう………ですね………」
しかし、そんな和やかな空間に横やりを入れてくるような騒々しい騒ぎが喫茶店の外から聞こえてくる。それに気づいたヒイロが窓の外を見やると同じように騒ぎを感じ取ったのか、フェイトもヒイロの後に続くように喫茶店の外へ目線を向ける。
喫茶店のすぐそばの通りはクラナガンでもそれなりの大きさのあるメインストリートなのか、人々の往来も多かった。しかし、その足早に歩いていた人々も異常を感じ取ったのかまばらに足を止めると、揃って同じ方角を見据える。そして、そこに悲鳴と共に表情を恐怖に染め上げた集団がなだれ込んでくる。瞬く間に通りは人でごったがえし、そのまるで何かから逃げている人々に当てられたのか先ほどまで茫然としていた人々も伝染していくようにその一派の集団の仲間入りを果たし、通りはあっというまに逃げ惑う人々で大混乱のパニック状態になった。
「ッ………………ヒイロさん、その 」
明らかに事件かなにか。人々の平穏を乱している事態が発生している。執務官であるフェイトは今日が非番にしていたとはいえ、その使命感から1秒でも早く事態の早期解決に導くために席から立ちあがる。しかし、事態解決に動くということはヒイロをここにおいていくということ。フェイト自身から誘ったにもかかわらず、自分の都合で放り出すような真似をしてしまうことにフェイトは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「俺にかまけてないでさっさと行ってこい。それがお前の責務だろう。」
そのフェイトにヒイロは外の状況など興味ないように椅子に座りなおすと目線すら向けずにフェイトにそう言い放つ。まるで自分勝手にも見えるヒイロのその態度。さすがのフェイトもこれには困惑を禁じ得なかったが、近くにあった紙媒体の新聞を手に取って読み始めたところでフェイトはヒイロの真意に気づく。ヒイロはここでフェイトを待ち続けるつもりなのだ。実際にヒイロの新聞を読むペースはその内容を隅から隅まで確認しているように遅々なものであった。
『待っててやるから手早く済ませてこい。お前なら、それができるだろう』
フェイトのなかで一連のヒイロの行動にそのように意味を見出した。つまるところ、期待してくれているのだ。めったに見せることがないヒイロの他人への期待に心の中で俄然やる気のようなものが沸き立ってくる感覚をはっきりと彼女は認識した。いちおう言っておくが、あくまでこれはフェイトの中で見出した結論なため、実際ヒイロがどのような心中でいたのかは割愛する。
「はいッ!!行ってきます!!!」
正確にくみ取ったのか、はたまた彼女の勘違いなのか、ともかくフェイトは意気揚々とした様子で喫茶店を飛び出すとすぐさま相棒であるバルディッシュのバリアジャケットを展開すると、白いマントをはためかせながら空へと駆け出して行った。
「……………」
その小さくなっていくフェイトの背中をヒイロは手にしていた新聞をテーブルに置き、視線で見送ることしかできない。ウイングゼロを事実上のロストロギアに認定されてしまった以上、ヒイロに戦う手段はほとんど残されていない。だが、それでいいのだ。既にこの世界にもヒイロと同じように平和な世界を望む人間は大勢いる。それに今必要とされているのは、兵士ではなく、ヒイロ・ユイという一人の人間だ。しかし、必要とされるのであれば、兵士は再びその戦場に現れる。今度は過去を繰り返させないためではなく、共に過ごせる未来を守るために。
CASE Ⅱ Hayate Yagami
『日常、されどもそれは宝石の如く』
「ヒイロさん、そこの塩とってくれへん?」
「……………これでいいのか?」
はやてに頼まれた塩の入った小さな瓶をヒイロが手に取り、それをはやてに手渡した。それを受け取り、ありがととお礼を言いながらはやては手元の料理にその塩を振りまいていく。今二人ははやての自宅で並んでキッチンに立って料理を行っていた。そのキッチンで進められている鍋やフライパンの数はいささかヒイロとはやての二人だけで食べるには多いが、それもそのはず。キッチンと壁一枚を挟んだ自宅のリビングからははやての大事な仲間であると同時に家族でもある守護騎士たちをはじめ、なのはやフェイト、そしてティアナといった六課の主要メンバーたちが各々会話に花を咲かせていた。壁一枚挟んで耳で聞いているだけだが、会話が途切れる様子は一向に感じられず、料理の工程に時間がかかっても問題はないだろう。
