サナギとムゥの宝箱・1
オフィスビルが立ち並ぶ活気溢れる表通りにありながら、味と接客が致命的にカオスなこのファミレスには、周辺の勤め人はまず近寄らない。
同僚との遭遇率がほぼゼロなので、会社の愚痴たらしにはもってこいだ。
にしても、奥の二人掛けの席にいる男の声はちょっと大きすぎる。
「だからさぁ、編集長が最近のガキどもを分かってないから、どうしようもねぇのよ。
児童向け漫画が清く正しく品行方正だった時代のセオリーなんか、通用しねぇんだって」
「ソウソウ」
向かいの男性は手の中のスマホに神経が行っていて、話なんか上の空だ。
同期のよしみで付き合ってやっている他部署のグチよりも、限定ガチャのサービスタイムの方が大切に決まっている。
「新チャンの扱いも前時代的でさ。まあ、新卒が配属されるのなんて何年かぶりだから、しゃあないんだけど。でもいきなり担当持たせろとか、ねぇだろ。なあ、ねぇだろ?」
「ああ、ああ、ねぇよな」
「ヘッドが阿呆だと、割りを喰うのは俺ら中間管理職なワケ。仕方がないから新チャンには、一番無難な、何もしなくてもいい鉄板作家を譲ってやった。そしたら何を血迷ったか、ぜんぜん見当外れな物を描かせてンの。焦ったわ、焦るだろ?」
「ウンウン」
「しかも、編集長が通しちゃったからね。いや、軌道修正してやんのが大変だったよ。
あの作家は下ネタ描いてナンボなのに、あれはねぇわ。あんな物があのまま載ってたら、大変な事になってたわ」
「はぁ」
向かいの男性が、気のない返事をする。
『大変な事にならないように軌道修正した作品』がネット上で叩かれてプチ社会問題になったのを彼は知っているのだが、それを指摘すると、今の数倍の言い訳を聞かされる羽目になる。
そもそもこの男は、もう終わってしまった事をダラダラ言い訳して、自分に同調させて安心していたいだけなのだ。いい加減苦痛なのだが、なにせ今日は目的があって誘ったのだから、中座する訳にも行かない。
カロンカロンと扉が開き、店内に一瞬、外の雑音が入った。
愚痴っていた男は、いち早くそちらを見る。
逆光を背に入って来たのは、明るい髪色の若い男性だった。知った顔ではない。
男は視線を戻して、愚痴の続きを喋ろうとした。
しかし、対面の男がスマホから顔を上げて、自分の背後を凝視している。
振り返ると、入って来た若者が、真っ直ぐこちらに歩いて来ていた。
「ああ、佐波寅(さばとら)さん! お久しぶりです、こんにちは」
涼やかに挨拶されたが、彼に見覚えがない。
「お、おぅ、こんにちは」
誰だっけ?
「お会い出来てよかった。相談したい事があったのです。後でお時間頂けますか? 僕はあちらの席におりますので」
若者はハキハキ話して、佐波寅の向かいの男性にお辞儀をした。
「あ、俺はもう戻るから」
スマホ男性は自分の分の代金をテーブルに置いて、さっさと席を立った。
去り際にほんの僅か、若者の顔をチラ見した。
残った佐波寅にまあどうぞと促され、若者は向かいに座った。
(本当に誰だっけ?)
ラフな風体から見て、保険の勧誘員には見えない。
業界関係者なら、遊栄社主催のパーティーあたりで顔を合わせたのかもしれない。
「相談とはどういった?」
誰かと聞くのもみっともないし、まあ、話しているうちに思い出せるだろう。
店を出た所でスマホ男性は立ち止まり、ゲーム画面を開いた。
『約束通り』要求したアイテムがギフトとして振り込まれている。
「何者なんだろ? まあいいか。あいつを誘い出すだけでこんな激レアアイテムくれるなんて、気前がいいったら。こういう頼みなら幾らでも引き受けてやるぜ」
今朝がたギルドで話しかけて来た、ギフトの送り主のそのアバター。
そういえばプロフを見ていなかったなと開くと、既に退会済みだった。