ムゥの宝箱   作:西風 そら

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*アニメ版がベースです。舞台は2016年9月頃、『CROW』の連載が終わった直後。

*原作との変更点:小杉さん配属二年目→入社二年目。  

 肩の力を抜いて、楽しんで頂ければ、嬉しゅうございます


1 白シャツとゆで卵

白シャツとゆで卵・1

 

 

 福田慎太は軽く機嫌が悪かった。

 

 ちょっとした契約の手違いで、出版社まで出向く羽目になってしまったのだ。

 

「ゴメ~ン福田クン、本当は僕が間に立ってやり取り出来ればいいんだけれど、今、手間の掛かる新人の面倒見ててさ~」

 担当の雄二郎は電話口で謝ったけれど、明らかにあまりゴメンとは思っていない。

 

「まったく……担当たるもの、作家に気持ちよく仕事させる為に、常に粉骨砕身しろってんだ。

ま、ろくに目を通さずにサインした俺も悪いんだけどよ」

 

 

「これで完了だ。すまなかったな、手間を掛けさせてしまって」

 『週刊少年ジャック』編集部の談話ブース。

 雄二郎の代理で立ち会ってくれた班長の相田が、書類をトントンと揃えて総務行きのファイルにしまった。平日の午後とあって編集デスクに人が少なく、手空きの彼が引き受けてくれたのだ。

 

「今度うまい物でも差し入れてくださいね」

「はは、それは雄二郎に言え」

 

 さて、こんな日は寄り道しないでサッサと帰るに限る。

 ゲンの悪い日って、面倒事が狙ったように転がり込んで来るモンだからな……と、立ち上がった所で、向こうのブースから聞き覚えのあるハイトーンボイスが響いた。

 

「わかりませーん! 何でソウナッチャウですか?」

 衝立(ついたて)の上から、よく見知った寝癖の赤毛がピョンと飛び出す。

 

「師匠……?」

 そちらに行って覗くと、椅子に立ち上がっているのは、やはり先輩作家の新妻エイジだった。

 

 福田より二つ年下だがデビューは先で、悔しいけれど今の所、実績は一桁上を行かれている。

 アシスタントに入って漫画論を戦わせた仲でもあり、福田は尊敬と親しみを込めて『師匠』と呼んでいる。

 

「あ、福田センセ! 聞いてください、この人がワカランチンなんですー」

 

 テーブルには、福田と同じ部分でつまずいている書類と、困り果てた顔の入社二年目の小杉。

 こちらも雄二郎の代理で立ち会っているのだろうが、上手く説明出来ずにアワアワしている。

 

 福田は片手を額に当てた。まったく雄二郎さん、俺はともかく、師匠にはちゃんとフォローしてやれよ。この人の社会人力の低さ、分かってんだろうが。

 

「あのさ師匠、ここの所の書式が変わったから…」

 今しがた自分が書き直した部分を、重ねて説明してやる。

 

「うおっ、そうだったですか! ラジャーです、福田センセ、天才です!」

「よせやい」

 

 小杉は恐縮しながら礼を言い、相田に叱られながら、席に戻って行った。

 

 あの人も二年目なんだから、このぐらいちゃっちゃと説明しろよな。

 そういえば、今年配属された新入社員も、夏を越して仕事に慣れ始めた頃合いだろうか。

 毎年毎年、大変なこった。万年自営業の自分には縁遠い世界だが。

 

「福田センセ! 今週の『GIRI』面白かったですぅ。最終コーナー見開きギャギャギャーンッで、手汗ドババーってなりました」

「ウホッ嬉しいぜ師匠、あれ、気合い入れて描いたんだ」

 

 今やジャックの看板とも言えるエイジだが、作家が失いがちな一読者としてのスキルをナチュラルに持ち続けてくれている。絶対にお世辞は言わない彼なので、誉められれば素直に嬉しい。それだけで、まあ、来た甲斐もあったかな。

 

 雑談しながら部屋の反対側の出口に向いた所で、廊下の方からバタバタと足音が響いた。

 

「誰か、誰かその人を捕まえて!!」

 

「こら、勝手に入るな!!」

 

 ――ガンゴンドン!!