さらには仮に少々作りすぎても、大食漢であるスバルとエリオがいるため、はやては腕を奮って作業に勤しむ。ヒイロはその手伝いをしているといったところだ。
「……………なーんか、こうして並んで料理をしてると昔を思い出すなー……どう?ヒイロさんも思い出さない?」
「……………一応聞いておくが、いつの話だ?」
そんな最中、はやてが唐突に昔を懐かしむような言葉をつぶやき、隣に立っているヒイロに聞いてくる。その質問に、ヒイロは正確にいつの話のことを言っているのかわからなかったため、ヒイロは目の前の料理に視線を向けたまま聞き返す。
「もー。10年前の闇の書事件の頃や。私含めたみんなみたいに普通に10年経っているならともかく、ヒイロさんはまだ記憶自体は真新しい方のはずや。まさかとは思うけど、忘れたとは言わせんでー?」
ヒイロの聞き返しにはやてが出した闇の書事件の単語でヒイロは確かに一度はやてと一緒に料理をしたことがあることを思い出す。だが、その記憶を呼び起こしたところでそれに何の意味があるのか、ヒイロには皆目見当がつけられないでいた。
「元々料理は好きな方だったんよ?だけどあの時ヒイロさんと一緒に並んで作ったときは…………なんていうんかな、楽しかった?ともかくいつもの感覚と違ったんよ。時折ヴォルケンリッターのみんなも手伝ってくれるんやけど、シャマルはちょいちょい危なっかしいことをするし、シグナムは刀剣の類使っとるクセかなんかは知らないけど包丁でまな板ごと叩き切ろうとして不器用だったりやったんやけど、ヒイロさんにはちゃんとした料理に対する知識はある。」
そのヒイロの疑問を察してなのかは定かではないが、はやてがヒイロと共に料理を作ることが楽しいと語る。
「俺が料理に対する知識を持っているのは潜入任務などを行うときに疑念などを周囲の人間から持たれないようにするためだ。あいにくとお前のように趣味の一環で技能を身に着けたわけではない。」
そのはやてにヒイロは視線を手元の作業に向けたまま、淡々とした様子で自身が料理技術を身に付けている理由を語る。その理由にはやては愛想笑いのような表情を見せたあとにどこか悲しそうな雰囲気をにじませる。
「………………じゃあさ、ヒイロさんはこれ、楽しいとか全く思っておらんの?」
その悲し気な雰囲気をにじませたままの問いかけ。ヒイロは料理の工程を進ませたまま、少しの間その質問には答えないでいた。時間にして数十秒から数分くらいは過ぎただろうか。突然作業をしていた手を止めるとわずかに肩を上下に竦ませる。
「………………正直な感想が欲しいのか?」
まるで答えを聞くこと自体に対して確認するかのような言葉。それにはやては一瞬目を見開いて驚きを露わにするが、流石に料理中に目を離すのはよろしくないため、視線自体は料理に向けたまま静かにうなずく。そのはやての答えを視界の端でとらえたヒイロは一度確認するように料理に目線を向けたあとにため息をついた。
「………………まだ、俺にはわかりかねる感覚のようだ。」
「え………………」
要するにヒイロはわからないと答えた。是でもなく、また否でもない中間のようなあいまいな答え方に思わずはやては呆けたような反応を見せる。
「俺は物心がついた時には既にこの手には他者を殺すための銃を握っていた。あの時の俺にはそれしか生き方を知らなかったからな。だが、今と昔の俺は違う。それを自覚こそはしているが、まだお前のいう物事に対する楽しさとやらを感じることはできないらしい。」
それだけいうとヒイロは再び止めていた料理の手を進めることを再開して作業に取り掛かる。ヒイロは何気なくどうともしないというように語っていたが、それを聞いたはやての表情はとてもではないが晴れやかなものとは言えなかった。はやて自身父親と母親の両方を幼いころに亡くしている。一応『おじさん』もといギル・グレアムによる経済的な援助を受け、それなりに不自由のない生活は送れてきた。しかし、そこに本来与えてもらえるはずだった、いわゆる親の愛情を受け取れる機会は普通の同年代の子供と比べれば格段に少ないだろう。しかし、ヒイロはその親の愛を受け取れる機会や記憶すら与えられることがなかったのだ。そのことがはやての心中に暗い影を落とす。
「そっか………………ならいつか感じられる時が来るとええな。」
