ムゥの宝箱   作:西風 そら

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16 おまけの2 ~あの時そこには~

あの時そこには

 

 

 トーンの切り屑散らばる、マンションの一室。

 

 亜城木夢叶の片割れの真城が、一生懸命掃除をしている。

「手伝えよ、シュージン。さっきから何やってるんだよ」

 

「うん……」

 相棒の高木は、ソファに座ってパソコンを睨んだきりだ。

 

「これから来る相手の事を調べているのなら、趣味が悪いぞ」

「そんなんじゃないって」

 高木はパソコンから目を逸らさないまま答えた。

「それに例の作品、ジャリランの見本(みほん)本見せて貰ったけど、なかなか良かったじゃないか」

 

「中井さん補正が効いているんだろ。なのに、高校生原作者って前面に押し出し過ぎだってーの」

 真城は掃除の手付きが乱暴になった。

 

「俺達だってデビューの時はそんな感じだったじゃないか。……なあ、彼が来てもそんな顔してるなよ。一応仕事なんだから」

「『高校生原作者の先輩を訪ねて』って対談企画か。俺、打ち合わせ中に逃げ出すような子とシュージンが同じテーブルに並べられるのも嫌なのに」

「いいじゃん、仕事として割り切れば」

 真城の熱とは裏腹に、高木は心ここにあらずな感じで液晶に見入っている。

 

「だったら掃除手伝えよ。だらしない仕事場だって思われるのも癪(しゃく)だろ」

「うん……」

「だからあ!」

 相変わらず上の空な高木の肩を引っ張って、真城はびっくりした。

 

「・・・」

 

「な、何で泣いてんだよ、うわっ鼻水、汚なっ」

「だ、だっで・・・」

 高木の指差す液晶には、ネットのチャット欄らしき画面。

 

「またネットかよ」

「違う、これ、服部さんに貰ったUSBメモリ」

「??」

 見ると、パソコンの横に小さな記憶媒体が差し込まれている。

 服部は、今の連載『PCP』の担当で、デビュー時から世話になった、二人の最も信頼する編集者だ。

 

 鼻をかんだ高木が、画面をスクロールして最上段に戻した。

「何かのサイトのチャット画面のコピーだと思う。レイアウトとか多分そのままなんだろうけど、ネットじゃないからトップ画面に移動は出来ない。このページだけ」

 

「……」

 真城も目が吸い寄せられた。

 最上段のスレッドタイトルが、『亜城木夢叶を応援するスレ』で、すぐ下のコメントに、

 

  :夢叶さんの作画担当の方が入院されました。

 

 ・・・とあったからだ。

「俺が倒れた時の? 4年前?」

「『TRAP』休載の報せが出た日付だな」

 高木がスクロールして見せた。

 

  :夢叶さん、早くよくなって

 

  :ゆっくり治してください

 

  :元気に戻って来るまで待っています

 

  :鶴折りました

  (という下に折り鶴の画像)

 

  :俺も折ってみた。

 

  :私も

 

  :うちは100羽折りました

 

 ・・てな感じで、色とりどりの鶴の画像が並んでいる。

「へえ、こんな事してくれてたんだ。ネットでもこんな場所もあるんだな」

 高木が、更に下へスクロールして行く。

 

  :夢叶さん戻って来た。

 

  :おかえりなさい。

 

  :身体は大事。無理しないでね。

 

  :待ってたぜ、やっぱり『TRAP(トラップ)』がなきゃ。

 

「うわ、嬉しいなあ。手術明けのヨレヨレだった俺に見せてやりたい」

 一瞬喜んだ真城だが、下の段に行くと、顔を曇らせた。

 

  :『TRAP』切るなんて信じられない。

 

  :ジャック編集何やってんだ。

 

「『TRAP』が打ち切りになった時だ…」

 あまりいい思い出ではないので、真城は目をそらした。

「真城、ここ」

 高木の声に、目を上げる。

 

  :夢叶ロスの皆さんに朗報。25号で、亜城木夢叶復活。

 

  :おかえりなさい、夢叶さん。

 

  :待ってたよ。

 

  :おかえりなさい

 

「『TEN』の時だな」

「俺達にとっても長かったよな、ファンの人達もそうだったんだな」

「うん……」

 

  :今度はぜったいアンケート送ろうぜ。

 

  :同じ轍は踏まない。アンケート必須。

 

  :みんなで夢叶さんを連載枠に呼び戻そう。

 

「俺、さっき、ここで泣いたの」

「ん……」

 真城もちょっとグッと来ていた。

 

  :三冊買ってアンケート送った。更に朗報。次号にも夢叶さん載るよ。嬉しすぎ。

 

  :やった! 完全復活だね。

 

  :早く連載~。

 

  :いやいや、身体が第一ですよ、夢叶さん。もう無理はしないで。

 

「嬉しいなあ、俺達も嬉しかったよな」

「ああ」

 二人は掃除も忘れて、思い出に浸りながら画面に見入った。

 高木にして不思議だったのは、このスレッドには、他でありがちな、からかいや汚い言葉がほとんどなかった事だ。これなら安心して真城にも見せられると思った。

 

  :よかった、今度はエグい奴だ。『Futune Watch~未来時計~』最高!

