芋ようかんとメンチカツ・5
「コンビニに最新のマルチコピー機があったんで、プリントして来ちゃいました」
「うおおお! 文明、ブラボーです!」
エイジは大喜びで小説の紙束を受け取ると、椅子に座って読み始めた。
必要のない文明モドキじゃなかったンか?
「お疲れ、プリントしたのは、こないだのエピソードだけ?」
メンチカツを頬張って咳き込む公星に、福田がペットのお茶を差し出してやる。
「はい、全部は無理だし。ケーブルも買って来たんで、必要になったら使って下さい。
おいしいですね、これ」
読む事に集中しているエイジの方をチラと見てから、声を潜めて福田は聞いた。
「出る時より元気じゃねぇか。まさかエレベーターの中で唄ったりしてねぇだろうな」
「ああ、その手もありました」
「お前な……」
「あんだけ椅子バンバン叩いて追い立てられたら、もうプリントする事しか頭からなくなりますよ。けど、コピー機の前で印刷された紙が出て来るのを眺めてたら、何か唄った後と同じように、気分が高揚して来たんです」
「へえ?」
「これ、待っててくれる人がいるんだなあ、椅子バンバン叩いて…って」
「そ、そうか、ははは」
福田は横目でもう一度、椅子の上のエイジを見た。
まったく……ただネット小説のプリントアウトが欲しいだけなら、小杉さんでもアシスタントの若いのでも、頼めば何とかしてくれただろ?
……敵わねぇな、この人には。
「わーお! 面白かったですぅ!」
エイジがニコニコして紙面から顔を上げた。
「ラスト、変にひねらないでストレートな所が気持ちイイです。幼年誌にピッタリですね」
公星が硬い顔になった。
慌てて福田が口を挟む。
「そういえば、師匠が描きたい素振りなんか見せるから、佐波寅さんが本気にして、ジャック編集部を困らせているらしいんだ。早いめに撤回してくんないかな」
「あらら、この企画を実現する気はないんですか?」
「はい……せっかく誉めて貰ったのに、ごめんなさい」
公星にしては頑張って答えた。言えない部分もあるからしようがない。
「はあ~、勿体ない」
エイジは椅子をギコギコ揺する。
「師匠、皆が皆プロを目指している訳じゃない。ただ書きたいだけで書いている子もいるんだよ」
「そうじゃなくて~」
エイジが真顔で振り向いた。
「ボクが、描いてみたいと思ったのは……原作が面白いのもありましたけど……この企画に興味が湧いたからなんデス」
「??」
まさか師匠はネットの噂など知らないだろ??
「原作を誉めた時、四つ這いでこちらに這って来た、あの編集の人。熱血漫画の主人公みたいなキラキラした目をしていました。瞬間、物凄く描いてみたくなりました。こんな目をする担当さんの元で漫画を描いたら、一体どんな物が出来上がるんだろうと」
「……」
福田は一生懸命、あの時の事を思い出そうとした。
展開が無茶すぎて、周囲を観察する余裕なんてなかったが、確かに久祖さんは、自分がボロクソに言われても、原作を誉められただけでえらく嬉しそうだった。
エイジは椅子から降りて、公星の前にちょこんと座った。
「ね、アナタ、担当さんの顔を見て、どう感じたデスか?」
「……」
公星は思い出せなかった。
だって、ネットの情報が先に立って、怖くて誰の顔もまともに見られなかった。
誰かが誰かを揶揄する文字ばっかりが頭に張り付いて、目の前の生きた人間を見ていなかった。
《人ノ心ノ分カラナイ、何カガ欠ケタ冷タイ子》・・
母親にいつも投げ掛けられている言葉が這い寄って来て、また喉に閂(かんぬき)を掛けようとしている。
やにわに福田が立ち上がった。
――ゥアィキャン、ブレィク、ダァアアク―――!!
「おお? 『CROWs’SKY』ですね」
エイジがパチパチと拍手した。
「唄うぞ、オラ」
呆然としている公星を引っ張り上げ、一緒に『CROW』のサビを熱唱する。
――フライィトゥ、クロオオゥオウ、ズッ、スカァィイ―――!!
こんちくしょう! 今、やっと気付いたんだ!
師匠が「描く」って言ったのは、この企画のボツをとりあえず止めて置く為だったんだ。
この少年がしっかり顔を上げ、目の前の人間と向き合うまで。
何であの場に居て、俺にはそれが分からなかった?
サビリフレインを唄い終え、福田はドッカと床に戻った。
「ああ~、この唄、喉に来るわ」
「言ってくれればカラオケあったですのに」
公星は少し遅れて、フラリと床に両手を付いた。
パタパタ落ちるのは汗じゃないと思う。
「新妻エイジ……さん」
「ハイハーイ」
「すみませんでした」
少年はエイジの前でゆっくり顔を上げた。
「だから、ボクは、謝られるような事をされた覚えはないデス」
冷たい言い方だけれど、エイジも目をそらさない。
「じゃあえっと……ありがとうございました。僕の小説を読みたいって言ってくれて、ありがとうございました。誉めてくれて、ありがとうございました」
彼はきっとこの言葉を、他の『言うべき人』にも言いに行くのだろう。
「ハァ~イ」
エイジはニカッと笑った。
「まあ、元々ボクがこの作品を描ける可能性は、なかったんですよ」
エイジが椅子に戻って、最後のメンチカツを口に押し込んだ。
「そうなの?」
福田が理由を聞く前に、ペットボトルを取ろうとしたエイジの肘が当たり、小説の紙束がバサバサと落ちた。
「おっと」
床を滑る白い紙を、三人で手分けして拾う。
そして公星は、机の下に落ちていた別の紙を見付ける。
「どうした?」
紙を見つめて動かない公星に、福田も覗き込んだ。
それは何かの雑誌をコピーした物だった。
元本がかなり古い物らしく、コピー面は黒ずんで、活字もかすれている。
「どうして、これが、ここにあるんです?」
公星が上ずった声で呟く。
古臭い活版印刷の誌面上では、古代の甲冑騎士が剣を逆手に持ち、昔の絵にしては、なかなか洒落たポーズをとっている。
「これ、おばあちゃんちの納戸にあった奴と同じだ。『世界の英雄烈伝』。この挿し絵に一目惚れして、僕はこの英雄の物語を書き始めたんだ」
エイジも来て覗き込んだ。
「ああ~、それ、アナタ達の前に来ていた人の忘れ物」
「小杉さんの?」
「いえ、小杉さんと一緒に来た人デス。その人に直接断られたデス。残念だけれど、シンクを磨いてくれた上に、別のオモシロイ話も持って来てくれたので、許してあげました」