だが、それでもヒイロの心には従来のものが戻ってきている。昔のヒイロをはやて自身が知っているわけではない以上、本来のヒイロの性格がどのようなものなのかを計り知ることは不可能だ。だが、ヒイロ自身が昔と今の自分を違うというのがしっかりと自覚できている。それができているのならもしかするとその時というのは意外と近いところまで既に来ているのかもしれない。
「そしたら、また一緒に料理でも作らへん?」
「………………俺がその言葉を覚えているかどうかは不確定要素だな。コールドスリープによる脳の海馬への影響はリンディ・ハラオウンから聞いているはずだが。」
「大丈夫、ヒイロさんなら絶対覚えてくれとるって信じてるから。」
「………………フン、好きにしろ。どのみち確約することは保証しかねるからな。」
いくら自身が記憶を保持できているかわからないと忠告しても、それでもなお信じていると信頼を寄せてくるはやてにヒイロは一種のあきらめのようにため息をこぼすと、それっきり口を開くこともなく、黙々を作業に勤しみ始める。はやても変にヒイロと会話を続けていてなのはたちを待たせるのはプライドのようなものが許さなかったのか、同じように作業を進ませていく。
野菜、肉、魚といった食材を捌いたり、ぐつぐつと音を立てている鉄鍋の中身をかき混ぜたり、フライパンの中を確認して適宜切り分けた食材を投入することおよそ数十分。
(お父さんとお母さんにもこういう光景があったんかな………………)
創っている料理が徐々に完成の兆しが見え始めたところで、ふとはやてがそんなことを思った。隣に視線を向けてみれば、そこには未だ黙々と料理を進めているヒイロの姿がある。口数がめっきり少ない方に分類されるヒイロだが、それでもはやては十年前のあの時、目の前で家族同然だった守護騎士の4人が殺されたと思い込んで、感情のコントロールができなくなったことで本格的に闇の書の暴走が起こったときに見たあの穏やかな笑みを浮かべたヒイロの顔を覚えていた。
これはなのはたちにも明かしていない自分だけの秘密。だからこそ、はやては不愛想で無表情でどこまでも無鉄砲なヒイロを誰よりも強く、そして誰よりも優しい心を持った人物であることを知っていた。
「………………もうじきその肉料理に焦げがつくころ合いだ。見栄えをよくした状態で出したいのならひっくり返すか皿に盛るかのどっちかにしろ。」
「え…………あ、ほんとや。えっと、裏見てみても特に赤いところは残っていなさそうやし、そこのおっきなお皿とってもらえる?」
数十分ぶりの会話はヒイロからの潮時を伝える指摘だった。その声で我に返ったはやては最終確認のようなもの済ませると、ヒイロに少し遠くにおいてある大きめの平皿を頼む。その頼みにヒイロはキッチンを見回し、そのはやての頼んだ大きめの平皿を手にすると、はやてにそれを手渡す。
受け取ったはやてをできあがった肉料理をその平皿の上に移した。
「後の料理の盛り付けは俺がする。お前は先にそれを持っていけ。」
はやてが料理を移し終わったところでヒイロが料理を運ぶように促す。それにはやては無言でうなずくとできあがった料理をなのはたちの待つリビングに持っていく。
(………………いつか、ヒイロさんにも楽しいって感じてもらえるとええな。)
出来上がった料理を持っていきながら、はやてはヒイロのあの仏頂面を絶対に緩ませてやると決意を新たにするのだった。
CASE Ⅲ Nanoha Takamachi & Vivio
『今は仮の形だとしても 』
「珍しいな」
「えっと………………何がですか?」
唐突なヒイロの言葉。それに隣で並んで歩いていたなのはが困惑を混ぜたような苦笑いを見せる。まるでその様子は次のヒイロの言葉をなんとなく察していて、その予想が外れることを願っているかのようだった。
「ワーカーホリックのお前が自ら自主的に休暇の申請をするとはな。」
「や、やっぱり !!いつになったらその評価を改めてくれるんですか!!」
ヒイロからワーカーホリックと言われたなのははショックを受けた表情を見せたあとにがっくりと脱力したように肩を落とす。どうやらその様子から、彼女が予想していた言葉が当たってしまったようだ。
そしてむすっと頬を膨らませたなのはの訴えにヒイロは涼しい表情で前方に視線を向けたまま無言を呈し、すぐに答えようとはしなかった。
「パパ !!ママ !!何してるの、早く行こうよ !!」
「少なくとも、俺にヴィヴィオを任せている時間が長い以上は変わらんな。」
