ムゥの宝箱   作:西風 そら

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13 サナギとムゥの宝箱

サナギとムゥの宝箱・4

 

 目の前の横書きの文書を見て、佐波寅は困惑した。

 書かれているのが日本語ではなかったからだ。

 英語のアルファベットに似ているが、馴染みのない記号も混じっている。

 だがまったく見覚えがない訳でもない。そうだ、これは……

 

「これは、ある経路から入手した、メールのやり取りのコピーです。送り主は……分かりますよね? 遠藤メンデルの漫画を散々叩いていたアーティストの自宅パソコンから送られた物……Ipアドレスでそれは確定しています」

「・・・!!」

「受信相手は……この最後のメールは遊栄社hp宛てですね。昨日届いた物なんですが、知らされていませんか?」

 

 佐波寅は背筋に冷や汗が流れた。しかし、あの件に関しては自分は安全地帯に居る筈だ。

「俺は……『あの時』は遠藤の担当ではなかったし」

 

「今現在の話ですよ。遠藤メンデル、三月改編のどさくさに復帰予定。その担当は佐波寅さん、って、ほぼ決まりなんでしょ?」

 

(こいつ、何でそんな内部情報を・・!?)

 確かに、久祖に続けさせたらまたトンでもない事をやらかすに決まっているから、自分が強引に引き取ったんだ。あいつときたら分不相応に、編集長に直訴までしやがったから。

 

「例のアーティスト野郎、まだ何か苦情を送り続けているのか? 個人の出過ぎたイチャモンに、出版社がいちいち振り回されていたらキリがないんだよ」

「でもこれ、一番最後のメールが、超学館まで上がっちゃったんですよ」

「!!!」

「結構その、『個人の出過ぎた要望』が書いてあるんですよね…」

 

 佐波寅の顔が一気に青ざめた。

 超学舘は、遊栄社の親会社だ。

 出版以外にも色んな事業を手掛けているから、影響力の強い世界的アーティストから要望を突き付けられたら、それなりの対応をしてしまう可能性が高い。謝罪文の掲載程度では済まされない。

 いったいいつの間に、そんな大事になっていたんだ!?

 

 狼狽する佐波寅に、青年は斜めに顔を近付けた。

「作家と担当って一蓮托生だって、僕の担当さんが言っていました・・」

「き、君は誰だ、何者だ!?」

 もうみっともないもクソもない。佐波寅はスダレ禿げに汗をにじませて、目の前の青年に問いただした。

 

 ここで青年はスッと身を引き、背筋を伸ばして派手な名刺を突き出した。

「申し遅れました、僕、七峰透と申します」

 

「ななみね……ジャックで連載していた漫画家の?」

 それなら尚の事、ただの若い作家が何でこんな物を入手出来る?

 

「はい、でもその名刺は、作家ではなく副業用の物です」

「??」

 受け取った名刺には、『SHINJITSUコーポレーション 代表取締役・七峰透』の文字。

 

「……君が社長?」

「はい」

「シン……ジツ? 何の会社だ?」

「基本は、漫画の作画と原作のマッチングプロデュース会社です」

「??」

 

 一瞬気概を削がれたが、何、若造が思い付きで起こした遊びみたいな事業だろう。

 その社長様が何でこんなコピーを? と聞く前に、青年の方から話し出した。

 

「遠藤メンデル先生は、個人的に懇意だったのです。会社の設立に当たって作画講師をお願いしようと考えていたのですが、夏にあのスキャンダルでしょう? 新規事業なので、信用第一。もう大丈夫かなあと『その筋の者』を使って調べさせたら、こんな物が出て来てしまった次第で」

「・・・・・・」

 

「僕、この事業に真剣なので、ミソを付けたくなかったんですよ」

「・・・・・・」

 佐波寅は、まだ、若者を値踏みするようにねめつけている。

 

「それでですね、えーと、このメール情報、佐波寅さんにとって助かりましたよね? だから、何かの折に、ちょこっとその名刺、思い出して貰えたらなあ、と」

 青年は遠慮がちに、机の文書を指差した。

 

 あ、なるほど。大した裏がある訳ではなかった。俺に貸しを作りたかっただけか。

「まあ、覚えておいてやろう」

 

「あとですね」

 何だ、まだ何かあるのか。

「僕、遠藤先生と懇意だって言ったでしょう。出来る範囲でいいから助けてあげて貰えませんか? あの人いい人だから、分かっていて放って置くの、忍びなくて」

 

