C part
「ところで七峰君、僕は、えーと……どうしたらいいのかな?」
ファミレスの階段下で、小杉がかしこまって聞いた。
「何の話です?」
上の空だった七峰は、取り繕うように聞き返した。
「マングース役を引き受けてくれる代わりに、言うことを一つ聞くって約束したろ?
何でも言ってくれ。社規に触れない範囲でお願いしたいけれど」
「じゃあいいです。社規に触れない範囲じゃ、頼める事なんてないですからね」
「むしろ何を頼むつもりだったんだ……」
七峰は灰の空を見上げ、大きく息を吐いて肩をすくめた。
「ん~、じゃあ、アレ、やっちゃいましょうか」
「アレって?」
「プロットですよ、小杉さんのカバンに入っている、やりかけのプロット。忘れているぐらいなら、もういいんですね?」
「えっ、へっ? いやいやいやいや、やろうやろう、勿論やるよ!」
「んじゃ、いつもの喫茶店に行きましょう。コーヒーの口直しもしたいし」
七峰は先に立ってサッサと歩き出した。
小杉も慌てて着いて行く。
「でも、どしたの? 急に」
「小杉さんと仕事をやるなら、今の内しかないですから。僕、これから忙しくなるんです」
「そ、そう……はっ! まさか、うち以外の雑誌で描く予定だとか!?」
「ホント、小杉さんって発想が貧困だなあ」
先を歩いていた七峰が、眉をしかめて振り向いた。
「来年になったら、SHINJITSUコーポレーションを本格始動させるんですよ。その下準備で、これでも忙しい身なんです」
「へ? あれって、口から出任せの会社じゃないの?」
「あるんですよ、もう作家もスタッフも、事務所も整っています」
驚愕の眼(まなこ)で立ち止まる小杉に、七峰は引き返して耳元で言った。
「一年前、前の連載がポシャった直後から、準備を始めていたんです。まあ、あの時は、今と全然違う目的でしたが……」
「??」
「いや、それはもういい」
再び歩き出しながら、七峰は続けた。
小杉もまた着いて行く。
「遠藤先生のような老練作家に、良質な原作を提供出来る会社。公星のような心許ない子供に、適切なサポートをしてあげられる会社。専属という籠の中で袋小路に入ってしまった作家が、垣根なく頼れる第三者。そういう会社が……あってもいいでしょう?」
一年前の小杉なら、「それは担当の仕事だ」と言い張っただろう。
が、今の彼は黙って彼の言葉を聞いている。
「そうそう、ついでに、作家に逃げられた担当の相談にも乗ってあげる会社」
「あははは」
「笑っていていいんですか? 本気で小杉さん達の存在を脅かす会社になっちゃうつもりですよ」
「だったらこっちも負けない仕事をすればいいだけだろ」
ツラッと言い切る小杉に肩をすくめて足を止め、七峰は今度は彼と並んで、大通りを曲がった砂利道を歩き始めた。
「担当の巡り逢わせで、作家の人生が左右されるなんて、本当にダメだ。絶対にダメだ。誰もが僕みたいに担当に恵まれる訳じゃないんだ」
・・・・・・・
「ん?」
「何です?」
「ね、今の、最後の所、もういっぺん言ってくれる?」
「~~!! 何だっていいでしょう、茶化さないでください!」
「え~っ、もういっぺんでいいから聞きたい~、ね、なっなみっねくう~んっ」
「あああっ、きれいに締めたかったのに、台無しだ! そんなだからあんた、KYって言われるんだっ」
「そんな事言わないで、ねぇ、ねぇ」
路地裏に遠ざかる二人の頭の上に、色付いた街路樹が舞う。
風は一瞬冷たく、もう次の季節への入り口を告げていた。