ムゥの宝箱   作:西風 そら

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最終夜です。
これまで読んでくださった方に、感謝感謝です。



17 おまけの3 ~エンドロールのその後に~

エンドロールのその後に

 

 大都会の隅っこ、オレンジの街頭に浮かぶ煤(すす)けた歓楽街、路地奥の小さなバー。

 今、雪を払って入って来た男に、とまり木の男がにやけながら振り向いた。

「買えた?」

 

「おお、勇気いるわ~、これ持ってレジに行くの」

「だろだろ」

「俺と会うの分かっていたんだから、一緒に買っといてくれれば良かったのに」

「何を言うか、勇気を振り絞ってレジへ突撃するまでがワンセットじゃ」

「何がワンセットなんだか」

 

 レジ袋から引っ張り出されたのは、飲み屋に似つかわしくないカラフルな幼児コミック。

 

「雪、どう?」

 カウンター内のママが、熱いオシボリを差し出す。

 

「んん~、注意報出たからな。ヤバイかもしれん」

「ヒゲ親父、来られるかなあ」

「新幹線だろ? まだ止まってはいないと思うんだけれど」

 

 店内に他に客はおらず、年季の入った飴色カウンターの上で、男達は買ったばかりの雑誌をいそいそと広げた。センターカラーの扉絵で勇ましい英雄の絵姿が踊り、その隅に記された小さな名前を、彼らは目を細めて眺める。

 

「天使ちゃんに連絡貰うまで知らなかったよ。幾ら漫画好きでも『ジャリーズランド』まではチェックしていないからな」

「うふふ」

「これが切っ掛けでまたこうして集まれたんだから、ハムたろに感謝だな」

「あの子は大物になると思うとったぞ」

「またまたぁ」

 

 男二人、新しいインクの匂いを散らせながら、物語をパラパラとめくる。

 どのページも躍動感溢れる美しい絵に満ちている。

 

「でも良かったよな、ハムたろ。作画の中井拓郎って、あいつが大絶賛していた漫画家じゃん」

「っていうか、皆で大絶賛しとったよな。『神域の点描』とか『いぶし銀』とか」

「ああ、言ってた言ってた」

 

「絵を担当する人って、選べるのかしら? もし希望を聞いて貰えたのだとしたら、あの子、大事にして貰っているのね」

 

 三人はしばし、カウンターの上の小さな雑誌を肴にグラスを傾けた。

 

 

「そういや、あいつはやっぱ来ないのかい? Sept」

 

「うん、一応、昔の連絡方法を使って呼び掛けたが……どうじゃろな。亜城木夢叶のスレッドを閉めてから、あいつ、音沙汰なくなってしもうたろ」

 

「ああ、あれ、良いスレッドだったのに。肝心の亜城木さんの漫画が皆の思ってるのから離れて行っちまったからな。荒れる前にスッパリ閉めてよかったと思うよ。スレごと全削除はビックリしたけど」

「気が付いたら跡形も無うなってたもんな」

 

 カロカロとマドラーを回しながら、ママが静かに言った。

「彼はこういう集まりに来るタイプじゃない気がするわ。そもそもお酒が飲める歳になっているかどうかも怪しいし」

 

「えっ?」

 後から来た方の男性が、頓狂な声を上げた。

「そうなの?」

「そうでしょ」

 

「サルタヒコさん、分かってた?」

「中高生だとは思うとったよ、一生懸命背伸びしてたが」

「ほえ~~、若いとは思ってたけど、そこまでとは」

 

「擬態の上手な子だったわよね、ハム君と違って」

 

 

 扉の向こうでキュッキュと雪音がして、白い外気と共に大荷物の男性が飛び込んで来た。

 

「あけましておめでとうさん!」

「いやもう鏡開きだし!」

「サンタクロースがプレゼント持って来たで!」

「だから一月だし!」

 

