ムゥの宝箱   作:西風 そら

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12 サナギとムゥの宝箱

サナギとムゥの宝箱・2

 

 遊栄社一階エントランス。

 

 入り口の自動ドアをくぐって、今、白シャツにブレザーの少年が入って来た。

 背には学校帰りらしい通学カバン。

 今日はザンバラ頭は幾分落ち着かせているが、目の下の隈は相変わらずだ。

 

 一瞬不安そうに立ち止まった後、決意したように視線を定めて、上階へ通じるエレベーターホールを目指す。

 

「あ、あのバカ……」

 こちらは、ロビー脇のギャラリーの陰。

 ソファに座って広げた新聞でベタな隠れ方をしているのは、ベタベタな変装姿の福田。

 

(まずは受付に行って入館手続きしろって教えただろっ。おまけに約束の時間より全然早いじゃねぇか。先方は仕事中なんだから、訪問は約束時間ピッタリにって、あんだけ念を押したのに!)

 

 

 

「大丈夫です。一人で行きます」

 昨日の夜、電話して来た公星は、心配する福田に対して、そう言い切った。

 

 エイジの所から帰ったその夜に久祖に連絡を取り、会いに行く約束を取り付けたという。

 先日の事を謝って、エイジに言ったのと同じ台詞を、『顔をしっかり見て』言いたかったらしい。

 

「本当に大丈夫か? その日なら着いて行ってやれるぞ」

「決意が揺らぐから、そゆ事言わないで下さい」

「うん、自分で会いに行くって決意して、ちゃんと連絡して約束出来たんだもんな。お前にしては頑張ったよ」

 

「あー、いえ、そこは、……先に久祖さんから連絡を貰ったのですが…」

「?? メッセージ機能、使えないようにしてたんだろ?」

「えっと……メッセ入れようと、設定をONにして、文章作ろうとマゴマゴしている間に、向こうから先にメッセが届いちゃって…」

 

「……ちなみに、何時にONにして何時にメッセ来たか教えてみ?」

「いいじゃないですか、そんな事」

 

 全然大丈夫じゃないじゃねぇか。

 そんなんでちゃんと話が出来るのか? また何かしでかすんじゃねぇか?

 

 

 

 案の定、警備員に止められてアタフタする公星少年。

 前にも一回訪問しているだろうが。覚えてねぇのか、ねぇんだろうな。

 あああ、もお! だから放っとけないっつーの。

 

「何やってるんですか? こんな所で」

 

 福田が座った形のまま飛び上がって振り向くと、ジャック編集の小杉が目をパチクリさせて立っている。受付の方を向いて新聞紙を広げていたから、外から来る者にはノーガードだった。

 

「小杉さん、頼むっ隠れてっ!!」

 福田は小杉の頭を押さえて、ソファの影に突っ伏した。

 

 間一髪、背中を向けていた公星が、周囲を見回して首を傾げている。

 勘だけは無駄にいいんだよな、あいつ。

 

「あれ、公星君でしょ? 久祖に会いに来たのなら、ちょっと早過ぎるような…」

「うん、そう。小杉さん、今日の奴の訪問、知ってるの?」

 

「朝、久祖に聞きました。で、福田先生はこんな所で何をコソコソしているんです? しかも何ですか、その胡散臭いサングラス)

「これはその、あれよ、親心っつーか……」

 

 鼻の下をゴシゴシこする福田の横で、小杉はクスリと笑って、立ち上がった。

「お、おい」

 

 突っ伏したままの福田に小さくウインクして、彼はスタスタと警備員の方に歩いて行く。

 

「公星くん!」

 清々しい声に、少年はビクンと揺れて振り向いた。

 

「すみません、僕の知り合いです。ブースに連れて行きます。さ、行こう」

 警備員に会釈して、小杉は公星の手を引っ張る。

 

「あ、あの…」

「久祖に面会でしょ? あいつは今ちょっと上に呼ばれていて、自部署に居ないと思うよ。それに約束の時間にはまだ早いだろ?」

「あ……」

 

 少年はそこで初めてロビーの時計を見上げる。

 やっぱり福田に言われた事とか、まるっと忘れていたみたいだ。

 

「ジャック編集部の小杉といいます。ね、時間まで僕とお茶しない? ご馳走するからさ」

 返事を聞かずに小杉は、ロビー奥の談話ブースの一つを確保し、コーヒーを注文した。

 

「ででででも……」

 少年は躊躇して後ずさる。

 小杉と初対面ではないのだが、あの時編集部内にいた面子など、覚えていなかろう。

 いきなり現れた知らない大人に、警戒心満々だ。

 

 そんな彼の耳元に顔を近付けて、小杉は何かささやいた。

 瞬間、少年は感電したように硬直する。

 

(???)

 福田の場所からは、勿論声は聞こえない。

 だが、そのひと言で公星の表情が明らかに変わったのは分かる。

 魔法にかけられたように大人しくなり小杉に従う少年に、福田は唾を呑み込んだ。

 

(何の呪文を唱えた? 小杉さん)

 

 ブースの衝立(ついたて)の向こうに去り際、小杉は振り返り、もう一度ウインクして、隣のブースを視線で指した。

 

(俺に、盗み聞きしろってのかよ…)

 福田は眉をしかめて立ち上がった。

 

 

 

サナギとムゥの宝箱・3

 

 福田は忍び足で、小杉達の隣のブースに滑り込んだ。

 

 抵抗は感じるが、あんなに扱いづらい公星を一発で従順にさせた魔法に、正直、興味がある。

 雄二郎さんと違って小杉さんは真面目だし、悪ふざけではないんだろう。

 

「あの……」

 おずおずとした公星の声。

「何で、そのハンネを? あっ、もしかして、『ムゥ箱』の住人だった人ですか?」

 

 何だ? ハンネ? ムゥバコ?

