芋ようかんとメンチカツ・3
「お腹すく匂いですね……」
「言うな、考えないようにしてたのに」
夕刻の吉祥寺商店街。
アーケードの一角に蟻のような行列が延び、福田と公星はそこで蟻の一員となっている。
「だって蒼樹紅はあんなに喜んでくれたじゃないですか」
改札を出て頑(かたく)なに芋羊羮屋を探そうとする公星を、
「まあ待て、師匠に美容もお肌のハリも必要無い」と、福田は止めた。
こいつの妙なこだわりに付き合ってたら、身がもたん。
「じゃ、じゃあ、吉祥寺駅ナカ・手土産で検索してみます」
「だからぁ!」
少年が弄(いじ)くるスマホを、福田は頭の上に取り上げた。
「もっと有効かつ原始的な使い方があるだろうが、この機械には!」
おもむろに自分のスマホを取り出し、エイジの名前をクリックする。
「あ、師匠? 今駅着いた。何か手土産持ってくけど、食いたいモンある?」
これでいいんだ、これで。
どうせ師匠は、小洒落た店の名前なんか記憶している訳ないんだから、コンビニチキンとかのジャンクでお手軽な物をリクエストするに決まっている。
・・・そして今、男二人、主婦やOLに囲まれて、蟻の行列に加わっている。
「もしもーし、師匠? あのさ、人が凄い並んでて、最後尾四十分待ちで、それじゃ約束の時間に間に合わないから…」
「構いませーん、ノープロブレムです。その店いつもいい匂いさせてるのに、行列が面倒っちくて、なかなか買えなかったんですよ。福田センセが引き受けてくれて大喜びです。必ず二十個お願いしますねー。わーい、メンチカツ、メンチカツ~!」
だから、メンチカツにこんな大行列なんて聞いてねえぞ。ハメやがったな、師匠!
「新妻エイジって自由な人なんですね」
公星にボソッと言われたが、言い返す気力が湧かなかった。
「そういえばお前、あれからジャリランから連絡来るか?」
行列の手持ちぶさたに、何気なく聞いてみた。
「ないです。個人情報を書く前に逃げちゃったんで。小説サイトのメッセージフォームも閉じちゃって作品公開のみにしてるんで、あちらからは連絡の取りようがないと思います」
「久祖さんにもメアドすら教えていなかったの?」
「最初から用心せざるをえなかったので」
「……」
「僕の事なんかとっとと忘れて、他の原作を見つければいいと思います。あの英雄は日本ではマイナーだけれど、誰も全く取り上げていない訳じゃないですから。でなきゃ、僕は何処で知ったんだよって話です」
……こいつにしてみたらそうなんだが。
厄介なのは、新妻エイジがこいつの小説にお墨付きを付けちまった事なんだよな。
お陰で今や、久祖より佐波寅の方が、公星を求めて右往左往しているらしい。
大人気だった『CROW』の後継作を待望されている師匠がジャリランで描くなんて、ジャック的にはあり得ないだろうが、なにしろ本人が乗り気な所を見せちゃったからなあ。
本誌アンケート十週連続トップの作家に描いて貰えるなんて、佐波寅にしたら千載一遇のチャンスだろうし、その餌になる原作は絶対に押さえておきたい所なんだろう。
ま、奴がいくら頑張った所で、こいつが自分から晒さない限り、連絡先が知られる事もあるまい。
「蒼樹さんとキッチンで随分仲良く話してたけど、ライン交換なんぞしていないだろうな」
「まさかまさか! 女の子キャラの書き方を教わっていたんです。僕、女子って全然分かんないですから」
「はは、そうか。そういえばお前、自分は脆弱(ぜいじゃく)な癖に、書いてるキャラクターはみんな骨太で豪快なんな」
「えっ、小説、見てくれたんですか?」
「ああ、この間教えて貰った、ジャリランに持って行ったエピソードだけだけど」
公星が目を見開いてマジマジと見て来るので、福田は戸惑った。
「なんだ? 俺、そんなに男前か?」
「いえ……小説見るよって言ってくれる人は割と沢山いて、一応URL教えるけれど、実際に見てくれる人なんかほとんどいないから……」
「そうか? まあ俺は見るって言ったら見るよ。サクサク読めて面白かったし。主人公の熱血バカっぷりが最高だったな。ああいう理屈より先に身体が動いちゃう奴、俺は大好きだ」
「てへ、ありがとございます。若いくせにキャラがレトロだってよく言われます」
少年は素直な笑顔になった。おお、笑うと子供じゃん、……まあ、子供なんだよな。
「しかし作品リスト見てびっくりした。すっげえ量だよな」
「最初の方は小学生の頃に書いたものですから、下手ッピですよ」
「小学生……」
そんな頃から一つのシリーズを書き続けていたのなら、他人が思うより、こいつにとってこの小説は重いんだろうな。
「僕、ちっちゃい頃、父方のおばあちゃんちに入り浸っていたんです。古い家で、大きな納戸に木箱が沢山。開けると本がギッシリ詰まってて」
お? こいつから話を始めるなんて珍しいな。
「カッコイイ表紙の児童文庫がいっぱい、少年探偵シリーズとか。漫画も、冒険王やマンガ少年、ガロとかCOMってのもあったかな。父さんが子供の頃の物だって」
「ほほぉ、おばあちゃん物持ちがよかったんだな」
母親って元来、子供の漫画を捨てる生き物なのにな。
「僕にとっては秘密基地の宝箱でした。休みの度にバスで通って、日がな一日本に埋もれて。僕が物語を書く事が好きなのも、きっとそこから来ているんだと思います」
遠い記憶を手繰りながら、少年は目を細める。
「昔の漫画誌、読んでみたいな、今度持って来てくれよ」
「あ……」
公星は申し訳なさそうにうつ向いた。
「すみません、おばあちゃんが亡くなった時、家ごと処分しちゃったらしいです」
「へ、へえ……それは勿体なかったな。少しでも貰っとけばよかったのに」
少年は更に顔を下に向けた。
「はい……でも、父さんの物を家に持って帰ったら、母親が嫌がったと思うし……」
・・・!!! いかん、超取扱い注意物件じゃねぇか!