「さあてね」

 鼻から息を吐いて、佐波寅は斜に構えた。

 ふん、遠まわしだが、そっちがメインの目的だったようだな。 

「俺の立場ではどうしようもないな。第一、俺はまだ担当と本決まりになった訳じゃない。そんな話を聞いて何でわざわざババを引きに行くか。まあ復帰するとしても、担当は久祖じゃないか? やりたがっていたし。俺の所に来たのは宛て違いだ。残念だったな」

 

 青年が何とも形容しがたい笑みを浮かべて、ジャケットのポケットに右手を突っ込んだ。

 

 

 

サナギとムゥの宝箱・5

 

 談話ブースの机に小杉が置いた外国語のコピー文書を見て、福田は眉間にシワを寄せた。

 

「こんなの俺に読める訳ねえだろ。高卒ナメんじゃねぇぞ」

 

「どの学校を出ていたって、読めない物は読めないですよ」

 小杉は苦笑いして、新たな紙を重ねて置いた。そちらは日本語だ。

「日本じゃ満足な翻訳ソフトが出回っていない言語ですから。一番最初に受け取ったメールは、久祖が辞書と格闘して翻訳しました」

 

 福田は腰を屈めて、紙面を見つめる。

 それは『こんにちは』から始まる、手紙のやり取りのようだった。

 

「しかし返信する段になって、普通のメールソフトでは上手く打てず、さすがに音をあげて、外国語編纂室にいる先輩に泣きついたんですって……おっと!!」

 バイブになっていた小杉のスマホが、ポケットで着信を報せたらしい。

 

「すみません、急ぎの用事です。それあげるけれど、ぜったい他人に見せないで下さいね」

 小杉は電話に出る事もしないで、慌てた様子で玄関へ走って行った。

 

「……」

 福田は鼻から息を吐いて、ブースの椅子にドッカと腰かけ、コピー用紙を手に取った。

 どいつもこいつも、俺がクソ忙しい連載作家だって事を忘れていねぇか?

 

 

 

 

 青年がポケットから取り出したスマホが明滅して、発信状態である事を示している。

 佐波寅は怪訝な顔で彼を見た。

 

「なあ、もう用事がないようなら、俺は会社に戻りたいんだが」

 

「あ、もうちょっと、もうちょっとだけ」

 青年は、スマホの発信を切り、立ち上がろうとする佐波寅の腕を抑えた。

「ね、僕が何でこんな会社を作ろうとしているか、知りたくありませんか?」

 

「特に興味はないな」

 不機嫌に吐き捨てる佐波寅に、青年は目を光らせて抉(えぐ)るように顔を近付けた。

 

「・・あんたらの仕事を奪ってやるんだよ」

 

「なに? なんだと?」

 いきなり豹変した青年に、佐波寅は口をぽかんと開いて一瞬ひるんだ。

 

「向上する必要がないからあんたら変わんないんだよ。あんたらに必要なのは競合相手だ」

 

「は? キョウゴウ? 競合相手なら、ライバル誌や他出版社と常に凌ぎを削っている。知った風な口を聞くな」

 

「会社単位の話だろ? 遠藤先生に何があってもサラリーマンのあんたらは無事なんだ。しかもあんた、あの人の才能に惚れてるとかじゃなく、ただ新人に結果を出されたくなくてガキンチョみたいに取りあげてるだけじゃないか。作家を何だと思っていやがる!」

 

 何なんだ、この青年の豹変ぶりは。しかしビビっている所を見せてはいけない。こんな二十歳(はたち)そこそこの小僧に言われっぱなしにさせておく訳には行かない。

「こ、子供だな、社会を知らない子供の屁理屈だ。君は幾つだ? 目上に対する口のきき方も知らんのか?」

 

「ほぉら、図星を指されるとすぐそのパターンになる。その頭のバーコードに登録でもされてんのか? 本当に口のきき方を知らないってのは……」

 

 

「七峰君、そこまーで――!!」

 息せききって駆けて来た男性にいきなり頭を押さえられ、七峰はテーブルに額をぶつけた。

 

「小杉さん、痛いし・・・おーそーい――――っっ!!!」

 

 

 

サナギとムゥの宝箱・6

 

「すまない。スマホ画面で君に言われた作業をやってたら、目の前を隈を作った子供がフラフラ通り過ぎて行ったもんで…… いや、それは置いといて」

 