 男性は旅行カバンから十冊近くのジャリーズランドを引っ張り出した。

 

「ほぉら子供達、お年玉や」

「こいつ、そこのコンビニにあった奴、買い占めて来やがった!」

 

 白髪混じりの髭を鼻の下で切り揃えた男性は、荷物を隅に置いて、カウンターの三人目の客になった。

 

「こんな面白いモンもあったぞ」

 と言って置いたのは、最新の少年ジャック。

「ハム少年の対談記事が載っとる」

 

「おお! 連休で今日発売だったか。ほほぉ、亜城木夢斗相手に対談など、あいつ、いっちょ前の作家みたいじゃのう」

「ちぇっ、顔出しは無しか。ま、未成年だしな」

 

 対談記事は無難な物で、読み終えて本を閉じた男三人は、改めて表紙を見て、同時に声を上げた。

 

「んんん??」

「何じゃこりゃ!」

「ヒゲ親父お気に入りの遠藤メンデルじゃないか!」

 

「うわ、気付かなかった。……『レディCROWの小さな冒険』だと? うわあ!」

 ヒゲの男性は慌てて目次を見て、ページを繰った。

 

「『CROW』のスピンオフか。新妻エイジがよく許したな」

「『原案・監修、新妻エイジ』になってますやん」

「新妻エイジより、ジャック編集部がよくやらせたな。メンデルさん、夏に不運なトラブルに見舞われちまったから。こんな、ジャックのお宝コンテンツを描かせて貰えるなんて」

 

 ママも来て覗き込んだ。

「そうね…… 出版社の、『作家は見捨てず大切にする』って意志表示だったらいいわね」

「ああ……」

「なるほど、うん、きっとそうだ」

 

 誌面には、力強いタッチの、カッコ可愛い主人公。

 

「ヒゲ親父、メンデル贔屓だもんな」

「この人ほどヒーローの決めポーズが上手い人おらんで。そうこれこれ、子供の頃、こういう由緒正しい大見得(おおみえ)に、ワクワクしたもんや」

 男性は誌面を指さしながら、子供みたいはしゃいだ。

 

「新妻エイジも欄外コメントで言ってるね。『メンデル先生のカッコイイ絵を見せられてビビッと来て、即OK出しました』だって」

 

「うん、そうなんや、こういう絵を描いてこそメンデルなんや。嬉しいなあ、遊栄社にもこっちのメンデルが好きな編集さん、ちゃんと居てくれはったんや。嬉しいなあ、嬉しいなあ」

 

 集いの主人公はハム少年の筈だなのだが、彼の話題は、しばし隅に追いやられた。

 

 

 ヒゲの男性が自分の世界から戻って来るタイミングを見計らって、ママがタグの着いたボトルをカウンターに置いた。

「ロックでいいかしら」

「ああ、すまんな、年イチぐらいしか来れんのに、キープしといてもろて」

「ううん」

 

 ママは静かに真鍮のボトルタグを指でなぞった。少年が「どこへ行ってもつながっていられる」と示した拠り所と似ているな……と思った。

 あの後あの子は『ムゥ箱』から遠のいてしまったけれど、「僕はここに居る」と教えて去った事で、皆に寂しさを残さなかった。

 

 

「ね、メンデルで思い出したけど。春にムゥさんから、連絡来た?」

「ああ、あれな。来たで来たで」

「ええっ? 管理人さんと連絡取ってるの?」

 先に居た二人の男は顔をあげ、息せき切って聞いた。 

 

「いやいや。『ムゥの宝箱』の前身の、ちゃっちぃ漫画ブログの時代、常連同士でメアドの交換だけしてたんや」

「うわ、ぬるい時代だな」

 

「個人的なやり取りなんぞ普段はせんから、忘れとったぐらいなんやけど。今年の春に、管理人さんから初めてのメールが来たんや」

「ほぉ、あの無口な御仁(ごじん)が」

 