「そんなーーー……」
二人が向かっている方角から諸手を挙げながら駆け寄ってくるヴィヴィオの姿を見かけるとヒイロはそう言い残してヴィヴィオの元へ足を進める。おいて行かれたなのははその場でうなだれていたが、流石にいつまでもへこたれているままではいられなかったため、急いで先を行くヴィヴィオとヒイロの後を追う。
「先に行くのは別に構わんが、あまり俺たちから離れるな。後が面倒になる。」
「うんわかった!!じゃあ、一緒に早く行こ!!」
「ちょ、ちょっと……!?」
ヒイロの忠告にそう頷く姿勢を見せるヴィヴィオだったが、なにか待ちきれないものがその先にあるのか、すごくウキウキした表情のまま二人の手を引っ張ってまで先を急ごうとする。ヴィヴィオに引きずられながら見えてきたのは、華やかな音楽と共に人々の楽し気な歓声悲鳴が入り混じるテーマパーク。その入場口だった。
「そ、そういえば………………ヒイロさん!!」
「……………なんだ?」
ヴィヴィオに手を引っ張られている中、なのはは突然何か思い出したような表情を見せると、ヒイロの名前を呼ぶ。
「こういった施設ってヒイロさんは初めてですか!?」
「経験はないな。」
走らされているような状況なため、語気が上ずったような声でヒイロにテーマパークをはじめとする遊興施設に来たことがあるかどうかを聞いてくる。そしてその質問にヒイロが短い言葉で初めてだと答えると、なのはははにかむような笑みを見せる。
「じゃあ、今回は私が先導する番ですね!!こういう場所はアリサちゃんとすずかちゃんと一緒によく行ったので!!」
「………………そうか。」
そういうのであれば、事前情報をもっているなのはに任せた方が賢明かと、ヒイロも異論がなさそうに納得した声を挙げ、三人はチケットを購入してテーマパークの施設内に入園する。入場口をひとたび超えるとそこから先は敷地外とは比較にならないほどの大勢の人が行き交っていた。ヒイロとなのはも隣にいるはずなのに、その大勢の人が発する声で互いの声が聞き取りにくいと感じてしまうほどだった。
実際、この状況を想像できないわけではなかった。スカリエッティ一派による一連の事変により、首都クラナガンは甚大な被害を被った。それはクラナガンの主要都市地域の郊外に位置しているこのテーマパークも例外ではなく、しばらくは休園する処置をとっていたが、それがしばらく経って事変のほとぼりが冷めたことでようやく営業が再開されることとなった。
それまで被害の復興に追われ続け、人々の心も疲弊していたところにこのテーマパークの営業再開という娯楽の提供、人々が集まらないわけがない。
「これ、迷子になったら一貫の終わりですね………………」
「………………」
その光景を見て、渋い表情を挙げたヒイロは引っ付いていたヴィヴィオを持ち上げると肩車をするように自身の両肩にヴィヴィオを乗せる。
「………………これなら余程の事態にならない限り問題はあるまい。」
「もしかして、今日一日ずっとそうしているつもりですか?」
「たかーいたかーい!!」
肩の上ではしゃぐヴィヴィオをヒイロは支えるように手を添える。その様子になのはは心配しているような言葉をかけるが、アトラクションに入るときや、昼食などをとるときまでヴィヴィオを肩車しているわけではないだろうと思い、それ以上言うことは止すことにし、今は楽しむことを第一にするのだった。
手始めに三人がやってきたのは、巨大なカップの乗り物に座り、中心にあるハンドルを回転させることでどんどん上昇していくスピードを楽しむ『コーヒーカップ』と呼ばれるアトラクションだ。
「わ !!!!はやいはやーい!!」
「こ、これこんな早いスピードで回転させて大丈夫なんですかねっ!?」
「その速度を出せるということは設計上は問題ないのだろう。乗っている奴がどうなるかは別問題だが。」
「お願いしますから怖くなるような言い方しないでくださ い!!!」
そのアトラクションではヴィヴィオが意気揚々とハンドルを猛烈な勢いで回転させてしまったことで、別のカップとは一回り以上早いスピードで回ってしまい、戦々恐々としてしまった。(主になのはが)
「おうまさんだ………………!!!」
一向がコーヒーカップの次にやってきたのはメリーゴーランド。馬や馬車といった絵本の世界でよくみられるものを使ったアトラクションにヴィヴィオは興味津々といった様子で瞳を輝かせる。それを見たヒイロとなのはは次はそれに乗ることにしていざ乗ってみたのだが