 

  :やっばりこうでなくっちゃ『TEN』で心配になったけど。

 

  :うん、不安感ハンパなかった。

 

  :引き出しが多いって事でしょ。夢叶さんのギャグもたまにはいいじゃない。

   ずっとは困るけど。

 

  :ねえ、もしかして、二号連続、違うタイプの読み切りが載ったのって、

   読者の反応を見比べる為だったりして。

 

  :・・・あ・・!!

 

 スレッドはそこで途切れていた。

「中途半端だな」

「ねえ、シュージン、その一番下にある数字は?」

「あ、二ページ目以降がある」

 クリックすると、折り畳まれていた続きのページが開いた。

 

  :やべっ! 先号にお小遣い使いきっちゃった。

 

  :Web版契約してるのに、わざわざ紙の本買ってアンケート送ったのに!

 

  :なんでギャグの方、先に載せたんだよ、罠だろ。

 

  :それぐらい考慮してくれるでしょ…

 

  :考慮してくれなさそう。亜城木夢叶にギャグ描かせる時点で。

 

  :夢叶さんが実はギャグ好きで描いたのかもしれないよ。

 

  :ありえん。明らかに『Futune』の方が筆がノッテるだろ。

 

「…………」

「筆がノッテるとかノッテないとか、ちゃんと見られてるんだなあ…」

「っていうか、ギャグとエグいの両方載せて読者の反応を比べるって、まんまバレてたんじゃん。ジャックの購買ターゲットよりちょっと上の年齢層の人達なんだろうけど……怖ぇよ」

 

 

 

***

 

  :うそだろ?

 

 という書き込みに日付を見ると、読み切り版の『ひらめき!タント君』が載った『ジャックNEXT』の発売日だ。

 

  :亜城木夢叶、ずっとこれで行くのかなあ…

 

  :がっかり……

 

  :春の読み切り二連続のアンケ、ギャグの方が良かったのかなあ?

 

  :まさか、ネタ古いし、スベリまくってたじゃん。

 

 スクロールしながら高木が悲愴な顔になった。

 しかし真城も「もうやめておこう」と言えずに、その先に対する好奇心に負けていた。

 

  :僕らのせいかなあ。

   復活第一段に浮かれて、内容関係なく、アンケ送りまくっちゃったから。

 

  :それはないだろう。全部を集計する訳じゃないんだから。

 

  :ねえ、『TRAP』から担当の人変わったの?

 

  :同じ人の筈。でも、元々『TRAP』の企画を作ったのは、別の編集さんとらしいよ。

 

「!!!」

 二人は顔を見合わせた。

「シュージン、このメモリ、服部さんに貰ったって?」

「うん、でも、服部さんも貰い物だって言ってたんだ。中身を確認もしないで僕らに渡す人じゃないから…… 推測だけど、服部さん、二ページ目がある事に気付かなかったんじゃないかな」

「……」

 

  :はあ、なるほど……

 

  :・・・あ、察し。

 

  :どおりで。

 

  :『TRAP』みたいな傑作が失速した理由が……

 

 真城がテーブルをダン!と叩いた。

 高木が恐々彼を伺うが、画面を睨み付けてスクロールを促している。

 もうこうなったら、最後まで見切ってしまうしかない。

 

 しばらく過去作の感想等が続いて、そして二月。

 『タント』の新連載の号が発売された日付だ。

 また非難ごうごうの書き込みが始まるのかと思いきや、意外や、コメントは一つだけだった。

 

  :みんな、僕は、今日決めた事があります。

   僕は、漫画家になる。

   そして、担当抜きで漫画を作るやり方を確立してみせます。

   担当の巡り合わせで作家の人生が左右されるなんて、本当にダメだ、絶対にダメだ。

   今日まで楽しかった、ありがとうございました。

 

 

 スレッドは、そこで唐突に終わっていた。

「…………」

「…………」

 しばらく固まっていた二人は、ピンポンというチャイムに呼び戻された。

 

 

 

「はじめまして、宜しくお願いします」

 