 小杉は慌ただしく七峰の隣に割り込み、佐波寅に頭を下げた。

「失礼しました。ジャック編集部の小杉です。担当している七峰の口の聞き方がアレで申し訳ありません」

 

 二人のやりとりを憮然と見ていた佐波寅だが、礼をする小杉に返事も返さないで睨み付けた。

「ふん、作家と担当が雁首揃えてお子様ランチか」

 

「そんな事仰らないで。佐波寅さんには相談しなきゃならないことがあったんですよ。

七峰君、ちゃんと相談出来た?」

「それが、小杉さぁん」

 青年の声がまたガラリと変わった。さっきの野生動物みたいな黒い気配は微塵もない。

 こいつ何なんだ・・・気持ち悪い・・・

 

「この人、遠藤先生の担当にはならないみたいですよぉ。小杉さん、僕にガセ教えました?」

「ええ~っ?」

「遠藤先生の担当じゃないのなら、この人に用はないんじゃないの?」

 

 佐波寅がテーブルを叩いて立ち上がった。

「いい加減にしろ!」

 

「ああ、ああ、水が水が」

 小杉が倒れそうになったグラスを慌てて押さえる。

「七峰くん、その口の聞き方なんとかしなさいっていつも言ってるでしょ」

「うるさいなぁ、あんた僕の母親ですか? それより遠藤先生の担当は引き続き久祖さんらしいですよ」

 

「ジャック編集のお前まで、何で遠藤がそんなに気になる!?」

 

「はい!」

 こぼれた水を拭き終えた小杉が、清々しく答えた。

 

「七峰君の会社……SHINJITSUコーポレーションでマッチングした遠藤先生がらみの企画がなかなか面白くてですね、うちの会議に提出しようと思っているんです」

 

「はああっ? き、君は、編集者としてのプライドがな・い・の・か・・!?」

「うちの編集長、漫画は面白ければいいって人ですから」

 

 シレッと言う小杉に、佐波寅は青くなって赤くなった。

「え、遠藤はジャリーズの作家だ! 勝手に……そんな、仁義に反した事が許されると思っているのか!」

 

「だからぁ、『仁義を通して』遠藤先生の担当者に相談しておきたいって小杉さんが言うから、わざわざ捜してこんなファミレスくんだりまで来たのに、宛て違いだったんだもん。無駄足だわコーヒーは出がらしだわで、最低」

 

「まあまあ、七峰君、久祖なら話は簡単だよね。この企画を聞いて面白がっていたし。それに思い返してみたら佐波寅さんも、『作家の貸し借りはアリ』って寛大な方だったじゃないか。これで大手を振って遠藤先生に話を持って行けるね、ああ、よかったよかった」

 

「~~~~!!!」

 

 佐波寅は何とか、この飄々と話す若者二人の表情を崩す言葉を投げかけてやろうとした。

 しかし考えている間に、先に七峰がポケットの機械を取り出した。

 

「あー、一応さっきの『遠藤はババ』発言、録音してますから。はいはい、確かにこんな編集部外の雑談なんか効力ないですよね。でも、聞く人が聞いたらどう思うんでしょうね、これ」

 

「き、貴様ら・・!!」

 立ち上がったままの佐波寅がワナワナ震える。

「え、え、遠藤を使いたいが為に、俺をハメたのか! 姑息な事やりやがって。デタラメのコピーまで作って・・」

 

「デタラメじゃないですよ」

 七峰が外国語の紙束を取り出して、バサバサ振った。

「正真正銘、本物です。例のアーティストの家のパソコンから送られたメール。最新のは超学館系列のエライ人まで行っちゃって、今、騒ぎになっている。僕は嘘なんか一つもついていない。貴方が勝手に早合点した事はあったかもしれないけれど」

 

「~~~!!!」

 

「あれ? 七峰君、日本語訳の方の紙は? 渡したよね」

「渡されましたけど」

「何だと!」

 

 目をむいている佐波寅を見上げ、七峰はゆっくり言った。

「貴方が遠藤先生を心配し出したら、大丈夫ですよホラこれ、ってタイミングで出すつもりだったんです。なのに貴方、ホンのカケラもその言葉を口にしてくれないんだもん…」

 

「佐波寅さん」

 今度は小杉が真顔で正面向いた。

「これのせいで、久祖は上に呼び出されて、散々絞られている。会社に内緒で誰とどんなやり取りをしていたか、外国語編纂室経由で全部バレてしまったから。でも自分のやった事に背中を向けたりしない。彼は……」

 

 

 

 

 

 

 

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