「む~………………ちょっとおそい………………」
直前に乗ったコーヒーカップの超高速回転のせいか、速度の変わらず一定の速度で動かされるメリーゴーランドは少々退屈な時間になってしまったらしい。
「まぁ、あんな速さで回しちゃったらね………………」
「次にこれを選んだのはミスだったな。」
つまらなそうにしているヴィヴィオになのはは苦笑いを見せ、ヒイロは仕方がないというように肩をすくめた。アトラクションから降りたあとたまたまちょうどいい時間だったのもあり、昼食を取りに行くことにした。向かった先のテーマパーク内のフードコートでは入場した直後の時と変わらないほどの人がごった返していた。
「す、座れるかな………これ………」
「座っている奴の様子を見て判断するしかないだろう。」
微妙な表情を浮かべながらそういうなのはにヒイロは別段どうということはないといいたそうな簡単な口ぶりでヴィヴィオを肩車した状態で周囲を見渡す。なのははその様子を流石に難しいのではと微妙な表情のままヒイロを横から眺めていたが、少ししてある一点に視線を集中させると、その方向に向かって歩き始める。慌てながらなのはがそれについていくと、ちょうど通りすがったタイミングでそれまで座席に座っていた人がその席をあとにし、三人はテーブルに着くことができた。
「………………すごいですね、ヒイロさん。こんなにいっぱい人がいるのにそこからピンポイントで空きそうな座席を見つけるなんて。」
「言ったはずだ。座っている奴らの様子を見て判断するしかないだろうと。俺は座っている奴の料理の残り具合を見ていただけだ。」
タイミングよくテーブルにつき、昼食にありついたところでなのはが開いた口がふさがらないと驚いた様子で話すが、やはりヒイロはまるでどうともしないというように買ってきたハンバーガーを口にする。そのまま昼食をとったヒイロ達は再び午後の時間からアトラクションを回り始める。
「うう………………こわい…………くらい…………なんだかさむい………………」
一風変わって薄暗い陰湿な空気の中、三人は懐中電灯一つでその暗い建物のなかを探索する。辺りに散らばっているものに薬品のビンのような容器や白い布の仕切りのようなものが散乱している様子からそこは病院の廃墟なのだろう。いわゆるお化け屋敷に入ったのだが、フォーメーションは懐中電灯を持っているヒイロを先頭にし、なのはを最後尾に回し、ヴィヴィオをその間において挟み込むようなものだった。まったくもって平然としているヒイロはどんどん先を行こうとするが、ヴィヴィオは思ったより本気なお化け屋敷の内装の雰囲気に気圧されたのか少々足取りが遅く、それにヒイロが途中で気づき、歩くスピードを遅くするというやりとりが何回もあった。
「それほどに怖がる要因があるのか?所詮は作り物か同じ人間だぞ。」
「ヒイロさんそれを言うのはタブーです。このお化け屋敷というジャンルを根本から否定しちゃってます。」
ついこぼした言葉だったが、なのはから真顔でそう言われてしまい、ヒイロはあきれたようにため息をしながらもそれ以降お化け屋敷のコンセプトを全否定するような発言は控えるようになったが
『ヴぁァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
「わぁぁぁぁッ!?!?」
「ッ………………!?!?」
「………………」
結局のところヒイロには動く動かないの判別はすぐにわかってしまうので、ヴィヴィオやなのはが驚いた反応を見せても、ヒイロだけは本気で眉一つすら動かさず、平静とした様子でそのお化け屋敷を踏破した。ちなみにヴィヴィオはお化け屋敷から出たあと恐怖体験から解放された反動か大泣きしてしまい周囲から注目を浴びてしまったのは別の話。
「わー!!きれーい!!」
そして気づけば時刻は進み、いつのまにかまだ高く上がっていたはずの朝日は夕日とすげ変わり、自らの光で照らしたオレンジ色の空に沈もうとしていた。その光景をきれいといってはしゃいでるヴィヴィオだがそのオッドアイに映る光景は極めて高いところからではないと見ることができないものだった。それもそのはず。三人が最後に乗ったアトラクションは観覧車。その大きさもかなり大規模で、そのテーマパークの敷地外からでも十分にその観覧車を見ることができるくらいには巨大だった。
「これは………………実際に空を飛んでいる時とは違った感覚がしますね。」