「そ、そうか、いや、なんかスマン、えーと……」
慌てる福田の前で、伏せていた顔を急に上げて、少年は舌を出した。
「なんちゃって」
「は??」
「やあい、本気にした本気にした」
「バ、バカ野郎! 今のはふざけてやっちゃダメな奴だ!!」
「僕が何年フィクションを書いてると思うんです? えへへ、福田さんでもしんみりするんだぁ」
周囲の女性陣に咳払いされたので、そこで追い駆けっこする訳には行かなかった。
福田は振り上げた手を降ろし、公星はすました顔で隣に戻って来た。
ちょっとマトモに話をしてくれたと思ったらこれだ。まったく……
香ばしい匂いをさせてメンチカツが揚げ上がり、列が進んで、やっと注文カウンターにたどり着いた。
「二十個」と言うと同時に後ろのオバチャンに舌打ちされたが聞こえないふりをして、二人は大きな包みを抱えてそそくさと行列を離れた。
芋ようかんとメンチカツ・4
『(株)エイジ』とマジックで書かれた表札の横の扉を、福田がノックもせずに開いてズカズカと上がり込む。
「師匠ぉ~、来たよ~」
次の瞬間、
「ズガーン! ギャギャーン!」
の雄叫びが響き、怖々後に続いていた公星はビビって立ちすくんだ。
「気にすんな、ここんちはこれが平常運行だ」
奥の仕事部屋で、寝癖の赤毛が背中を向けて、鉛筆を振り回している。
「ドシュドシュ! いらっしゃいですー、今いい所なんで、ちょっと待ってくださーい、シュピーン!」
(ネームってやつの最中だったのでしょうか?)
おどおど聞く公星を、まあ座ってろと座布団に押さえ付け、福田は飲み物を取りにキッチンに向かった。なんせ、ここんちはすべてセルフサービスだ。
「ん?」
いつもは目を背けたくなるカオスなシンクが、ピカピカに掃除されている。
「師匠、誰か来てたの?」
「ハイ~、小杉さんが来てました~」
ああ、あの人、『+Natural』の担当だっけ。
休日出勤の上に作家んちのシンクまで磨いて帰るなんて、雄二郎さんに爪のアカを分けてやって欲しいぜ。
福田がペットボトルを持って戻った所で、
「シュビシュピスパーン! 完成っ!」と、エイジがネームを描き終えた。
うーん、と、伸びをしながら、椅子の上でクルリと回った正面に、公星が狛犬(こまいぬ)みたいに待ち構えていた。
「あのっ、先日はっ、大変失礼しましたっ! ごめんなさいっ、すみませんっ!」
平丸宅で謝るタイミングを失して往生したから、ここではイの一番に謝ろうと心に決めていたんだろう。生真面目っつーか何というか……
肩をすくめて福田は、ペットボトルの栓をひねりながら椅子の上のエイジを見た。
彼はキョンとしている。
「あのォ、ボク、何かされました? そんなに謝られるような事」
公星が頭を下げたまま唾を飲み込んでいるのが分かる。新妻エイジみたいな大物作家は自分ごとき小物の言う雑言など気にも止めていなかった……とでも受け取っているんだろうな。
師匠は多分単純に、『まったく気にしてないから忘れちゃっただけ』なんだと思うけど。
「そ・れ・よ・り!」
エイジが眉をつり上げて、彼に向かって両手を突き出した。
「持って来てくれました?」
「……・・・」
いかん、こいつまた喋れなくなってる。
福田が慌てて代わりに答えた。
「メンチカツならここに……」
「ちーがーう――!!」
差し出した両手をそのまま上に振り上げて、エイジは椅子の背をバンバン叩き出した。
ますます硬直する公星。
いや師匠、あんたに慣れていない奴相手にそれは勘弁してやってくれ。
「メンチカツ以外に何か頼まれたか?」
「だーかーらー」
椅子の上でカエルみたいに跳び跳ねるエイジ。
「この間のつーづーきー。アナタが書いた、あの小説の―! 途中までしか読んでなくて、続きが気になってしようがないんです! まさか、持って来てないんですかっ??」
公星が硬直したまま、目を真ん丸にしてうなずく。