 

「ううん、僕じゃない。久祖が君の事をそう呼んでいたんだ。『ハムたろ』ってハンドルネームで」

「え、え? 久祖さん?」

「うん、学生時代、『ムゥの宝箱』はよく覗いていたんだって」

「ええっ! 本当ですか? ハンネは? まさか、あのスレの誰かだったとか?!」

 

「いやいや、彼はROM専……読むの専門で、ネットでのコメントはほとんどした事がないって言ってた」

「そうですか……」

 

 ふむ、『ムゥの宝箱』とはネット上のサイトの一つなんだろうな。

 そこを、偶然、過去に、公星も久祖も利用していたって事か。

 小杉さん、細かい補足ありがとう。

 

「『ムゥの宝箱』なんて、ほぼ『レトロ漫画を語り合うオッサン達のサイト』なのに、本物の小学生がいて、それが結構古い漫画に詳しくてオッサン達に馴染んでるもんで、微笑ましくて、つい覗きに行ってたんだってさ」

 

「そう……なんですか、懐かしいなあ、僕が初めてネットで人と話した場所なんです。うわ、思い出したら顔が熱くなって来た」

 

 公星の声がほどけた感じで弾んでいる。

 ちっ、俺には唄いながらでなきゃ喋れなかったくせに。

 

「久祖さん、何で『ハムたろ』が僕だって分かったんでしょう? 今から思うと生意気な小学生だったし、めっちゃ恥ずかし」

 

 心配するな、今でも十分生意気で恥ずかしい奴だぞ、お前。

 

「小説サイトに投稿を始めたって、スレで報告しただろう?」

「うわっ、本当にヤバい所見られてた。クサイ台詞で宣言した記憶がある」

「ネットの海に放つ言葉には気を付けなきゃ、だね」

「はいぃ・・」

 

 だから何で、俺の前と違ってそんな素直なんだよ、腹立つな。

 

「その時、スレの仲間に教える為に、小説サイトのURLを貼ったろ? 久祖もちゃっかりコピーして、読みに行ったんだって、君の小説」

「・・!」

 

「小学生らしからぬきっちりとした文体と、小学生らしい自由な発想力に、妬ましさすら覚えたって言っていたよ」

「そんな、まさか」

 

「それが、久祖と君の小説との出会い。そして彼は、それ以来の君の小説のファン」

 

 少しの沈黙の後、椅子を動かす音がした。

「そろそろ時間だね。受付で手続きしておいで。ちょっとでも君と話せて良かった」

 

 

 

 少年が受付で訪問者カードを貰って上階へ消えた後、福田がノソリと姿を現した。

 

「小杉さんズルいな、何? その隠し玉。『ムゥの宝箱』って何だよ」

「さあ、僕も見た事ないんです。何年か前に閉鎖されたらしいですから」

「ちぇっ」

 後で奴の黒歴史を覗いて笑ってやろうと思っていたのに。

 

「こっちはアナログに奴に付き合って苦労していたのに、ネットの向こうの文字だけの奴等にあんな弾んだ声出しやがって。ひねくれてもいい? 俺」

 

 小杉は、そこは真剣に首を横に振った。

「あの子の扉を開いてくれたのは福田先生ですよ。メッセージが繋がって、久祖が本当に感謝していました」

 

「こそばゆい言い方すんなよ……あっ!」

 一つの事に気付いて、福田は公星の去った方向を見やった。

 

「何で下のブースでの面会にしなかったんだ。ジャリラン編集部なんかに行ったら、また佐波寅さんがしゃしゃり出て来て、面倒な事になるんじゃないか? 新妻師匠への未練タラタラなんだろ、あの人」

 

「ああ、その点は対策済みです。ハブの所へはマングースが行っていますから」

「??」

 

 

 

 

「おっしゃる通りです! 今時の子供に考えさせる漫画なんか必要ないですよね!」

 

 表通りのうらぶれたファミレス。

 よく喋る青年に適当な相づちをうちながらも、佐波寅はまだ彼が誰かを思い出せずにいた。

 しかし自分の部署や役職を知っているし、自分が常日頃言っている事にもグイグイ押し入って来る。誰なんだ? 飲みの席ででも意気投合したんだっけ?

 

「ゆとりに育てられた子供なんて、ゆとりもゆとり。頭も身体も栄養過多でブヨブヨで、小難しい物を消化する力なんかありゃしない。ただ大人の嫌がる刺激物を面白おかしく摂取していたいだけ。そんな連中に情操だの知育だのって考えてやる必要ないですよね」

「いや、君、いくら何でもそれはちょっと言い過ぎじゃないか」

 

「何を仰いますやら、お下劣漫画の第一人者、遠藤メンデル先生の担当さんが!」

 言葉と同時に、青年は数枚のコピー紙をテーブルに並べた。

 

 

 

 

 

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