 

 けたたましい音と共に、入り口のドラゴンボールの立て看板が、大きく揺れた。

 なんだ、なんだ??

 

 ステンレス製のゴミ箱とそれに蹴つまずいた人物が、フリーザを倒してぶっ飛んで来て、書類満載の机に突っ込んだ。

 唖然と眺める視線の中、後から追い掛けて来た男性が彼の身体を掴もうとする。

 先の男性はバネ仕掛けのように飛び起きて、追跡者の腕を掻い潜り、そのまま走り出した。

 

 おいおい、こっちへ来るじゃねぇか?

 

 通路をドリフトしながら迫って来るのは、白シャツから枯れ枝みたいな腕を突き出した男。

 土気色の顔、痩けた頬、顔の半分を覆うザンバラ髪の中から覗くギョロンとした目。

 あー、あれだ、最近流行りの動きの早いゾンビだ・・って、違うだろっ?!

 

 誰だぁ! こんな奴入れたのはっ!?

 

 

白シャツとゆで卵・2

 

 白シャツの男は、片手を服の裾から突っ込んで、胸元に何かを隠し持っている。

 すわ! 凶器!?

 福田は反射的にエイジの前に立ちはだかった。

 

 だが心配には及ばず、男は二人の数メートル手前でまたゴミ箱に蹴つまづいた。

 

 ――ドガ! ドン! ゴロロロ

 

 勢いよく転がって来た男が二回転半した所で、福田が両足首を掴んで止めた。

 

「お、おい……大丈夫かよ?」

 

 白シャツは仰向けで鼻血を流し、口を大開きにしてぜぇぜえ言っている。

 近くで見ると、意外と年若い……下手したら高校生じゃねぇのか?

 

「紙?」

 エイジが、周囲にヒラヒラ舞っている白い紙を不思議そうに眺めている。

 男が懐に抱えていたのは何十枚かの紙束で、転んだ拍子にそれがブチまけられたのだ。

 

「すみません、その人を離さないでください!」

 

 後から追い掛けて来た男性が、足をもつれさせながら駆け寄ろうとして、先の男が転がしたゴミ箱を踏んで、こっちは後ろ向きにひっくりコケた。

 

 ――ベシャドゴン! ぺこ

 

 ぺこは下敷きになった何かのフィギアが壊れた音だ。

 

「あうう・・」

 腰をさすりながら上半身起こしたのは、ゆで卵みたいな丸顔にズリ下がった瓶底メガネの若者。

 遊栄社の社員証を下げている。

 何かめっちゃ既視感があると思ったら、水木しげるのキャラシステムに、確かこんなのがいた。

 

「おい、何だこれは。お前、どこの部署だ!?」

 相田が頭から湯気を上げながら、散らかった機器をまたいでやって来た。

 

「す、すみませ……」

 

 ゆで卵が謝る前に、入り口に年配の男性が現れて叫んだ。

「すまない相田さん、うちの若いのが…うわぁ、こりゃ酷い」

 

「お? おぅ、佐波寅(さばとら)さん、あんたン所の新チャンか?」

 

 今現れた佐波寅と呼ばれた男の特徴あるスダレ禿げは、福田にも見覚えがある。同じ遊栄社の幼年向け雑誌『ジャリーズランド』の班長で、新年会だかで名刺を貰った覚えがある。

 

「久祖(きゅうそ)君、どれだけ問題を起こしたら気が済むんだ。謝罪しなさい、ジャック編集部の皆さんに。ほら早く!」

 スダレ禿げは、尻餅をついているゆで卵の所に大股で近付き、頭を押さえ付けた。

 

(今、謝ろうとしたのを遮ったのはあんただろう)

 福田は白シャツの足首を掴んだまま、ちょっとイラッとした。

 それにしても、こいつ、いつまで捕まえてりゃいいんだ?