観覧車のゴンドラの窓に両手をつけて顔を押し付けるようにへばりつき、日が沈んでいく様子に釘付けになっているヴィヴィオを挟むようにヒイロとなのはは向かい合って座席に座り、同じようにその夕日が沈んでいく様子を眺めていた。
「ヒイロさん、今日はありがとうございました。結構急なお願いだったとは思うんですけど………………」
「気にするな。今回の件が終わった以上、俺がやるべきことはもうなくなっている。今はクロノたちがアフターコロニーに帰れるルートを見つけるのを待つだけだ。」
なのはのお礼にヒイロは目線をゴンドラの外に向けたまま言葉を返す。それっきり観覧車が一周するまでの間に二人の間に言葉は交わされず、ヒイロが静かに瞳を閉じ、なのははわずかに表情に影がさしこんだような顔を見せる空間ができあがっていた。
「あの………………ヒイロさん、少しいいですか?」
「………………なんだ?」
そして観覧車から降り、出口に向かう道。総合的には楽しかったという評価だったのかルンルン気分で先を行くヴィヴィオに聞こえないくらいの声量でなのはがヒイロに話しかける。
「………………ヒイロさんには、まだやるべきことが残っているから元の世界に帰るっていうのは、わかります。でも、私はヴィヴィオに普通じゃない家庭にいるんだって思ってほしくないんです。」
「………………」
なのはの言葉にヒイロは視線こそは向けているが、その言葉になにか返すことはせず、じっとなのはの顔を見つめていた。まるで懇願するような声色。おそらく本当はヒイロにも共にいてほしいのだろう。しかし、なのはにもわかっていた。自分の思っていることが到底難しいことであることを。
「だから、お願いです。絶対に死なないでください。」
「………………その約束の内容を覚えているかどうかわからない人間にそのような頼みごとをするな。それに次元を隔てている状態で互いの生死など、確認できるはずがないだろう。」
「う………………そ、そうですよね、ごめんなさい。」
ヒイロからそういわれ、気まずい表情を見せたなのははそのままうつむくように視線を下に落とす。
「………………だが、俺は自分の命をそう軽く見積もっているつもりはない。こちらでのやるべきことが終われば多少は自分の身の振り方を考えるつもりだ。」
「………………ふぇ?」
そのヒイロの言葉に思わず呆けた表情をしながら下に向けていた目線を上にあげ、ヒイロを見据える。しかし、その時点で既にヒイロはヴィヴィオのいる方角に向かっていて、その背中はだんだんと小さくなっていく。
「………………はっ!?ま、待ってくださいよ、追いていかないで !!」
少し間をおいて我に返るとその背中をなのはは焦った様子で駆け足でそのあとを追いかける。はたして最後にヒイロが言った言葉の意味は………………ここで言及するのは伏せさせてもらおう。
CASE Ⅳ Teana Lanster
『出会ったことは偶然でも、会ったこと自体には必ず意味がある』
青々しい緑が天然の屋根となって太陽の光を緩和し、あたりに涼し気な空気が澄み渡る山の中。その木々の間を縫うように作られたコンクリートのような素材で舗装された道路を一台のバイクが駆け抜ける。けたたましい重厚なエンジン音をとどろかせながら山道を走る真紅のバイクには二人の人間が搭乗していた。乗っている二人はヘルメットを装着していた上に防寒用のジャケットなどを羽織っていたためにわかりづらいが、体格的に考えて華奢な体つきをしている運転手は女性で、後ろに引っ付いているのが決して大柄ではなく、むしろ小柄な体格の人間だったが、肩幅から見ても後に乗っているのが男性であるだろう。
そのバイクはしばらく道なりに進んでいくと急に開けた場所に出たところの駐車場のようなスペースにバイクを止めた。そこで運転手の女性がバイクのエンジンを切るとかぶっていたヘルメットを外し、にじんだ汗でついた髪を振り払うようにたなびかせる。
「ふぅ………………ヒイロさん、着きましたよ。」
バイクの持ち主でもあり、運転手でもあるティアナは後ろで座っているヒイロに目的地についたことを伝える。そこで後部に同乗していたヒイロはティアナと同じようにヘルメットを外し、バイクから降りる。ヘルメットを外したヒイロは周囲の青く茂っている山の光景をまじまじと見つめるように目線を張り巡らせる。