 服部に連れられて入って来た大人しそうな少年は、ソファに座る前に礼儀正しく挨拶をした。

(思ったより普通だな…)

 目の下にうっすら隈はあるが、福田に聞いていた鬼気迫るイメージはない。

 

「えっと、取材の前に、服部さんに聞きたい事が。昨日くれたこのUSBメモリ、誰から貰ったんですか?」

 身体の大きな服部は、のんびりとパソコンを覗き込んだ。

 画面はスレッドタイトルのある最初に戻してある。

 

「あ、これ? 遠藤メンデル先生だよ」

「??」

 真城と高木は顔を見合わせた。

 

「遠藤先生も別の誰だかに貰ったって。『亜城木夢叶ファンの集いらしいんだけど、自分はパソコンなくて見られないから、確認して問題なかったら、亜城木先生にあげてください』って渡されたんだ。一応ウィルスチェックもしたんだが……何かあったのか?」

「いえ……」

 

「そうそう、真城君が入院した時の折り鶴画像! いいよな、ああいうの」

 やはり二ページ目以降は知らないようだ。ファンレターと同じ感覚で渡してくれたのだろう。

 

「でも何で遠藤先生が? ジャリランの作家さんでしょ?」

「うん、今、小杉が担当していて、編集部にいらしたんだ、その時に……」

「??」

「おっとすまんすまん、まだ社外秘だった、忘れてくれ」

「???」

 

 そこで服部のスマホが鳴った。

「え? ……ああ……分かります……はい……そこで待っていて下さい」

 鞄を持って立ち上がる。

「カメラマンさんが道に迷ったそうだ。すまない、ちょっと迎えに行って来る」

 

「あ、はい…」

 玄関まで服部を見送った二人は、もう一度顔を見合わせた。

 なんだよ、このデジャヴ感・・・

 そう、過去、まったく同じこのシチュエィションで、七峰透は仔ウサギから古ギツネに豹変したのだ。二人は恐々、ソファの少年を振り向いた。

 

 彼は変わらず仔ウサギのように畏(かしこ)まっているのだが…

「あ、ダメ!」

 開いたままのパソコンをじっと覗き込んでる。

 

 高木が駆け寄って閉じようとしたが、「セットさん……」という声に手を止めた。

 

 

 

***

 

「セットさんだ」

「し、知っているの!?」

 

「はい、これ、『ムゥの宝箱』のスレッドですよね。スレ主の名前……ほら、ここ。Septさん、こんなスレ立ててたんだぁ」

 

 高木はもう一度パソコンを見直した。

 真城も慌てて隣に来る。

 

「これ、『セット』って読むの?」

「はい、本人に教えて貰いました」

「この……スレッド主? と、知り合いなの?」

「えと、このサイトはもう閉鎖されているので、昔の事ですが。よく宿題教えて貰いました、算数とか理科とか」

 

「……」

 『TRAP』終了の頃なら、確かにこの子は小学生だ。

 

「あっ、すみません、懐かしくて、つい」

 少年は罰悪そうにパソコンから離れた。

 

「いや、いいよ、丁度その人の事を詳しく知りたいと思っていたんだ」

 真城の言葉に、少年は堅い顔になった。

「ネットの中だけの付き合いだったし……」

 

 ああ、これが、福田さんの言ってた『めんどくさい部分』だな。

 高木が、当たり障りのない会話に切り替えようと考えている横で、真城が直球を投げた。

「このスレッド、何か不自然だよね。皆の言葉がずいぶん画一的できれい過ぎるっていうか。まるで『作られた』スレッドみたいに」

 

(おい、ズケズケ聞きすぎだって)

 高木は慌てたが、少年はムッとして答えた。

「『ムゥ箱』は管理人さんが厳しかったんです」

「サイトの管理人? が、気にくわない奴を片っ端から追い出したの?」

 

「いえ、ちょっと違くて。マナーにうるさいっていうか。僕なんかもしょっちゅう削除喰らってたし」

「小学生の君の書いたものも?」

「子供だから余計にマークされてたと思う。いっぺんなんか、w入れただけで消された」

「何だそりゃ。wくらい、普通に使うだろ」

「wは嘲(あざけ)りの意味があるからって、他の大人の人達に説明されました」

 

 そういう説もあるんだろうけど、そんな言葉狩りみたいな事をやってたら、削除だらけになって、人が居なくなっちまうだろ?