「『お願いします、遠藤メンデルの素材あったら、何でも送ってください』って」

「……」

 

「あの人が物を頼むなんてよっぽどなんやろうと、『メンデル友の会』に召集かけて、ありったけの雑誌、スキャンして送ったった」

「相変わらず謎の人脈だな、ヒゲ親父・・」

「あたしも送ったわ。ついでに、持っていそうな人にもチェーンメールしといた。何で必要になったかは知らないけれど、役に立っていればいいわね」

 

「お礼メールは来たけれど、『ありがとう、感謝します』だけ。相変わらず、愛想のないお方やわ。ま、あの人には大層楽しませてもろうたから、お役に立ったらそれでええねん」

 

 『ムゥの宝箱』は不思議なサイトだった。管理人がほぼ口をきかないのに、古い住民はいつも彼の息吹を感じていた。

 

「じゃ、それだけ? 一瞬、『ムゥ箱』復活かと思ってドキドキしたわ」

「ははは、それはないやろ。『ムゥ箱』閉める時の理由が、ひっくりコケたやん」

「『就職活動に専念する為』だと。はああっ?? だよ」

「学生だったんかーい! ってな」

 

「あそこまで安定したサイトを一方的に閉じる事に、ずいぶん非難もあがったよね。でも、子供の頃から夢だった職業があるって言われたら、じゃあ頑張ってとしか言えんわな」

「最後までマイウェイなお方やったな」

 

 四人はしばし、共通の「愛すべき御仁」に思いを馳せる。

 顔も何も知らない、コメントのやり取りすらした事のない相手だけれど。

 夢が叶って元気で働いていてくれたらいいな、と思う。

 

「誰かに継がせりゃいいじゃんって意見もあったけど。スッパリやめてくれて良かったと思うよ。あの時の衝撃がなかったら、年甲斐もなく『オフ会』やろうなんて言い出せなかったもんな」

 

「天使ちゃんが、お店やってるからおいでって言ってくれて、渡りに舟」

 

「結構勇気が要ったのよ。絶対、幻滅させるから」

 

「ハンネが『テレビ天使』な時点で、そんな大それた幻想は抱かないさ。でもな……」

「ああ、まさかな……」

「……なによ」

 

「こんなに妖艶な美女だったとは」

「そうそう」

「なによなによ!」

 

 ママはむくれて、ボトルの向こうに顔を隠してしまった。

 男三人でしばしそれを宥(なだ)める。

 

「ま、ムゥさんの管理しないサイトなんて、『ムゥの宝箱』じゃない」

「そうそう、何やかや言いつつ、皆あの、削除大魔神・猫丘ムゥを、好いとったんや」

「ふふ、フルネーム久々に聞いた」

「へええ、初耳。なんだその可愛い苗字」

 

 

「やばい!」

 スマホの天気予報を覗いた男性が声を上げた。

「大雪警報になった。電車止まるぞ」

 

「…………」

 今から駅に走れば、動いているうちに電車に乗れるかもしれない。でも……

 

「今日、絶対に帰らなきゃならない人~」

 ママが明るく片手を上げ、皆を見回してニッコリした。

「じゃ、久々にオールで語り合いますか」

 

「いいの? 天使さん」

「せっかくのハム君作家デビュー記念の集まりだもの。あたし達の大切な宝物の…… 閉店札出して来るわね、うふふ」

 

 そう言ってカウンターから出て来たママは、確かに妖艶な美女だ。

 喉元の青い剃り跡がちょっぴり残念なだけで。

 

 

 

 

 

 

   ~fin~

                              2019・1・17

 

 

 




読んで頂いてありがとうございました。

読者様と、
バクマン。という名作を世に生み出してくださった原作者様に、感謝です。

P・S 拙作にも関わらず、感想をありがとうございます。返信下手なもので、ここにて感謝の言葉を述べさせて頂く事で、どうかお許しください。



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