「うそでしょお――! 当然持って来てくれると思って、それを楽しみに、頑張ってお仕事済ませたのに、じゃあいったい、何をしに来たんですかっっ!?」
・・しばし沈黙の後、福田がそぉっと呟いた。
「こいつの小説なら、ネットで公開してるから、誰でも簡単に読める筈……スマホでも……」
「ボクはー! ネットとかやってませーんっ! スマホなんか持ってませーんっ! 『誰でも』じゃないでーすっ!」
福田はハッとした。
そうだ、師匠は通話以外に端末を使わないから、いまだにガラケーなんだ。
パソコンも使わない。『ネットで公開しているから、見たかったら見られるだろう』って考えは、通用しないんだ。
「師匠、すまん、その通りだった。俺のスマホで読む?」
エイジが福田をキッと睨んで、椅子を降りてズカズカ歩いて来た。
「その平べったいの、勝手に色々動いて、支配されてる気分になるから、大っ嫌いなんです! いつの間に、そいつの家来にならないと、『誰でも』から外されちゃう世界になったですかっ?!」
「……」
思いっきりツバが飛んでくる。
こっちにも非があるのかもしれないけれど、そんなに怒らなくても……
――??
二人の間に細い腕が伸び、公星が割り込んで来た。
「あ゛あ゛のぉ・・」
動きがカクカクで目が座っている。こいつにしたら、決死の行動なんだろう。
「ぞ、ぞごに、あるのは、プリンターでずよね・・」
震える指が差したその先……積み上がった雑誌の奥に、ビニールが掛かったままの立派な機械が鎮座している。
「ああ? 雄二郎さんが買って来たです。ボクは使う事ないんですケドね」
言われている間に公星はフラフラ立ち上がり、機械を覗き込んだ。
「ご、ごれ、スマホに繋げてプリント出来るやづでず・・」
「エッ! この機械で、小説、紙に印刷出来るですか?」
エイジがコロッと笑顔になった。
「でも、ケーブル・・」
周辺は色んな物が堆積していて、もし接続ケーブルが存在しても、発見は困難そうだ。
「じだ……下に、コンビニ、ありまじだ……買っで来まず・・」
「お、おう、頼むわ」
福田の返事を背中に、少年は扉を開けて転がるように出て行った。
残った福田とエイジ。
エイジはいつの間にかメンチカツの袋を開けて、大口でかじり付いている。
「師匠ぉ~……」
「福田センセを助けようと、必死だったですね。健気です、カワユイです。センセが世話を焼いてあげたくなるのも分かります」
「そんなんじゃねぇよ」
福田もメンチカツを掴んでガシガシかじった。
「プリンターぐらい使えるようにしとけよ。あると便利たぞ」
「なくても不便じゃない間はいらないデース」
「この頑固者。時代に置いて行かれるぞ」
「手塚治虫先生は、自販機や自動改札の使い方、知らなかったそうですよ」
「はぁ?」
何でいきなり大レジェンドが出て来る?
「面白いと思いませんか? あんだけ未来の話を書いて、立体交差やロボット社会をいち早く登場させていた御仁が、現実の文明には無関心だったなんて」
「無関心って事はないだろう。知る機会がなかっただけじゃないか? 清貧時代には自販機なんか無かっただろうし、大御所になったら、常に誰かが代わりにやってくれる生活だったんだろ」
「ふむ、ナルホド」
「師匠、まさか、自分もそんな感じの大御所になるからいいんだって思っているのか?」
「ボクはどうせ過去の物になって行く必要のない文明モドキを覚えるよりも、そのエネルギーを漫画の中の未来に注いでいたいだけですよ。そして将来、『こんな事も出来ない』って笑われる大作家になってみたいですねぇ。なりますケド」
福田は鼻から息を吐きながら、三つ目のメンチカツを頬張った。
この人が言うと本当になりそうで怖いわ。
「まあ白状すると、さっき福田センセ達が来る前に、丁度そんな話で盛り上がっていたんですよ」
「小杉さんと?」
「ハイ」
玄関が開いて、公星が戻って来た。