「………………都市区画から外れた土地というのは、どこもこのように木々が生い茂っているのは共通事項か。」
「あれ、ヒイロさんのいた世界でもあったんですか?てっきりそういう場所は少ないのかなって思ってましたけど………………」
「確かにアフターコロニーでは人類の居住域が宇宙空間へと移動していったゆえに地球人口は減少したが、人がいなくなればそこを新たな住処として動植物が現れ始める。だから基地周辺は多少開発が進んではいたが、そこから少し離れてしまえばあとはいわゆる農村のような小さな集落が存在する程度のものだ。」
「………………なんていうか、こういっては失礼ですけど、ヒイロさんの元いた世界ってアンバランスですね。この前のビルゴをはじめ、製造される兵器のレベルはとても高いのに生活の方はあまり進歩していないっていうか………………」
「常に世界のいたる場所で戦闘が勃発していたからな。ある意味、人の生活レベルというのも平和に対する一つの指数なのかもしれん。」
バイクを止めた駐車場からほど近い、風景を一望することができる視界が開けた場所にある安全用の柵に寄りかかりながらそんな会話をする。ティアナはヒイロの人の生活に平和の指数があるのかもしれないという言葉に関心があるようで、風景を見ながらも目線を隣にいるヒイロに向けていた。
「アフターコロニーではクラナガンでみられるような階層の多いビルはコロニー内を限りほとんど存在しない。理由を考えることはできるか?」
突然のヒイロからの問題にティアナは面を食らったような表情を浮かべるが、すぐに思考を切り替え、ヒイロから出された問題の答えを考え始める。別世界の事情など、考えろといわれても可能性はいくらでもあるため際限がないとも思えるが、そんな特殊な事情が答えになっているいじらしいことをヒイロがやるとは思えないため、将来的に執務官となるための練習と考え、ティアナはとりあえず常識的な範疇での回答を模索する。
「そうですね………………やっぱり目立つからでしょうか。この前のスカリエッティによる一連の事件で地上本部が狙われたのも、標的にしやすい重要拠点であったというのも大きかったでしょうし………………」
「及第点、といったところか。確かに地上本部が狙われたのも施設そのものが巨大であるがゆえに目立ちやすい。目立つということはそれだけ敵から見つかりやすいうえに標的にされやすい。目的が破壊工作であったのなら、なおのことだ。」
「………………今のところはだいたい私の答えと変わりはないように見えますけど、及第点ってことは他にもあるんですよね?」
ティアナがそういうと、ヒイロは肯定の意を示すように無言で首を縦に振った。
「お前は二次被害を考えたことはあるのか?」
「に、二次被害、ですか?」
二次被害という単語にティアナは初めて聞いたような反応を見せる。
「二次被害というのは、建物の崩落、もしくは爆発によって引き起こされる周囲への被害などを総称して呼ぶ。」
「建物の崩落や爆発による周りへの被害………………?」
「少しばかり魔法からは外れた物理学の分野に入ってくるが、物体には必ず質量エネルギーというものが存在する。例えば水に入った器に物体を落とせば、その落としたものの質量によってこぼれる水の量にも変化が生じる。それを地上本部の崩落という条件をつけた状態でシミュレーションを行うと、崩落部分の落下で少なくとも半径数百mは甚大な被害を被るだろう。規模こそ違うがやっていること自体は前者も後者も同じことだ。さらに地上本部の立地上、目と鼻の先に一般市民の居住スペースがあるため、その被害は人的、物的両方に大きな被害となるだろう。」
「………………地上本部は階層が高いビルだから、その分崩壊して、地表に落下してきたときの衝撃も段違いということなんですね。」
ティアナのつぶやきにヒイロはその通りだというように無言のまま首を縦に振る。
「だから戦争が続いていくうちにそのような高い建造物は姿を消していった。だが逆に言えば、そういった階層の高い建造物があるということはそれだけ平和が続いているという証拠にもなっているのではないかとも感じている。」
ヒイロの言葉にティアナは舌を巻いているように驚いた表情を見せながらヒイロの横顔を見つめる。改めてティアナはヒイロが平和とは程遠い戦争の世界で生きてきたのだと実感してしまう。何気なく乱立している名も知らない誰かが日々を過ごしている建造物にそのような感覚を覚えることに平和を実感するなど、もはや敬服に値するレベルといってもいいだろう。