 

「まったくうちの新人は、トンだポンコツで。去年優秀な新人に当たったお宅が羨ましい」

 

 離れた所に突っ立っていた小杉が、いきなり話題にあげられてビクッとした。確かに彼は、新人としては最速で新連載を立ち上げて評判になったが、たまたま割り振られた作家が優秀だっただけだと、本人は思っている。

 

「いやはや、うちはハズレクジを引かされた。こいつなんか、ゴミですよ、ゴミ!」

 

 福田のイラッが倍増した。何があったか知らんが、他所の部署の大勢の前で、自分トコの新人をそこまでこき下ろす事ないだろう?

 

 

「ねぇねぇ、これの次のページはないですか~?」

 

 その場の緊迫をぶち壊す、間延びしたハイトーンボイス。

 振り返ると、エイジが周囲の喧騒などどこ吹く風で、先程散らばった紙をのんびりと集めている。

 この騒ぎの中、何やってんだよ、師匠!

 

「あ、あったあった、これだ……わおぅ!」

 

 それは横書きの文書で、エイジはページ番号を確認しながら拾っては、楽しそうに読んでいる。そして福田に海老のように押さえられたままの白シャツを覗き込んだ。

 

「これ、アナタが書いたですか?」

 

「・・・・・・」

 白シャツは鼻血をたらしながら目を見開いている。

 

「は、はいはい、はいいっ!!!」

 代わりに答えたのはゆで卵だった。

「彼……公星(こうぼし)君が書いた小説です。ど、ど、どうですかっ?」

 

 エイジは横目でゆで卵を見やってから、白シャツに向いて言った。

「面白いです、ボクは好きです」

 

 白シャツは呆然としている。

 

「ホントですか? 僕は今、これを原作に短期連載の企画を立ち上げているんです」

 ゆで卵は頬を紅潮させながら、四つ這いでこちらに向かって来た。

 

「へえ~、それは楽しみです~」

 

 幼年誌で小説の漫画化とは珍しいな。しかしそれで何でこんな騒ぎになるんだ?

 

「冗談じゃない! まだ出来るつもりでいるのか? ボツだ! ボツに決まってるだろ!!」

 スダレ禿げが叫んだ。

 

「何でですぅ?」

 エイジが紙束を丁寧に揃えながら、スダレ禿げの方を見もしないで聞いた。

 

「この大作家先生は、我々の用意した作画担当をお気に召さないそうだ。理由を聞いてもとにかくダメだの一点張り。挙げ句に、いきなり原稿を抱えて逃げ出すとか。そんな社会常識の無い奴と仕事が出来るか!」

 

 うぁ、確かにそいつは酷いが……

 福田はひっくり返したままの白シャツに話し掛けた。

 

「本当か? 不満あるんなら、逃げてないでちゃんと話せ。自分の作品が大切なのは俺も解る。

だけれど、ここに仕事をしに来たからには、お前はもうプロの端くれなんだぞ」

 

 白シャツは、福田の言葉に一瞬真顔になったが、すぐにフイと目をそらせた。

 

「そいつにプロ意識なんぞあるものか」

 スダレ禿げが口を歪めて吐き捨てた。

「ネットの素人小説サイトなんかでのたくってた、ド素人だ」

 

「ネット……」

 周囲のジャック編集部員が低い声で呟いた。彼らは去年、インターネットという代物に手痛い目に遭ったばかりで、ネガティブイメージを持っている。

 

「俺は反対したんだ。そんな、どこの馬の骨かも分からん奴を拾ってもロクな事にならんって。

ほら案の定こんな勘違いコドモだった」

 

「!!」

 ゆで卵が顔を上げて抗議の表情をしたが、この惨状を引き起こしてしまったのは事実なので、言葉を出せずに唇を噛んだ。

 

「あ――そんじゃ、ボクが描いてもイイですか?」

 

 その場の全員が「は??」となって凝視する中、エイジは後ろの椅子にストンと腰掛け、白シャツを覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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