 

「他に使ってる人もいるのに、僕だけ消されたんです」

「へえ?」

 嫌われてたのか? と言いそうになって、口をつぐんだ。

 

「で、不満グチグチ言ってたら、『君は意味を知らずに、ただ人の真似をして使っているからだろう』って」

「……」

「ああ、思い出した。それ、Septさんに言われたんだ」

 少年は堅い顔を崩して、ちょっと微笑んだ。

 

「今は分かるんです。どのサイトに行っても、皆に信用されている人は、w使ってないもの。そういうのって、あの時教わらなかったら、今も気付かなかったと思う」

「……」

 

「そんな削除大魔神がいても住人がそこそこ残っているんだから、例えスレが画一的にになっても、きれいな文章だけを読み書きするのが好きな人って、意外といるんじゃないでしょうか」

「……」

 

 すげぇ、真城が言い負かされてる。

 高木は、頭の中に、昨日貰ったこの少年のプロフィールを引っ張り出していた。

 受賞歴なしの平凡な高校一年生……だったよな。

 

「お、俺、お茶入れて来るわ」

 重い空気から逃れるように、高木はキッチンに向かった。

 はぁ、息が詰まる。

 

「ね、君、七峰透と知り合いなんだって?」

「サイコー! お茶っ葉どこだっけ!?」

 油断も隙もない真城に、高木が慌てて大声を被せる。

(今日はその話題は持ち出さない約束だっただろ?)

 

「えー……どうしよう」

 少年は困惑の声色だ。

 

「何? 七峰に何か口止めでもされてんの?」

「いえ、師匠が……」

「師匠? 新妻エイジ?」

 

「いえ、僕の師匠は福田さん。福田慎太師匠。この間、師匠呼びする許可を貰いました」

「……」

 福田の苦笑いが目に浮かんだ。

 

「師匠が、亜城木夢叶先生の前では、七峰さんは『名前を言ってはいけない人』だから、細心の注意を払えと」

 悪の魔法使いかよ!

 

「福田さんらしいな」

 真城が指を組んで少年に向き直った。

「両方知っている君だからこそ、率直な意見を聞きたいんだ。このSeptと七峰透が同一人物じゃないかと俺は思うんだけど……どう?」

 

「サイコー!!」

 短絡過ぎるだろ! それは本当にやめとけっ!

 高木は真城の肩を掴んで、キッチンに引っ張って行った。

(今日は俺の取材なんだ。頼むから波風立てないでくれっ)

(シュージンだって気になるだろっ)

 

 キッチンでゴタゴタしている二人の耳に、静かな声が届いた。

「そういえば……確かに似た所は、あるかもです」

 

 二人、絡まるようにソファに駆け戻る。

「どんな所??」

 

 少年は二人の顔を交互に見てから、素直に話し始めた。

「他人の事でビックリするほど熱くなっちゃう所」

「んん?」

 

「Septさんって、自分は何を言われても飄々としている癖に、親しい人が何かされると、めっちゃ怒るんです」

「へえ」

 

「僕がスレッドで、『ガキは黙ってろ』的に理不尽に絡まれたりしたら、Septさんが乱入して来て、相手をガーッと論破して追い払っちゃう。そんで管理人さんの禁止ワードに引っ掛かって、自分がペナルティ喰らったり」

「うひゃ」

 

「そんな事は何回かありました。で、思い返すと、七峰さんも、そんな所あるなって」

「……」

 

「今回、最初に編集部との間に誤解があったんですけど。僕がただただショックで茫然としている間に、七峰さんの方が先に、グワーって怒り出して」

「……」

 

「『お節介』って言葉は当てはまらないな。えっと、あれです。『放っとけない体質』!!」

「そ、そう……」

 

「でもやっぱり、他人ですよ。Septさんなら、僕の小説サイトと名前を知っているから、最初に連絡した時点で、僕だって気付いてくれる筈だもの」

 

 

 インターホンが鳴って服部がカメラマンを伴って戻って来た。

 

 カメラマンに挨拶して細々した段取りをこなしながら、高木はぼおっと考えていた。

 このメモリが自分たちの目に触れたのは、たまたまの偶然だ。服部さんが二ページ目に気付かなかったのも、自分たちが気まぐれでつい最後まで見てしまったのも、操作された物ではない。誰の意志も介在しない、偶然なんだ。だったら出所が何処なのかとか、もう深く考えず、忘れてしまっていい物なのかもしれない。

 

 ただ、のどに引っ掛かった小骨のように、どうしても心に障る。

 あの青年がここで古ギツネに変身し、担当抜きの漫画の作り方を嬉々として語り出した時……自分は何て言ったんだっけ……?

 

 やはり気持ちが他所へ行ってしまって、高木はその日のインタビュー、何を喋ったのか覚えていない

 

 

 

 

 

 

 

 

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