「………………余計なことまで話したな。お前にはあまり関係のない話だった。」
「………………いえ、そんなことはないと思います。」
そういってヒイロは肩を竦めながらため息をこぼす。その様子はまるで自身に対して自虐的に揶揄っているようにも見えた。そのヒイロにティアナは遠慮がちにするだけでそれきり話は途切れてしまう。山中から吹いてくる風そのものは空気自体は微妙な空間になってしまった。
「………………話は変わるが、お前は六課の運用期間が終了したあとはこれまで通りに執務官を目指すつもりなのか?」
「え………………?はい、そうですね。ちょうどフェイトさんの元で候補生としてやっていくつもりです。」
ヒイロから自身の今後のことを尋ねられたティアナはフェイトの元で執務官のキャリアを積んでいくつもりらしい。それを聞いたヒイロは何やら考え込むような仕草を見せる。
「………………一つ忠告がある。これはさっきの二次被害の話にも通じることだ。」
突然のヒイロの忠告。それにティアナは体をこわばらせ、緊迫した面持ちでそれを聞こうとする。
「執務官となるということは主だった任務は犯罪者たちの拿捕だろう。だが、そこにある本質は平和を維持することにあるはずだ。それと平和を脅かすのはなにも犯罪者の存在だけではない。お前が犯罪者に向けて奮うその力も十二分に平和を脅かすものになりかねない。その二つを忘れるな。そのどちらかを忘れたとき、お前はホテルアグスタの時のように自分自身の銃弾で守るべき人間を傷つけ、最悪殺すことになる。」
「ッ………………」
ヒイロの忠告にはティアナ思わず苦い表情を禁じ得ない。ホテルアグスタでの防衛任務。ヒイロと初めて顔を合わせたレールウェイのジャック事件を含めれば二回目のまともな任務だった。その時のティアナは想像以上に才能のある自分の仲間たちに対し、焦っていた。凡人である自分は兄の無念を晴らすためにはスコアを挙げていくしかない。それゆえにおきたミスショットによる誤射。間一髪でヒイロが間に入ったことで事なきを得たが、もしヒイロがあと少し遅ければ、確実に直撃コースだった。
その過去があるからこそ、ヒイロは敢えてその単語を挙げたことで、ティアナは苦い表情を見せてしまう。だが、それと同時にその過去があるからこそ
「………………はいッ!!」
人はその過去を土台にして前へ進めるのだ。そのティアナの表情は先ほどの苦い記憶を呼び起こしていた苦しい表情ではなく、それをしてしまった身だからこそ決意新たに引き締まった表情を見せる。
「………………兵士としての礼節などを知ってはいるが、俺は厳密にいえば軍人ではない。」
そういって呆れたように言葉をかけるヒイロだが、その要因はティアナの姿勢にあった。何を勘違いしたのか、ティアナはヒイロに向けて敬礼のポーズをとっていた。そしてヒイロの指摘でついクセのようなもので敬礼をしてしまっていることに気づいたティアナは慌てた様子で姿勢を整える。
「す、すみません………………」
「俺はただ単に指摘しただけだ。気にするな。」
恥ずかしそうに目線を背けて謝るティアナだが、ヒイロはいつも通りの口調で語る。
「そういえば………………ヒイロさん、一応帰る目途はついているんですか?」
「結果だけ言えば、まだついていない。クロノを主導にしてコールドスリープされた俺を発見したポイントを中心にして捜索しているらしいが、どうやらまだ時間がかかるらしい。」
「そうですか………………」
ヒイロの言葉を聞いて、ティアナはうれしいような悲しいような複雑な入り混じった表情を見せる。
「………………とりあえず、もしヒイロさんが元の世界に帰ることになってもさよならは言いませんよ。」
その複雑な乙女心のようなものが入り混じった表情から一転してポジティブな言葉にヒイロは言葉にこそ出さないが、怪訝そうにしている表情を向ける。
「あたし、結構ストイック、はそうなんですけど、それとは別に貪欲なところもあるみたいです。だからできればまた会えることを願います。言っておきますけど、女の子を待たせるとあとが怖いですからね?」
自分がティアナに忠告をしたあとにそのティアナから忠告が飛んできたことにヒイロは面倒に思っているのかわずかに両肩を竦めるのだった。
さて…………………リリーナ様どうしよう(白目)FT読んでてドーリアン夫人FT本編時点でご存命なんて聞いてないよ…………