ムゥの宝箱   作:西風 そら

11 / 18
10 芋ようかんとメンチカツ

芋ようかんとメンチカツ・5

 

「コンビニに最新のマルチコピー機があったんで、プリントして来ちゃいました」

 

「うおおお! 文明、ブラボーです!」

 エイジは大喜びで小説の紙束を受け取ると、椅子に座って読み始めた。

 必要のない文明モドキじゃなかったンか?

 

「お疲れ、プリントしたのは、こないだのエピソードだけ?」

 メンチカツを頬張って咳き込む公星に、福田がペットのお茶を差し出してやる。

「はい、全部は無理だし。ケーブルも買って来たんで、必要になったら使って下さい。

おいしいですね、これ」

 

 読む事に集中しているエイジの方をチラと見てから、声を潜めて福田は聞いた。

「出る時より元気じゃねぇか。まさかエレベーターの中で唄ったりしてねぇだろうな」

 

「ああ、その手もありました」

「お前な……」

 

「あんだけ椅子バンバン叩いて追い立てられたら、もうプリントする事しか頭からなくなりますよ。けど、コピー機の前で印刷された紙が出て来るのを眺めてたら、何か唄った後と同じように、気分が高揚して来たんです」

「へえ?」

 

「これ、待っててくれる人がいるんだなあ、椅子バンバン叩いて…って」

「そ、そうか、ははは」

 

 福田は横目でもう一度、椅子の上のエイジを見た。

 まったく……ただネット小説のプリントアウトが欲しいだけなら、小杉さんでもアシスタントの若いのでも、頼めば何とかしてくれただろ? 

 ……敵わねぇな、この人には。

 

「わーお! 面白かったですぅ!」

 エイジがニコニコして紙面から顔を上げた。

「ラスト、変にひねらないでストレートな所が気持ちイイです。幼年誌にピッタリですね」

 

 公星が硬い顔になった。

 慌てて福田が口を挟む。

「そういえば、師匠が描きたい素振りなんか見せるから、佐波寅さんが本気にして、ジャック編集部を困らせているらしいんだ。早いめに撤回してくんないかな」

 

「あらら、この企画を実現する気はないんですか?」

 

「はい……せっかく誉めて貰ったのに、ごめんなさい」

 公星にしては頑張って答えた。言えない部分もあるからしようがない。

 

「はあ~、勿体ない」

 エイジは椅子をギコギコ揺する。

 

「師匠、皆が皆プロを目指している訳じゃない。ただ書きたいだけで書いている子もいるんだよ」

 

「そうじゃなくて~」

 エイジが真顔で振り向いた。

「ボクが、描いてみたいと思ったのは……原作が面白いのもありましたけど……この企画に興味が湧いたからなんデス」

 

「??」

 まさか師匠はネットの噂など知らないだろ??

 

「原作を誉めた時、四つ這いでこちらに這って来た、あの編集の人。熱血漫画の主人公みたいなキラキラした目をしていました。瞬間、物凄く描いてみたくなりました。こんな目をする担当さんの元で漫画を描いたら、一体どんな物が出来上がるんだろうと」

 

「……」

 福田は一生懸命、あの時の事を思い出そうとした。

 展開が無茶すぎて、周囲を観察する余裕なんてなかったが、確かに久祖さんは、自分がボロクソに言われても、原作を誉められただけでえらく嬉しそうだった。

 

 エイジは椅子から降りて、公星の前にちょこんと座った。

「ね、アナタ、担当さんの顔を見て、どう感じたデスか?」

「……」

 

 公星は思い出せなかった。

 だって、ネットの情報が先に立って、怖くて誰の顔もまともに見られなかった。

 誰かが誰かを揶揄する文字ばっかりが頭に張り付いて、目の前の生きた人間を見ていなかった。

 

《人ノ心ノ分カラナイ、何カガ欠ケタ冷タイ子》・・

 母親にいつも投げ掛けられている言葉が這い寄って来て、また喉に閂(かんぬき)を掛けようとしている。

 

 やにわに福田が立ち上がった。

――ゥアィキャン、ブレィク、ダァアアク―――!!

 

「おお? 『CROWs’SKY』ですね」

 エイジがパチパチと拍手した。

 

「唄うぞ、オラ」

 呆然としている公星を引っ張り上げ、一緒に『CROW』のサビを熱唱する。

 

――フライィトゥ、クロオオゥオウ、ズッ、スカァィイ―――!!

 

 こんちくしょう! 今、やっと気付いたんだ! 

 師匠が「描く」って言ったのは、この企画のボツをとりあえず止めて置く為だったんだ。

 この少年がしっかり顔を上げ、目の前の人間と向き合うまで。

 何であの場に居て、俺にはそれが分からなかった?

 

 

 サビリフレインを唄い終え、福田はドッカと床に戻った。

「ああ~、この唄、喉に来るわ」

「言ってくれればカラオケあったですのに」

 

 公星は少し遅れて、フラリと床に両手を付いた。

 パタパタ落ちるのは汗じゃないと思う。

 

「新妻エイジ……さん」

「ハイハーイ」

 

「すみませんでした」

 少年はエイジの前でゆっくり顔を上げた。

 

「だから、ボクは、謝られるような事をされた覚えはないデス」

 冷たい言い方だけれど、エイジも目をそらさない。

 

「じゃあえっと……ありがとうございました。僕の小説を読みたいって言ってくれて、ありがとうございました。誉めてくれて、ありがとうございました」

 彼はきっとこの言葉を、他の『言うべき人』にも言いに行くのだろう。

 

「ハァ~イ」

 エイジはニカッと笑った。

 

 

「まあ、元々ボクがこの作品を描ける可能性は、なかったんですよ」

 エイジが椅子に戻って、最後のメンチカツを口に押し込んだ。

 

「そうなの?」

 福田が理由を聞く前に、ペットボトルを取ろうとしたエイジの肘が当たり、小説の紙束がバサバサと落ちた。

 

「おっと」

 床を滑る白い紙を、三人で手分けして拾う。

 

 そして公星は、机の下に落ちていた別の紙を見付ける。

 

「どうした?」

 紙を見つめて動かない公星に、福田も覗き込んだ。

 

 それは何かの雑誌をコピーした物だった。

 元本がかなり古い物らしく、コピー面は黒ずんで、活字もかすれている。

 

「どうして、これが、ここにあるんです?」

 公星が上ずった声で呟く。

 

 古臭い活版印刷の誌面上では、古代の甲冑騎士が剣を逆手に持ち、昔の絵にしては、なかなか洒落たポーズをとっている。

「これ、おばあちゃんちの納戸にあった奴と同じだ。『世界の英雄烈伝』。この挿し絵に一目惚れして、僕はこの英雄の物語を書き始めたんだ」

 

 エイジも来て覗き込んだ。

「ああ~、それ、アナタ達の前に来ていた人の忘れ物」

「小杉さんの?」

 

「いえ、小杉さんと一緒に来た人デス。その人に直接断られたデス。残念だけれど、シンクを磨いてくれた上に、別のオモシロイ話も持って来てくれたので、許してあげました」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。